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化心  作者: 榛原朔
二章 天災の国
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111-宇迦之御魂神

冷たい視線に射抜かれた俺達は、楽しみの仮面(ドール)も含めて、思わず一歩下がってしまう。

畏怖なのか単純に神秘的だからか、思うように体が動かせないし、息もしにくい……


夜刀神も同じように神だったはずなんだけどな……

吾輩という名前を、威厳がありそうだと聞いただけで使うようなのとは、比べ物にならない程に威厳に満ちている。


というか、あいつは多分欲望に忠実で親しみやすすぎる。

だからこそ1番恐れられたんだろうけど……


これはやっぱり夜刀神を呼ぶか、最初はロロだけに任せておいた方が良かったかもしれない……

俺は強く後悔の念を抱いたが、どうにかつばを飲み込むと、一歩踏み出して声をかける。


「俺達は……見ての通り、人間です」

「……また、妾を殺しに来たのか?」

「いえ‥」

「そんなんじゃないよ!!

オ、オイラ達は、少したのみがあっただけだよ」

「……ほう、まさか神獣を連れておるとはな。……ふむ」


彼女は最初、足元にいたロロに気づいていなかったようだったが、彼が声を震わせながら反論したことで目についたらしく、感心したように息を漏らした。


心做しか、視線の冷たさもマシになったような気がする。

けどそんなに感心するようなことか……?


たしかにフラーやガルズェンスでは、俺達みたいな関係性を持っている人と神獣は見たことがなかった。

しかしヤタだと、雷閃四天王はもれなく式神を持っているようだし、律にも麒麟という自称神様がいる。


もしその4人だけだったとしても、少なくともその前例があるんだから、そうおかしなことではない。

しかも、彼らは国のトップで有名人なのだから、聞いたことくらいはあるはずだ。


……いや、むしろ前例は5人しかいないと言うべきなのか?

それなら感心するのも納得はできるな……


「式神ではない……か……?」

「はい、彼は俺の友達です」

「おやだよ!?」

「親代わりみたいになってる友達だ」

「おや……」


何故かロロが反論してきたので、視線を下げて訂正する。

すると、彼はなにやら悲しげな表情をしてうつむいてしまった。


こいつ、そんなに俺が親代わりになってるってことにこだわり持ってたのか……?

俺としては普通に友達のつもりだったんだけど……

関わり方は変えないが、認識は少し改めておこうかな。


ただ、正直親ってものを……というか、家族も親戚も近所の誰々さんみたいなのも、あまり覚えてないから自信はない。

うーん……まぁ、いつも通り優しく接してればいいか……


結局そう結論付けていると、じっと俺達の様子を見ていた宇迦之御魂神は、どこか戸惑ったような雰囲気になっていた。

やはり珍しいらしい。


「……魔人とはいえ、人と獣が仲良くなるものなのじゃな」

「えっと……まぁこいつは喋れますし……」

「むしろ、喋れるからこそ難しい。

それだけ力を持った存在ということじゃからな。本来ならば、そこに恐怖や羨望、蔑みなどが生まれるものよ」

「……そういうもんですか?」

「そういうものじゃ。でなければ、あの過酷な神秘の世界で同種間での迫害など生まれぬよ」


静かにつぶやく彼女は、また1段階ほど暗さを増していた。

同種間……? 神獣と魔獣とか?


少し違う気もするけど、人間は人間だし、同種というと他に何があるんだ……?


「まぁよい。とりあえず、お主ら個人からの敵意はないと判断し、話し合いには応じよう」


俺が同種間での迫害について考え事をしていると、宇迦之御魂神は突然立ち上がった。

そして彼女も、岩戸に到着した時の夜刀神と同じように発光を始める。


「まぶし……」

「なになになにー? とっても楽しそうな予感♪」


楽しみの仮面(ドール)は分身なんだから、本体のドールが見たものは知ってるのが普通だと思うんだけどな……

俺は呆れながら光が収まるのを待つ。




しばらくすると、感覚的には夜刀神より少し短い時間で、宇迦之御魂神の光は収まっていく。


違いは威厳とかなのかな……?

吾輩の方が強そうだけど、神としては彼女の方が格上に思える。


光が完全収まると、顔を覆っていた腕をどけて細めていた目を開く。

するとそこにいたのは、やはり全身真っ白の人型だった。


しかし、吾輩と違って女性だし、美桜や海音のように激しく動くつもりがないからか、より荘厳だ。

まぁ昔は戦ってたらしいから、その気になれば動けるだろうけど……舞のように美しいんだろうな。


ついでに背丈も意外だった。

獣型の時は夜刀神の方が圧倒的に大きかったが、人型の時はそこまでの差はないように見える。


まぁ人だしそりゃそうか……

けど、わざわざ人型になってくれるとはな……律儀な人だ。

吾輩は攻撃してきた上に、蛇のままで話し合いをしたというのに……


「さて、要件はなんじゃ?」


人型になった宇迦之御魂神は、祭壇からふわりと飛び降りてくると植物で作った椅子に座る。

そして、首を傾げながら問いかけてきた。


さっき思った通り舞のようだし、白い髪が光を反射していて綺麗だ。けど、着物も白だからすごく眩しい……


「要件は、人間に力を貸してほしいってことです。

2週間後に、妖怪と妖鬼族が愛宕に攻めてくるらしいので」

「ふん……妾を殺そうとしていた人間を助けるじゃと?

ありえぬな」

「それは夜刀神様にも言われましたが、勘違いであると確認が取れましたよ」


人型の状態だと、獣型の時よりも遥かに表情や考えていることがわかりやすい。

ここで誤解が解ければ、この冷たい視線もなくなるだろうし、守護神獣として協力してくれるはず……


そんな期待を込めて、宇迦之御魂神を見る。

だが……


「はっ……どうせあれは、元々大して気にしておらんかったはずじゃぞ? 妾とは違って、素直なやつじゃからの……


食物と認識していたから人を食らった。

大口真神に止められたから主食を変えた。

攻撃されたから反撃した。勘違いだったから受け入れた。


やつは上手く手綱を握れば、誰よりも都合のいい神獣よ。

どうせ今は、あの蛇と行動を共ににしておるのじゃろう?」


彼女は夜刀神とは違って、それを聞いても微塵も揺るがなかった。それどころか、簡単になびいた夜刀神を若干馬鹿にしているような雰囲気さえ醸し出し始める。


……これはだめだな。

あんまり詳しくはないけど、もしかしたら大口真神と一緒に夜刀神を叩き潰した神の一柱なのかもしれない。


いや、一体どうしたらいいんだよ……

一柱仲間になったから、それで信頼得やすくなったかと思ってた……


「ええ……まぁ……」

「信頼というのは積み重ねじゃ。勘違いというのがどのようなものかは知らぬが、実際、長年命は狙われていておった。どこに信じる要素がある?」

「勘違いというのは、幕府の総意ではなく一部の暴そ‥」

「人間に変わりなかろう」


首脳陣は友好的だ……そんなようなことを匂わせたつもりの言葉だったが、それも彼女はきっぱりと切り捨てた。

ここまで断言されたらもう何も言えない……


まず人間に対する信用がないというのなら、無理に引っ張り出していい結果になるとも思えないし……

宇迦之御魂神は無理か……?


けど、まだ敵にならないだけありがたいと見るべきなのかもしれない。晴雲の助言には全員含まれているだろうし、この損失は痛いな……


はぁ……信用ねぇ。

正直人間はみんなそれぞれ違うし、暴走した一部だけ見て決めてほしくないものだけど……命だもんなぁ。


うーん……ん?

まったく無関係な人間ならどうだ……?

少なくとも不信感は持たれていないはず……!!


「幕府じゃなくて、俺達を助けるということで助力は……」

「そもお主らは誰じゃ?」

「……」


……そういえば俺達初対面だったか。

少し感心されはしたが、それは神獣と一緒にいたからってだけだし、俺達自身の信用には……


ロロとは同じ神獣なんだし、ここを攻めればあるいは……?


「じゃあロロを……この神獣を助けると思って……」

「子どもを出しにするでないわ」

「……」


ごもっともです……

吾輩からの信頼を除けば、1番期待できる交渉材料ではあったがやはり無理そうだ。

そもそも吾輩の信用が薄そうなんだよなぁ……


これはもう正攻法で……


「じゃあ‥」

「断る。妾はもう、愛宕幕府を信用せぬ。

妾が責任を持つのは、もう昔からおるこの岩戸だけじゃ。

だがそれも、別に積極的に守ろうとは思わぬ。

妾が住処を守るついでじゃ。岩戸ですらついでであるのに、愛宕まで出向く訳がなかろう」


吾輩と同じように、幕府の人間――美桜にでも会ってくれれば意見が変わるかもしれない……

そんな期待も先回りで潰された。


……うん、もう無理だ。

他にどんな交渉材料がある?


住処もついでと言い切るなら、供え物も無駄そうだし彼女に何か欲しい物があるとも思えない。

人間は信用してなくて助けないし、他の神獣の名前を出しても出しにするなと言われそう。


多分もう打つ手なしだ。

せめて敵にならないことくらいは確約もらっておくか……

あと万が一のために、逃げてきた人の保護とかも。


「わかりましたよ……けど、敵にならないことと住民の保護くらいは頼んでいいですか?」


俺が頼み……というか、むしろ釘を刺したというべき言葉を告げると、彼女は少し逡巡した後片目をつぶって答える。


「まぁいいじゃろう。侍以外であれば、この島に逃げてきた場合に限り、岩戸の民でなくとも保護を約束する。

妾が身を守るついでにな」

「助かります。

……けど、いつかは人間とも分かり合ってくださいよ」

「ふむ……気が向けば、な」

「お願いしますよ」


宇迦之御魂神は、吾輩と違って攻撃を仕掛けてくることはないだろうが、念の為。


だけど、それでなくても誤解されたままというのは悲しいし、どうせなら俺も仲良くなりたいので、いつか本当に分かり合ってくれることを願う。


そんな願望を思い描きながら、俺はひっそりとため息をついて祭壇から離れた。


隣にはちゃんと空気を読んで黙っていた楽しみの仮面(ドール)

足元にはトボトボと歩くロロがいる。


楽しみの仮面(ドール)は何故か相変わらず楽しそうだけど、流石にロロは落ち込んだ様子だ。

……二柱目の助力を得られなかったのが、めちゃくちゃ実感できてしまう。


「……決裂だな」

「そうみたいだね♪」

「まったく楽しくないぞ……」

「オイラもかなしいよ……」

「もちろんあたしだって悲しいよ♪ でも、全部で八柱♪ 

みんな神様として崇められてるんでしょ?

夜刀神だけでもありがたいことだよ♪

それに、助力がないと全滅だと言われた訳でもないしね♪」


俺達が口に出したことで改めて暗くなっていると、彼女は明るくそう言い放つ。呑気だな、と思わなくはないけど……

……うん、たしかにそうだな。


攻めてくる数はわからないが、少なくとも八妖の刻――多分8頭だと思われる、強力な魔獣達は来るだろう。

なんてったって、愛宕に着いた夜にもう一部が攻めてきてたし。


それから死鬼……4人の妖鬼族のリーダー格がいる可能性もある。おそらくは、これが来るかどうかが占いでも曖昧なものだろう。あの夜見てないし。


いや、もしかすると……攻めてくるのは妖鬼族で、タイミングが合わなくて妖怪がいないなんてこともあり得るか……?


……まぁ今考えても仕方ないか。

ともかく、手強いと思われる存在は最大で12。


ヤタの戦力としては雷閃四天王だけでも5人いるし、俺、ライアン、ドール、ロロを合わせて9人。

それに追加して夜刀神……正直戦ってほしくないけど律、タイミングが合えばシリアもいる。


これでもう12だ。

その他の妖怪や妖鬼族にも実力者はいるだろうが、侍達だっているので問題なく撃退できそうだ。


……ただ、天狗も犬神もかなり手強かったんだよな。

吾輩や宇迦之御魂神を見た後だと、あれが八妖で1番強いという気はしないし……

他のもっと強い妖怪に戦力を取られる、なんてこともあるかもしれない。


それは少し怖いけど……

まぁ話を聞いてくれるのが吾輩以外にいないとも思えないし、単体で強いかはわからないけど式神もいる。

多分大丈夫だろ。


……少し気が楽になってきた。


「それもそうだな……」

「オイラはそれでもこわいや」

「大丈夫大丈夫♪ みんな強いんだから♪」


ドールと同じ顔で、ドールとはまるで違う表情の豊かさ。

本来彼女が持っていたであろう優しさで、失望が塗りつぶされていくのを感じる。

この子と同じチームで本当によかったな……


俺達はもう次に向かう守護神獣のことを考えながら、最初の浜辺の崖への道を進んだ。

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