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化心  作者: 榛原朔
二章 天災の国
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88-政所長官

俺が不死桜を登り始めて、いったい何分経っただろうか。

腕を震わせながら1本目の枝に辿り着き、だがそこに人影はない。


俺はさらに上へと登っていく。

2本目……いない。3本目……いない。


登り続け……登り続け……

やがて空が見え隠れする程の高さまで来ると、ついに目の前に1人の女性の姿が見えた。




~~~~~~~~~~




俺が登った枝の斜め上に座っていたのは、不死桜と見紛うような桜色の着物を着た、ふわふわした髪型の女性だ。

俺は背後にいるので顔は見えないが、体をゆらゆらと揺らしながら、髪を風になびかせている。


なんか落ちそうで怖いな……

こんなところまで登ってくる人に限ってそんなことはないと思うが、儚い雰囲気がどことなく不安を感じさせた。

今にも消えそうな、美しさ。


「あんた……」

「下界にて 荒ぶる大火 散る命 

忘るることなく 永久に語らん」


……俺が話しかけると同時に、彼女はそんな詩を詠い始めた。

クロノスの詠うものよりもリズミカルで、聞き心地がいい。


いいんだけど……

これ、無視ではないんだよな?

気づいてないだけなんだよな?


小声で声をかけたつもりはないが、どうやら詩に夢中になっているせいでまったく気がついていないらしい。

邪魔したら怒るような人じゃなければいいけど……


「こんにち……」

「わが園に 桜の花散る ひさかたの

天より雪の 流れ来るかも」


……全然聞いてくれない。

彼女が口を閉じたのを確認してから声をかけたのにこれだ。

もう同じ枝まで登るしかないか?


「鬼の子よ 怒りを胸に 進みゆく

燻る火の粉は かつての恨みか」


待っていても永遠に気づかなそうなので、俺は再び幹に手足を引っ掛け、仕方なく登り始めた。




今回はもう目と鼻の先だったので、1分もかからず登り切る。

ただ、幹には卜部美桜が寄りかかっているので、そのまま枝に乗ることはできそうにない。


うーん、どうするか……

観察してみると、巨大な桜なので枝もそう簡単に折れることはなさそうだ。

体の向きが逆なのは怖くはあるけど……


俺は少しの間考えて、枝の先端の方向へ飛ぶことにする。

軽く力を込めて、さっき決めた辺りを狙って一直線に……


――ドサッ


「うっ……」


腹から枝に激突したのでだいぶ痛かったけど、どうにか乗ることはできた。

はぁ……見えない的に飛ぶのって怖ぇー……


枝はあまりしならなかったけど、少し揺れたかな?

流石に気がついたかと彼女を見てみるが、それでも彼女は前を向いたままだ。

無視じゃないよな……? 


振動もあったはずなのに、恐ろしい集中力だ。

相変わらず詩を詠い続けているが、流石にこの距離からなら……


「めくるめく 朝日に光る……」

「こ! ん! に! ち! は!」


至近距離でも詠い始めているので、俺は耳元で大声を出して呼びかける。

これで無理なら、もう彼女の体を揺するしかない。


そう思っていたのだが、どうやら流石に気がついたようだ。

ぼんやりと景色を眺めていた視線はこちらに流れ、ふわりと髪が揺れている。


「こんにちは〜。えっと……どちら様でしょうか〜?」


……泡。

パッとそんなことが頭に浮かぶが、一瞬目を閉じてリセットする。


「俺はクロウ。海音に頼まれて……はないかもしれないけど、あんたがサボってるって聞いて探しに来た」

「あ〜、海音ちゃんのお友達でしたか〜」

「友達……そうだな。友達だ」

「なるほどなるほど〜」


俺が友達だと言うと、彼女は何故か満面の笑みを浮かべる。

詠っている時よりも体が揺れているので、相当喜んでいるようだ。

どこかで同じような反応を見たような……


あ、律と保護者の少女か。

もしかしたら海音も友達が少ないのかもしれない。

だとしたら、絶対元凶はこのサボり魔だと思うけど……


そんなことを考えている間に、彼女は幹から離れて俺に寄ってきた。

海音と同じように刀を差しているのに、邪魔じゃないのか?


「喜ばしいことです〜。なのですけれど……私がサボっているというのは、かなり語弊があるのではないかしら〜?」


笑顔のままだが、少し圧力を感じる。

語弊……?

俺の口から出るのは、もちろん反論だ。


「いやいや。実際、海音だけが仕事してんだろ?」

「違います〜。私がいなくても、影綱と時平がやるんです〜」

「サボってんじゃねぇか!!」


もしかしたらほんの少し……0.001パーセントくらいはそういう側面もあるかと思ったが、まったくそんなことはなかった。完全なサボりだ。


……だけど、海音じゃない?

影綱は海音が言ってた人だけど、時平って誰だ?

この人がちゃんと答えてくれるのか不安に思いながらも、知らないことなので聞いてみる。


「時平って誰だ?」

「え〜? 海音ちゃんの友達で〜、影綱も知っていて〜、なのに時平は知らないんです〜?」

「知らん」

「仕方ないですね〜」


きっぱり断言すると、彼女は妙に嬉しそうに説明を始める。

俺が知っている部分を聞き出して、知らないであろうことを重点的に。


なんか、いまいち彼女の性格が掴めないな。

サボり魔のくせに、なんで説明は喜々としてやるんだ……?

俺は不思議に思いながらも彼女の説明に耳を傾けた。

……景色が綺麗だ。




さて、彼女が教えてくれたのは主に幕府の仕組みだ。

おそらく、サボっていることに関して言いくるめるつもりなのだろう。


……まぁそれは一旦置いておくとして。

俺が海音に聞いたのは、将軍、執権、問注所、政所、侍所があるという風な話だ。


問注所は軽く聞いたが、その内容はほとんど知らない。

そのため、時平の前にその話から……


まず、将軍とはこの国の最高責任者。

仕事はほとんどない。……本当か?

もし本当なら、嵯峨雷閃はサボりじゃない……?

まぁいいや。


その下にいるのが執権だ。

これも将軍と同じく、部署名ではなく役職名。

氷室影綱ただ一人を指す言葉だ。


主に立法を担当しているが、その他幕府のすべてのことに対しても権限があるらしい。

1人に任せていいものなのか……?


そう思って聞いてみると、確かにほとんど彼1人で法律案を作るが、施行する時はそれを使う部署――問注所や侍所と合同になるらしい。


……だが、何故か政所の名前は出ない。

仕事内容は知らないけど、1つだけ関係ないなんてことはないはずなんだけどな……


そして、執権の下にいるのが連署。

俺が聞いた、鬼灯時平という人物の役職名だ。

これも部署ではなく個人で、執権の補佐をする役職らしい。


つまり、立法は2人だけということ。

明らかに海音よりもキツそうな仕事だった。

……面識ないし、特にできることもないけど。


ここまで話すと、美桜はドヤ顔でサボりを正当化し始める。


「ということで〜。統括はこの2人なのです。

だから、仕事の負担は海音ちゃんじゃありませ〜ん」


統括ね……

ってことは、各部署の長官やら所長やらがまとめたのを、さらに許可やら確認やらするってことだよな?

つまり……


「……それ、実務は海音になるよな?」

「……統括は影綱達だから〜」

「俺は実際に、問注所以外の仕事をしてるのを見た」


まさか本当に知らなかったのか、それを聞いた美桜は気まずそうに視線を反らし始めた。

馬鹿、なのか……?


思わず呆れてしまうが、今ちゃんと知ったなら、もしかしてサボるのをやめてくれるかと期待を込めて彼女を見つめる。


確かに他2つの部署の仕事のほとんどは、執権達がやっているのかもしれないが、たった2人がすべてを見れるはずがない。

白兎亭で海音を見たように、少なくとも警備は彼女が指揮を執っている。


他にどんな仕事があるかは知らないけど、確かに彼女にもしわ寄せがいっているのだ。

ぜひ愛宕に戻ってほしい。


しかし、彼女はしばらく視線を泳がせていたが、やがて開き直ったように俺を直視してくる。

どうやらまだ逃げるつもりのようだ。


「ま、まぁそれは置いておいて……

他の3つの柱も教えてあげますよ〜」


そう言うと彼女は説明を再開した。


次からは部署の内容だ。

まず問注所は司法を担当しており、裁判や国民の訴えを聞くなどのことをしているらしい。


といっても、裁く必要がないこと――文句とか不安とかの相談事も聞くとのこと。

妖怪が騙そうとしてくることもあるというのだから大変だ。


海音の負担は、裁判、相談、捺印など執権に上げる前の管理職の仕事などか……

これはもともと彼女の領分。


次に彼女が長官を任されている政所だが、行政を担当していると思うとのこと。

政務や財政での仕事が主で、税、公共事業などで国を上手く回しているらしい。


……思う。……国を回す。

……何かおかしい気がする。


長官が仕事内容を思うと言うのもおかしいし、国を回すなんてことをサボっているのもおかしい。

けど、この人にそれを求めるのも不可能か……?


とりあえず海音の負担は、執権にまとめたものを上げるだけだとしても、治安維持を除いた、教育・文化事業、税務、予算、企画など様々……


いや、もし長官がいたとしても、結局最終的に管理するのは執権達だけなんだよな……?

それを踏まえて考えると、彼女の性格的に全部を任せてはいなそうだ。絶対に自分でも負担してる。


最後に侍所。

これは衛兵部隊のようなもので、警備など軍事に関わるすべてのことを担当している。

これは事務的な仕事は少なそうだし、すべてが海音の負担になっていそうだ。


よくこれで負担になっていないだなんて言えたもんだ……

俺はもう呆れて物が言えなかった。

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