99-VS夜刀神・後編
方針が引っ張り出すに決まったことで、ドールの分身達は速やかに行動を開始した。
彼女達は恐らく、悲しみの仮面を俺達――特に俺を押し留める役に残すと、池に向かってゆっくりと歩いていく。
今から死ぬという宣言をしていたのに、まるでそれを感じさせないような確かな足取りだ。
なんなんだよ……冷徹なのは1人だろうがっ……!!
突然の死ぬ宣言に、不自然なほどにリラックスした動き。
あまりの出来事に少し混乱してしまう。
だがそれでも、俺は彼女達を止めようと声をかけ、一歩足を踏み出す。
分身だからといって、犠牲にしていいことにはならない。
「ちょっ……」
「ドール達の……覚悟……無駄にしちゃ……だめ……」
しかし、悲しみの仮面はそれを止めるためにいる。
泣きながら俺の前に立つと、ぽつぽつと言葉をこぼしながら肩をつかんできた。
振り払えなくもないけど、覚悟か……
どいつもこいつも、覚悟……!!
……というか、なんで一旦死んでくるなんてことになるんだ!?
特攻は、運任せで池に入ってみることだったはずなのに!!
だから、俺は引きずり出す方を選んだのに!!
揺るぎない彼女達は、もう既に池のすぐそばに。
何かつぶやきながら歩き続けていた。
内容的に……呪いの強化か?
「ドールの負傷が腹立たしい、オレの力不足が腹立たしい、夜刀神という未知が腹立たしい……」
「夜刀神という神が怖い、椎井の池という未知が怖い、つらい痛みが怖い、無惨に死ぬのが怖い……」
「人はいずれ死ぬのだから冷静に、分身に死はないのだから冷静に、作戦のために冷静に、本体のために冷静に……」
思った通り彼女達は、それぞれ怒り、恐怖、冷徹の感情を高め、オーラを濃くし始める。
ブツブツと呪文のように繰り返し、自身の神秘を揺るぎないものに……
「だからうちは、震えてるんだ」
「だからオレは、燃えてんだ」
「だから私は、凍てついているの」
"ブリクスト・オブ・ドール"
まず恐怖の仮面が、ニコライと遜色ないレベルの雷を身にまとう。
バチバチと散る火花が、足元の小石を吹き飛ばしてしまう程の電力だ。眩しくてよく見えない……
"フロム・オブ・ドール"
次に、怒りの仮面が火だるまのように燃え盛る。
頭のてっぺんから、足の先まで隙間なく。
しかも、何故か歩き方もゆらゆらとしたものに変わっており、とても不気味な雰囲気だ……
"イス・オブ・ドール"
最後に冷徹の仮面。
彼女が発動したのは3人の中でもっとも不可解なもので、顔を除いて、体中を分厚い氷が覆い始めている。
他2人と違って固形だし、音もバキバキと鳴っている。
それなのに、歩くスピードはまったく落ちないという不自然さだ。どうやって歩いているのか、まるでわからない。
「一番乗りは、私です。
これは凍るだけなので、お2人が砕いてくださいね」
「わかってらぁ」
「りょーかいっすよ」
分身達のまとめ役らしく、冷徹の仮面は最後にそう指示を残して池に足を踏み入れる。
するとその瞬間、池はみるみるうちに凍りついていった。
瞬き一回程の時間で、三分の一は凍っていそうだ。
だが麒麟の予想では、水球で探知できたら夜刀神が飛び出してくるはず。
なら池自体にだって……
――バキバキ……ザバァ!!
俺が予測を立てていると、すぐにその答えがやってくる。
まだ凍りついていない池の部分から100近く。
凍りついた部分からも、氷を突き破ってきた数十の管のようなものが顔を出した。
それらは3メートル程の高さにまで登ると、ゆっくりと首をこちらに向けてくる。
何故か凍りつくことはないけど……あれは、水なのか?
「気をつけ……」
思わず注意を促しかける。だが、その時には既に冷徹の仮面の意識はないようだった。
気づいたら顔も氷で覆われている。
「っ……!!」
「アレガ……敵……か……?」
「わからぁぁ……ない。けど、もうぅ、うちぃぃ、らも辛い。
お先にぃ、失礼、するっすぅ、よ……」
「ワかって、ラァ。オレも、燃エ尽き、ソうダ。速ク……」
俺が冷徹の仮面の最後に言葉をつまらせている間に、残る2人も動き始めた。
怒りの仮面がゆっくりと歩みを進め、恐怖の仮面が雷の速度で池へ向かう。
「砕けぇぇ、ろ!! 氷ぃ!!」
だが彼女達と同時に、水の管も動き始めた。
先頭を部分を、まるで口のようにぱっくりと開くと、池の中心を飛んでいる恐怖の仮面に殺到する。
その時点で、彼女に意識はない。
ほとんどの氷を砕き、一部の水を吹き飛ばすと、ピクリとも動かず水中に引きずり込まれていく。
……俺は、唇を噛みしめることしかできない。
「サァサァ……仕上げ、ダ!! 太陽ノ如く、燃え尽キ……ロ!!」
恐怖の仮面が池に沈むと、最後に怒りの仮面だ。
爆発的な炎で池の中心まで飛ぶと、水面スレスレで、やはり爆発的な炎を全力で解放する。
それは彼女の言う通り、まるで太陽。
先程と同じく水で作られた蛇たちが殺到するが、少し近づくだけで蒸発してしまう。眩しくて見ていられない……
「直視しない方が……いいよ……」
「わかってる」
悲しみの仮面がポツリと注意を促してくるが、俺も麒麟もそんなに馬鹿じゃない。
下を向き、半分ほど視界を覆いながら、水の蛇に奇襲を受けないように注意する。なんか忙しいな……
彼女は数分間輝き続け、やがてチリ一つ残らず消え失せた。
文字通り、命を燃やしてしまったようだ。
一体どんな苦痛だっただろう?
もうこんな方法は取りたくないな……
ゆっくり視線を上げると、そこにあったはずの池は綺麗さっぱり消し飛んでいる。
ただ、ブレスで大穴を開けられただけの状態だ。
底には多少水たまりがあるが、問題にはならないだろう。
そして……
「げほぉっ、げほぉっ……」
「あ〜、助かった〜」
底を覗き込むと、人型に戻って水を吐き出しているライアンと、水の膜のようなものに包まれた美桜がいた。
ライアンは水生生物の力は持っていなかったか……というか、美桜も助けてくれたらいいのに。
タフだから死ななそうだけど、それはそれとして薄情……
けどまぁ、ひとまず2人共無事で良かった。
ただ、隣にのたうち回っていて危険な夜刀神がいる。
敵意を感じないどころか、彼自身が苦しんでいてそれどころじゃなさそうだ。
……美桜がなにかしたのか? ライアンは倒れてるし……
水中だったはずなので少し不思議に思ったが、上にいても仕方がないので、底に向かって坂を駆け下りる。
ドールの分身達はまだ消えたばかりだから、俺と麒麟だけだ。
かなり急な斜面だから、麒麟のスピードだと少し怖い……
「美桜、何があった?」
近くまで行ってみると、美桜は右手に御札ではなく扇子を持ち、体を揺らして楽しげな様子で立っていた。
こいつ、戦闘を楽しむタイプだったのか……?
ライアンはまだ咽ているので、美桜に確認を取る。
「えっとね〜……えと、なんでもないかな〜」
だが彼女は、急に表情を強張らせると視線をそらす。
しかも扇子で口元を隠すという徹底っぷりだ。
怪しい……
「なんだよ?」
「ピュ〜ピュピュ〜」
どうやら素直に話すつもりはないらしい。
口を隠しておいてやることなのかは謎だが、笛と聞き間違えそうな程に綺麗な口笛を吹き始める。
……いやプロかよ。
はぁ困ったな……夜刀神が攻撃してこないのはいいけど、彼からは助力を得ないといけないのに。
手荒なことをしたことは確実だろうけど……それが許してもらえる範囲かどうかが賭けになってしまいそうだ。
うーん、回復されたらまた暴れるかもだし、ひとまず対話でも初めてみるかな……
そう思って夜刀神の方向を見る。
するとちょうどその瞬間、夜刀神は体を起こし始めた。
まだ若干ふらついてはいるが、暴れることはできそう……
「ぬうぅぅ……恩を仇で返しおって……」
「地は揺るぎなくここにある。全ての流れは留まり、収束し、永久に崩れぬ牢獄をここに」
「え、ちょっ……」
夜刀神が何やら不穏な言葉を漏らしていると、美桜は問答無用で拘束しにかかった。
ブレスで池ができる直前のように、札を構えて術を発動させる。
"金の相-摩天楼"
同じくそこら中から鉄柱が飛び出すと、斜めに組み上がり、速やかに拘束してしまう。
弱っていたこともあるのか、夜刀神は身じろぎすらできないようだ。
「さぁ。覚悟しなさ〜い、夜刀神!! ……さま」
俺はついあ然としてしまうが、美桜はにこやかに彼に近づきそんなことを言い始める。
ていうか、めっっちゃ神に喧嘩売るじゃんこの人!?
こんなんで協力なんかしてもらえるのかね……
不安しかないが、力づくで大人しくさせられた夜刀神との対話が始まった。