110-狐神の祭壇
崖の上を左方向に進んでいる俺達の目の前にあるのは、潮風から内陸を守るかのように入り組んだ森だ。
宇迦之御魂神がいるかもしれない場所なだけあって、畑や田んぼへのケアはバッチリできている。
正直、崖だけでも防ぐことができる気がするが……
まぁ宇迦之御魂神は豊穣神なのだから、手を加えるとしたらこうなるだろう。
……とても探しにくい。
それを望んでいるんだろうけど。
しかもクロノスと会ったあの森は、岩戸の裏山のごく一部であったと思われるので、広さはこちらが圧倒的だ。
密度はそこまででもないが、結局広くて迷ってしまう。
実際に森の中に入っても感知できないのか……?
「感知じゃなにも見つからないか?」
「そうだねー……なんか、ところどころ反応がブレるんだよ」
愛宕の隣だからなのかねぇ。
まぁ隣同士とは言っても島と島の話だから、泳いですぐに着くような距離でもないんだけど……
神秘なんて曖昧なものだし、考えても仕方がないか。
ともかく、もしそういうことなら今愛宕には橘獅童がいるということだ。幕府に引き渡さないと……
俺は周囲に目を向けながらも、感知が完全には機能していない原因について考えてみる。
すると、少し後ろからちょろちょろ走り回っていた楽しみの仮面が思いっきりぶつかってきた。
周囲にもちゃんと目を向けていたから、ちゃんと受け止めることができたぜ……
「危ねぇ……」
「いいじゃんいいじゃん♪ 先がわかっている冒険なんて、まったく楽しくないんだからさ♪」
「そうはいってもな……もう3日目だし」
「あと11日もあるよ♪」
「ちょうど2週間後って決まってる訳でもないぞ?」
夜刀神が1日。
宇迦之御魂神が今のところ2日……多分今日で見つけることができるだろう。
ここからは予想でしかないけど、白兎大明神、多邇具久命はそう難しくはなさそうだから……それぞれ1日くらい。
大口真神は探すの大変そうだし2日。
射楯大神、天迦久神、隠神刑部は、性格的にそれぞれ2日以上はかかりそうだから、少なくとも6日かかって合計10日。
……うん、普通にギリギリだ。
それも晴雲の占いが当たっていることが前提だから、もし「未来のことを完璧に知れる訳がないじゃん?」とか言って実際は10日後に来たりしたら、それだけで破綻してしまう。
しかも、道中で嵯峨雷閃と橘獅童も見つけておく必要もあった。
晴雲の助言は守護神獣だけだったけど、それを抜きにしても海音が不憫すぎるからな……
全員を愛宕に引っ張り出すとしたら、少しは余裕もほしい。
俺としては、今すぐ宇迦之御魂神を見つけて次を探しに行きたいくらいだ。
ほんと……今すぐ見つかってくれねぇかな……
「おやおやぁ……? うわぁ……!! 何あれ何あれ?
すっごく面白そうなものがあるよ♪」
俺が少しぼんやりしながら暗い未来を想像していると、楽しみの仮面が興奮しながら前方を指差し始めた。
何だ……? 何か見つけたのか……?
「祭壇でもあったか?」
「んーん。崖!!」
「崖?」
改めて彼女が指差す方向をよく見てみるが、俺の目には特に変わったものは映らない。
崖といえば、ここが既に崖の上だ。
海辺以外にも崩れている場所でもあるのか……?
「なくね……?」
「えー? あるよー? むー……じゃあ、行こっか♪」
「は?」
「ほらほら行くよ♪」
「ちょ……」
「おちるー……!!」
楽しみの仮面は薄い反応にしびれを切らしたのか、俺の手を思いっきり手を引っ張りながら走り始める。
ロロが肩から落ちそうになるくらいの勢い……!!
俺達が手を引かれながら、数分ほど走って連れてこられた場所は、たしかに崖と呼べるものだった。
森のど真ん中で、地面がいきなり深くまで崩れている。
といっても、曲線や直線でつながったような、一目でわかる谷の形をしたものではない。
あちらこちらに穴が空いていて、それが浜辺と同じくらいの低さまで届いている感じだ。
一見、ただ穴だらけの森……
だが地面に見えている部分も、この辺りは下が道になっている場所ばかりのようだった。
近場だけでなく、遠くの穴の向こう側からも、少しだけ光が漏れているのが見える。
地下がなくて、どうやってこの形を保っているのか気になるけど……
やたら植物の根がはっているようだから、それで地面を支えてカモフラージュもしているのだろう。
豊穣神としての力を存分に活用してるな……
あと気にする必要はないと思うけど、音の方向からして道は浜辺と森の奥を繋いでいる。
どうやら正規の入り口は浜辺だったらしい。
崖の方が範囲が広くて見つけやすいけど……
もしかしたらライアン達も、浜辺側からこの谷を見つけている頃かもな。
そうであってくれたら、もし祭壇を見つけて戦闘になっても安心感がある。……まぁ、まずは降りるところからだ。
恐る恐る覗き込んで見ると、一応崖の壁はツタなんかに覆われてはいる。
けど危険度は下がっても、難易度は変わらないだろう。
これは降りるのが大変かもしれない……
「ね?」
「本当だな……見るからに怪しいような……?」
「うん。ここいるよ、クロー!! なんかある!!」
「確定か……ならどうにか下に‥」
「それなら任せて♪ 楽しみの感情は、自由な風♪
安全に運ぶよ♪」
そう言うと楽しみの仮面は、両手を空にかざした。すると、俺たち全員を柔らかな風が包み込む。
リューの強風はもちろんのこと、フーの細かなよそ風とも少し違った、大きく、力強く、優しく包む風……
「レッツゴー♪」
俺達は楽しみの仮面の掛け声と共に、崖の中へと勢いよく飛び込んでいった。
~~~~~~~~~~
「はい、到着♪」
「ありがとな」
「ありがとー」
風に運ばれた俺達は、ものの数分で崖の下に到着した。
広さは……2~3人が手を広げて歩けそうな程に広い。
そして、地面には少し土もあるが、小石などが多くてどこか浜辺に近い感覚を受ける。
多分浜辺側に行くほど多くの砂や砂利に変わっていくのだろう。現在地を推測するのにとても役立ちそうだ。
……とすると、今は半分くらいの場所かな?
行き止まりがあるとすればだけど、そこまで時間をかけずに辿り着けそうな予感がする。
「じゃあさっさと進も……おい、こっちだぞ!!」
「おっとっと……間違えちゃった♪」
彼女は何故か浜辺の方向へ向かっていたが、俺が慌てて声をかけると、舌を出しながら体の向きを反転させた。
口では謝ってるけど……なんかそれすらも楽しんでいそうだ。
流石楽しみという感情が具現化された分身だな。
……決して褒めてはいない。
はぁ……地面を見たらすぐにわかるっていうのに……
楽しみすぎて周りをまったく見てないんじゃないか?
「楽しむのはいいけど、道を間違えるくらいに視野を狭めてちゃ、色々と面白いもんも見逃すぞ」
「そうだね♪ 反省反省♪」
「わかってねぇな……」
「まぁもしクローが見のがしてたら、オイラが念動力でほうこうをゆうどうするよ」
「俺もよーく目を配っておくよ」
とはいえ、そもそも分身ごとに役割があるようだから、楽しみの仮面はこのままでもいいのかもしれない。
まぁそもそも、気分屋なリューとかシリアよりはマシだし……
俺はあまり気にしないことに決めて、谷底を内陸に向かって歩き始めた。
~~~~~~~~~~
それからしばらく歩き続けて辿り着いたのは、小ぢんまりとした、緑あふれる広場のような場所だった。
下は芝生、上は大量の木の葉の屋根が覆っており、どこを見ても目に優しい緑色が埋め尽くしている。
谷底でドーム状になっているからか、とても空気がおいしい。葉が薄いからか、とても明るく幻想的だ。
思ったよりもすんなりと見つけることができたけど……
まぁ多分、この道を辿ってこないと見つけることはできなかっただろう。やっぱチルがいなくても運はいい。
そして、中央にはもちろん立派な祭壇があり、上には1頭の狐がいた。
美しい狐神は、吾輩ほどではないが明らかに俺よりも大きな体で、白い全身から黄金色の光を発している。
まるで、岩戸で見た田んぼの稲みたいだ。
吾輩はただ巨大な蛇って感じだったのに、祭壇の豪華さも見た目の華々しさもえらい違いだな。
豊穣神として崇められているから……なのかもしれないが。
ともかく挨拶……しても大丈夫か?
宇迦之御魂神は、人に会わない神と聞いている。
もし視界に入っただけで怒るようなら、吾輩を呼ぶかロロに頑張ってもらうしかないんだけど……
「人間が会っても大丈夫だと思うか?」
「でも、オイラだけで会うのいやだよ?」
「楽しそうだし、さっさと会っちゃお♪」
「え、いや危機感……」
「おーい宇迦之御魂神様ー♪」
「え、えー……」
俺達が慎重に話し合っていると、楽しみの仮面はそう言ってさっさと呼びかけてしまう。
しかも、敬いの欠片もない、思わず引いてしまう程に気安い感じで……
「……」
その声を聞き、宇迦之御魂神はゆっくりと頭を持ち上げる。
閉じていたまぶたを開き、その神々しい瞳を俺達へ……
「なんじゃ? お主らは」
警戒、敵意、不信、軽蔑、怒り、殺意、諦観、苦悩。
それは、あらゆる負の感情が詰め込まれたような、思わず体を震わせしまうような視線だった……