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化心  作者: 榛原朔
二章 天災の国
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94-龍宮へ・後編

俺達は愛宕を出ると、そのまま真っすぐに麒麟が休んでいるはずの泉に向かう。

場所は知らないので、律に黙ってついていくこと数分。

目の前に広がったのは……


「うぉー!!」

「いい景色だな〜」


1つの泉と、それを囲む箱庭のように生い茂る植物達。

大きい木は壁のように周囲に並び、小さい木は箱庭内のあちらこちら――水際にも熟れた果実をつけたものがある。


水中では背ビレを輝かせている魚達が泳いでいるし、水際には麒麟を含め、多くの動物達が寝転んでいる。

とても神秘的な場所で、人がいないことも美しさに拍車をかけていた。


「いずみまで、いっしょに、行く?」

「いくいく〜!!」

「オイラもー!!」


俺が美しい光景に息を呑んでいると、律はライアン、ロロと一緒に麒麟を呼びに行く。


泉に近づいたらもっと綺麗な景色が見えるかな……

一瞬、そんな考えが頭に浮かんできたが、それもすぐに掻き消える。


もしかしたら少し敏感すぎるかもしれないが、多少の落ち着かなさも感じてしまった。

これは……


「なんか、神秘がある……?」

「ここは愛宕の東側。出雲川の影響があるんだろうね〜」

「そこもとんでもなさそうだな……」

「そうかも〜。けど、旅するなら慣れなさいよ〜?」

「わかってるよ」


不死桜も、崑崙山だけでなく付近の山にまで咲いていた。

同じ聖域ならそりゃあ影響もある。

都出てすぐでもこれなら、慣れないと本当につらい。


旅が続けば、同じような地域もたくさんあるのかな……

陰陽道は誰でも強力な神秘に触れ合える技術みたいだし、習ってるだけで治ればいいんだけど。


……てか、そんな近かったんだな。

愛宕出てすぐだし、少しくらい影響があったりしそうだ。

まぁ出雲そのものでもないし、わかってしまえばそこまで気にならないか……


それよりも、味噌田楽はしょっぱかったし、何か甘い果物をもらっていきたい。

こんな神秘的な場所の果物なら、きっとずば抜けて美味しいだろう。酸っぱい種類を選ばなければ……


「なんかおすすめの果物あるか? 後で食べたいんだけど」


ドールの方が変なものを選ばなそうだけど、それでも地元の人だから仕方なく美桜に聞いてみる。

すると、彼女はまたぼんやりしていたらしく、肩を震わせた後、俺を見て考え始めた。


「ん〜……」


そして、なぜか札を取り出すと朱雀を召喚する。


"朱雀招来"


「あひゃひゃ。オレサマが頼りになるのはよ〜くわかるぜ〜? けど、流石に酷使しすぎだと思うんだよなぁ。

あんたらもそう思うだろ?」


彼はいつも通り、現れたと同時に笑い出す。

しかも、今回は俺達にまで話しかけてきた。

式神の常識なんて知らねぇよ……


けど無視する訳にもいかない。

知らないなりに、無理やり判断するというのなら……


「あー……麒麟よりは働いてなくねぇか?」

「そうですね。基準は人それぞれですが、比べるのなら」

「そうですよ〜。

大人しく、私の代わりに仕事をするのです」


俺とドール。満場一致で働き足りない、だ。

ただ、美桜が我が意を得たりとばかりにうなずいているのは……後で釘を差しておくか。


「私の代わりに〜……」ってのは流石に聞き捨てならない。

これの被害者が朱雀だけならまだしも、海音や影綱ってやつにも迷惑だ。


そして朱雀は、俺達の答え、美桜の煽りを受けて、大仰に嘆いて見せる。


「かぁ〜……!! これだから真面目ちゃんはダメだねぇ!!」

「悪かったな」

「人間ならばいざ知らず、オレサマは鳥。

しかも主はこの自由人ときたもんだ……」

「ほらほら、さっさと幻桃果を取りに行く〜!!」

「今聞いたぜ〜? 急かすならまず命令しとけよ〜」


彼は美桜からの命令を受けると、ぼやきながらも飛び立った。体から熱気を放っているので、風圧がかなりすごい。

普通に実も吹き飛ぶんじゃないか……?


多少不安感がないでもないが、もし落ちても拾えばいい。

俺達はどんなものを採ってくるのかな……と静観する。


すると彼は、なんと水辺に生えていた木をそのまま引っこ抜き出した。巨体のに見合ったパワーで、雑草でも引き抜いているかのような手軽さだ。


自然破壊していいのか……? 陰陽師……


「荒らしてねぇか……?」

「そうですね……海音さんが見たら頭を抱えそうです」

「いやいや〜自然の恵みをもらってるだけだから〜」

「恵みを殺したぞ?」


俺達が力なくツッコミを入れると、美桜は本当に気にしていなそうな笑顔で答える。


果実の収穫は木ごと引っこ抜く……?

次の恵みがなくなるんだが……?

聖人だとしても、役人なら常識持てよ……


呆れて物が言えないでいる間にも、朱雀はどんどんこちらに向かってくる。


「ほらよ主〜」


そして、朱雀は俺達から少し離れたところまで飛んでくると、木を地面に突き刺した。

大地を机か何かと思ってるのか……?


それに熊みたいなのならともかく、鳥の式神のくせによく自然を破戒しながら自由奔放に生きられるよな……

こいつが生きてるのかは知らないけど、獣としてもちょっと普通じゃない。


もしこれでもう一度木が生き返るんだとしたらいいんだけどさ……


「好きなだけ……収穫? していいよ〜」


美桜は、朱雀を戻すと俺にそう言って笑いかける。

少し口ごもっていたが、俺も確かにそれには同意できてしまう。


なんか……もう既に木ごと収穫されている感じだ。

もしこれが収穫って言うのなら、果実のついた枝を家に持ち帰って、食べる時にもぎるのも収穫と言える。


やっぱ、少しは常識あるんじゃねぇか……?

それなら、もしかしたらこの奇行にも意味があるのかもしれない。


「もし余っても、ちゃんと他の動物が食べるんだろうな?」

「さぁ? 私は人間の神秘だからわかんないな〜」


念の為確認してみるが、美桜は最初の予想通り我関せずの精神だった。

この人をよーく観察してみたら、もっとやばいことでも平気でやらかしてそうな気がする。


……そもそも、祝福の名前なんて言ってた?

花の音を君へ(コノハナサクヤヒメ)……だよな? もっと自然を愛せよ……


そんな言葉が口から出かかったが、正直言ってもどうしょうもないので、黙って幻桃果の木に向かって歩く。

もしかしたら本当に治せる可能性も……


ん? ……随分柔かそうな果実だな。持ち運べるのか?

突き刺さっている木に近づいてみると、そこに生っていたのは、突いたら破けてしまいそうな果実だ。


木が刺さった時の衝撃がまだ残っているようで、固形物とは思えない程にぷるぷると揺れている。

しかも、皮もあるはずなのに透き通っているかのような透明感だ。


もっと硬ければ桃っぽいな……


「これ、脆すぎないか?」

「ですね……けど、ひとまず1つ取ってみませんか?

とても美味しそうで……いえ、1つならこの場で食べられます」

「そうだな……どうせ木は死んでるし」


ドールとの相談の結果、ひとまず1つは手に取ることにする。

触るだけで潰れそうだけど……


「あれ? 案外丈夫だ」


果実を下から握ってみると、思っていたよりもしっかりとした感触が手のひらに広がった。


確かにぷるぷるとしていた通り、水のような不確かな感触もある。

だが、それを包む皮がしっかりしていたのか、手を押し返してくる感触もまたしっかりと存在していた。


袋とかに雑に詰めてもだめにならなそうだな……


「麒麟さんで揺れても大丈夫そうですか? わくわく」

「そうだな……なんなら、潰そうとしても潰れないかも」

「なるほど……それはまたシリア様が喜びそうな……」


俺は話しながら懐から1枚の箱を取り出す。

それはもちろん、マキナのくれた収納箱だ。


ガルズェンスの科学と、シリアの祝福の合せ技。

世界に1つ……おそらく1つだけしかない至高の一品だ。


……ていうか、うっかり忘れてたけど七兵衛にもらった包みもこれに入れればよかったな。

自分のバカさ加減に嫌気がさすが、仕方がない。

これを仕舞ったあとに、包みも一緒に入れてしまおう。


「潰れる心配はなさそうだし、全部入れちまうか」

「はい、手伝いますよ」


律達は麒麟を呼びに行ってるけど、呼ぶだけのはずだからすぐに戻ってきそうだ。

俺達は大急ぎで、幻桃果という不思議な果実の回収を始めた。


と、同時に……


"生命の息吹"


美桜が懐から取り出した扇子をかざすと、幻桃果の木は唐突に地面に根を張り始めた。

実に影響はなさそうだが、揺れてて取りづらい。

というか、本当に再生できるのかよ……




~~~~~~~~~~




俺達は、それからすぐにほとんどの幻桃果を収納し終わったが、律達はまだ戻ってこない。

視線を向けると、どうやらさっきまでじゃれていたようで、ちょうど今から歩いてくるところのようだ。


ついでに言うと、体力温存のためか、その歩調はゆっくりとしている。2,3分はかかるだろう。

……うーん、暇だ。特にすることもないしな……


「暇なら1つくらい食べちゃえば〜?

それ、あんまり重くないよ〜」


俺とドールがぼんやりしていたからか、美桜がそう提案してきた。

正直味噌田楽を食べたから十分なんだけど、重くないのか……

隣を見ると、ドールもじっと箱を見ている。


……食べるか。


「じゃあ1個食べてみるか」

「そうしなそうしな〜」

「珍しい食べ物。わくわく、です」


俺は箱から幻桃果を2つ取り出し、1つをドールに手渡す。

すると……


「私も食べたいな〜……食べたいな〜」


美桜がチラチラと俺を見ながらそんなことを言ってくる。

鬱陶しい……


「ほらよ」

「さ〜んきゅ〜」


独占するつもりはないので、速やかにそのウザさから解放されるべく幻桃果を渡す。

普通に言えばいいのにな……


美桜は幻桃果を受け取ると、満面の笑みでドールのいない側――左側に座る。

そして、特に意味はないが3人揃って果実にがぶり。


「っ……!!」


瞬間。俺の中に生命の息吹が染み渡った。

弾けるようで、だが穏やかに。

世界一甘いとも思えて、だがちょうど良い甘さで。

シャクっとした食感で、だがぷるぷると柔かで。


流れるように胃に吸い込まれていく。

この体を生かしている水分が、すべて浄化されたかのように満たされた気分だ。

……これ1つで数日は食べずに活動できるんじゃないか?


「うっめぇ……」

「はい。思ったよりも食感がありました」

「ん……? えっと、それだけ?」

「……? 甘さは理想の塩梅でしたし、活力も漲ります。

恐ろしい食べ物ですね」


なんか思っていたよりも……というか、俺と比べて遥かに反応が薄いな。好みじゃなかったのか……? 

いやまぁ、美味しかったは美味しかったんだろうけど……


味覚の違いってのは案外ばかにならないもんだな。

俺がそんなふうに感心していると、突然左側から肩を叩かれた。


少し驚いて視線を向けると、思案顔をしている美桜が何かを差し出してきている。

手に持っていたのは、神秘を感じる5〜6枚の御札。

御札……


「これは……?」


もしかして陰陽道のやつか? と思いつつ、念の為確認を取る。すると、やはりその御札だったようで、軽くうなずきながら口を開いた。

渋ってた割には軽い口調だ。


「もちろん御札だよ〜。決して水に濡れない……ね」

「ふーん……嫌そうにしてたのに」

「まぁ、陰陽道の秘奥は占いとか式神、風水辺りだし〜?

ただ神秘を扱うだけの道具なら、どこにでもあるからね〜」


確かにマキナにもらった収納箱も神秘か……

科学の国でさえ存在する……というか作ったのに、誰でも使う札を隠す必要もない。


何にせよ、この様子ならすぐに教えてくれそうだ。

濡れないことを強調してくるのは、流石にちょっとわからないけど……


「ん? でも俺だけ……?」

「お兄ちゃん、かみさま、休めたって」

「お、おうよかったな」


俺がそこまで言いかけたところで、ちょうど律達が戻ってきた。見た目は変わらないが、麒麟の調子も良さそうだ。

御札の使い方は……もともと龍宮で教わるつもりだったし、別に後でいいか。


「じゃあさっさと砂浜で行きましょ〜」


俺達は再び麒麟たちにまたがると、龍宮へと向かって疾走を始めた。

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