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化心  作者: 榛原朔
二章 天災の国
109/432

93-龍宮へ・中編

歩きながらほんの少しだけ話し合いをした後、俺達は結局白兎亭へと向かった。

俺も正直他の店がよかったが、律と美桜の白兎亭推しが凄まじくそれも叶わず……


仕方なく店内へと入ると、中にいたのは女子どもが数人と、男が1人だけだ。前回は賑わっていたので、少し意外だな……


ただ、奥の個室は1つだけ閉まっている。

物音はまったく聞こえないけど、実際の人数はもう少し多いかもしれない。


「いらっしゃいませー……」

「すいません。個室でお願いします」

「わかりました。では、こちらへどうぞ」


店員は挨拶をすると、他のお客の方へと歩いていこうとしたが、個室と言ったことで案内を始める。

通されたのは、閉まっている個室から2つ先の部屋だ。


隣合わせでも多分音漏れはないけど、これだけ間に部屋があれば万が一もなさそうだ。


安心して入ってみると、中には1つのテーブルとその両側に小さい布団……たしか座布団だったか?

ともかく、それが8個置いてあるそこそこ広い部屋だった。


窓は開いているが、何か細工でもあるのか外の音は聞こえてこない。隣ももちろん静か。

旅館と同じくらい気を抜いてくつろげそうだ。


律と美桜は嬉々として左側から席についたので、俺達は右側。俺と律、ドールと美桜が向き合っている。

注文は……


「お団子全種類1つずつくださ〜い」

「ぼくは……草餅2皿」

「あとお茶人数分」

「以上でよろしいでしょうか?」


店員は美桜の注文に目を丸くしていたが、すぐに表情を引き締めると確認を取る。


俺はいらないけど……

注文した2人はともかく、ライアンとドールはどうだろう?

そう思って見てみると、ちょつど2人はメニューから顔を上げたところだった。


「焼き鳥1皿頼むぜ〜」

「味噌田楽1つお願いします」

「味噌……追加でもう1皿お願いします。以上で」

「では、少々お待ちくださいませ……」


彼女は丁寧に腰を折ると、そのままの姿勢でふすまを閉じて戻っていく。……なんかすごいな。プロだ。


というか、食べるつもりはなかったのに、味噌という単語についつられてしまった……

旅館の料理にも使われていた、珍しい調味料。


くそっ。

そんなものが茶屋でお菓子と同じように並べられているのなら、食べない訳にはいかないじゃないか……!!

急にどこか行っちまったクロノスも、後悔しないようにと言ってたし。


ただ、それはそれとして……


「じゃあ、話の続きいいか?」

「……美桜お姉ちゃん、話す?」

「いやで〜す。律くんがやってくださ〜い」

「うん、わかった。それじゃあ……」


続きを促すと、律はもちろん本職の美桜に聞き、美桜はもちろん律に丸投げする。

どっちが説明してもいいけど、丸投げしたのなら詠い出すのはやめてほしいな……


俺はそんなことを考えながら、律の説明に耳を傾けた……




さっきの話の続き。それはもちろん陰陽師についてだ。

ただ、律も陰陽師ではないので、そこまで細かいことは知らないらしい。


その上で陰陽師が何かというと、「陰陽道を専門に扱う者」とのことだ。

ここで説明は早くも脱線し、陰陽道の説明に入る。


曰く、陰陽道とは陰陽五行思想などを元にした、呪術・占術の技術体系。

律や美桜が使っている式神や星雲の占い、札を使った神秘の行使などのことだ。


……はい、ここでまた新情報。

この国は神秘の技術発展が半端じゃないな……


若干呆れつつ、今度は陰陽五行説の説明だ。

もし使うとしてもここまで知る必要はないらしいが、普通に気になるので説明を促す。


陰陽五行説とは、陰陽説と五行思想が組み合わされたもの。

この世には陰と陽の二面性があり、それが調和することで自然の秩序が保たれる……これが陰陽説。


自然界に存在するすべてのものを水・火・金・木・土の5要素に分類する思想……これが五行説だ。

うん……難しい。


5つに分類する、2つの面がある。

これをどうしろと……?


「むずいな……」

「そうだね。でもこれは、みんななんとなく知ってる、ただの思想。げんだいの陰陽道だと、この思想は、そこまでじゅうようじゃないらしいよ。ひおうを、のぞけばね」

「そうなのか?」

「うん……知りたい?」

「どうせならな」

「そっか……」


彼は薄く笑うと、隣の美桜に視線を向ける。

美桜は無視して団子を食べているが、ここから先の話――式神や国民の多くが知ってる知識以外……陰陽道の技術の話は律には厳しいのだろう。


彼は黙って美桜を見つめ続け、やがてギブアップした彼女は両手を上げて説明を引き継いだ。

あんだけ嫌がったくせに、結局説明してくれるのかよ……


「わかりました〜……知る必要はないのにね〜……」

「聞いちゃだめなことならともかく、気になるだろ」

「はいはい。しょうがないな〜。私達が使う陰陽道は……」


どうやらこの国の陰陽道は、世界に満ちている神秘を使っているため、本来の陰陽道とは少し違うらしい。

水・火・金・木・土の5つの属性を元に、向き不向きはあるが、基本的に誰でも自由に強大な神秘を扱えるようだ。


大事なのは、呪いや祝福と同じく強い意志とイメージ。

特殊な札に想いを乗せ、神秘を込めるだけ。


神秘でなくとも、神秘に成った者に匹敵する程の神秘を扱えるようになるための技術。

神秘に成った者の中でも、自分の属性――俺の場合は運――以外で強大な神秘を扱うための技術。


これを現代の陰陽道と呼ぶようだ。

適性のある属性なら何も言わずに使えるらしいし、なくてもさっきの美桜のように、言葉に表しさえすれば使えるというのだから恐ろしい。


そして、陰陽師と呼称するために重要なのは「専門」に扱うという部分。

陰陽道の中には、式占や易占などの占いや呪術だけでなく式神も含まれるが、その全てに精通してこそ陰陽師。


そのため、律は式神――麒麟のみなので陰陽師ではない。

海音は天后を借りているだけだし、札による術もいくらか教わっているらしいが、軽く習っただけだから陰陽師ではない。彼女はただの侍だ。


というかそもそも、軽い術程度なら雷閃四天王は全員が扱うし、下っ端の侍達でさえ教われば扱えるという。

俺も教わりたいな……


最後に、5つの属性を組み合わせた属性。

五行思想に含まれない、美桜の使っていた風の相のこと……


「あとは組み合わせね〜。これもイメージなんだけど〜……

例えば火の相に木の相を合わせれば風の相になる〜。けど、火に適正があるなら、単体だけでも風の相を使えるんだよ〜。私みたいにね〜」

「そういえば、確かに5つ以外の使ってたな。火の適正ね……」

「そう。私の適正は火と木よ〜?

なんたって私の祝福は"花の音を君へ(コノハナサクヤヒメ)"。桜のように美しい力だからね〜」


桜って……それ、2つの属性あるか?

俺が疑問に思っていると、隣から平坦な声で質問が飛ぶ。


「それなら木だけじゃないのですか?」

「よ〜く燃えるのよ〜」


ドールの疑問に、美桜はドヤ顔で答えた。

……何を自慢しているのかは、よくわからない。

ただ燃えやすいってだけなら、ローズのような2つの属性ではないよな……?


「……こほん。風みたいな相は、あと4つあって〜……」


すると、美桜は桜の上と同じようにごまかすように続ける。

今度は懐から紙を取り出し、図で説明してくれるらしい。




基本属性  発展属性  組み合わせ例

火   →   風  =火+木


水   →   氷  =水+陰(土+木)


金   →   雷  =今のところイメージできない


木   →   陽  =木+火+土+水


土   →   陰  =土+木




基本属性から矢印でつながっている発展属性は、適性のある基本属性1つで使える。

ただし雷だけは、今のところ金属性に適性がないと使えない。


理由は、雷……電気のイメージが金属のものだから。

もし仮に水と火で雲を作ったとして、それだけで雷になるか? という話だ。


そもそも火に水でも、火に木とはまた違った風を出せるらしいので、それも向かい風になっている。


ただ、それでも強いて組み合わせを言うとしたら、金と金。

……うん、無茶だ。

なので現状、使用者は嵯峨雷閃ただ一人……美桜にも使えないらしい。


これが美桜の語った陰陽道の話だった。

まだ占いなどもあるが、それは本当に陰陽師になる者にのみ伝授するということだから、仕方がない。


やたら当たるすごい技、程度に留めておこう。

俺は特に陰陽道を専門にするつもりはない。


……ただ、それなら俺も何か習いたいな。

俺は運とヴィニーの剣技、弓しかないし、神秘での遠距離……せめて中距離の戦い方もできるようになりたい。


そんなことを考えていると、美桜が唐突に話しかけてくる。


「そういえば、あなたは甘いものに目がない……とまではいかなくても、それなりに好きなんじゃなかった〜?」

「……? 言ったか?」

「占い〜」

「ああ……うん、好きだな。けど、団子はトラウマになった」


そう言うと美桜は、どこか遠いところに視線を向ける。

ここは室内で壁しかないし、道具もないし、特に占っている訳ではなさそうだ。


考え事か……?

俺から特に言うことはないので静かに見守っていると、やがて満開の花のような笑顔を見せた。


「うーん、じゃあ……うんうん」

「なんだよ?」

「いやぁ、占うのは面倒だからしないけど〜、少し当てがあるといいますか〜」


なんだ? 団子を食べさせる計画でも考えついたのか?

まるで予想できないが、どうせろくな事ではなさそうだ。

口に何か突っ込まれないように警戒しとこう……


まぁ今すぐではないだろうし、とりあえず……


「……ところで、その札の術は教えてもらえたりするか?」


彼女の話では、教えられないのは占いだけ。

一応俺達はよそ者だけど、敵対はしていない。


それなら、札を教えることになんの問題もないはずだ。

……美桜の気分次第では。


ライアンもそれを聞くと、目を輝かせて皿から顔を上げる。


「お〜!! それは俺も使ってみて〜!!」

「え〜!? (めんどうだな〜)」

「さっきもそうですが、もう少し隠したらどうですか?」


美桜は今度もボソッとつぶやいていたが、すぐにドールに看破されている。

彼女の行動理念は、本当にわかりやすいな……これなら多分……


「あ、あはは〜……じゃあ、そうだね。

龍宮とかで、暇な時間があればかな〜」


彼女はやはり断りはしない。

暇な時間があればとのことだが……どうせ夜刀神は面倒な神のようだし、すぐに協力は得られないだろう。


絶対に時間がかかるし、この人は飽きそうだ。

……偏見ではないよな?


「十分だ。お、もう食べ終わってるな。さっさと行こう」

「おー」


俺とロロは、一番多く頼んでいた美桜の皿が空になっているのを見て立ち上がる。

速く着いて夜刀神を引っ張り出したいし、術も習いたい。


だが、ライアンは美桜の皿を見て驚きの表情を見せた。

他のみんなも、表情の動きこそ少ないものの、だいぶ驚いているようだ。


「え、お前食うの速くねぇか〜!? 全種頼んでたよな〜?」

「序盤の大枠は、律くんが話してくれたからね〜」

「それにしても、はやいよ」

「まぁそれは良いことです。

麒麟の様子次第ですが、急ぎましょう」


確かによく考えたら速いな……

基本1皿の俺達と同じスピードって……

最初は話に夢中で気が付かなかったけど、改めて確認してみるとあ然としてしまう。


まぁドールの言う通り、速く出発できるのはいいことだ。

ありがたく思っておこう。健康面は知らないけど……


俺達は、美桜に呆れながら白兎亭を後にした。




~~~~~~~~~~




クロウ達が去っていく瞬間。

もう1つの個室から、密かにそれを眺めていた者がいた。


いや、正確に言うと違う。

ふすまは全開とまではいかないまでも、かなり大きく開いている。


これでは、とても密かになどとは言えないだろう。

ただ、()()()()()()()()()()()()()()()()だ。


彼らは完璧な偽装を施していたため、クロウとライアン、ドールはもちろんのこと、探知能力があるロロでさえ気づいていない。


そのため彼らは、大っぴらにふすまを開けて、堂々と敵の観察をしていたのだった。


「あの子らが流れを変えてまう神秘?

随分と若いんやねぇ……」


残念そう口を開くのは、血に飢えた妖鬼族。

ゆったりとした紺色の和服に身を包んでおり、あの鳴神紫苑と同じように、一見人とそう変わらない女性だ。


「わっちも知りんせんけど、彼が言うにはかなり面白い子のようでありんす」


それに答えたのは、やはり着物の女性。

だが、こちらは桃色など鮮やかな色調で、軽くはだけてもいるので艶やかだ。


さらに手の位置、足の組み方など動きも艶かしく、全身に妖しさをまとっている。

そして、両者の頭にはやはり角……


「あれ、調べてくれはったん? おおきに。

うふふ……それやったらええなぁ」


彼女達の隣には、神父のような出で立ちの男や黒い和服をまとった細身の男、姿が見えない黒い人影もあるが、彼らは一切口を挟まない。

ひたすら彼女達の独壇場だった。


「わっちの知るところじゃござりんせん。

ただ、わっちの母の敵であるだけでありんす」

「へぇ〜! 随分と警戒しとるんやねぇ」

「そうでありんすね。

どうにも、天運はあちらさんにあるようでありんす」

「天運……素敵やわぁ……!!」


彼女の中でクロウ達は、「若くて弱そう」というイメージから「天に愛された強敵」に書き換わったらしい。

恍惚とした笑顔を浮かべて喜んでいる。


それを眺める艶やかな女性は嫌そうに顔を歪めているが、どうやら彼女の視界には入っていない。

もう周りのすべてを無視して、クロウ達の立ち去った方を眺めていた。


「もう海音が人里に降りてから何年も経ってしもうたし、久々にうれしいわぁ」

「酒呑童子様……」

「なんや、茨木? うちに文句でもあるん?」

「いえ。某、貴方様の下僕なれば……」


黒い和服の男――茨木童子がついに口を挟むが、彼女――酒呑童子は軽く威圧して黙らせる。

だが彼女はすぐに笑顔になると、茨木を急に褒め始めた。


「ええよええよ。うちはあんたを大切に思っとるんやから」

「……」

「長らく一緒に獣やなんやと蔑まれてきて……大火の時にも付き合うてくれて、満足した今かて、一族のために動いてくれとる。ほんまに立派になったなぁ。うちもうれしいわぁ」


そう言うと彼女は、上機嫌のまま座卓から酒を掴んで一気に呷る。

まるで水であるかのような飲みっぷりだ。


「ぷはぁ〜……海音もうちらの側におってほしかったなぁ……

まぁ、うちらも完全にこちら側におる訳やないけど?」

「……場は必ず整えます」

「頼むわぁ」


酒でナイーブにでもなったのか、酒吞は悲しげに笑う。

2人は理解し合っているような雰囲気だったが、他の2人からしたら意味不明だ。

艶やかな女性は、先程より少し硬めの声音で水を差す。


「……さっきから、わっち達を置いてけぼりにしていんすよ」

「そうですね。私もそろそろ入らせていただきます。

話を……進めましょうか」


神父はそう言うと上座に視線を向ける。

そこにいるのは、顔も体格もおぼろげな黒い影。

わかるのは、ただ人型であること……人族か、妖鬼族ではあるだろうということだけだ。


「ようやくか……

わざわざ式神に力を割いているんだから、さっさと初めてほしかったよね、まったく……」


目も口もわからないそれは、軽口を叩いてから本題に入る。


「さて……では各地の守護神獣の、人間への不信感の高まり具合について……」


彼らは、会議を始める。

この地に天災をもたらさんとする、最悪の会議を……


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