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化心  作者: 榛原朔
二章 天災の国
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100-夜刀神の説得

摩天楼に挟まれながらもがいている夜刀神に、俺達は全員で歩み寄っていく。

と言ってもドールと律、ロロは上なので、この場にいる俺、ライアン、美桜、悲しみの仮面(ドール)、麒麟だけだ。


……冷徹の仮面(ドール)がいないのは不安だな。

負けてたライアンはともかく、話を逸らす程のことをした美桜はまたいらんことをしそうで怖い……


悲しみの仮面(ドール)はもう後ろで涙を流しているだけになってるし、できればもう一回分身を送ってくれると助かるんだけど……


だが、手にあるのは晴雲にもらった供え物。

見た感じでは重症でもないし、これで敵意はないとわかってくれると信じよう。


俺は彼の目の前まで来ると、他の2人に黙っているように言い含めて声をかける。

ここまでされてると怒るに怒れないな……


「えー……夜刀神様?」

「……なんだね? 苦しみたくないので、殺すならさっさとしてほしいのだが」

「いや、俺達は助力を……とりあえず、まずこれを見てくれ。

供え物だ。敵意は……一応ない」


正直あの暴れっぷりだと何か事情がありそうだ。

確か幕府だとか言っていたが、勘違い……だよな?

実は俺達が騙されてるだけで、本当は守護神獣たちと敵対関係……とかないよな?


そんな不安から、つい言葉を濁してしまう。

政所長官の美桜がいるんだし、流石に勘違いだとは思うけど……


「供え物……? 

吾輩、そこの女に目を潰されていて、目が見えない。

匂いも……特に感じないが」

「え、目を潰す……!?」

「なかなかに酷いな、美桜殿」


確かにその方法を取れば、どう間違っても殺してしまうことはない。

けど、それは戦力を大幅に削ることになるんじゃないか……?


俺と麒麟は思わず美桜を凝視するが、彼女はやはり扇子で口元を隠して、明らかに目をそらしている。

……確信犯?


「ほら〜夜刀ちゃん。ピット器官ピット器官〜」


さらに、話もそらした。

なんだかなぁ……最初は口走りそうになってたし、絶対後先考えずに目を潰したんだろうなぁ……


「吾輩、魚を主食にしているので、普段は使わぬ。

それに、ピット器官は熱だバカモノ」

「おおっと……さぁ〜クロウさん?

速やかに供え物の包みを開きましょう〜?」


ちなみにライアンは、ずっと同じ話を聞いているはずなのにぽわぽわしてる。

出身地的に、経験値が違いそうではあるけど……

うん、呑気だ。


っと、それは置いておいて、包みか……

開けば匂いでわかるのか?


ならさっさと敵じゃないとわかってもらおう。

……美桜は、愛宕に戻ったら絶対に海音に引き渡すけど。


俺は残りの大きな包み4つも取り出すと、横一列にを並べ、2人と一緒に開き始める。

中に入っていたのは、包みと同じように巨大な箱。


だが、この段階でもまだ匂いはないらしく、夜刀神は拘束されたままピクリとも反応を示さなかった。

開けないとどうにもならない……けど、この箱はいったいどうやって開けるんだ……?


箱は木製なのに、匂いが漏れない程の密閉っぷりで、つなぎ目はもちろん見えない。

木なのに全面つるっつるだ。


俺とライアンが戸惑っていると、美桜がドヤ顔で実演してくれる。


「ほら〜ここここ。御札剥がせばすぐに開くよ」


そう言いながら手を伸ばしたのは、箱の上部。

色合いが似ていてわかりにくかったが、確かにそこには御札があった。


……おそらく晴雲の術なのだろう。

俺達が食堂に着いた時には、すっかりくつろいでいたので気が付かなかった。


案外やることはやるんだな……

俺がそう頼んだとはいえ手抜き占いだったし、軽い男だったから勘違いしていたかもしれない。

……まぁ特に何かした訳でもないし、いいか。


ともかく、札を美桜が勢いよく剥がすと、一瞬で少し歪んでいるつなぎ目が現れた。

この状態だと、まったく密閉できていない。


現れたフタはもちろん巨大だ。

しかし厚さはないので、彼女でもスルッと開けることができている。


さらには、札を取った瞬間には芳ばしい香りを感じたので、それを遮っているのも御札だったようだ。

どんなものでもフタにできそうだし、完璧な密閉はするし、恐ろしく便利……


「な、なるほど……」

「ほう……獣肉。久しく食っとらんな」


美桜が開けたことで顔をのぞかせたのは、匂いでもわかる通り大量の肉だった。

ここまで来ると、夜刀神にも供え物の存在が感知でき、嬉しそうな声を上げる。


……どうやら俺達……特に美桜への敵意もなくなったようだ。


続いて、俺とライアンの前にある箱も開封する。

俺のは大量の魚・貝などの魚介類、ライアンのは大量の山菜・水草などの野菜類だ。

あと1つは……


「おお〜、幻萄果(げんとうか)だ〜」


1番に1つ目の確認を終えた美桜が開けると、中に詰まっていたのは大量の果実だった。


一房ごとに大量の実をつけており、実は小さめ。

だが、その一粒一粒が宝石のように輝いていた。


そして、幻桃果(げんとうか)の時はあの場所自体に神秘があって気が付かなかったが、神秘をまとっている。

同じ名前だし、多分幻桃果にもあったのだろう。


……これくらいなら、食べ物だし落ち着かなさもあまり感じない。けど、何で同じ名前なんだろうな……?

流石に字は違うんだろうけど、口頭だと紛らわしい。


「ほら〜これあげるからさ〜」


美桜が一房夜刀神に差し出すと、彼は若干嬉しそうに頬を緩めた。……もしかして好物?


この様子だと、説得できるかもしれない……

と、俺はその反応を見て、期待度をあげる。

だが……


「幻萄果……確かにここでは貴重なものだ。

だがな、人間は吾輩たちに敵意を持っていたはずだ。

命を狙われていたのに、急に掌返しをされてもそう簡単に信用はできん。

……友でもないのに、やたら馴れ馴れしいのも好かん」


彼の返す言葉は、まだまだ疑いを含むもの。

……そして美桜は、神を相手にするような、礼儀正しい口調にしてくれ。


「それですそれ〜。私達は別に何もしてないですよ〜?

なんでそういうことになってるんです〜?」

「何もしていない……だと?」


少しだけ口調を改めた美桜の言葉を聞き、夜刀神は唸りだす。どうやら本当に食い違いがあったようだ。


この島に人は住んでいないらしいし、独りで居すぎて記憶がおかしくなってるのかもしれない。

ぜひ情報を現代までアップデートしてほしいものだ。


そう思って、話の続きを待つ。

だが、しばらく考え込んだ彼が発したのは、相変わらず敵対関係にあるという言葉……


「いや、確かに吾輩は襲われた。つい先日も、愛宕幕府を名乗る、仙人に達した侍達に」

「え〜……?」


これには、流石の美桜も困り顔だ。

コイツ連れてきたせいで、話が拗れて俺達にまで被害出てるな……


どうやら強い確信を持っていそうなので、ボケていたりはしなそうだし……


「俺達は関係ないんだけどな〜……」

「ああ。けど、八咫国民を守るための助力を頼みにきてるんだし、本当に幕府と敵対してるなら無理だろ」


ライアンが頭を掻きながら面倒くさそうにつぶやくが、敵対しているのならもちろん無理だ。


……まぁ俺としては、彼の意見に諸手を挙げて賛成できるけど。そもそも、俺達が来たのは晴雲の助言があったから。


夜刀神のことはその場で知ったんだし、幕府の命令でもない。俺達の目的のためにもらった助言で、行動。

友達っぽくなったのもいるが、幕府としては本当に無関係だ。


といっても、彼だって幕府と関わりのある人物なのだから、やっぱり敵対してはいないはずなんだけどな……


「……実は幕府って、一枚岩じゃないのか?」

「う〜ん……

将軍と雷閃四天王は、家族みたいなものかな〜。時平だって、その四天王の下にいるんだし〜……信頼してるよ」

「じゃあ晴雲?」

「あはは〜、あれはないでしょ〜。

だって、彼に部下いないし〜」

「そうなのか? 七兵衛と魂生は?」

「あ〜……下男と、客人だね〜。あの屋敷には3人だけだよ〜」


みんなしてあそこに引きこもっているのなら、やっぱり侍達が来るなんてことはないか……1人ならともかく。

そして幕府の幹部陣にも、信用できない人物はいない……


これ、下っ端が暴走してる?

大口真神や白兎大明神は崇められてたけど、夜刀神は恐ろしい神だから攻撃してるとか?


失礼かも……そう思いはしたが、他に可能性もなさそうだし素直に聞いてみる。


「え〜……?」


美桜は当然、「信じられない」といった反応だ。

俺は部外者だからさらっと言えるけど、上に立つ者としてはやはり思うところがあるのだろう。

目がどこか遠くを見つめ始める。


「夜刀神様。どう思う……います?

知っての通り、幕府の幹部がこれですが」


馴れ馴れしくは厳禁……と。


「……ふむ。我……吾輩、今は少なくともこの場にいる者から、敵意は感じていない。目は潰されたが、たかが目だ。

追い打ちをかけない理由も、ない。それに……」


どうやら、もう暴れることはなさそうだ。

目を潰されたっていうのに、敵意がないからいいとか……

もっとも恐ろしい神と呼ばれる割には懐が深い。


けど、それ以外にもちゃんとした理由があるのか……?

含みを持った言葉が気になって、少し考える。


だが、その答えはすぐに。

俺の隣からもたらされた。


「久々のピット器官らしいが、私がわかるのかね? 

夜刀神」

「ついさっき……な。美桜殿に気を取られていたが、確かに最初からいたな、麒麟」


麒麟が隣から夜刀神に近づき、朗らかに話しかけた。

馴れ馴れしいのは嫌だと言っていたが、特に問題はなさそう……じゃあ式神と守護神獣が、友達?


「とすると、あの狂気の少年も?」

「ああ、貴殿に腕を折られて上にいる」

「む? あれは何があっても……」

「一見平気そうでも、痛みは人一倍感じているのだよ」

「ああ、そうだったそうだった。昔のことすぎて……」


……うん、本当に友達のようだ。

さっきまで殺意を持っていたはずの夜刀神は、俺達のことを忘れたかのように笑顔で談笑している。


ちゃんと信頼されてんのはよかったけど……結局、助力はもらえるのか?

急にフレンドリーな感じだと、ちょっと戸惑ってしまう……




「……それで、結局協力はしてくれるんですか?」


しばらく語り続けていた夜刀神と麒麟だが、ようやく落ち着いてきたので確認を取る。


「うむ。我……吾輩、侍共から攻撃を受け続けてきたが、あれは到底吾輩を滅ぼせるような戦力ではなかった。

やたらと丈夫ではあったが……結局互いに無事だ。

八咫国の本意ではなかったと認め、協力を約束しよう。

……また潰されてもかなわん」


威厳たっぷり? の言葉を聞き、俺達は胸をなでおろす。

一柱目、夜刀神の助力獲得だ。


ただ、幕府の統率力に不安を感じる話を聞いたので、なおさら美桜には幕府に戻って欲しいな。

この感じだと、絶対教育に割く人員がいないだろ……


大人しく仕事をやれ。

そう思って彼女の方を見ると……


「じゃあ〜夜刀神さん。上まで運んでくれません〜?

仲間が上にいるし、もしかしたら目も治せますから〜」

「よかろう。麒麟は崖など登れんだろうからな」


少し打ち解けた感じで話しかけ、夜刀神が下げた頭に乗っかっている。神を踏みつけにする……だと……!?

恐ろしい胆力だ。


「ほら〜クロウくんもライアンくんも、速く〜」

「私はあの子の元へ消えよう。君達は乗るといい」

「グスッ……ドールも……」

「わかった」

「りょ〜か〜い」


俺達は麒麟と悲しみの仮面(ドール)が消え去るのを見届けると、恐る恐る夜刀神の頭に足をかけた。




~~~~~~~~~~




全員が夜刀神に乗ると、彼は勢いよく崖を這い登る。

首の辺りを90度で固定し、俺達が揺れないようにとの配慮付きだ。


「うっは〜」

「すげ……」


またたく間に登り切ると、もうドール達は目前。

すぐにスピードが落としてくれた夜刀神から、ぶつからないように気をつけて飛び降りる。


「っと」

「クロウさん、話し合いは上手く行ったのですね。

にこにこ」

「おう。たまに幕府の下っ端がちょっかいかけてたみたいだけど、管理職がこれだからな。ちゃんと信じてもらえたよ」


ドールが無表情で聞いてきたので、美桜を視線で示しながらそう答える。


たとえ下っ端が暴走していても、上に立つのがこんなぽわぽわしたやつなんだから、幕府の方針で本格的な戦闘になんてならないだろう。


美桜は、俺の「これ」発言に対して不満げだが、サボり魔なのだから文句は言わせない。軽く睨んで黙らせる。

……あんたは、速く、幕府に、戻れ。


すると彼女は、俺の考えていることを察したのか、また扇子を取り出して口元を覆った。

またごまかし始めるのか……? 俺はそう思ったのだが……


「そうだね〜。これ……つまり〜、こうやってのんびりしてるからこその成果だよね〜」

「げ……」

「素晴らしいポジティブさです。

ドールも見習いたいと思います。にこにこ」

「うふふふふ〜そうでしょうそうでしょう!!」

「ポジティブもいいけど、迷惑はかけんなよ〜?」


なんと自らの成果である、と胸を張り始めた。

まさか、扇子にごまかす以外の使い方があるとは……

最初の不満げな表情はなんだったんだよ……


しかも、相槌を打つドールも本心からそう思っていそうだ。

ライアンはたしなめているけど、彼も性格は似たようなもんだし……なんか、手に負えねぇ……


まぁ、確かに嘘ではない。嘘ではないけど……

いなければそもそも敵対せずに、話し合いで解決できてたと思うんだよな……

納得できない。


思わずため息をついて目をそらすと、少し離れた先にいたのは律と夜刀神だ。

麒麟は出てきていないが、彼自身も知り合いらしく談笑している。


腕は……平気なのか……?

パッと見だとわからないくらいになってるけど……


「夜刀神、幕府となにか、あったの?」

「いやなに。吾輩、しばしば侍に襲われていただけだ。

美桜殿のような実力者はいなかったし、大事はない

弱すぎる者は、数名食ってしまったが……」

「そっか……さいきんの子は、あまり君たちのことを、知らなさそう、だもんね」

「うむ。吾輩も人間に関心はなかったのだが、それは棚に上げてこう言いたい。我らのことは、ちゃんと後世に伝えんか!! と」

「ふふ。ところで、まだ吾輩って、言ってるんだ?」

「むぅ、あれと同じ一人称など……ええい、どうでもいいだろう!? 今日はここへ泊まっていけ!!

我の祭壇は島中にある……」


……ずいぶん仲が良さそうだ。

どうやらここに止めてくれるらしいし、後でも話せる。

いつの間にか目は回復しているみたいだし、邪魔はしないでおこう。


俺は2人から少し距離を取り、収納箱を取り出す。

麒麟と夜刀神が話している間に仕舞っているので、供え物の包みは全部箱の中だ。


祭壇に供えるべきかもしれないけど……

まぁ本蛇がここにいるんだし、いいだろう。

この島に泊まるにしても、祭壇で飲食というのもあれだし……


「お、供え物取り出すのか〜?」

「ああ。暇だしな」

「じゃあついでに幻桃果も出してくれよ〜」

「いいけど、並べるのは手伝えよ」

「お〜……ロロ〜!!」


いつの間にか寄ってきていたライアンに手伝いを頼むと、彼はロロを大声で呼ばわる。


よく考えたら、まだ見てないな……

夜刀神の目は治ってたし、彼のところにいたりするのかもしれない。


俺がそう思って視線を向けると、彼は思った通り夜刀神の方から走ってきた。

……うん、かわいい。


「なーにー?」

「幻桃果やるから、供え物並べるの手伝ってくれ」

「おっけー。いっぱい食べるよ」

「おう、まずは手伝いからな?」


俺は肩に飛び乗ってくるロロに釘を差しながら、収納箱に手を入れた。


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