85-コンロンの頂上
駆け出したキリンから見える景色は、それこそ万能電磁カタパルトに飛ばされたジェット機のような速度で背後に呑まれていく。
瞬き1回のうちに数百メートルくらいは進んでいそうで、幼体のロロには到底できない芸当だ。
……ただ、景色を楽しむ余裕がないのは残念かもしれない。
近くの景色で辛うじてわかるのは、木々や小川など、自然が街の近くよりも増えてきていると思われること。
まったくと言っていい程見えないが、空気がおいしいし獣たちの気配は感じるから、多分そんな気がする。
けど、旅ではない……よなぁ……
時間がかからないのはありがたいけど、そこだけが残念だ。
フローラ並みに豊かな自然は、ゆっくり歩いてこそだと思う。
カタパルトで飛んできた時は、一応景色を見渡せはした……
いや、ジェット機の近くは空だけだったから、むしろ歩くより景色を楽しめたまである。
……まぁ、今はローズ達の行方の方が心配だしいいか。
会えたらみんなで回ろう。
そう思い直し、視線を周りの景色から前に戻す。
このスピードでも、コンロン山はまだまだ先だ。
若干明るい色彩が見えるくらい。
えーと、今日中に着けるんだよな……?
ジェット機に積んできていた荷物は、ほとんどが船の中。
万が一野宿になったら、道具がなにもないので困るぞ……
俺は、ローズ達のこととはまた違った不安を募らせながら、エンコを掴む力を強めた。
~~~~~~~~~~
その日の夕方頃。
俺達はコンロン山へと辿り着いた。
一日中キリンの背に乗っていたので、一日観光していた時よりも遥かに疲労困憊。
だが、俺達の目の前に広がるのは、それを吹き飛ばすかのような圧巻の光景だった。
「……でけぇ」
「うん、山だからね。大きいさ」
「綺麗だな〜」
そこには、一面にピンク色の花が咲き誇っていた。
しかもコンロンだと思われる山の、その近辺の山々までに渡って、すべての木々に咲いてる。
なんだこれ……頭がおかしいだろ……
変な言い方だけど、ローダンテくらい不自然な自然だぞ、これ……
俺は、思わず数ヶ月に見た異常な形の山を思い出して、デジャヴを感じる。
といっても、同じようなものだと思った訳ではない。
あれは形が異常だったがコンロンの見た目は普通の山。
ただ、一色しかないはずの花々の輝き、1つの山に収まらない規模の神秘、これがおかしい。
そもそも、コンロンだけでも5000メートルはくだらなそうな威容で、その全てに神秘をまとっている。
暗闇に輝くピンクの花は、もうこの時点で十分すごい。
……なのに、この山はさらに付近にまで影響を及ぼしており、どこまでもピンクの花を咲き誇らせているのだ。
規格外すぎて、正直頭がおかしくなってしまう。
もちろん左右に連なる山々は、コンロン程の輝きはない。
だが、十分だ。
影響を受けたというだけで、ひと目でその輝き、神秘がわかるのは十分すぎる。
むしろ、中央のコンロンだけを異質にさせず、引き立てていてバランスが完璧になっているのが恐ろしい……
つまり、この神秘の総合力。
この自然の神秘を存分に振りまいているようなものに対しての、思わず引いてしまいそうになるというデジャヴだ。
「いいにおいだねー」
「不死桜っていう花だよ。
なんぜんねんも、咲きつづけてるんだ」
何千年って、シルみたいなやつかよ……
そりゃあ付近にも染み込んでるはずだ。
ていうか、こんなところによく住もうと思うよな……
慣れてないからかもしれないが、すごく落ち着かない。
いや、そりゃあ綺麗だけども!!
「……本当にこんなところに屋敷があるのか?」
「うん、頂上に」
「今から歩いて登る?」
「うーんと……かみさまに乗る?」
「あー……」
「山道でしがみつくのはちょっと……
それに、この景色は夜空に映えますよ」
俺が疲れと落ち着かなさの間で葛藤していると、ドールは歩いていくことを提案してくる。
夕方……2時間くらいあれば登れそう……
確かに歩くこと自体に問題はないし、斜面を登るキリンにしがみつくのは、直線よりも断然疲れそうだ。
ソワソワするのに慣れさえすれば。
「ドールは気にならないのか?
この、神秘を全力で、無駄に、遠慮なく放出してる感じ」
「そうですね……ガルズェンスでは、たまに家が凍るくらいの吹雪が起きていたんです。なので、そこまでは」
「家が凍る……?」
もしかして、ヒマリか?
あのポッドを凍らせてたりしたし……
いや流石に一般人は巻き込んでない……よな?
……なんか辛くなるからやめよう。
俺は脳を停止させて、今度はライアンを見る。
こいつはガルズェンス出身じゃない……!!
と期待していたのだが、どうやら彼もなんとも思っていなさそうだ。
手のひらを器のようにして、空を舞う花びらを集めている。
赤ではなくピンク色だが、ライアンが持っていると何故か血のようなイメージになってしまうな……
「ライアンも平気なのか?」
「そうだな〜……俺のとこは自然災害じゃないけど、聖人がいなくて魔人や魔獣が暴れまわってたからよ〜」
「そ、そっか……。じゃあロロは……」
最後の1人……じゃなくて1匹。着くと同時に俺の肩から降りているロロを見ると、彼は地面に丸まってしまっていた。
寝ているのか……? と突いてみると、叫び声を上げて飛び上がる。
「うにゃあ!! なにすんのさ!!」
「あ、悪い。寝てんのかと思って」
「こんな恐ろしいところで寝れるわけないじゃん!!」
「よかった、仲間いて」
「え? 他のみんなはへいきなの?」
「らしいぞ」
ただまぁ……ジェット機と同じように慣れの問題なら、歩きでもいいか。キリンに乗るのって、案外疲れるし。
ロロにも同じようなことを言って聞いてみると、彼も渋々了承してくれる。
景色が綺麗なのは確かだし、できるだけ楽しもう。
そう決めると、俺達はコンロンを歩いて登り始めた。
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それから俺達は、1時間程コンロンの山道を歩き続けた。
ドールの提案通りとても綺麗な景色で、そして変わり映えのしない景色を延々と。
そう延々と……
考えてみれば当たり前だが、ここには輝く不死桜しかない。
当然みんなすぐに飽きてしまい、途中からスピードが上がっていた。
そのため、当初の予定よりも遥かに進んでいる……おそらくもう半分以上は進んでいるだろう。
……もうそろそろキリンに乗ってもいいかなぁ!?
修行でもしている気分になるんだけど!?
いや、確かに迷ってたのは事実。
だけど、キリンにしがみつくのはもちろん疲れるが、正直歩くのだって同じくらい疲れる。
これならキリンに一気に運んでもらって、すぐさま寝るほうが圧倒的に魅力的だ。
俺は、辺りがすっかり暗くなってしまったタイミングでみんなに……特にドールに向かって声をかける。
「もう乗ってもよくね?」
「えっと……そうですね。何時間も変化がないと流石に……」
すると、やはりドールも疲れたらしく同意してくれた。
無表情だけど……
「俺、キリンに乗ったらすぐ寝る自信あるぜ〜」
だが、次の障害になったのはライアンだ。
今はまだ目をしっかり開いているが、確かに足元がおぼついていない。
反対という訳ではなかったけど、キリンの速さで振り落とされたら命に関わるな……
それにはもちろん、神獣キリンも困り顔だ。
彼の表情はわかりにくいが……
「……それは困るな。私に乗り手を固定するすべはない」
「お前だけ歩けば?」
「ん〜……どうにか起きてるよ〜……」
少し弱々しいが、彼がそのつもりなら大丈夫だろう。
キリン乗っている時間は、多分そこまで長くないし。
俺達は速やかにキリンに乗ると、残る山道を一気に駆け上がった。
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キリンは普段からここを通ることでもあるのか、山道以外の道――獣道なども使って一気にコンロンを登っていく。
直線ではないのに、麓に来た時と同じような感覚だ……
体感時間十数分ほどで、俺達はコンロン山の頂上部へと辿り着いた。
何故か背中から降ろされたが、あとは長い長い階段を登るだけ。つらい……乗っちゃだめか……?
麓まででも疲れていたが、ここまで来ると息もしにくいし、もう立っているのもやっとだ。
なんとか声が出せたので訳を聞いてみると、キリンや律が言うにはここからは徒歩と決まっているらしい。
正直屋敷まで乗って行きたかったけど、仕方ないのでゆっくり登っていく。
屋敷までの間に広がっているのは、何千と連なる不死桜と扉のない門のようなものだ。
一段と神秘的だけど、もう疲れを吹き飛ばすことはない。
足を震わせ、息も絶え絶えに……
十数分後、俺達はコンロンの頂上にある屋敷へと足を踏み入れた。