112-白兎へ
俺達が祭壇のある谷から出て、最初の崖まで戻ると、そこには何故か俺達以外の全員が揃っていた。
律と吾輩はぼんやりと海を眺め、ライアンは海水と戯れ、ドールは崖に寄りかかって目を閉じ、美桜は白虎の背中で丸くなっている。……ここは家か?
すっかりくつろいでいる様は、まるでもう見つけたことを知っているかのようだ。決裂は知らなそうだけど……
……美桜が何かしたのか?
俺は少し戸惑いながらも、集めた張本人であると思われる美桜に歩み寄り、声をかける。
「えっと……早いな……?」
「おかえり〜クロウちゃん。そうだね〜早いかも〜」
ちゃん……? 今までは君付けだった気がしたんだけど……
気のせいか?
「占いでもしたのか?」
「そんなとこ〜」
彼女は明言こそしなかったが、少なくとも俺達が見つけたと確信を持てるくらいには正確に知っていそうだ。
ここにみんなを集めたのも彼女だろうから、流石に適当も言わないはずだし。
……けど、一応確認はしておくか。
「結果は?」
「さぁね〜? 知らないから教えて〜?」
「決裂だった。敵にはならないと約束してくれたけど、助力は無理だとよ」
「まじか〜」
「ざんね〜ん」
「本当にな。……そうだ、吾輩」
俺は美桜……そして周りのみんなへの報告を終えると、夜刀神に声をかける。
わざわざ言う必要はないけど、あまりにも宇迦之御魂神に軽視されていたので、ちょっと話したい気分だ。
すごく面白そう。
それに、今日はあと次の場所に移動するだけでいいだろうから、時間もまだある。
「なんだね?」
「あんた、宇迦之御魂神に嫌われてんの?」
「いいや? 吾輩、あれとはほぼ関わりを持っておらん」
お互いにあれ呼ばわりしてるな……
やっぱ仲が良くはなさそうだ。
「でもばかにしてそうだったよー」
「ふむ……2人がそう言うのであれば、そうなのかもな。
何もしていないのだが……」
彼は間髪入れずに否定していたが、ロロも俺に同調したことで少し考える素振りを見せる。
自覚なし……というか、そもそもほぼ会っていないんだったか。
とすると、やっぱり人間を襲ってたときに反感買ったんじゃないかな……
吾輩を叩き潰したのは、大口真神だけじゃないらしいし。
「昔戦ったからとか?」
「ふむ……そうかもしれんな。正直お互い様だとは思うが……」
俺が少し誘導すると、本当に心当たりがなさそうな彼は、すんなりとそう答えた。
やっぱり戦ったことがあるらしい。
上手く扱えばとも言ってたし、もしかしたら上手く扱えなくて苦労したのかもな。
こいつ、一体どんな暴れ方をしたんだろう……?
あの池を本島でいくつも作ったとか?
もし大量にあの池を作れて、そのすべてを操れたりしたらとんでもない脅威だ。
もし本当にそうだったなら、彼女が嫌うのも理解できるし、今味方なのが頼もしい。
……まぁ流石にそれは強すぎか。負けるイメージがまったく湧かない。いやこれ結構気になるな……
そんなふうに俺が、吾輩の転機だったであろう出来事を想像していると、ドールが無表情で近づいて来た。
じ、時間はあったはずなんだけど……
「えと……もう岩戸を出る?」
「いえ。そもそもこの後の予定は曖昧でした。
まだ昼なので急ぐ必要はないですが、決めるものは決めてしまいましょう」
「うん。ぼくも、それがいいと、思うよ」
ドールが予定を決めることを提案すると、ぼんやりしていた律も同意して近づいてくる。
そういえば決めてなかったんだっけ……?
たしか同じ方向だから効率が云々って話をしてたから、てっきり最後の島、白兎に向かうものと思ってた。
うーん……やってしまったかもしれない。
2人に言われるまで忘れてたな……
俺は少しバツが悪い気持ちになったので、ごまかすためにすぐさま返事をする。
「うん、じゃあ次の場所を決めよう」
「はい。まぁほぼ決まっているようなものですが……
順当に白兎に行くか、一度愛宕に戻るか……ですかね」
「もちろん白兎だよね〜?」
「あんたは長くサボりたいだけだよな……?」
俺達が話し合いを始めていると、白虎の上から美桜が声をかけてきた。顔を上げてみると、そこにはとてもいい笑顔が。
明らかに下心ありだ。
白兎亭を探すのも大変かもしれないが、白兎には聖域がないらしいのでロロの感知が使える。
ドールの分身もいるし、美桜はさっさと海音に引き渡したい……
まぁ助かった部分もあるし、その方が効率がいいのも事実ではあるけど……
「手伝いはちゃんもしたじゃないですか〜。
ただの効率の話です〜」
俺が肯定的に見ていると、美桜もまったく同じことを言い始めた。……なんか悔しい。
「愛宕に行くメリットは、橘獅童がいるかどうかの確認の機会を増やせる、占いの時点では嵯峨雷閃がいたらしいから会えたらラッキー、海音の仕事が減る、律は腕が心配だから帰らせれる。デメリットは二度手間」
「俺的には白兎でいいと思うな〜」
「オイラはどーでもーいーよー」
「ぼくは、うで、問題ないから。白兎がいいと、思うな」
どうやら満場一致……
短い話し合いの結果、次の目的地は白兎だ。
わざわざデメリット多く言ってみたんだけど……
残念ながら効果なし。
まぁ順当だから問題はないけどな。
それに、隣だから本当に時間がある。
……休むか。
俺が改めてそう提案すると、ドールも含めた全員が賛成してくれた。ということで、しばらくはリラックスタイムだ……
それから昼食を摂り、少しだけのんびりした後、俺達は出発の準備を始めた。
昼食のために取り出したシートや、食べ終わった弁当を片付ける、ライアンやロロがじゃれ合って荒れた砂浜を整えたりなどなど……
基本的には俺の収納箱にしまうだけなので、大してやることはないが、忘れ物はないようにしっかりと注意する。
まぁ忘れ物があったとしても、岩戸と白兎は隣同士なので、帰りにでもまた寄ればいいんだけど……
普通に時間がもったいない。
俺はドール達としっかり最終確認をしてから、吾輩の元へと向かう。今回も乗るのは夜刀神だ。
……すごく助かる。都合がいい神……否定できないな。
「さて、では出発だ」
「待て!! スピードは出しすぎるなよ?」
「ははは、わかっているとも」
全員が乗ったのを確認すると、吾輩はすぐに意気揚々と海に向かっていくが、俺は念の為に釘を刺す。
またしがみつくことになったら辛すぎる……!!
しかし、彼の返事はそこまで気にしていなそうな軽いもの。
心配だ……
「思っている数倍はゆっくりしてね〜……?
次もしがみつかないと吹き飛ばされるようなら、ちゃんと懲らしめますよ〜……?」
「わ、わかったと言っているだろう? 美桜殿……
少し怖いぞ……?」
「誰のせいですか〜誰の〜」
「う、うむ……」
すかさず美桜が脅しっぽく言葉を重ねることで、彼はようやく少し真剣な表情になった。
動きを止めて、どれくらいのスピードに調整するかを考え始める。
これで快適な海の旅になるな……ありがたい。
けど、なんか……
美桜にここまで存在感を出されると、いなくなった時困る。
「ま〜ま〜。気をつけりゃ〜いいんだよ〜。ほら出発〜」
「うむ。任せ給え!!」
少し進むのを躊躇していたが、最後にライアンが明るく言い放ったことで、吾輩は一気に海へと向かって行く。
ライアンはアトラクションとでも思ってそうだから、速くても遅くてもどっちでもよさそうだけど……
どうやら、今回のスピードはちゃんと快適に感じるレベルだ。危ねー……
少しごたついたが、俺達は次の守護神獣、白兎大明神を引っ張り出すために白兎へと出発した。
~~~~~~~~~~
海鳥や魚を眺め、潮風を全身に受け、360度からの潮騒を聞きながら俺達は海を進む。
岩戸に来る時と同じく吾輩の背に乗っての移動だが、今回は常識的なスピードだ。
船長さんの船より少し速いかどうかというくらい……
そのため、背から見える景色も前回よりも遥かによく見えており、感動も大きかった。
船の甲板からでは見えなかった、波が進む方向に沿って割れていく様など心が躍る。
船よりも海が近いので、潮風も潮騒も近く感じるし……
ああ……綺麗だ……心地いい……
……ん? よく見ると、左前方になんか変なものがあるな。
魚とも違うし、波でもない何か……大きめの物体……
……もしかして人間?
「吾輩!! ちょっと止まってくれ!!」
「む? どうかしたのか?」
俺が反射的に制止すると、吾輩はすぐさまスピードを落とす。前回よりもゆっくりと進んでいたので、通り過ぎてしまうこともなかった。
Uターンできるかわからないし、早めに気づけて助かったな……
止まって視界が安定したので、改めてその物体を観察する。
まだ少し遠いが、本島近く――愛宕の海域に浮かんでいるのは黄色っぽい色の何か……
それは硬いものではなさそうで、ゆらゆらと波に揺蕩っている。だけど、分離はしないから……布……和服?
つ、つまり……やっぱり……に、人間……?
誰かが溺れている!?
しかも、他にも海を割いて近づいていってる物体があるな!?
ヒレが突き出してるし、あれ鮫だろ!? 状況ヤバすぎ!!
俺は方向転換を頼もうと夜刀神に話しかける。
「や、夜刀神!! あそこ!! 人!!
鮫!! 食われる急いでくれ!!」
わ、我ながら焦りすぎている……
情報が飽和していて、思わずカタコトになってしまったが、どうやら夜刀神は理解したようだ。
のんびりと首を人影の方に向けていく。
だが、そんなことをしている間に人影は鮫の歯の餌食に……!!
「んん〜? おお、たしかに人間だな。
鮫に食われかけている人間……鮫に食われかけている人間!?」
「え、ほんとですね。ハラハラ……」
「はぁ〜!? うわ、マジか〜……急いで救出しねぇとだな〜」
「う〜ん……? あれって……」
「急ぐぞ、しがみつけ!!」
「おう!!」
「え、ちょ……」
最初はゆっくりとした動作をしていた夜刀神だったが、鮫に気づくと俺と同じように焦り始めた。
そのため、短く一言だけ警告を発して一気に人影に向かって走り出す。
しがみつく準備をしていなかったらしく、美桜が後方に吹き飛ばされていくが、彼女なら朱雀で飛んでこれるだろう。
俺達は、美桜を放っておいて人影の救出に向かった。