116-鳴神祭➁
俺達は、演劇が終わるとゆっくり席を立つ。
……うん。……うん。
中々に衝撃的な内容だった……
鳴神紫苑が演じる演目としては、内容が深すぎやしないか?
あの性格でこんな内容だなんて……
なんか、妖鬼族と戦うのが苦しくなりそうだよ。
周りを見てみると、吾輩はなんか難しい顔をして考え込んでいるし、律は珍しく強い光を宿す目で舞台を見つめている。
ロロは普段通りだが、他の観客達の中には薄っすらと涙を浮かべている人までいた。
控えめに言って大成功だ。
個人的にも、とてもいいものだったと断言できる。
一言で言うと、最高。
正直、鳴神紫苑への印象が少し変わった気がする。
白兎亭での印象、海音から聞いた話だけだと、まったく人間をわかってないのに、ノリだけでそう言ってるだけにしか思えなかった。
しかし、ただ人間愛好家と言ってるだけではなく、このような活動で親しみを持ってもらっているなら、つい応援したくなってしまう。
一応海音との約束もあるし、少しは大人しくさせたい気もするけど……まずは会わないと始まらないな。
ただ、吾輩も律も心ここにあらずといった感じだ。
もしかしたら2人共興味はあるかもしれないが、まずは聞いてみないと……
「次どうする?
俺はちょっと今の主演に会いたいんだけど」
「鳴神紫苑……人間あいこうかの、いたん者……」
俺が舞台裏に行く提案をすると、律はいつも通りのぼんやりとした優しい目に戻った。
ただ、その割には含みを持たせたことを言うな……
「知ってんのか?」
「そうだね。鬼人を知る人のうちでは、有名、かも」
演劇は知らなかったのに、紫苑本人は知ってるのか……
でもわざわざ「鬼人を知る人のうちでは」と言うってことは、鬼人鳴神紫苑として知ってるのは、幕府関係者や律、守護神獣辺りだけなのかもしれない。
なんで律がその中に含まれているのかわからないけど……
普通なら町人のように、演者として有名な鳴神紫苑を知りそうなもんだけどな。少しズレてい面白い。
「じゃあ一緒に行くか?」
「うん、そうする。久しぶりに、会いたい」
「吾輩は?」
「もちろん行くとも。
吾輩、鬼人の大火前後から引きこもり気味だったゆえ、それ以降に生まれた者は知らぬから興味がある」
「じゃあ回り込んでみるか……」
この場にいる全員が賛成したので、俺達は人混みをかき分けて舞台裏へと向かった。
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俺達がどうにか舞台裏の庭に辿り着くと、そこにいたのはもちろん目的の鳴神紫苑。
そして、何故か怒っている様子の美桜と、絶妙に空気と化している雷閃だった。
……話しかけて大丈夫なのか?
雷閃が空気になっているということがそこはかとなく不安だ……
しかし、いつまでも突っ立っていても仕方がない。
俺と吾輩は顔を見合わせると、少しずつ彼らに近づいていった。
「ちょっとあなた〜!! 本当になんてものを上演してくれちゃってるのよ〜!!」
「そう言われてもなぁ……あれが1番、鬼人に親しみを持たせられるんだぜ? 鬼と人が家族だなんてよぉ」
「自分のことを劇にしなさいよ〜!!」
「もちろんそれもあるさ。ただ今日はこれだっただけでな。
……てか、なんでこんなタイミング悪くアンタが来てんだよ!! 俺の方こそ怒りたいね!!」
「はぁ〜!? 私の半分くらいしか生きていないくせに、随分と生意気なことをいうじゃな〜い!!」
近づけば当然音量が上がっていく。
何故あの劇を怒っているのかはわからないが、とりあえず2人はかなり親しい仲らしい。
まるで親子のような、遠慮のない言い合いをしている。
美桜が紫苑に対して、「半分くらいしか生きていないくせに」と言ったからかもしれないが……
ひとまず美桜が怒っている間は、海音に頼まれた、紫苑を大人しくさせたいというのを叶えることはできなそうだ。
別行動をしていたメンバーの半分がこの場にいるし、待つこと自体は問題ないけど……
俺は律や吾輩と共に、彼らの間に入っていいのかと悩む。
どうやら紫苑は雷閃に気がついていないようだし、彼が2人に流されて何もしていないのなら、俺達にもできることもない気がする……
結局そんなふうに突っ立ってしまっていると、時間が進むごとに彼らの喧嘩もヒートアップしていった。
それは、遂には武力行使になってしまう程に……
「いいでしょう!! それなら私だって、海音みたいにあなたを逮捕しますからね!!」
「ほぉ〜? いい度胸だ!! ちょうど遊び相手が欲しかったところだし、その喧嘩受けて立つぜ!!」
そう言うと彼らは、パッと距離を取って攻撃の準備を始めた。美桜は懐から御札を取り出し、紫苑は腰を入れて油断なく彼女を凝視する。
……これは不味くないか?
舞台裏で人はほとんどいないが、紫苑はみるからに騒ぎを起こしそうな見た目だし、美桜だって躊躇なく吾輩の目を潰したくらいだ。絶対に荒らす。
うん、止めないと……
「ちょっと‥」
「はーい、ここまででーす」
俺が2人を止めようと一歩踏み出すと、同時に彼らに割り込んでそれを止めた者がいた。
瞬き一瞬のうちに彼らの間に立っている男――嵯峨雷閃だ。
……速くね?
「あれ、雷閃ちゃんいたんだ〜」
「ええ、いましたとも」
「イエーイ閃ちゃーん!!」
「イエーイ鳴ちゃーん!!」
途端に彼らの緊迫した空気が霧散する。
美桜は既に札を消して笑顔になっているし、紫苑にいたっては真ん中に立った雷閃に駆け寄っていく。
彼はもちろん笑顔で、それに応える雷閃も爽やかな笑顔だ。
……この2人も知り合い……と。
というか、この鳴神紫苑ってのは本当に妖鬼族なのか?
ここまで幕府の面々と仲がいいと、そこから疑いたくなってしまう。
特に雷閃となんか、お互いに抱き合うくらいだ。
尋常じゃない。
だが、俺があ然として見つめていると、彼らは思いもよらない行動に出る。
「あっはっは!!」
「あは〜」
やはりパッと距離を取ると、2人共が全身にかすかに光を帯び、目にも留まらぬスピードで拳をぶつけ合う。
……は?
せっかく美桜と紫苑を止めたのに、結局暴れるならまったく意味がないじゃないか……
多分止めないといけないけど、意表を突かれてどうしていいのかわからない。
「……」
「……」
「あいかわらず、だね」
「なにあれー?」
律は予想通りといったふうにつぶやくが、ロロは戸惑ったように戸惑いを漏らす。
同感だ。
……ん? なんか浮遊感を感じる……
よく見たら、周囲に水の膜のようなものがあるような……
"水の相-波紋"
ちらりと美桜を伺うと、彼女はいつの間にかまた御札を構えている。どうやらあれの余波から辺りを守っているらしい。
……自分の時は忘れてたのに、他人の時は案外ちゃんとやるんだな。
「あっはっは!!」
「あは〜」
殴り合いのようなものは、それから10分間は続いた……
ようやく彼らがそれを止めると、美桜もすぐに術を解く。
彼女の目は呆れたようで、愛しい子を見るようで。
なんとも言えない表情をして彼らを見つめている。
そんな彼女に見つめられる2人は、相変わらず楽しげだ。
「あっはっはー!! ひっさびさにたんのしかったぁ!!」
「僕も色々すっきりしたよー」
「へへっ、いつも幕府の仕事はサボるくせによく言うぜ!!」
「いいのいいの。影綱がいれば万事解決するんだからさ。
……というか、あんまり触るなって言われてるからね」
「はっはぁ!! 相変わらずだなぁ」
……俺達、入るタイミングを完璧に見失ったな?
一応近くまでは来たが、喧嘩を何も遮るものがない場所で見る気にはならなかったので、今いるのは木の後ろだ。
さて、どうしよう。
「どうする?」
「うむ。吾輩、とても入りにくいと考える」
「オイラもー」
みんなに聞いてみると、どうやら満場一致で……
「? 入りたいなら、入ればいいじゃない」
「ちょっ……待て」
「は、早まるな」
……ではなかった。
ただ1人律だけが迷いなく木陰から出ていこうとする。
とんでもない度胸だ。
「……」
ちらりと木から顔を出し、彼らを除いてみると、まだ俺達には気が付かずに話し込んでいる。
俺と吾輩が彼を掴んで引き止めたことで、どうにか難を逃れたようだ。あっぶねー……
しかし、喧嘩もじゃれ合いも終わって声が小さい。
さっきまではそれでも大声だったのに、今は何を話しているのかわからないな……
邪魔するのも悪いし……
「まぁ美桜や雷閃といるなら、また後でも会えるよな?」
「……そう、だね。会える、と思う」
「会える会える!! けど、どうせなら今会おうぜ?」
「んー会えるなら後でも……は?」
「おう少年!! また団子食うかぁ?」
「うわぁぁ!! どっから現れたんだあんた!!」
「どっからって……今見てたじゃないですか。庭からです」
「あんたもか!!」
会うのはまた後で……と話していたら、まさにその後回しにした相手が左右に立っていた。
豪快に笑う紫苑。爽やかに笑う雷閃。
さっき見た雷のような力だろうけど、それにしても2人共神出鬼没すぎるだろ……!!
「あっはっは!! それで、団子は‥」
「断る!!」
「吾輩、少し興味が‥」
「断る!!」
「なら普通にお店を回りませんか?
色々あって楽しいですよー」
「ことわ……店?」
「うん、お店。鈴カステラとかぁ、お団子とかぁ、串焼きとかぁ、お団子とかぁ……お団子とかぁ。色々」
「団子ばっかだな……」
しかし、白兎亭じゃないなら……
鳴神紫苑に大人しくするように言っておきたいし、なんなら海音に会わせたいし……
あの出来事が、紫苑が人間じゃないから起こったのなら、今回雷閃も同行しているというのは渡りに船かもしれない。
だとすると、この機会を逃したくはないな……
もし別行動になったら困る。
目を光らせておかないと。
「美桜は?」
「あは〜。もちろん寝てるよ。あの人は寝るか詩かばっかりで……ほんと、マイペースですよねぇ」
「あんたもだいぶな」
雷閃に言われて覗いてみると、たしかに彼女は眠っている。
いつものように白虎が布団だ。
……毎回思うけど、あれで式神の使い方合ってるのか?
何度見てもかわいそうに思えてしまう。
騒がしい鬼と、天然っぽい将軍。
美桜がいないのは良かったかもしれない。
「じゃあ行くか?」
「うん。せっかくだし、行こうよ」
「オイラも回りたーい」
「吾輩もいいぞ。
妖鬼族とは、一度ちゃんと話してみたいと思っておった」
一度輪に入ってしまえば、吾輩も特に躊躇がないようだ。
仕方ない……行くか。
「なら、案内よろしく」
「まかせ‥」
「雷閃頼む」
「ん、僕? あー……おっけい、わかった。
あんまり知らないけど、頑張るよー」
「えー……!?」
信じられないといった表情の紫苑を無視して、歩き出す。
彼らと同行することになった俺達は、舞台裏から人混みへと繰り出していった。