104-捜索、宇迦之御魂神➀
岩戸の町に入った俺達は、目的地が決まっていないので、ひとまず人波を避けつつぶらぶらと歩いていた。
早く会いたいが、白兎大明神じゃあるまいし、この中にいるなんてことはないよな……
俺達が前回来た時は休憩だけだったので、宇迦之御魂神がいそうな場所にはまったく心当たりがない。
それに、前回入った岩戸の町よりも大きいので人も多かった。龍宮側は浜辺だったが愛宕側には港があったし、貿易でもしているのかもしれない。
たしか祀られてはいるらしいけど……
愛宕みたいに神社に木像でもあるのか?
それとも、龍宮みたいに祭壇が?
うーん……ご利益があると認識されているのなら、龍宮よりは愛宕の方が近いかもしれない。
ならとりあえず神社はあるだろう。
でも町になんか絶対いないよな……?
わがは……夜刀神には心当たりもなさそうだったので、律と美桜に確認してみる。
「いないとは思うけど、神社に祀られてたりするか?」
「そうだね……いちおう神社、あるよ」
「けどあれは、町人が宇迦之御魂神を身近に感じるためだけのものかな〜。実際に彼女が来ることはないと思うよ〜」
「なら駄目ですね……ガックリ」
岩戸の人達が祀っている場所がここの神社なのだとしたら、会ったことがある人なんかも0人だろう。
人と会うことがないとも言っていたし。
ただ、愛宕の神社に祀られていた大口真神と白兎大明神も、あそこにいるから祀られてる訳ではないはずだ。
岩戸で祀られてる神が、神社に祀られてるというとない可能性ばかり思い浮かぶ……
けど、やっぱりどこかには祭壇があるんじゃないか……?
ただ夜刀神は心当たりがないって言うしな……
祭壇があるなら、心当たりでそこを言わないか?
もしくは、祭壇があってもいないというだけ?
とりあえず、祭壇があるならそこから見に行くのが最善……
「祭壇はある?」
「……いちおう。近よると、おこるから……場所、覚えてないけど……」
「そっか……夜刀神も知らないのか?」
1番頼りになる律が知らない様子だったので、同じく人――正確に言うと聖人だから人間とは違うけど、神獣ではないのだから大枠では人のはず――である美桜はスルーして夜刀神に聞いてみる。
心当たりがないとは言っても、彼も同じ守護神獣だ。
きっと、宇迦之御魂神が普段祭壇にいないからわからないってだけで、祭壇の場所くらいは……
そんな期待を込めて。
だが……
「吾輩、仲の良くない者が数名いる。
大口真神、宇迦之御魂神、天迦久神、隠神刑部。
これらは祭壇の場所も知らぬよ」
彼は白髪を揺らしながらそう答える。
わかりやすく顔もしかめて、知ろうともしなかった様子だ。
なんでついてきた……?
はぁ……じゃあまず祭壇を探すところからか……
結局明確な目的地は決まらなかったので、俺達は付近の山に向かおうと町の外へと足を向けた。
夜刀神の祭壇があったのは谷間なので、宇迦之御魂神のも同じような場所に隠れているかもしれない。
それがダメなら……まずは他の山も回って、最悪雑木林とかか……?
正直そんな場所にあるなら、みんな見つけていそうだ。
一応全部回るつもりはあるけど……
これじゃあなんのために町に入ったのかわかんねぇな。
……というかもしかして、これ一番と言っていいレベルで大変なんじゃないか?
大口真神は会えれば助けてくれるっていうくらいだから、会ったことのある人はちょいちょい見つかりそうだ。
なんなら律が知ってそう。
天迦久神も一番存在感があるっていうのだから、祭壇はなくても多分会えるだろう。
隠神刑部は……嫌われているというからには、会えるよな?
なんとなく、祭壇なくても何か仕掛けてきそうなきがする。
……うん、やっぱりここが正念場かもしれない。
一番大変そうなのは射楯大神だが、祭壇はないらしいし、そもそも国にいない可能性があるのだから例外だ。
というか、数名……? 彼を除けば守護神獣は7柱。
半分以上と仲悪いじゃねぇか……どこが数名だよ。
「……なぁなぁ〜。あんたって、その4柱に潰されたのか〜?」
俺が呆れ返っていると、何故かライアンがわくわくとした表情で同じことを聞き始めた。
悲報……だよな?
それに対して、わがは……夜刀神は顔をしかめて返事をする。
「おや……? 君とその話をしたかな……?」
「い〜や? けど、人を襲ってたから恐れられてる神って話とか聞いたぜ〜」
「いや、全員ではないが……
うむ……まぁ、間違っては……いないとも……」
「あっはっはっはっは……!! 懲らしめられて味方に……
あっはっは……!!」
「馬鹿にしているのかね!?」
どうやら、同じ守護神獣でありながら寄ってたかって叩き潰されたというのが面白かったらしい。
彼は目を見開いて反駁する夜刀神を尻目に、大笑いを始めた。
空気が和む……
というかライアンと比べると、夜刀神だって十分堅苦しいんじゃないかと思えるよ……
~~~~~~~~~~
しばらく笑い続けていたライアンは、明らかに町人の迷惑になっている。
そのため俺達は、彼を引っ張るように町から連れ出すと、速やかに裏にある山の麓へとやってきた。
この山は、異質な崑崙はもちろんただの島だった龍宮と比べても、明らかに小さな山だ。
記録などを見た訳ではないので正確なところはわからないが、だいたい400メートル前後くらい。
つまり、不死桜より少し高いくらいということだな。
……あの木がデカすぎるのか、この山が小さすぎるのか。
なんかあれを見たせいで、より小さく感じる。
まぁ小さいならその方が探しやすいし、別にいいけど。
それよりは登りやすい環境なのかどうか……
少し目を凝らして観察してみる。
聖域だったからか不死桜ばかりで、自然そのものと言える神秘に包まれているが、逆に不自然に感じた崑崙。
海に削られたかのような岩山で、ほとんど生命が感じられなかった龍宮。
その2つと比べると、ここは至って普通の山といった雰囲気だ。神秘で多少季節はゴチャついているが、それも許容範囲。
青々とした木々や燃えるような紅葉。
日の光を反射している小川など、実に平和的な光景が視界いっぱいに広がっている。
……よく見ると、ところどころ池みたいなものもあるな。
人もいるようだし、どう見てもここにはいなそうだ。
「人がいますね」
「お、ほんとだな〜。なんか働いてるぞ〜」
「あの人達は農家だね〜。宇迦之御魂神に近い方が豊作になるから、棚田で稲作をしてるのよ〜」
稲作……ヤタで食べた米ってのを作ってるんだったか……
かなり規模が大きいな。
棚田はいたる所にあるし、人も数十人単位だ。
「……ここ、探す意味あるか?」
「どうだろうね……」
「でも〜、この山のどこかには祭壇があるはずだよ〜。
十中八九いないけどね〜」
「それじゃ意味がないだろ」
律はどちらかというと探す必要はない派で、美桜はとりあえず登りたい派のようだ。
人数は割といるし……
「でももし行きたいなら、何人かでここも見とくか?」
どうせどこにいるかわからないのなら、祭壇全部巡るくらいのことはしないといけないだろう。
祭壇の場所も曖昧なんだから、あると決まっている場所は行く方がいい。
「はいはい、私は行きたいで〜す!」
「他は……」
念の為提案してみると、美桜が勢いよく手を上げて立候補してくる。だが、他は誰一人として手を上げなかった。
……うん、1人だな。
「いないみたいだから1人で頼む」
「え〜……」
俺も行きたくないので、容赦なく突き放す。
もともとほぼ確定でいないのだから、せいぜい無駄足を踏んでくれ。……ちゃんと探したい場所にいても、サボりそうだし。
だが彼女は、しばらくうなだれたあといきなり顔を上げた。
その表情は笑顔……まるで面白いイタズラを思いついた子供みたいだ。
「クロウくん、一緒に行きましょう?」
「嫌だって‥」
「術を教えますよ?」
「うっ……」
朝は何故か摩天楼がまともに使えなかった。
イメージだけでは使えない可能性があるなら教わる必要があるし、これを拒否したらへそを曲げて教えてくれなそうだし……
確約があるなら付いていきたくなる……!!
くっそ……!!
「わかった……絶対に時間のムダだけど、付いてくよ……」
「わ〜い!!」
「腹立つなぁ……」
「それは無駄足を踏むからかな〜? でも、人生に無駄なんてないんですよ〜? どんなことも人生の大事な要素です」
「いや元凶が何言ってんだ」
「ふふふ〜」
美桜はやたら楽しそうにクルクルと回りながら山へと向かっていく。……普通に危ねぇんだけど。
仕方ないので、俺も諦めてその背中を追う。
……無駄を楽しむのが悪いとは言わないけど、2週間以内だぞ?
状況を考えてほしい……
「はぁ……」
「あ、ならオイラもいくよー」
「そっか……ありがとな……」
俺がみんなから少し離れると、ロロが勢いよく走ってきて肩に乗る。もう彼の指定席。いつもいる安定の場所だ。
「お〜う、じゃあまた後でな〜」
「できれば日が暮れる前に岩戸に戻ってきてくださいね。
もし帰りが遅ければ、こちらから律さんか夜刀神さんにお迎えを頼みますけど」
「あー……早めに頼むよ」
ロロが肩に乗ると、ライアンとドールが挨拶をしてくる。
ドールは美桜と仲良さげだったけど、認識はちゃんと同じっぽくて助かったな……
つまり、サボり魔。適当そう。
同じ呑気でも、やることはやるライアンとは偉い違いだ。
これでちゃんと探せるのはドール、ライアン、律、夜刀神か……
まぁもともと地元民の3人と俺達は、ペアになった方がいいと思ってたからいいんだけどさ。
式神と本来の姿で移動手段としても便利だし。
俺はもうすっかり諦めて、速くも遠くに行ってしまった美桜を、急いで追った。