100-夜刀神の説得
摩天楼に挟まれながらもがいている夜刀神に、俺達は全員で歩み寄っていく。
と言ってもドールと律、ロロは上なので、この場にいる俺、ライアン、美桜、悲しみの仮面、麒麟だけだ。
……冷徹の仮面がいないのは不安だな。
負けてたライアンはともかく、話を逸らす程のことをした美桜はまたいらんことをしそうで怖い……
悲しみの仮面はもう後ろで涙を流しているだけになってるし、できればもう一回分身を送ってくれると助かるんだけど……
だが、手にあるのは晴雲にもらった供え物。
見た感じでは重症でもないし、これで敵意はないとわかってくれると信じよう。
俺は彼の目の前まで来ると、他の2人に黙っているように言い含めて声をかける。
ここまでされてると怒るに怒れないな……
「えー……夜刀神様?」
「……なんだね? 苦しみたくないので、殺すならさっさとしてほしいのだが」
「いや、俺達は助力を……とりあえず、まずこれを見てくれ。
供え物だ。敵意は……一応ない」
正直あの暴れっぷりだと何か事情がありそうだ。
確か幕府だとか言っていたが、勘違い……だよな?
実は俺達が騙されてるだけで、本当は守護神獣たちと敵対関係……とかないよな?
そんな不安から、つい言葉を濁してしまう。
政所長官の美桜がいるんだし、流石に勘違いだとは思うけど……
「供え物……?
吾輩、そこの女に目を潰されていて、目が見えない。
匂いも……特に感じないが」
「え、目を潰す……!?」
「なかなかに酷いな、美桜殿」
確かにその方法を取れば、どう間違っても殺してしまうことはない。
けど、それは戦力を大幅に削ることになるんじゃないか……?
俺と麒麟は思わず美桜を凝視するが、彼女はやはり扇子で口元を隠して、明らかに目をそらしている。
……確信犯?
「ほら〜夜刀ちゃん。ピット器官ピット器官〜」
さらに、話もそらした。
なんだかなぁ……最初は口走りそうになってたし、絶対後先考えずに目を潰したんだろうなぁ……
「吾輩、魚を主食にしているので、普段は使わぬ。
それに、ピット器官は熱だバカモノ」
「おおっと……さぁ〜クロウさん?
速やかに供え物の包みを開きましょう〜?」
ちなみにライアンは、ずっと同じ話を聞いているはずなのにぽわぽわしてる。
出身地的に、経験値が違いそうではあるけど……
うん、呑気だ。
っと、それは置いておいて、包みか……
開けば匂いでわかるのか?
ならさっさと敵じゃないとわかってもらおう。
……美桜は、愛宕に戻ったら絶対に海音に引き渡すけど。
俺は残りの大きな包み4つも取り出すと、横一列にを並べ、2人と一緒に開き始める。
中に入っていたのは、包みと同じように巨大な箱。
だが、この段階でもまだ匂いはないらしく、夜刀神は拘束されたままピクリとも反応を示さなかった。
開けないとどうにもならない……けど、この箱はいったいどうやって開けるんだ……?
箱は木製なのに、匂いが漏れない程の密閉っぷりで、つなぎ目はもちろん見えない。
木なのに全面つるっつるだ。
俺とライアンが戸惑っていると、美桜がドヤ顔で実演してくれる。
「ほら〜ここここ。御札剥がせばすぐに開くよ」
そう言いながら手を伸ばしたのは、箱の上部。
色合いが似ていてわかりにくかったが、確かにそこには御札があった。
……おそらく晴雲の術なのだろう。
俺達が食堂に着いた時には、すっかりくつろいでいたので気が付かなかった。
案外やることはやるんだな……
俺がそう頼んだとはいえ手抜き占いだったし、軽い男だったから勘違いしていたかもしれない。
……まぁ特に何かした訳でもないし、いいか。
ともかく、札を美桜が勢いよく剥がすと、一瞬で少し歪んでいるつなぎ目が現れた。
この状態だと、まったく密閉できていない。
現れたフタはもちろん巨大だ。
しかし厚さはないので、彼女でもスルッと開けることができている。
さらには、札を取った瞬間には芳ばしい香りを感じたので、それを遮っているのも御札だったようだ。
どんなものでもフタにできそうだし、完璧な密閉はするし、恐ろしく便利……
「な、なるほど……」
「ほう……獣肉。久しく食っとらんな」
美桜が開けたことで顔をのぞかせたのは、匂いでもわかる通り大量の肉だった。
ここまで来ると、夜刀神にも供え物の存在が感知でき、嬉しそうな声を上げる。
……どうやら俺達……特に美桜への敵意もなくなったようだ。
続いて、俺とライアンの前にある箱も開封する。
俺のは大量の魚・貝などの魚介類、ライアンのは大量の山菜・水草などの野菜類だ。
あと1つは……
「おお〜、幻萄果だ〜」
1番に1つ目の確認を終えた美桜が開けると、中に詰まっていたのは大量の果実だった。
一房ごとに大量の実をつけており、実は小さめ。
だが、その一粒一粒が宝石のように輝いていた。
そして、幻桃果の時はあの場所自体に神秘があって気が付かなかったが、神秘をまとっている。
同じ名前だし、多分幻桃果にもあったのだろう。
……これくらいなら、食べ物だし落ち着かなさもあまり感じない。けど、何で同じ名前なんだろうな……?
流石に字は違うんだろうけど、口頭だと紛らわしい。
「ほら〜これあげるからさ〜」
美桜が一房夜刀神に差し出すと、彼は若干嬉しそうに頬を緩めた。……もしかして好物?
この様子だと、説得できるかもしれない……
と、俺はその反応を見て、期待度をあげる。
だが……
「幻萄果……確かにここでは貴重なものだ。
だがな、人間は吾輩たちに敵意を持っていたはずだ。
命を狙われていたのに、急に掌返しをされてもそう簡単に信用はできん。
……友でもないのに、やたら馴れ馴れしいのも好かん」
彼の返す言葉は、まだまだ疑いを含むもの。
……そして美桜は、神を相手にするような、礼儀正しい口調にしてくれ。
「それですそれ〜。私達は別に何もしてないですよ〜?
なんでそういうことになってるんです〜?」
「何もしていない……だと?」
少しだけ口調を改めた美桜の言葉を聞き、夜刀神は唸りだす。どうやら本当に食い違いがあったようだ。
この島に人は住んでいないらしいし、独りで居すぎて記憶がおかしくなってるのかもしれない。
ぜひ情報を現代までアップデートしてほしいものだ。
そう思って、話の続きを待つ。
だが、しばらく考え込んだ彼が発したのは、相変わらず敵対関係にあるという言葉……
「いや、確かに吾輩は襲われた。つい先日も、愛宕幕府を名乗る、仙人に達した侍達に」
「え〜……?」
これには、流石の美桜も困り顔だ。
コイツ連れてきたせいで、話が拗れて俺達にまで被害出てるな……
どうやら強い確信を持っていそうなので、ボケていたりはしなそうだし……
「俺達は関係ないんだけどな〜……」
「ああ。けど、八咫国民を守るための助力を頼みにきてるんだし、本当に幕府と敵対してるなら無理だろ」
ライアンが頭を掻きながら面倒くさそうにつぶやくが、敵対しているのならもちろん無理だ。
……まぁ俺としては、彼の意見に諸手を挙げて賛成できるけど。そもそも、俺達が来たのは晴雲の助言があったから。
夜刀神のことはその場で知ったんだし、幕府の命令でもない。俺達の目的のためにもらった助言で、行動。
友達っぽくなったのもいるが、幕府としては本当に無関係だ。
といっても、彼だって幕府と関わりのある人物なのだから、やっぱり敵対してはいないはずなんだけどな……
「……実は幕府って、一枚岩じゃないのか?」
「う〜ん……
将軍と雷閃四天王は、家族みたいなものかな〜。時平だって、その四天王の下にいるんだし〜……信頼してるよ」
「じゃあ晴雲?」
「あはは〜、あれはないでしょ〜。
だって、彼に部下いないし〜」
「そうなのか? 七兵衛と魂生は?」
「あ〜……下男と、客人だね〜。あの屋敷には3人だけだよ〜」
みんなしてあそこに引きこもっているのなら、やっぱり侍達が来るなんてことはないか……1人ならともかく。
そして幕府の幹部陣にも、信用できない人物はいない……
これ、下っ端が暴走してる?
大口真神や白兎大明神は崇められてたけど、夜刀神は恐ろしい神だから攻撃してるとか?
失礼かも……そう思いはしたが、他に可能性もなさそうだし素直に聞いてみる。
「え〜……?」
美桜は当然、「信じられない」といった反応だ。
俺は部外者だからさらっと言えるけど、上に立つ者としてはやはり思うところがあるのだろう。
目がどこか遠くを見つめ始める。
「夜刀神様。どう思う……います?
知っての通り、幕府の幹部がこれですが」
馴れ馴れしくは厳禁……と。
「……ふむ。我……吾輩、今は少なくともこの場にいる者から、敵意は感じていない。目は潰されたが、たかが目だ。
追い打ちをかけない理由も、ない。それに……」
どうやら、もう暴れることはなさそうだ。
目を潰されたっていうのに、敵意がないからいいとか……
もっとも恐ろしい神と呼ばれる割には懐が深い。
けど、それ以外にもちゃんとした理由があるのか……?
含みを持った言葉が気になって、少し考える。
だが、その答えはすぐに。
俺の隣からもたらされた。
「久々のピット器官らしいが、私がわかるのかね?
夜刀神」
「ついさっき……な。美桜殿に気を取られていたが、確かに最初からいたな、麒麟」
麒麟が隣から夜刀神に近づき、朗らかに話しかけた。
馴れ馴れしいのは嫌だと言っていたが、特に問題はなさそう……じゃあ式神と守護神獣が、友達?
「とすると、あの狂気の少年も?」
「ああ、貴殿に腕を折られて上にいる」
「む? あれは何があっても……」
「一見平気そうでも、痛みは人一倍感じているのだよ」
「ああ、そうだったそうだった。昔のことすぎて……」
……うん、本当に友達のようだ。
さっきまで殺意を持っていたはずの夜刀神は、俺達のことを忘れたかのように笑顔で談笑している。
ちゃんと信頼されてんのはよかったけど……結局、助力はもらえるのか?
急にフレンドリーな感じだと、ちょっと戸惑ってしまう……
「……それで、結局協力はしてくれるんですか?」
しばらく語り続けていた夜刀神と麒麟だが、ようやく落ち着いてきたので確認を取る。
「うむ。我……吾輩、侍共から攻撃を受け続けてきたが、あれは到底吾輩を滅ぼせるような戦力ではなかった。
やたらと丈夫ではあったが……結局互いに無事だ。
八咫国の本意ではなかったと認め、協力を約束しよう。
……また潰されてもかなわん」
威厳たっぷり? の言葉を聞き、俺達は胸をなでおろす。
一柱目、夜刀神の助力獲得だ。
ただ、幕府の統率力に不安を感じる話を聞いたので、なおさら美桜には幕府に戻って欲しいな。
この感じだと、絶対教育に割く人員がいないだろ……
大人しく仕事をやれ。
そう思って彼女の方を見ると……
「じゃあ〜夜刀神さん。上まで運んでくれません〜?
仲間が上にいるし、もしかしたら目も治せますから〜」
「よかろう。麒麟は崖など登れんだろうからな」
少し打ち解けた感じで話しかけ、夜刀神が下げた頭に乗っかっている。神を踏みつけにする……だと……!?
恐ろしい胆力だ。
「ほら〜クロウくんもライアンくんも、速く〜」
「私はあの子の元へ消えよう。君達は乗るといい」
「グスッ……ドールも……」
「わかった」
「りょ〜か〜い」
俺達は麒麟と悲しみの仮面が消え去るのを見届けると、恐る恐る夜刀神の頭に足をかけた。
~~~~~~~~~~
全員が夜刀神に乗ると、彼は勢いよく崖を這い登る。
首の辺りを90度で固定し、俺達が揺れないようにとの配慮付きだ。
「うっは〜」
「すげ……」
またたく間に登り切ると、もうドール達は目前。
すぐにスピードが落としてくれた夜刀神から、ぶつからないように気をつけて飛び降りる。
「っと」
「クロウさん、話し合いは上手く行ったのですね。
にこにこ」
「おう。たまに幕府の下っ端がちょっかいかけてたみたいだけど、管理職がこれだからな。ちゃんと信じてもらえたよ」
ドールが無表情で聞いてきたので、美桜を視線で示しながらそう答える。
たとえ下っ端が暴走していても、上に立つのがこんなぽわぽわしたやつなんだから、幕府の方針で本格的な戦闘になんてならないだろう。
美桜は、俺の「これ」発言に対して不満げだが、サボり魔なのだから文句は言わせない。軽く睨んで黙らせる。
……あんたは、速く、幕府に、戻れ。
すると彼女は、俺の考えていることを察したのか、また扇子を取り出して口元を覆った。
またごまかし始めるのか……? 俺はそう思ったのだが……
「そうだね〜。これ……つまり〜、こうやってのんびりしてるからこその成果だよね〜」
「げ……」
「素晴らしいポジティブさです。
ドールも見習いたいと思います。にこにこ」
「うふふふふ〜そうでしょうそうでしょう!!」
「ポジティブもいいけど、迷惑はかけんなよ〜?」
なんと自らの成果である、と胸を張り始めた。
まさか、扇子にごまかす以外の使い方があるとは……
最初の不満げな表情はなんだったんだよ……
しかも、相槌を打つドールも本心からそう思っていそうだ。
ライアンはたしなめているけど、彼も性格は似たようなもんだし……なんか、手に負えねぇ……
まぁ、確かに嘘ではない。嘘ではないけど……
いなければそもそも敵対せずに、話し合いで解決できてたと思うんだよな……
納得できない。
思わずため息をついて目をそらすと、少し離れた先にいたのは律と夜刀神だ。
麒麟は出てきていないが、彼自身も知り合いらしく談笑している。
腕は……平気なのか……?
パッと見だとわからないくらいになってるけど……
「夜刀神、幕府となにか、あったの?」
「いやなに。吾輩、しばしば侍に襲われていただけだ。
美桜殿のような実力者はいなかったし、大事はない
弱すぎる者は、数名食ってしまったが……」
「そっか……さいきんの子は、あまり君たちのことを、知らなさそう、だもんね」
「うむ。吾輩も人間に関心はなかったのだが、それは棚に上げてこう言いたい。我らのことは、ちゃんと後世に伝えんか!! と」
「ふふ。ところで、まだ吾輩って、言ってるんだ?」
「むぅ、あれと同じ一人称など……ええい、どうでもいいだろう!? 今日はここへ泊まっていけ!!
我の祭壇は島中にある……」
……ずいぶん仲が良さそうだ。
どうやらここに止めてくれるらしいし、後でも話せる。
いつの間にか目は回復しているみたいだし、邪魔はしないでおこう。
俺は2人から少し距離を取り、収納箱を取り出す。
麒麟と夜刀神が話している間に仕舞っているので、供え物の包みは全部箱の中だ。
祭壇に供えるべきかもしれないけど……
まぁ本蛇がここにいるんだし、いいだろう。
この島に泊まるにしても、祭壇で飲食というのもあれだし……
「お、供え物取り出すのか〜?」
「ああ。暇だしな」
「じゃあついでに幻桃果も出してくれよ〜」
「いいけど、並べるのは手伝えよ」
「お〜……ロロ〜!!」
いつの間にか寄ってきていたライアンに手伝いを頼むと、彼はロロを大声で呼ばわる。
よく考えたら、まだ見てないな……
夜刀神の目は治ってたし、彼のところにいたりするのかもしれない。
俺がそう思って視線を向けると、彼は思った通り夜刀神の方から走ってきた。
……うん、かわいい。
「なーにー?」
「幻桃果やるから、供え物並べるの手伝ってくれ」
「おっけー。いっぱい食べるよ」
「おう、まずは手伝いからな?」
俺は肩に飛び乗ってくるロロに釘を差しながら、収納箱に手を入れた。