115-鳴神祭➀
俺達が白兎の町に着くと、街は何故だか異常な盛り上がりを見せていた。
位置的に愛宕よりは岩戸に近い町並みだが、その賑わい具合は断然愛宕に近いと言える程だ。
まるで、大人気の素晴らしい商品が、期間限定で売り出されているかのような……
あるいは、何かしらの特技で有名になって、町中の人に愛されている人物がいるかのような……
そんな、珍しいものや経験が手に入るぞといった感じで、町の中心に町人達が押し寄せている。
この分なら、もし吾輩が蛇の姿でいても気が付かないんじゃないか……?
正直人が密集しすぎていて、あながち冗談にもならなそうなのが恐ろしい。
下手したら美桜や雷閃、ライアンなんかは迷子になってしまいそうだ。
「おーい。はぐれるなよー」
「大丈夫だって〜。今だけなんだからさ〜」
「そうですよー。それに、もしはぐれても逃げませんから安心してくださーい。ね? 美桜姉」
「え〜……? まぁそうね〜……」
不安なので念の為声をかけてみるが、特に心配な3人はそう言ってどんどん先に進んでいった。
まさに迷子になる典型のような気がする。
けど、たしかにこのお祭り騒ぎが終われば合流は簡単か……
若干1名、不安の塊がいるんだけどな……!!
はぁ……逃げても幸運で見つけ出してやる。
俺はそう心に決めて、無理やり引き止めることは止めることにした。1番はぐれたくないのは肩にいるロロだし、雷閃とライアンは信じよう。
「仕方ないな……」
「はっはっは。見つからなければ吾輩が探すぞ」
「夜刀にはむりだよー。おっきいし。オイラが感知する」
「それもそうだな。任せたぞロロ」
「まかされたー!!」
ロロと吾輩は神獣同士仲が良さそうだ。
……どうせなら2人で回ればいいのに。
吾輩は羽目を外しすぎなきゃ頼りになるので、ロロの面倒を見るくらいなら安心して任せられる。
たまには俺にべったりじゃなくてもいいと思うし……
そう思って提案してみるが、ロロ自身が拒否してしまう。
……はぁ。嫌ではないけど、少し残念だ。
「じゃあ落ちるなよ」
「もちろん!!」
「……あれ? もしかして、律とドールもはぐれたか?」
勝手にどんどん進んでいった3人は放っておくして、他2人も姿が見えないと思い、少し辺りを見回して見る。
ドールは分身を使って合流してきそうだけど、律は小さいし心配だ。
「ふむ……そのようだな。ロロ、感知はどうだ?」
「うーん……あれ、1人近くにいるよ?」
「え、マジで? 近くで気づかないなら律か……?」
感知の結果を受け、俺達は3人揃ってキョロキョロと辺りを見回す。……しかし、いない。
3人共が見つけられないなら、感知の結果が間違っているんじゃないか?
今まではそんなことなかったけど、的中率が100%だとも限らないし。……ただ、それよりは目に入らないだけかな?
吾輩とロロも困った様子だ。
「いないようだが……?」
「おかしいなぁ……」
「人混みに紛れてるだけ? ここに聖域はなかったよな?」
「うん、ないよ」
「ん?」
突然左下から声が聞こえてきたと思ったら、同時に控えめに袖を引っ張られる感覚がある。
すぐさま下を向いてみると、そこにいたのはぼんやりと俺を見上げている律だった。
どうやら本当に人混みに紛れていて見えなかっただけらしい。迷子だったのかもわからないが、ひとまずちゃんと合流できて一安心だ。
「よかった。はぐれてなかったのか」
「そうだね。
いっしゅん、見えなくなったけど、すぐに見つけたし……」
「それは何よりだ。では騒ぎの中心へ向かおうではないか」
「おー」
吾輩が高らかに宣言したので、俺達は騒ぎの中心へ向かうことにする。
ドールはまだどこにいるのかわからないが、律と麒麟とは違って、分身だけでなく彼女自身も頼りになる人だ。
もし1人になっていても、自力で合流でも宿探しでもできるだろうという安心感がある。多分大丈夫だろう。
いやまぁ、律も頼りないってことはないけど……頭のネジがいくつか抜けていそうな危なっかしさがあるからな。
ドールはちょっと感情がないだけだし……
俺達は、ドールがもし1人でも心配する必要はないと判断して、吾輩の宣言のままに中央へと進んでいった。
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俺達がどうにか騒ぎの中心に辿り着くと、人混みの1番中心にあったのは舞台のような場所だ。
まだ誰も立っていないので断言できないが、屋根や床に取り付けられたスポットライト、垂れ幕などがあるのは舞台と言っていいだろう。
どちらかというと小さい舞台ではある。
しかし、それを補って余りある程に立派な外観だ。
演目はわからないが、どうやらこの人混みはこれを見るために集まった人々のようだった。
町中の人がいそうだし……相当有名なのかもしれない。
もっとも、吾輩も律もあまり驚いたり興奮したりしてはいないんだけど……
「2人は知ってるか? 結構人気みたいだけど」
「ぼくは、知らない……かな」
「吾輩ももちろん知らないぞ。人里自体久しぶりだ」
「まぁ見てみればわかるよー」
案の定2人は初見のようだ。
吾輩はともかく、律も知らないとなると……どうしてこんなに人が集まったのか謎だな。
まぁロロの言う通り、見てみればわかるか……
俺は少し違和感も覚えたが、大人しく座って開演を待つことにする。
舞台が始まったのは、そのほんの数分後のことだった……
"羅刹の鬼子"
――昔々、あるところに1人の赤ん坊がいました。
――集落から少し離れた丘に立つ一軒家で、両親と三人家族。
――まだ自我もない時期でしたが、それでもたしかに幸せはここにあったのです。
――そんなある日、その一家は妖怪に襲われました。
――特に意味もなく、無惨にあっけなく命を奪われました。
――ただ、唯一その赤ん坊だけは、両親に隠されており無事でした。
――しかし、付近には他の家がないため、誰にも気づかれなかったのでした。
――親の世話なくして赤ん坊が生きられるわけもなく。
――彼女の命は、もはや風前の灯でした。
――そんな中、彼女を見つけたのは1人の鬼人。
――彼は世にも珍しい人間愛好家で、赤ん坊を見ても憎しみを抱かなかったのです。
舞台袖から鬼人を模した男が出てくると、町人達は小さく歓声……そして驚きの声を上げた。
その男の上半身はほぼ裸で、ゴツいという程でもないが、見るからに質の良いい筋肉を持っている。
さらには、額から立派な角が生えている男だ。
歓声は人気から。驚きはリアルな角に……だろうか。
――それどころか、その赤ん坊を愛おしくさえ思ったのです。
……ん? もしかして、今舞台に出てきた男って鳴神紫苑?
あいつこんなところで……
鎧みたいなものが顔を覆ってたらわからなかったな……
「おいおいおーい。こんなとこに、たった一人で人間の子がいるじゃねぇか。危ねぇなぁ……」
「……」
「ん……? 寝てんのか? まぁともかく近くに家はねぇし、連れて帰るかねぇ……」
――彼は、赤ん坊を自らの里に連れ帰ることにしました。
――そう……人間を憎む、鬼人の里へ……
――しかし、彼はその直前で思いとどまりました。
――人間愛好家である彼にしては珍しく、妖鬼族と人間族の角質を意識したのでした。
――助けると決めたからには、健やかに育つ穏やかな環境が必要です。
――彼は向かう場所を変えました。
あれ……? 一度引っ込んだと思ったら、次に同じ役で出てきたのは紫苑じゃないぞ?
体もあいつより軟弱そうで、角も作り物っぽい。
……てか、あいつ角晒して大丈夫なのかよ。
――鬼の里は、神奈備の森の奥に一つだけ。
――だが、個人で生きる者も少数存在しており、この羅刹に生きる彼女もまたそんな少数派の一人でした。
……彼女? 紫苑じゃねぇか。女役もやんのかよ……
今回は和服着てるけど、相変わらず角だけは立派……
いや、なんか全身が輝いているような気がする。
まるで紫色の鎧でも身にまとっているような……
硬い甲殻に覆われている感じだ。
顔は鱗がくっついてる程度だけど……いかにもな恐ろしい鬼だな。もしかして主役はこっちの鬼か?
「もっしもーし。いるか? いるな? 入るぜー」
「はぁ? 何勝手に入ってきとるん?
聞く意味あらへんやん」
「ん。まぁ細けぇことは気にすんな」
「それを決めるんはうちのはずなんやけどなぁ」
「あっはっは。ほれ、この子の面倒見てくれ」
「はぁ? ……って人の子やない。うち、これでも鬼人の大火の実行者なんやけどなぁ」
……中々に攻めた内容だな?
鬼人の大火って、大昔の愛宕を滅ぼしたやつだろ?
反感買うんじゃ……
観客を見回してみると、顔をしかめた人もいるがその多くは真剣な表情で舞台を見続けている。
やっぱ内容を知っている人とかもいるのかも……
「憎しみはもうねぇんだろ? 里に連れていけねぇからさ」
「勝手すぎるんちゃう? うちかて人族は嫌いなまんまなんよ? 恨みを無くした言うてもねぇ」
「人族はまだ、俺達に怯えてんだ。たとえ異形だとしても、人の神獣として俺達が歩み寄る準備をした方がいいだろ?
まぁ俺がわかり合いてぇだけなんだけどな!!」
「あーはいはい、もうええわぁ。うちも暇しとるし、騒がしゅうて敵わんし……子どもなんてあんた以来やし」
「それは言うなって。もう1000年は前の話だぜ?」
……妙にリアルなやり取りだな。
どうやら聖獣や神獣――人と敵対してるから魔獣か――らしく、寿命は長い……もしくはないようだ。
リアルってことは実話……?
紫苑が知ってる話ってことは、結構上位の鬼と彼自身の体験談なのかもしれない。
「はいはい。まぁその子は置いてき?」
「ありがとな。あんたも人を理解してくれると嬉しいぜ」
「善処したるわぁ」
「おう、じゃあな」
「また様子見に来たってやぁ」
――彼女は人の子と暮らしました。
――それは一族の恨みを忘れさせる程に楽しい生活で。
――それは彼女の人嫌いを薄れさせる程に素晴らしい生活で。
――少女が大きくなった時、彼女の中に人への嫌悪感はほとんどなくなっていました。
――ただ、一つだけ問題があるとすれば、少女が年不相応に物静かで、なのにやたらと力技で物事を解決する傾向にあったことでしょうか。
――少女は鬼人と暮らしたことで、何故か鬼人のような身体能力と考え方を持ってしまったのです。
「あんた、また山削って帰ってきたん?
まったく……しょうのない子やなぁ」
「うん。だって、道がわからなかったから」
「うちに門限なんてないんよ? ゆっくり帰ってきぃ」
「でも、斬れば道は出来るんだよ? 楽だし速いじゃない」
「ほんま……あの子に申し訳ないわぁ……
まさかこんなに鬼に染まるとはなぁ……」
「たまに来るお兄さん? あの人、私と遊ぶ時いつもそうだよ?」
「あの子が原因やったんか……
まぁ……刀渡したんも悪いと思うとくしかないねぇ」
「ありがとう。すごく便利」
「使い道おかしいことにはいつか気づきぃ」
――あまりに人間離れした力を得たことで、人族には鬼の子と呼ばれることになった少女ですが、彼女はちゃんと幸せでした。
――妖怪に親を殺され、だからこそ鬼に育ててもらえた少女は、いつか妖鬼族と人族の架け橋となるのかもしれません。
――恐怖を抱くのは相手を知らないから。
――憎むのは差別を受けたから。
――いつか相手を理解し、対等に接することができるようになれば、その絆はかけがえのないものになるでしょう。
――分かり合うことは、互いの人生をさらに素晴らしいものにしてくれる可能性だってあるのです。