90-サボり魔は逃げる・後編
飛鳥の狼、白兎の兎、岩戸の狐、龍宮の蛇、神奈備の鹿、梟、蛙、狸。
基本的にどれも大変そうだが、まずは……
「その前に1ついいか? その子、誰?」
さっきは疲れで後回しにしていた少女。
もうだいぶ休めたし、そろそろちゃんと聞いておこうと思って聞いてみる。
すると、それに答えたのは少女自身だ。
少しおどおどした感じで、懸命に自己紹介を始める。
「あ、あたしは細川魂生……ですっ」
「晴雲のとこの子……なんだよな?」
「はいっ。えと……あたしの親がわり? をしてくれてますっ。七兵衛はようじがあって、あたしがあんないしました!」
「そっか……ありがとな」
「は、はいっ」
懸命な様子に少しほっこりしながらお礼を言うと、彼女は少し目をそらしたがはにかむように笑ってくれる。
シリアとドールみたいな関係か……
晴雲は軽そうだし、シリアは絵以外に興味はなさそうだし、正直2人共保護者には向いてなさそうなんだけどな……
でも案外あれくらい適当な方が気楽なのかもしれない。
まだ怯えていそうだし。
ドールも魂生ちゃんも、少し不安定な気はするけど……
シリアや晴雲がいるからこの程度、ということもできるだろう。
「オイラ達の仲間だから、そんなにきんちょうしなくていよ!」
「う、うんっ。多分やさしそうな人!」
「でしょ? オイラの親がわり!!」
うーん……親代わりはいいけど、俺は同類じゃねぇよな……?
ロロと魂生ちゃんのやり取りが、若干不安になる……
けど、どうやら仲良くやってるようでよかった。
ドールと律は無表情だが、ライアンと美桜も2人を微笑ましげに眺めている。
……律は魂生ちゃんと仲良くないのか?
この子にも、少しは2人みたいにはしゃいでほしい。
けど、話し合いには参加してほしいし、情けないけどありがたいな。ロロは……もともと俺達に付いてきてるだけ、みたいなところがあるし、しばらくは2人で遊ばせておくか……
そう決めて、俺達はロロ達から少し離れた場所に座る。
次にどこに行くかの話だが、まずは頼りになるアドバイザー、律と美桜に意見を聞くことからだ。
俺は一応八柱の話を聞いてはいるが、どれも大変そうで自信を持って決められない。
美桜が頼りになるかは諸説あるが……まぁ俺達よりは詳しいだろう。
そんな2人の意見はというと……
「宇迦之御魂神のところ行きましょうよ〜」
「夜刀神……とか、いいと思う」
どちらも、強いて言えば愛宕の西方面に位置する神の名前だった。
岩戸の狐、龍宮の蛇……龍宮は南にあるらしいが、真逆じゃないので効率のいい巡り方だと思う。
けど、数は神奈備の方が多いし、射楯大神は1番大変そうだ。
ほとんどいないらしいし、それを後回しにしていいのか? という不安は残る。
意見を聞いといて無下にする訳ではないけど……
「理由は?」
まずは理由がちゃんとありそうな律から聞いてみる。
すると彼は、予想通り迷いなく口を開いた。
「助けてもらうのがたいへんなのは、へび、きつね、しか、たぬき。
あのへびは、人間ぎらいでへんくつだけど、会おうと思えば、いつでも会えるんだ。だから、へびから」
「んー……
射楯大神ってやつは、会うのすら大変なんじゃないのか?」
「そうだね。会うのが大変なのは、おおかみ、うさぎ、ふくろう……だよ」
「そいつら、後回しにしてもちゃんと会えるか?」
「おおかみは、社までたどりつければたいてい、会えるよ。
うさぎは……どこかしらの白兎亭に、いる。
ふくろうは……運がよければ森のどこかに。
そうだね、2週間。会えば、手はかしてくれるし、
ふくろうも、ヤタにいさえすれば、会えるかな」
律の話を聞いた限りだと、会いにくい三柱のうち、大口真神は社、白兎大明神は白兎亭を巡れば会える。
社の場合は辿り着くことが大変で会えないだけらしいし、白兎亭は数が多すぎて会えないだけ。
会ってしまえば、たいていの場合は拒否されないらしいから後回しでも大丈夫そうだ。
問題の射楯大神は、そもそも国にいるかどうかなのだから、急いで探す意味も薄い……か。
というか、俺は運がいいしいそうだよな……
なら、まず行くべきはやはり性格的に大変な四柱。
その中でも蛇……夜刀神か。
天迦久神の方が大変そうだけど、位置関係的に……ということかもしれない。
神奈備には隠神刑部もいるけど、この神に関しては信用面だろうし……
うん、西方面を優先しよう。
さらに無関心な神と恐ろしい神なら、面倒なのはもちろん恐ろしい神。
美桜の話を聞くまでもなく、夜刀神でよさそうだ。
と、俺がここまで思考をまとめていると、ドールが挙手をして控えめに声をかけてきた。
理由は結構わかりやすかったけどな……
少し不思議に思いながらも視線を向ける。
「私達は名前を聞いただけなのですが、蛇はどの神なのでしょうか? 特徴も聞いていなくてわかりません……そわそわ」
どうやら俺の時と違って、星雲は適当に対応したらしい。
あれ、律も一緒にいたと思ったんだけど……?
「え? 律、補足とかしてなかったのか?」
「そうだっけ……?
たぶん、起きたばかりだったから、あんまりおぼえてない」
「あはは〜確かにふらついてたな〜」
そういうことなら、と俺は八柱の説明を始める。
律の方が詳しいとは思うが、認識のすり合わせもかねて俺から。
まずは蛇が夜刀神……といった風に名前と動物を言っていく。
名前がちょっと難しいので、地面に名前を書きながら。
俺は星雲の御札で、スッと頭に入ってきたのがありがたいな……
次に、俺が聞いた限りのそれぞれの特徴を付け足していく。
律おすすめの夜刀神なら、人に恐れられる神。
大昔に暴れていたところを他の神にしめられた、などだ。
順番に宇迦之御魂神、大口真神、白兎大明神、天迦久神、射楯大神、多邇具久命、隠神刑部の特徴も付け足す。
と、ここまでが俺の知っている部分だ。
律は……なんなら四天王の美桜は、もっと知っているかもしれない。
そう思って2人に視線を向ける。
「補足あるか?」
「きほんてきな部分は、ちゃんと、おさえられてるかな」
「そうね〜。詳しいことは、会ってから知るのが人間関係の醍醐味だもの。まずは会いに行きましょ〜?」
……神相手に詳しいことを知らないのは致命的にならないか?
律が言うなら納得できるけど、美桜が言うと不思議と不安が増していくんだけど……
「醍醐味って……そのために怒りは買いたくないぞ?」
「それなら、夜刀神のことを少し……」
律はそう言うとほんの少し補足をしてくれる。
まずは性格。
人里で暴れていたというだけあって、もちろん人間嫌い。
さらには、随分と尊大な性格のようだ。
下手に出すぎても頼み事など聞いてくれなそうだし、かといって上手に出たら対立してしまいそうだ。
これは神らしいと言えば神らしい……けど恐ろしく面倒くさいな。
次に好物。
さっき聞いた通り人間嫌いではあるが、どうやら食物としての人間は好きらしい。
大口真神などに叩き潰される前は、祭壇に生贄を求めていたとかなんとか……恐ろしすぎる。
今は普通に牛なんかの肉を食べているらしいので、行く途中で何か狩っていくのもいいかもしれない。
……面倒なやつ。
「すげー神だな〜。どう話しかけたらいいのかわかんね〜」
「そうね〜。でも、ただの人間なら食べられちゃうかもだけど〜、私達みたいに聖人魔人なら大丈夫かな〜。
なにせ、大昔に叩き潰されたっていうんだし〜」
……ん?
俺は思わず、笑顔でライアンと話していた美桜を凝視する。
聖人魔人……魔人?
この人、こんな神秘が濃い場所でちゃんとオーラ見えてんの……?
四天王って、実は本当にすごい人達……?
それに、なんで何もしてこなかったんだ……?
俺の中には戸惑いしか生まれない。
「あらあらあら〜? もしかして、見直しました〜?」
流石に視線に気づいた美桜は、すぐにその意味まで察して、したり顔で声をかけてくる。
迷惑ばかりかけてるし、仕事も把握してない無知な役人のくせに……
「じゃああんたも神秘……聖人なのか?」
「そう、私は聖人よ〜? ちゃんと敬ってね〜」
「いや、俺達も魔人……神秘だし……」
いや、確かに俺は、幹部陣がみんな聖人だということは忘れていた。
しかし、普通は魔人だとバレたら警戒されるもの……なんじゃないのか? だから黙っていたのに……
海音の友達と言ったからなのか、魔人とわかっていたとバラしても美桜に変化はない。
そもそもついてくるとも言ってたし……本当に何考えてるんだ?
他に思惑がある……? 油断を誘っている……?
ここではオーラが見えなかったし、わざわざ話題にしなければ自分から動くことはないだろう。
その前提があったからスルーしていたのに、これだと話が変わってしまう。
このほのぼのとした表情の裏には、一体なにがあるんだ……?
「……ちなみに、海音さんは捕まえようとしてきましたけど、あなたはいいのですか? ハラハラ……」
俺が何も言えずにいると、ドールはついに爆弾を投下した。
だが……
「え、あの子捕まえようとしたの? おもしろ〜い。
でも私含めて他の四天王なら、明らかな破壊活動でもしない限りそんなことにはならないから。そこは安心してね〜」
美桜は相変わらず笑顔だ。
「それならよかったです。にこにこ」
「……かわい〜」
つまり……海音が真面目過ぎただけ?
まったく気にしないのはどういうことなのかと思ったら、まさかおかしいのは海音の方だったとは……
ただ、仕事ばかりだと視野が……ってのも結局はサボりたいだけだろうし、夜刀神と宇迦之御魂神の後は愛宕に連行しよう。
「まぁそれならとりあえず夜刀神、宇迦之御魂神のところには一緒に行こう」
「やった〜」
八柱もいるという守護神獣。
話し合いの結果、まず会いに行く相手は夜刀神だ。