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化心  作者: 榛原朔
序章 覚悟
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9-フェニキアでの小競り合い・後編

-ヴィンセントサイド-


獣の両腕の攻撃を剣で少しずつずらし、真向斬りで斬り伏せる。これでヴィンセントが倒した賊は8人。


単純な能力だけではこの場の誰よりも弱い彼だったが、やはり気を抜かずに観察し、冷静に対処すれば負けはしないようだった。


剣を振って血を払った彼は、残りの2人と向き合う。風の剣士と獣の四肢の戦士だ。


(……今更ながら、四肢の獣化とかすごいな。

ライアンさんがやってたらしいけど、そしたらこの人ほぼ魔人だね)


最後に残った特に強い神秘を見て、少し力を抜いていたヴィンセントは改めて気を引き締める。

すると……


「なぁお前、手ぇ抜いてねぇか?」


剣士の男が、そう声をかけてくる。

彼はどうやら少しばかり観察していたらしく、ただの人間に蹂躙されているという状況でも、しっかりとヴィンセントのことを見極めようとしていた。


それを聞いたヴィンセントも、特に驚いた様子はない。彼が観察していたことに気がついていたのか、予想通りといった風にしれっと答える。


「あれ、分かっちゃいました?」

「人数減ってペースも落ちるのはおかしいだろ」

「何言ってるんです? お二人は……特に獣化のあなたは魔人とそう変わらなくないですか?」

「あ? 似た戦い方をする魔人でも知ってんのか?

だがそいつが魔人なら出力が違うはずだぜ」


ヴィンセントが声をかけると、四肢を獣化させた男は苦虫を噛み潰したような表情で言う。


どうやら自身の限界を知っているらしく、苛立ちを隠しきれていない声音だった。


ヴィンセントの例がある以上、彼らが絶対に聖人・魔人に勝てないということはないだろう。

しかし、たしかに彼らは神秘を魔人並みにその身に留めているが、自然からの借り物にすぎない。


似た力であっても、神秘に成った者ほどには使えないというのは、当たり前といえば当たり前だった。

そんな男の話を聞いて、ヴィンセントも納得したように頷く。


「なるほど、そういう感じになるんですね。でも私からしたらかなり強いですよ。たしかに看破はしてますけど」

「やっぱか……なんで手ぇ抜いてた?」

「仲間が苦戦していたようなので、そちらも観察させていただきました」

「はぁ……化け物かよ。

お前はいずれ、神秘に成れるよ……」

「光栄」


しばらく会話が続いたが、ヴィンセントの行く末の予想まで話すと、一旦区切りだ。

まず始めに、風の剣士がヴィンセントに斬りかかっていく。


(この人の流れは読みやすい。問題は獣……)


しかし、ヴィンセントの優先順位的にはそうではなかったらしく、彼は剣士をスルーして獣の男の方へと向かっていった。


「俺からかよ」


だが、それを見た彼は一瞬で距離を取ってしまう。

風の剣士も速くはあったが、一瞬一瞬の動きでは獣の方が段違いであった。


(素の力で追いつくのは不可能。

人に扱える神秘なんてたかが知れてるけど……一瞬なら無理矢理やってやる……!!)


彼は両脚のごく一部の筋肉に、限界ギリギリまで神秘を宿し、距離を詰めた。

半魔であっても態勢が悪ければ、すぐに離脱はできない。


逃げる前に追いつかれた彼は、両腕のラッシュで対抗してくる。

だが、ヴィンセントも見切りには自信があった。


捌くのも剣の動きだけでなので問題はない。

全ての攻撃を逸らし、ちゃんと獣ではない部分を深く斬り裂く。


「その、強さで……俺を、魔人とそう変わらない……なんて言うなよ……」

「侮辱したつもりはないんですが、すみません」

「ふん……」


そう言うと男は倒れ、血溜まりをつくる。

今まで斬った半魔はここまでではなかったので、かなり深く斬っているようだ。


(もしかして、警戒して深く斬りすぎたかな……? まぁ丈夫だから死にはしないよね、うん)


それを少し焦ったように見つめるヴィンセントだったが、大急ぎで自分を納得させて身構える。

すると、間髪入れずに風の剣士が飛んできた。


しかし、彼の動きは全て見ている上に、獣のような不確定さもないため警戒の必要はない。

風の動き、手足の動き、目の動き、全てを読み斬り伏せる。


「十人斬り、完了。でも、クロウのとこの10人全部は無理だね……」


一旦剣を収めた彼は、クロウが戦っている方向を見つめながらポツリと呟く。


相手は全員格上と呼べる存在ではあったが、特に最後。獣の四肢の男レベルのスピードを出すのには、相当無理したようだ。


限界まで神秘を宿した脚の部位が、裂けかけて血が滲んでる。


「さて、どうするかな……」


彼は体を労りながら、ゆっくりとクロウが戦っている場所へと向かっていった。




~~~~~~~~~~




-クロウサイド-


俺はもはや恥もプライドもなく転がる。

風の拳が唸り、獣の脚が地を割る。

……無理!!


こいつらは速すぎる。

俺には10人の攻撃を避け続けることしかできない。

一対一ならともかく、複数相手じゃ俺のちっぽけな運なんてほぼ無力だ。

2人とも、助太刀ないと無理だ……勝って来てくれ。


と、願っていると急に何人かの半魔が倒れる。

は?


「1人くらいやっといてほしかったな」

「えぇ〜‥? 俺がどれだけ苦労したと思ってるんだ……?

一瞬で3人やるとかヤバすぎ……」

「君、魔人だろ? しっかりしてほしいな。

俺も結構きついんだからさ。3人は倒してくれないと本気で困るよ」


たしかに、よく見たら脚に怪我をしているように見えた。

服は綺麗なままだが、脚を引きずっていたのだ。

……どうやって3人やったんだ?


「あー‥まぁ数が減ればいけるかもな。脚どうかしたのか?」

「酷使しすぎたよ。だから、ね?」

「と言っても、俺だって体力も気力も‥」


と話しているうちにまた、半魔が一撃を入れに来た。

変わらず俺を狙ったみたいだったが、ヴィニーが異常で、気づいたらその半魔は倒れていた。


「邪魔、しないでね」


これ、ほんとに人か? 片手間で瞬殺してるが?


「……俺は人だよ? 技術で無理矢理勝ってんの。

君魔人なんだから頼むよ」


その無理矢理ができる時点でほとんど人間辞めてるだろ……

神秘に成ってないくせに人を超越してる。

略して超人だな。


……学ぶところしかない。


「3人なら頑張ってみるけどよ……」


半魔達の元へ駆けていくヴィニーを追って俺も走る。


茨に囲まれているからだろうか、神秘を強く感じる。

疲れ切っていた体に神秘が戻り、力が湧いてくる。


ついでに何故か風も強くなってるな。

手近だったのは両脚獣の男。

男もこっちに気づき身構えるが……


唐突に、その辺りに漂っていたローズの茨に絡まり始めた。

……あいつ、ヴィニーに気を取られて茨に寄り過ぎたか?


彼女の茨は賊を分断した後、俺達以外が通ろうとすると絡まるようになってたらしい。

ラッキー。


ナイフで素早く筋繊維を斬る。

戦闘不能になったか?


よし、次。速くしないと体がギシギシいってる。

どうやらさっき、ローズから溢れた神秘が俺に入って来たようでだいぶ運が強くなってるけど、2つ分の神秘はきつい。


目の前にいるのは風の片腕。

何故か俺が足を置く地面が走りやすい感じになっていて、思ったより接近が速い。

さらには目にゴミでも入ったらしく、目をつぶってやがる。

今度は脚を潰す。


ちょっとだけ、唾液に血が混じり始めてきた。

最後の1人は……ヴィニーに完璧に気を取られていて気づいてない。


「ラッキー」

「しまった‥」


急所に一突き。

だがそれでも暴れたので、手足も軽く斬ってしまう。

殺してはないが、これできっと動けはしないはず。


「君達の動きは、もう見えてます」


俺の方が一段落してヴィニーの方を見ると、彼はやはり残りの3人を圧倒していた。

賊達の攻撃は、しようと動いた瞬間に防がれ、防御する間もなく斬られ地面に伏していく。

そんな嵐のような剣舞。


俺が3人やらなくても勝ててそうだよな……


「ふわぁ、ようやく終わったぜ……休んでいいか?」

「お嬢のところに戻ってからの方がいいと思うよ」

「近づけるならな」

「そうなんだよね」


俺達のエリアは半分繋がった状態だったが、ローズのところは完全に隔離されていて入れない。

拳一つ入らなそうな密度だ。


「……斬るか」

「そうだね」


意見が合致したので、俺達はそれぞれの武器で斬り始める。だが、硬い上に密度も異常でまるで進まない。


そんな事を数分続けていると、


「〜〜〜‥」


聞き取れないがなにか騒がしい声が聞こえてきた。


「お嬢、やり過ぎてるんじゃ……」

「これ、もう斬らなくても勝手に消えるんじゃないか?」


叫び声はだんだんと増え、そして急速に静かになる。

彼は少し複雑そうに答える。


「……だね」


などと話す間にもう消え始めてきた。

上のほうが何やらキラキラと光っている。

心なしか密度も低くなっている気がするので、直に通れるようになるだろう。


俺は物が出せる能力じゃないから、こうやってまじまじ見るのは新鮮だな。


茨がほとんど消え、光の粒子と最低限の茨が視界に広がる中、焦げて倒れる賊、怯えを見せる賊、そしてローズがいた。

焦げ……?


「お嬢、やり過ぎてないです?」


無事だった賊達は、檻が消えるやいなや逃げ出そうとしたが、俺達を見て腰を抜かしている。


「うーん。1人も倒してないのはどうかと思って……」

「極端だな。これ絶対戦意喪失してるぞ」

「だよね。ねぇ君達、通ってもいい?」


「すす、好きにしろ」

「お前らがどんな目にあったって俺らには関係ねーんだ」


これが、負け犬の遠吠えとかいうやつか? 初めて見た。

そういえば幹部とか言うのもいたな。

そう思い、町の方向を見てみると、


「どうぞ、お通りください。

幹部とは言っても、私は参謀ですので戦いません。弱いですから」


そう言われ、拍子抜けした。


嫌に素直だな。……弱い?

いや、うん。弱いな。


ていうか賊とは思えないような丁寧な言葉遣いだ。

組織とか言ってたし、幹部にもなるとちゃんとしてんだな。


「なんか変な気分だけど、いいって言うなら通ろうか」

「ですね。警戒はした方が良さそうですけど」


気づいたらあの3人は消えていた。

阻む者のいなくなり、スッキリした道を俺達は進む。

無駄に時間をかけたけど通れてよかった……


さて改めて。目の前にあるのはフェニキア。


ディーテに比べると、この町は平らで防壁も薄いが面積は広い。

そして一番の違いは沿岸部で風が強いこと。

そのため、風、そして波の音が聞こえるので涼やかだ。


ここら辺の地域は温暖なので、涼むのにはぴったりの場所だった。

チラチラと港の方向が光っているので、できれば後で見に行きたいな。当然海は始めてだ。


建物の壁は白やクリーム色のような中性色て統一され、屋根はテラコッタ。のどかで美しい町だ。

港があるからか、人はディーテよりも多いかも……

いや、誤差かな。


はぁ、ようやく到着だ。ったく賊共。


「どうするよ」


そう聞くと、2人やはり長居は良くないと思っていたようだ。

久しぶりの大きい町だけど、流石にあんなのがいるんじゃな……


「あなたがもっと早く折れてくれれば……」

「ははは、すみません」

「軽いな」

「主人なんだから普通ああなりますよ。

この先はあそこまでしないんでいいじゃないですか」


そう言うと彼は肩をすくめてみせる。

でもたまに戻ったりはしそうだよな……人の性格も習慣も、そうそう変わるようなものでもないし。


だがローズにはそれだけでも十分だったようで、それを聞くと、にっこりと笑顔をみせる。

疲れを全く感じさせない、晴れ晴れとした表情だ。


「頼むね。じゃあ、とりあえず宿探そうよ」

「あっ俺探しとくんで、2人はブラブラしてきていいですよ」

「いや、俺は疲れたからすぐ寝たい」

「あーたしかに。疲れてないのお嬢だけですね」

「じゃあよろしく〜」


そう言い残すと、彼女は町の喧騒の中に飛び込んでいく。

あいつほんとに27人と戦った後か? 操作系羨ましいぜ。


「よし、行こうか」

「ああ」


もう、大至急だ。すぐさま宿を見つけて寝たい。

その気持ちを強めながら俺達は宿を探し始めた。




~~~~~~~~~~




宿を見つけてすぐに寝ていた俺は、ドアが開く音がして目を覚ました。

外を見るともう既に日が落ちきっていて真っ暗だ。

だいぶ寝たな……


そんな事を思いながらそのまま少しウトウトしていると、少し様子がおかしい。

誰かが壁に何度もぶつかっているようで、部屋中で音を発していた。


俺は慌てて起き上がって明かりを点ける。

するとやはりなにかあったらしい。

部屋の真ん中で、ボロボロになったヴィニーが倒れていた。


「っ、ヴィニー、どうした!?」

「スー‥スー‥‥」


声をかけてみると、かすかな息遣いが聞こえてくる。

寝てんのか……?


いや、どちらかというと気絶に近そうだな。

もしかしたら幹部か何かに会ってしまったのかもしれない。

それなら怪我の具合を見ておこう、と観察を始める。


彼は全身に切り傷を負っていたが、そのほとんどは既に血が固まっていた。

案外時間が経っている……でも半日で固まるか?


しかもこれは……切られているというよりは裂かれている、か。傷の周りがボロボロになっている。

血が固まってなければ肉も露出していたであろうというほどの重症だった。


思い当たるのは昼間の風の半魔。

獣はちょっと毛色が違うから置いておくとして、火と風。


その2つだと明らかに風が多かった。

もしかしたらこの町の特性に近いのかもしれない。

幹部は風の魔人か?


「今考えても無駄か」


やはり今はこいつの治療だな。

早く起きてくれればどんなやつにやられたかも分かる。


……血、固まってるけどした方がいいのか?

そう思いもしたが、傷がまた開く可能性もあるかと思い直し、俺は不慣れながらも手当に挑戦した。




~~~~~~~~~~




静寂と闇に包まれた町を夜半の月が冷たく照らす。

道なりに整備されている街灯は何故かほとんどが消えていた。


そんな暗がりを、1人の神父が歩いていた。

人通りはないが、もし人がいたとしても朧気にしか見えないだろう。


そんな安心感からか、はたまた誰にも見られない確信でもあるのか。

街灯を避けている割に急ぐ様子は見られず、その歩みはゆったりとしていた。


コツ‥コツ‥と、革靴のよく響く足音もあまり気にしていないようだ。

彼がその歩みを止めたのは、町の西門。

ここまで来ると街灯は全て消えており、完全に月明かりのみとなっていた。


凍てつく風が吹く中、待つこと寸刻。


やってきたのは小型の馬車だ。

黒馬が引くその馬車は黒塗りで、闇に上手く紛れている。

闇に紛れるためにあるような、そんな馬車。


だが、それに反して馬車から降りてきたのは白一色の老人。

白髪・白髭で、白い法衣のようなものを身にまとっている。

伝承にあるような、仙人のような見た目だ。


そんな異質な存在に、神父が笑みを浮かべながら問いかける。


「例のものは連れてきていただけましたか?」


それに応じる老人もにこやかで、お互いへの信頼が感じられる。

仙人、神父とどちらも胡散臭いが、まるで長年の付き合いがあるかのように。


「ホッホッホ、当然じゃ。連れてこれぬようなやつなら、まず捕らえられているおらんわい」

「ふふ、たしかに。ではこれは彼の元の牢屋に入れておきましょう」

「うむ、頼む。まずはあやつらなんじゃよな?」

「ええ、かなり楽しめると思いますよ」

「ホッホッホ、それはいいのう。わしの記憶に刻まれる事を祈るわい」


もはや人目を気にする気配すらなく、辺りには2人の笑い声が響き渡っていた。


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