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化心  作者: 榛原朔
二章 天災の国
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101-お試し陰陽道

翌朝。俺が目を覚ますと、まず視界に飛び込んできたのは、視界いっぱいの巨大な鱗だった。

前後左右、どこを見ても鱗、鱗、鱗。


いや、どういう状況……?

もちろん上を向けば空があるし、下を向けば岩場のような場所……ああ。そういえばここは外だったか……

スッと納得し、枕にして寄りかかっていた鱗から離れ、立ち上がる。


だが、視線が高くなっても鱗しか見えない。

本当に鱗しかねぇな……


俺達はたしか祭壇の隣で野宿させてもらっていたはずだが、巨大な鱗――夜刀神が迷路の壁みたいに俺達を包んでいて、まるで室内にいるかのような感覚だ。


立ち上がってもその高さだし、とぐろも本来円状に巻くところを迷路のようにしているのだから、規模がおかしいとしか言えない。


ニーズヘッグもだけど、直径何メートルだよ?

全長に至っては、もう考えるのも馬鹿らしい。


正直本気で殺し合うんだとしたら、人間の体をしている大厄災よりも手強い相手なんじゃないか?

上位の……それこそ神に近い神獣なんて、聖人でも魔人でも、まともやつが勝てるとは思えない。


というか、これの目に攻撃を届かせた美桜もすごいよな……

今はドールと一緒に丸まっていて、とてもじゃないが神獣をのたうち回らせる程すごい人には見えないのに。


刀……扇子……陰陽道……

この3つくらいしか見てないけど、術に遠距離のものでもあったのかな……?


今回、恐ろしい神と呼ばれる夜刀神だけで1日だ。

全員の助力を得るのに、2週間もかからない気がする。

そしたらぜひ教えてもらいたいな。


札と、イメージと、術を象る呪文。

秘奥は無理としても、最近の術なら呪文とイメージだけだし口頭でも教えられそうだ。


いくらサボり魔でもこれくらいならしてくれるだろう。

でも、それを仕事サボる理由にされそうだな……


うーん……海音に迷惑をかけてしまうのはまずい。

……まぁ、後でいい感じの案でも考えておこう。


例えば海音に頼んで、本に記すことを仕事に混ぜ込んでもらうとか。

呪いと同じ要領でいいのなら、多分それだけでも使えるんだろう。文字からイメージが湧くなら、だけど……


「ん? そういえばたしか御札って……」


昨日美桜に御札をもらったことを思い出し、懐を探る。

夜刀神に会う前だったから、つい忘れてた……


「おお、あったあった」


御札は紙なので少しわかりにくかったけど、ちゃんと落としてなくてよかった。

5枚の御札を広げてみると、変わらず神秘を放っている。

たしか呪文を聞いたのは、摩天楼と波紋だったか……


試してみたいけど、起こすのも悪いしどこか別の場所でした方がいいかな?

島の地理には詳しくないが、ひとまずは夜刀神のとぐろの中から出ようと思い、出口を探す。


最初は右側に足を向けてみたが、夜横になった時とは少し位置が違う上に、重なっている部分もあってぐちゃぐちゃだ。


うん、道ねぇな。

寝てた場所は綺麗に道になっていたけど、外に出ようと思ったら登るか潜るかしないと出れない。

しかも今も少しずつ動いていて、とっちの方法をとるにしても一苦労……


いや、マジで出れるか?

この巨体だし、人ところにまとまるなんてことはないはずなんだけど、隙間も狭いし高さも馬鹿にならない……


「デカすぎ……」

「それはすまない。何千年も生きたからか、随分と巨大になってしまったのだ」

「っ!?」


思わずつぶやくと、いきなり頭上から威厳に満ちた低い声が聞こえてきて飛び上がる。

少しずつ動いている体、頭上からの声、これは……


「や、夜刀神様……」

「うむ。吾輩だ」


慌てて頭上を仰ぎ見ると、鱗の壁から顔をのぞかせていたのは、案の定夜刀神だった。

とぐろを巻く体は俺の2倍以上の高さなのに、まだまだ体の長さには余裕がありそうな気がする。


てか、もう起きてたんだな……

確かに少しずつ動いてはいたけど、寝返りみたいなものかと思ってた……


「えっと、お早いですね……?」

「吾輩、ただ初対面で馴れ馴れしいのが嫌だっただけだぞ?

志を共にする者ならば、もう友だ。許す」


恐る恐る挨拶をすると、彼は軽い口調でそう返してきた。

馴れ馴れしいのは厳禁だと言っていたのに、思っていたよりも基準が緩いな……


「はぁ……じゃあ、早いな夜刀神」

「うむ。年寄りの朝は早いのだ」

「な、なるほど……」


どう返したらいいんだ……?

ヒマリは女性だから嫌がってたけど、夜刀神は男性だから別に嫌がらないか?


でも、老害とかなんとか言って怒ってたし……

ああ、もう!! 年齢なんて気にしてこなかったから、イマイチよくわからないな!!


俺が戸惑っている間にも、夜刀神はどんどん体を持ち上げてとぐろを解いていく。

まだ寄りかかってる人いたら、頭ぶつけそうだな……


けど美桜とドールは布敷いて丸まってたし、そこまで気にしなくてもいいか。

で、年齢は……


「えっと、年齢って突っ込んでいいのか?」

「うむ。吾輩、3000年以上は生きている。

守護神獣はみな同年代であるし、隠す必要はない」

「でも、昨日美桜に対しては怒ってたよな?」

「言ってきたのが敵ならば、それは嘲りだろう? 

だが、味方ならば孫のようなものよ。好きに呼ぶといい」

「あー……そういう感じね……」


直接昨日のことに触れても、彼は変わらず友好的だった。

それ自体はいいことなんだけど、うーん……

これのどこが恐ろしい神なんだ……?


普通に優しいじゃん。

外に出るのも、頼めばなんの問題もなさそうだ。

まぁ、もうだいぶとぐろはなくなってきてるけど……下手したら荒らしてしまうし、どうせなら場所も決めてもらおう。


「なぁ夜刀神。とぐろから出してくれないか?」

「おお、外に出たかったのか。ならばほれ、頭に……」


もうなんの恐れも持たずに頼むと、彼は頭を俺の方に近付けてきた。やはり池跡地から這い登った時のように、頭に乗せて運んでくれるようだ。


……よく考えたら、昨日の時点で優しかったな。

今更ながらそう思い直し、身構えていたことを少し申し訳なく思いながら乗せてもらう。

……神に。


宗教なんてやってないけど、神のような存在とわかった上でこれはちょっと畏れ多いな……

しかも、麒麟のような騎乗動物っぽい感じではないのに、こんなとぐろの中でも安定感がすごい……


「ところで、どこへ向かえばいいのだ?」

「美桜がやってた陰陽道を真似してみようと思ってさ。

空き地的な場所がいいな」

「真似……? 了解した。適当な広場まで運ぼう」

「おう、頼む」


彼は完全にとぐろを解くと、龍宮の山を登り始めた。

あいつらは頭ぶつけなかったかな……




~~~~~~~~~~




夜刀神の頭部に乗っかった俺がスルスルと運ばれていったのは、谷間のようになった場所にある広場だった。

半径数百メートル程とかなり広めだが、その上祭壇もある。


……え?

ここが荒らしてもいい場所……なのか……?

夜刀神が祀られている、神聖で大切な場所なのでは……?


明らかに立ち入らない方がいい場所なので、思わず夜刀神に聞き返す。


「おいおい……ここはマズいだろ……?」

「何故だ? ここは吾輩の祭壇だぞ?」

「いや……だからだよ。別に信仰している訳でもないけど、流石にここを荒らすのは罰当たりすぎる」

「む……そういうものか?」

「そういうものだ」

「いくつもあるし、別にいいのだが……」


神ってのは案外祀られることをなんとも思ってないのか……?

多分八咫国民に崇められることなんてなかったんだと思うし、無頓着なのも納得はできる。


けど、まさかここまでとは……

まぁ本人が言ってくれてるんだし、ここだけじゃないとも言ってるし、多少荒れても問題はないか。


「……けどまぁ、いいって言うなら使わせてもらうよ。

ありがとう」

「うむ。吾輩、特に陰陽道を使う訳でもないが、君よりは見たことがあるはずだ。出来具合を判定してやろう」


どうやら彼もノリノリだ。

蛇の表情には慣れていないので感情を読み取りにくいのだが、それでも多分笑顔なんだろうな……と思えるような声色をしている。


本当に恐ろしい神ってなんなんだよ……

俺はかなり本気で呆れ返りながら、懐に仕舞っていた御札を取り出す。


「ほう……真似とはどうするつもりなのかと思っていたが、もう札をもらっていたのか」


何故か夜刀神が感心したような声を上げるが、俺からしたら特に問題でもないので無視することにする。

恐ろしいは恐ろしいんだろうけど、友達になれば優しい神だからな。


で、術の使い方は……うーん、適正はわからないから、とりあえず適正がないものとしてやってみるか。

俺は札を顔の前に構えて、術のイメージをする。


まずはまったく危険がなさそうな"波紋"。

えっと呪文はたしか……


「目は口ほどに……ってえぇ!?」


"水の相-波紋"


俺が呪文をほんの少しだけつぶやくと、何故かその瞬間には波紋が発動していた。

前回と同じように視界が薄い青色に染まっていき、地上なのにまるで水中のようなふわふわした浮遊感に包まれる。


俺自身の声も、夜刀神にまで響いているようだ。

成功している……え、呪文は……?

予想外のことでなかなか頭が追いつかない。


すると、一瞬うるさそうに顔をしかめていた……と思われる夜刀神が、納得したようにうなずき始める。


「なるほど、水の適正があったのか。美桜殿は占ったのかな? それとも……ああ、君は幻桃果を食べていたか」

「あの果実がどうかしたのか?」

「うむ。あれは適正を測る効果があるのだ。

適正者だと、特に美味に感じるな」


どうやら神秘をまとっていただけあって、ただの果物ではなかったらしい。

とんでもない効力だ……


……けど、たった1つの果実で?

基本は5属性だって聞いてるし、特に美味ってだけでは測れなくないか?


そう思って聞いてみると、どつやら幻桃果と同じような効果がある果実は全部で5種類あるとのこと。

幻萄果を除くと、あと3種類……残りも今度試したいな。


「なるほど。だから俺にだけ御札をくれたのか……

あれ? でも適正なくても使えるんだよな? 術」

「そう聞いている」


なら全員に配ってくれたらいいのに……

軽はずみに教えられないのは、本来の陰陽道――占いなどの秘奥だけのはずだ。


現代の神秘に順応した術なら、一回見ただけでも札さえあれば使えそうだし、せめてドールにはあげてほしい。

彼女の呪いは、本体にはなんの力もないからな。


戻ったら聞いてみるか……

もしかしたら、札を作るのも陰陽道の一部なのかもしれないけど……俺に5枚もくれたならまだあるだろう。


まぁそれは戻ってからだから、ひとまず置いておくとして……

あとは摩天楼だけなので、さっさと試しておこう。


幻桃果が水の適正を測る果実だったのなら、金はまだ適正があるかどうかはわからない。

ちゃんと呪文を唱えてイメージを……


「地は揺るぎなくここにある。全ての流れは留まり、

収束し、永久に崩れぬ牢獄をここに」


"金の相-摩天楼"


さっきと同じように札を顔の前に構え、呪文を唱える。

イメージは、美桜の作った鉄柱の拘束……あれ?


「フハハハハ、随分と可愛らしい術だな」


俺の目の前に現れたのは、たった数本で、しかも俺の腕よりも細い鉄の棒だった。

一応ある一点をめがけて斜めになっているが、到底拘束の術とは言えない。


もし拘束できるとしたら……ねずみなどの小動物だけだろう。

実際に美桜の術を受けている夜刀神が、大笑いを始めるのも仕方がないレベルでちっぽけだ。


技量の差なのか……? 規模が雲泥の差だ。

適正がないのだとしても、流石にちょっとショック……


「なんで……?」

「別に同じ呪文である必要はないのだろう?

よりイメージしやすい言葉で象ればいいのではないか?」

「実際に見たんだから、同じのが1番イメージできるよ……」


俺は落胆で肩を落とすが、夜刀神の言葉にはちゃんと反論を返す。本心からでた助言だとは思うけど、正直意味があるとは思えない。


呪文と大まかなイメージだけ本や口頭で知ったならともかく、目の前であんなに派手に使われてるんだからそれに倣うのが1番いいはずだ。


「はぁ……」

「戻ってから美桜殿に聞いてみるといいさ」

「そうだな……」


美桜と同じように札を使って、同じように呪文を唱えて、同じように見たままをイメージした。

それでダメなんだから、ほんとに聞くしかないな。


思ってたよりも簡単にできたのはよかったけど……

まだ少し知っておかないといけないことがあるのかもしれない。


「じゃあ戻るよ。乗せてもらっていいか?」

「もちろんだ」


今知っているのはこの2つだけなので、もう1人でできることはない。

俺は夜刀神に乗って、野営をした祭壇へと戻り始めた。


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