92-龍宮へ・前編
重い荷物を持って必死に屋敷の門を出ると、来たときと同じように律が懐から御札を取り出す。
"麒麟招来"
そして淡く光った札を地面に叩きつけると、やはり地面が盛り上がってぱっくり割れた。
中から出てくるのはもちろん麒麟。
さらに今回は、出てきた時点で他の4頭も呼び出し始める。
"炎駒"
"聳孤"
"索冥"
"角端"
炎柱の中から炎駒、若木の中から聳孤、鉱石の中から索冥、水柱の中から角端だ。
というか、今回は出てくるの速くないか?
麒麟本体は今出てきたはずだけど、出ていなくても話は聞こえていたのかもしれない。
「きたときと、同じ子に、のってね」
「了解」
「わかりました」
律の言葉で、彼と美桜以外の全員がそれぞれの麒麟に乗る。
まずは、ロロの念動力で包みを乗っけて次に乗り手。
5個の巨大な包みを運ぶのは無理だったけど、ここをやってくれるだけでとても助かる……
そしてロロは、相変わらず俺の懐だ。
これでもう俺達よそ者組は準備完了だけど……
下を見ると、2人はまだ乗ろうとしていない。
麒麟と角端は律の近くにいるからか……?
よくわからないので、ひとまず律に歩み寄っていく美桜を見守る。
そういえばこの2人、どっちも式神使うんだよな……
美桜は式神を四天王全員に貸しているらしいし、律も同じようにたくさんの式神……というか、麒麟? がいる。
まぁ彼のはほとんど分身ではあるだろうけど……
晴雲が式神を使うのかはわからないが、陰陽師と名乗った美桜が貸し出しているのなら、律も陰陽師なのかな?
麒麟達にしがみつくのは大変だけど、聞きたいことが山積みだ。
「美桜お姉さん、どうする? のる?」
「そうね〜……
同じ式神の方が、スピードの差がなくていいかな〜」
「わかった。じゃあ、あまってる角端ね」
「おっけ〜」
2人はお互いをよく知っているようで、美桜が近くに来るとスムーズにどうするかを決めてしまう。
律は無表情だが、美桜の方は保護者の少女と同じような優しげな表情だ。
律はみんなに愛されてるな……
まぁ屋敷であまり話してなかったけど、むしろ信頼かなにかがあるのかもしれない。
……海音に引き渡す前に、ぜひ保護者の少女に事情説明とかしてもらいたい。
それと、ここで聞いたということはつまり、美桜にも移動に使える式神が――空を飛ぶ朱雀以外で――いるということだよな?
気になる……
俺が好奇心を我慢している間に、律は自分で乗り込み、美桜はロロの念動力で自分ごと包みを乗せてもらっている。
サボり魔……
「あと、ついでに。風よけとか、できる?」
律は美桜が乗り込むのを確認すると、そう問いかける。
風よけ……普通こんなに高速で移動することないから、あんまり考えたことのない概念だ。
興味津々で見ていると……
「……めんどうだな〜」
少しの間無視していた彼女も、ようやく動き出す。
式神を呼び出すのと同じように、懐から札を取り出し顔の前に構える。
"風の相-追風"
すると俺達を包むのは、緩やかで、だが力強い風。
これで相殺するということだろう。
「じゃあ、かみさま。くるときよりも、速く。
でも、まったくゆらさないで、龍宮へ、ゴー」
「任せ給え。荷物も諸君も落としはしないさ」
律の言葉で、麒麟たちは一斉に走り出す。
今回は昨日と違って、比較的緩やかだ。
近くは相変わらず飛ぶように去っていくけど……
うん、いい景色……
~~~~~~~~~~
不死桜、小山、普通の森、紅葉、川。
神秘で季節もあやふやな中、俺達を乗せた麒麟たちは龍宮へと走っていく。
今走っている場所は、木々がまばらに生えている林だ。
ところどころに民家もあるようなので、もしかしたら森を切り開いた場所なのかもしれない。
行きとは少し道が違うので、離れたところには人っぽい影も見える。多分人……だよな?
こんな巨大な生物が疾走しているのを見て、どう思っているのだろう?
かなり遠くにいるので、流石に反応まではわからない。
そもそも見えていないかもしれないが……
もし見えているとしたら、逃げてないんだし割とよく見る光景なのか……?
やっぱり不思議な国だ。
不思議つながりで……この走り方や風よけがあるなら、全力でしがみついたりする必要もなさそうだし、そろそろ気になることを聞いていこう。
俺は炎駒に声をかけて、律の乗る麒麟の隣に並ぶ。
「なぁ。さっき聞きそびれたことだけど……」
「さっきの、聖域のはなし?」
「そうそれ。あと、陰陽師ってのもちゃんと聞きたい」
「うん。……美桜お姉ちゃん」
律は俺が知りたいことを確認すると、少し考えたあと後ろを振り向いて声をかける。
理由はわからないが、俺も釣られて後ろを見ると……
「すぅ……すぅ……」
「……」
どんな神経をしているのか、彼女はぐっすりと眠っていた。
しかも、いつの間にやら朱雀を召喚しており、彼は美桜の後ろに止まって包みを支えている。
式神って、そんなことに使っていい存在なのか……?
海音は話し合いに出してたきたけど、あれは多分……いや、やめておこう。ある意味美点だ……と思う、思いたい。
とにかく、そのお陰というかそのせいでというか……彼女自身は何も荷物がないので、角端に背に寝そべって熟睡だ。
「……」
呆れればいいのか……? それとも、怒ればいいのか……?
シリアよりも協調性はある気がするのに、なんとも掴めない性格だな……
「……朱雀」
「あひゃひゃ。起こすか? オレサマのけたたましい叫び声で起こしちまうか? あひゃひゃ、オレサマも賛成だぜ?
昨日寝ずに詠ってたのは自分なんだ。コイツは少しは働いて……あひゃひゃ、苦しめばいい。あひゃひゃひゃひゃ」
律はただ彼の名前を呼んだだけ。
それなのに、朱雀はもう既にやかましい。
主が主なら式神も式神だな……とんでもない変人――変鳥だ。
「むぐぐ……うるさいわよ〜……」
「あひゃひゃひゃひゃ……」
「ちょっと、寝るって言ったじゃん〜……」
「あひゃひゃひゃひゃ……」
美桜は若干起きかけているようだが、朱雀の話では昨日寝ていない。
妖怪が来てないのは俺達的にもありがたいが、結局寝てないならどうしょうもないな。ある意味バカだ。
「もうっ。うるさいったら!!」
「ねぇ、みんなに、ぼくのはなし、とどけてくれない?」
「ふぇ〜? いきなり何〜? 別にいいけど〜」
美桜が勢いよく朱雀に噛みつきながら飛び起きると、間髪入れずに律が頼み事をする。
俺達全員に話を届ける……?
意味がわからないので黙って見守っていると、彼女はやはり懐から御札を取り出す。
たが今回はなぜか、さらに何やらつぶやき始める……
「目は口ほどに物を言う。視線の間に思いは流れ、伝わり、以心伝心の理をここに」
"水の相-波紋"
直後、俺達が感じたのは不思議な感覚。
視界が薄い青色に染まっていき、地上なのにまるで水中のようなふわふわした浮遊感に包まれる。
手足を動かしてみるが、異変はない。
どうやら、そういう感覚になっているだけのようだ。
「どうぞ〜」
「ありがとう」
美桜が話を促すと、律はお礼を言って説明を始めた。
なぜか2人の声は、頭に直接響くように明瞭だ。
同じ聞こえ方がしたのか、後ろからもライアンとドールの驚いた声がはっきり聞こえてきた。
何人同時でも、誰が話しているのかまで聞き取れてしまう。
話を届けるというのはこういうことか……と納得し、俺は律の声に耳を……いや、心を傾けた。
律がまず話してくれたのは聖域のことだ。
といっても、その内容は至ってシンプル。
崑崙山の不死桜。
あれと同じような場所が、あと4箇所あるということらしい。
岩戸にある、かすかに雷を帯びる鉱山、春日。
神奈備の深部にある、深い影を落とす峡谷、戸隠。
神奈備の南部にある、雪解け水の流れる神秘の川、出雲。
そして、かつて燃え散った都、愛宕。
各聖域は、それぞれ雷閃将軍と雷閃四天王に対応しており、不死桜――伏見が美桜、春日が雷閃、戸隠が影綱、出雲が海音、愛宕が獅童の領域とのこと。
星雲が言ってた、ここは美桜の領域ってのはこういうことか……
けど、愛宕には何も感じなかったけどな……
不死桜と同じような場所なら、あの都も居心地が悪いはず。
そう思って聞いてみると……
「愛宕は……」
「燃ゆる大地は鬼の業 怒りにまみれた恨みの地
男はかつて大火に飲まれ 堕ちることなく決意をす」
もうすっかり目が覚めてしまっていたらしく、不死桜の上のように美桜が詠い出す。
いきなり説明に被せてきたってことは、俺の質問に答えてくれたのか? けど、正直詩はわかりにくい。
「どういう意味だ?」
「……愛宕は、四神相応の中央に位置しててね〜。
北に崑崙山、南に龍神の泉、西にワニの飛び岩、東に出雲川。
加護はあっても、愛宕はただそれだけの土地……のはずだったんどけど〜、かつて起こった鬼人の大火。
その事件そのものが……その時の彼の決意が、土地と合わせて聖域になっちゃったのよ〜。
範囲は広いし、四神相応の立地と橘獅童がいることによって成り立っているものだから、普段はあまり感じないでしょうけどね〜」
「じゃあ俺達がいた時は……」
「いなかったんだでしょうね〜」
なら、愛宕にいるかどうかの確認だけは簡単だな。
とても助かる。
けど、街にまで影響を与える聖人か……
美桜の言葉を信じるのなら、何も問題を起こさなければ敵対しないらしいけど、どこまで信じていいのやら。
橘獅童って爺さんは、流石にちょっと恐ろしいな。
「まぁ聖域はそういうこと〜。雷閃四天王がそれぞれ領域にしてる、神秘の土地で〜す。次、陰陽師よろしく〜」
なぜか、ずっと説明をしてくれていた律ではなく、美桜が聖域の説明を締めくくる。
確かに最後の愛宕だけはしてくれたし、それは別にいい。
律もどうせ気にしないし。
ただ、陰陽師なのにその説明をサボるのはどうなんだ……?
律も陰陽師である可能性はあるけど、四天王全員に式神を貸すレベルだというのなら、お前がやれよと思ってしまう。
てか、結局仕事サボってんだからそれくらいしろよ……
俺達が呆れ返っていると、律も苦笑してつぶやいた。
「ふふ、お姉ちゃんは、ほんしょくなのにね。
でも、とりあえず、休もうよ。
ちょうど、おたぎにもついたし」
俺は律の説明では横を見ていたし、美桜の時は目を閉じてたりしたので、その言葉で改めて前を向く。
すると、確かにもう愛宕が近づいてきていた。
昨日はほぼ丸一日かかったのに、今日は半日もかかってない。段違いのスピードだ。
美桜の追風と、麒麟の全速力……昨日より負担がかかってないからかもしれないけど、昨日よりも速くできたんだな。
しかも、見た感じそこまで疲れてもなさそうだ。
だが、それはどうやらただの勘違いだったらしい。
麒麟は徐々に速度を落とし、やがて徒歩くらいのペースになると、荒く呼吸をし始めた。
「……すぅっ……!! はぁ……はぁ……。すまないね……
揺れのない動きで全速力……流石に休まねばもう無理だ」
「ありがとう、かみさま。1時間くらいで、だいじょうぶ?」
「ああ……はぁ……はぁ……問題ないとも。
君も……はぁ……白兎亭でくつろいでくるといい……」
「うん」
彼は立ち止まると同時に膝をついて、俺達を降ろす態勢になった。ここまでくると、体の痙攣までよくわかる。
も、申し訳ねぇ……
「ありがとうな、炎駒」
心を込めてお礼を言うが、麒麟達は黙って泉の方向へと歩いていってしまう。
1時間でまたあの重労働……本当に申し訳なくなるな。
「じゃあ行きましょ〜」
「うん、白兎亭」
「う……ま、またか〜……」
「お茶だけでもいいと思いますよ、ライアンさん」
「そだな〜……」
ヤタ出身の2人は笑顔で、俺達はよそ者組は若干うんざりしたように都へと歩を進める。
今日も落ち着かなさは感じない。
どうやら、まだ橘獅童は帰ってきていないようだった。
雷閃は……まぁまた来るし、会えなかったらまた次回だ。