97-VS夜刀神・前編
俺達が急いで祭壇まで駆けつけると、そこにいたのはのたうち回っている巨大な蛇神。
見た目は日光を反射する程に輝く白色で、所々から植物のようなものが垂れている。
だが定期的に洗っているのか、どの植物も新しめだ。
そして頭には、まるで鬼のように小さめな角が生えていた。
小さいと言っても巨体の割には、だが。
全長もニーズヘッグ以上にありそうで、少し体を動かしただけで山を砕いてしまいそうだ。
白い輝きからか、あまりに神々しい。
恐れられている神と知っていても、少し見とれてしまう。
……おっと、ダメだダメだ。
今はそんなことを言っていられる状況じゃなかった。
音だけでも察せられたが、やはり戦闘になっているらしい。
のたうち回る巨体はライアンと美桜を追いかけて、そこら中に体を滑らせている。
しかもそれだけでなく、時折口から水のブレスを吐いていた。それも、岩場を抉る程の威力……
その影響で、周囲は雨が降っている時のように濡れていて、ライアンと美桜が足を滑らせながらも必死に抵抗している。
夜刀神はともかく、彼らに殺意はないので神殺しはなさそうだけど……
「おーい!! お前らは何をしたんだよ!!」
「クロ〜ウ、助けてくれ〜!!
俺達はちょっと近づいて突いてみただけだ〜!!」
「お前らはガキかー!!」
「心外ね〜。未知には挑戦するものでしょ〜?」
「神にちょっかい出すんじゃねー!!」
俺が大声で問いかけると、彼らもまた大声で怒鳴り返してくる。まったく悪いと思っていなさそう……
というか、美桜にとっては未知でもないだろうに……
会おうと思えば、いつでも会えたはずだ。
「新手か!! まさか四天王クラスをこれほど寄こすとは……
どうやら此度は、本気で吾輩を滅ぼしに来たようだな!!」
俺とライアン達の怒鳴り合いを聞くと、夜刀神はようやく俺達に気づいて顔を向けてくる。
どうやら俺達も敵認定されてしまったようだ。
まぁ仲間なのは間違ってないけど……此度、ね……
よくわからないが、話が噛み合わなそうというか……なんか、昔暴れていた頃ってのと同じ感覚で戦っていないか?
一応は守護神獣に数えられているはずなのに、まるで普段から殺し合いをしているかのような物言いだ。
……幕府って、別に彼の討伐に動いてたことがあったりしないよな?
もしあったなら、この剣幕になるのも理解できるんだけど……
そんなふうに、俺が少し困惑して考えていると、夜刀神は大きく口を開いた。
おそらくさっきと同じように水のブレスを吐くつもりなのだろう。水にどれ程の威力があるのかはわからないが……
「お兄ちゃん。あれ、体がえぐれるよ」
「了解……!!」
軽く構えていると、律が裾を引っ張りながら助言をくれる。
……斬る自信がないという訳でもないけど、一応避けておこう。
俺は速やかに構えを解き、直線上に残らないように右方向に走る。ロロはもちろん俺についてきているし、律も近かったのもあって俺と一緒に右側。
ドールだけは、まだ感情の仮面も出さずに左側だ。
地面を見た感じ範囲は広いし、体を抉るなら全力で逃げないと……!!
……あれ?
しばらく走ってから違和感に気づく。
すぐにでもブレスが来ると思ったのに、まったくこない。
地面が濡れていたんだから、さっきまでも使っていたはず。
それなのに、こんなに長いのか……?
「おいおいお〜い。さっきまでポンポン使ってたくせに、今更溜めるのかよ〜!?」
どうやらさっきまでと違い、力を溜めているらしい。
珍しく美桜も、顔を歪めて阻止しようと動き出した。
「流石に溜められたら厳しいですね〜……
ライアンくん、止めましょ〜?」
「おうよ〜」
俺達はまだ遠いから……
できることといえば、弓での掩護くらいか。
ただ、俺の弓は目標からズレはしないけど、威力らないからな……間に何かあれば簡単に阻まれる。
蛇なら鱗があるだろうし、気も逸らせなそうだ。
それでもやるけど……
俺は懐から収納箱を引っ張り出すと、中から弓矢を探す。
この箱は、一応願ったものが優先的に出てくる。
だが、手を突っ込んだ瞬間に手中に飛び込んでくるという訳でもない。
手近な場所に現れた数個の中から、自分で選ぶのだ。
そのため、僅かだが隙が生まれてしまう。
一対一だと、絶対に取りたくない行動。
けど今回は、前線に2人がいるから問題ないか……?
どうにかできるか不安に思いながらも、俺は神と対峙している2人に視線を向ける。
"獣化-スリュム"
ライアンは、俺が災いを穿つ茨弓を取り出している間に、迷いながらも呪いを発動させていた。
やり過ぎないように、だが倒されもしないように。
彼が選んだのは、氷の鎧を身にまとった巨人の王種、スリュムだ。パワーは巨人なので申し分ない。
それに、能力も直接攻撃するようなものでもならしいので、この場でもっとも適した力だろう。
そして美桜はというと……
「地は揺るぎなくここにある。全ての流れは留まり、収束し、永久に崩れぬ牢獄をここに」
"金の相-摩天楼"
札を構えると、波紋とは違った言葉をつぶやいた。
直後、夜刀神を襲ったのは恐ろしい数の鉄柱。
地面から生えたそれらは、斜めに組み上がることで彼の体の動きを完璧に封じている。
だが、それはただの拘束。ブレスを防ぐことはできない。
そもそも、最初から力を溜めるために静止していたので、影響もほとんどなさそうだ。
……どういうつもりなんだろう?
いまいち釈然としないが、とりあえず俺も災いを穿つ茨弓を取り出せた。
狙われているのがどちらかわからないが、動けないうちに……
"必中の矢"
変に手傷を負わせないように。
敵意はないとわかってもらえるように。
狙うのは遠くの岩。
顔のスレスレを通るように矢を放つ。
――ヒュン……ズガァン!!
矢は狙い通り彼の鼻先を掠め、だが触れることなく通り過ぎていくと向こう側の岩を砕く。見事に粉々だ。
砕ける音は大きかったし、矢も視界には入ったはずだけど……
「……」
夜刀神は無反応だ。
力を溜めるのもやめる気配はない。
……俺、本当に無力だな。
無力を噛み締めていると、少し肩を動かしていたライアンが彼に手を向ける。
多分移動中に聞いた、力を奪う能力……
だが、それは確かヘルのサークルと似たようなもの。
辺り一帯に出るはずだから、そのまま発動させればいいんじゃ……?
"スリュムヘイム"
俺はわざわざ手を向けてどういうことだ……? と思っていたが、どうやら範囲を恐ろしく緻密に制御してくれたらしい。
サークルが現れたのは、夜刀神の足元だけだ。
……もしかして、美桜の拘束はこのためか?
「ぐむ……なんだ……?」
サークルの中に入ってしまった夜刀神は、思わず声が漏れてしまった、といったふうにつぶやく。
溜めた力が無駄になったりはしないようだが、少しは遅れてくれるとありがたい。
その間にドールが接近する。
正確にはドールの分身達が、だ。
"不安の仮面"
"冷徹の仮面"
"恐怖の仮面"
彼女達は、全員同じ見た目で誰が誰だかわからない。
というかそもそも、名前もみんな同じ……ってそれは置いておくとして。
身じろぎすらしない夜刀神に接近した彼女達は、それぞれが司る力を解放する。
冷徹が夜刀神に触るとみるみる凍りつき、恐怖が触ると痺れ――雷が体を伝っていく。
不安だけはよくわからないが、彼女が手を向けると夜刀神は体を震わせ、まるで錯乱したような様子を見せる。
「おお、おおお!! 吾輩は……いや。我、は……?
恐ろしい……だが、やつを野放しには……
たとえ、脅されたからだとしても……おおお!!」
"椎井の池"
彼は唐突に叫ぶと、俺達に向かってではなく、下へ向かってブレスを放った。
錯乱したことで、力を溜めるのは中断されたはずなのに、それを感じさせない程のとんでもない威力っ……!!
「うゎ……!!」
「うおっと〜……」
「ぐ……!!」
至近距離にいたドールの分身達はかき消え、ライアンと美桜も呑気な声を上げつつ吹き飛ばされている。
今のライアンは巨人なのに、それでも後退していくのは相当だぞ……!!
というかあれ……平気なのか?
流石に能天気すぎるような……?
彼らも心配だが、俺達にも余裕はない。
俺と律、本体のドールは余波だけなのに、それでも圧力で体が潰れてしまいそうだ……