87-不死身の桜
今は俺しかいないが、占いによってこれからの方針は大体決まった。
まずは、守護神獣を探すことだ。
正直不安しかないし、やりたくはないけど……
ローズ達は国中を動き回っているらしいので、やっぱり場所の特定は難しいだろう。
そのための占い、と思わなくもないが、どうせ場所がわかっても移動の間に消えてそうだ。
だから、別の方法をとる。
2週間後に起こるらしい妖怪・鬼人との戦いでは出てくるというのだから、まずはその戦いで海音を助ければいい。
海音は苦労人すぎて助けたくなっちまうし、どうせ四天王探しはやるつもりだったんだ。
ついでに神獣も引っ張り出してやる。
方針は決まったけど……
「神獣について長々と聞いちまったけど、2つ目の占いは?」
俺は、そういえば四天王のことも頼んだはずだと思い出し、星雲に向き直る。
危うく、神獣についてだけで脳内が埋め尽くされるところだった……
「んー……雷閃くんに獅童さん、美桜ちゃんのことだよね?
1人はここにいるよ」
「は!? いるの!?」
「いるよー。
ここは美桜ちゃんの領域とも言える場所だからねぇ」
「……早く言えよ」
「いやぁ、あははは」
話を逸らされた気がして軽く睨むが、星雲はまったく堪えた様子はない。
俺をまっすぐ見返すと、ヘラヘラと笑い始めた。
相談役がこんなに軽いやつでいいのか……?
サボりばかりの3人に、占い師というところからもなんか胡散臭く感じる男。本当に海音が不憫に思えてくる。
他の2人のことも聞いておくと、将軍・嵯峨雷閃はなんと愛宕のどこか、そして侍所所長・橘獅童は神奈備の森-羅刹のどこかにいるらしい。
流石に知り合いは早いな……
ローズ達のことでは頼りなかったが、それ以外だと思ったよりも優秀だ。
じゃあ今回は、詳しい場所までわかるか……?
そんな期待を高めて口を開く。
「じゃあ美桜って人に会いに行く。崑崙のどこだ?」
「ん〜……この屋敷には庭がいくつかあるんだけど、一番大きな裏庭には、ここの不死桜を祀る社があるんだ。
そこにいるはずだよー」
「一番大きなって……」
「大丈夫大丈夫。案内人をつけるからさ」
彼はそういうと、手のひらをパァン……パァンと勢いよく打ち付け始めた。
見た目は力を抜いた立ち姿なのに、やたらと響く。
その割には俺の耳への負担は少なかったが、何故か屋敷中に響き渡っているという確信が持てる。
不死桜でわかりにくいけど、神秘でも使っているのかもしれない。
彼自身が神秘という訳ではなさそうだけど……
そうでもない……か? 濃すぎてわからん。
ともかく、常人よりは上手く神秘を使っているようだった。
仙人かな?
「お呼びでしょうか」
俺がその響きに耳を傾けていると、いつの間にか星雲の足元には1人の男が跪いていた。
服に少し黒色が多くなっているが、愛宕にいたような侍だ。
神出鬼没っていうか、よく聞こえたな……
「おーご苦労。彼の案内をしてほしいんだよ」
「御意」
彼は星雲の命令にそう答えたと思うと、次の瞬間にはどこかへ消えてしまった。
え、どこ行ったんだ……?
案内役で呼ばれたはずなのに、俺を置いてどこかに行くとか……御意とか言って、できてないじゃん。
そう思いつつ前を見ると、いつの間にかその男が目の前に跪いていた。
「うわっ!?」
意表を突かれ、思わず飛び退る。
はぁ〜……ビビったぁ……
なんかよくわからないけど、都にいた侍とはレベルが違うみたいだ。
……もしかして、晴雲の護衛だからか?
ただの下っ端ではないのかもしれない。
「鬼塚七兵衛と申します。以後お見知りおきを」
「お、おう」
彼は、俺に対しても慇懃に挨拶をしてくる。
これまた落ち着かないし、めちゃくちゃこそばゆいな……
そう思っていると、彼はもう立ち上がって歩き始めている。
一挙手一投足が凄まじい……
どこかヴィニーのような完璧さを感じる程だ。
俺は、何故かにこやかな晴雲を横目に、慌てて彼を追いかけ始めた。
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やたらぐにゃぐにゃとした道順をたどり、俺が案内されたのは他と比べて圧倒的に質素な庭。
晴雲と会った豪華な庭のように、池や橋、岩などの装飾はまったくない。
ただ、中央に一本だけ。
注連縄が巻かれている不死桜がそびえ立っているだけだ。
その分、コンロンにあるどの桜よりも巨大で、神秘的で、どうにも異質な空間に感じる。
裏庭とは言われたけど、ここまでシンプルな場所とは……
晴雲は、ここにいる四天王――卜部美桜の領域と言っていたので、なおさら意外だ。
「妙に質素な場所だな」
「ええ。卜部様がおっしゃるには、あの不死桜に飾りは不要……とのことです」
「ふーん……」
それを聞いても、俺には飾らない理由がよくわからない。
ただ、確かにどこよりも圧倒的な神秘だ。
他のものも俺みたいに気持ち悪く……もとい、壊れやすかったりするのだろうか……?
少し考えてみるが、やっぱりよくわからないな。
「姿が見えないけど……」
「おそらくは幹の上だと思われます。詩でも詠みながら、おくつろぎになっているのではないかと」
「な、なるほど……」
仕事を放り出して詩に耽るって……
本当にシリアみたいなやつだな。
とすると、近くでももう声が届くかどうかあやしい気がする……まぁとりあえず木の下まで行ってみるか。
そう決めて巨木に向かって歩き出す。
……あ、そういえば。
「この国で鬼っていうと、たぶん妖鬼族になると思うんだけど、あんた……」
「鬼塚、という名字のことでございますね。
私の故郷は、妖鬼族がたくさん埋まっていた場所なので、あの事件を忘れないために……でしょうか」
「なんかごめん」
「いえいえ、お気になさらず」
かなりエグい理由だったので、思わず謝る。
七兵衛は軽く流してくれるが……
妖鬼族は恐れられている一族だと聞いていたから、その名を入れていることを少し変に思っただけ。
だというのに、なんだか悪いことをした気分だ。
実際は、ただ辺境に生まれただけという感じではあるんだろうけど、人間は鬼人を殺していたというし、普通聞かれて気分のいいものじゃない。
鬼の墓の近くとか……恐ろしすぎる。
それに、忘れないための名前なんてものがあるのなら、それはもうかなりの規模だぞ……? 一種の呪いだ。……つら。
というか、鬼人が攻めてきてたりすることもあるのか……?
……あんまり触れたくないのでそれはもう考えないでおこう。
俺は軽く会釈して、今度こそ不死桜に向かった。
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俺が数分ほど歩き続けると、不死桜までようやく半分くらいの場所なのに、もう空は桜の花で覆われ始める。
この場所でもう枝を広げているのなら、この木は300メートルくらいはあるのかもしれない。
いや、適当だけど……
それでも、もしも万が一それくらいの高さがあるなら、ローダンテと同じくらいの高さだ。
頭がおかしい。
普通の不死桜だって100メートル近くあるものがあるのに、一番巨大なのは小山くらいあるって……
どうなってるんだここの植物たちは……
呆れて言葉が出てこない。
コンロンを見た時と同じく、脱力不可避だ。
まぁたぶん濃すぎる神秘の影響なんだろうけど……
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さらに数分歩き、俺はようやくこの不死桜の王とも呼べる存在の足元に立った。
高さも幹の太さも、ついでに桜の花の輝きも規格外だ。
さて……
うーん、七兵衛もいないしどうしたらいいのかわからない。
「あー……」
彼が言うには、卜部美桜はこの木の上にいる。
この、300メートルくらいある木の上に……
いや、普通にどうするんだ!? これ!?
……黙って登れ。そういうこと……か?
軽く頭痛を覚えながら、落ち着くために深呼吸をする。
「すぅ〜……はぁ〜……」
空気を出し切ったら、改めて観察だ。
一応幹はゴツゴツしていて、登りやすそうな雰囲気を醸し出している。
だが、もちろん枝は遥か上空まで登らないとないので、休みなしで数百メートルをよじ登らないといけないだろう。
樹の皮なんて、そこまで丈夫でもないだろうし……
くそ!! そんなの常人がやることじゃないだろ!!
卜部って人は、海音以上に頭がおかしそうだ。
「……」
「……」
「やっぱ登らないと始まんねぇか……」
俺はしばらく黙って木を見つめ続けたが、諦めて巨木の幹に足を引っ掛けた。