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化心  作者: 榛原朔
序章 覚悟
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8-フェニキアでの小競り合い・前編

ディーテを出発して35日。俺達は、フェニキアという町までおそらくあと数kmというところまで来ていた。

本来ならこの半分以下の日数で着けるところを、42日だ。

無駄に長い旅路だった……


理由は明白。

俺達が街を出てから毎日のように、少なくとも2日に1回は賊たちに襲われ続けたからだ。


それも、ただの賊ではない。

半魔とでも言えばいいのだろうか。

聖人でも魔人でもないのに、それに匹敵するほどの神秘を身に留めている者が多数いた。


それに届かないような者達が大半ではあったが、それでもまだ魔人として不完全な俺や、ただの人であるヴィンセントには十分な脅威だった。

恐ろしく、迷惑。


だがそれには、俺の実践訓練ができるというメリットもあったのが悔しい。


ヴィンセントが戦闘術にも精通していたので、合間合間に訓練。

その直後に本気の実践訓練という、なかなかに恵まれた環境を持てた。


魔人との戦いの前にそんな機会に恵まれたのは……よかった。

1ミリくらいは……そう思う。


だが今もまた、町の目の前だというのに賊に行く手を阻まれていた。

流石にもううんざりだった。


彼らはいつもどおり、口々に騒ぐ。


「へっへっへ。ようお前ら」

「今回はいつものようにはいかないぜ」

「なんたって、幹部の方が出張ってんだからな」


ぱっと見4〜50人くらいが一斉に喚くものだから、うるさくて堪らない。


「なぁ、ヴィンセント」

「何でしょう?」


彼は小首をかしげるが、その表情は面倒くさいが全面に出ていた。

これは流石に受け入れてもらえるかな。


「これ見ても、その貴人に接するような態度を貫くのか?」

「そうですね……私も、ここまで面倒事を呼ぶとは思いませんでした。うん、少し自重することにするよ」

「は〜、よ〜やくかぁ〜」


ここまで来てようやく、ヴィンセントは多少砕けた雰囲気になってくれる。


良かった……ほんとに良かった。

従者がそれでいいのかと何度思ったことか。


旅の間も頼んではいたが、旅に賊はつきものです。と、中々に意固地だったからな。

大きな街同士を繋ぐ街道ならほんとにそうなのかもしれないが、この規模、町の目の前は違うよな。


だが、主への敬意を全て隠すつもりはないようだ。

柔らかい口調で念を押し始める。


「まー畏まるのはやめますけど、敬いはしますよ?」

「全然いいよ。すごくマシ、だからね。でも私は主従じゃなくて友達だと思うよ」

「いいですよ。ところで賊の皆さん、待っていてくれるなんて珍しいですね」


俺も気になっていたのだが、彼らはこの一時、割と静かに待っていた。

少しうるさいのもいたが、十分珍事だ。

毎日のように襲撃を受けてきて初めての経験。

何コイツら?


「情報は武器だって、ボスに言われてんだ」

「今まで襲ってた奴らも率いてたやつなんかはそうなんだけどよ。ここにいるのは全員、ボスの直属の組織の一員でな」

「今までのチンピラ共と一緒にしねぇ方がいいぜ」


喚く姿は統率とは程遠いが、見かけよりも厄介な奴らだったのか?


「これは中々きな臭い事に巻き込まれそうだね。

すみません、お嬢。取り敢えず、蹴散らしますか?」

「そうだね。開戦と行こっか」


敵は賊とはいえ、神秘が色濃い者達。

俺とヴィンセントは苦戦必至だろう。気合い入れねぇと。


ヴィンセントは流れるような動きで細身の長剣を抜く。

その所作はその路を極めた達人のよう。


「この場で唯一人のただの人。だけど、あなた方も神秘に成りきれぬ半端者ならば……

その程度の力、乗り越えてみせます。糧となれ」


俺にも今回、武器がある。両手に握るのは大型のナイフ。

ヴィンセントと賊相手に鍛えた程度だが、これくらいなら扱える。


「実質俺の初陣だ。呪いよ、せめて死なねぇ以上の幸運を、よこせ」


今回チルは、出てこない。

"幸せの青い鳥"は道を示すこと。

"幸運を運ぶ両翼"は味方に運を運ぶこと。


俺が俺自身に、自分の意志で。

本来自動発動のこれを使うのはまるでギャンブル。

ならこの力は……


"ラッキーダイス"


ローズはいつもの様に、茨の樹海を生み出す。


"茨海"


「これ、2人もやるんなら全力でやらないほうがいいよね?

調整するよ」

「ああ、頼む」


だが今回は相手も少し様子がおかしかった。

賊付近の神秘も高まる。


"獣化"  "炎纏"  "風纏" 


奥の数名以外が、次々に神秘を宿す。

急激な変化が起こったのは両腕や両脚、片腕、片脚、もしくは片腕片脚と様々。

獣となる者、炎を纏う者、風を纏う者。


俺やローズの様に神秘に成ったわけではない。

だが、見た目は俺よりも魔人っぽかった。

その上、身体能力も当然神秘で底上げされていて、片腕や片脚でも侮れない。


「馬車は私が守るね」


"無辜の鳥籠"


馬車の周囲にあった茨が、鳥籠のように球体を作った。

ただし、鳥籠と違い隙間もなく鉄壁だ。


「ヴィニー、俺達はヒットアンドアウェイだよな?」

「当然」

「野郎共、かかれー‼」


その瞬間茨がうねり、賊を分断する。

その数はそれぞれ10、10、27。


「後で2人とその担当の賊達はまとめるよ。2人以外は反対側に干渉させないから安心してね」

「それ、すごくありがたいですお嬢」

「ああ、でもいつも君にばっか負担かけて悪い」

「大丈夫。クロウも強くなってるから。じゃあ、飛ばすよ」


俺とヴィンセントは、隔離された賊達のそれぞれ担当するエリアへと茨で運ばれる。

俺の前にいるのは、獣と風の5人ずつ。


俺とヴィニー、そして賊達の駆ける音が、戦場となった平原に響いた。




-クロウサイド-


どうやら賊達の戦い方は、大半が素手での肉弾戦のようだった。

と言っても技術がないから、とかではない。

彼らの攻撃は燃えたり裂けたりと、下手な武器よりも威力が出ていた。

だがら敢えて素手での戦闘をしているのだろう。


だが1人だけ、武器を使うやつがいた。そいつは風を纏う半魔だったのだが、他の4人よりも強いらしく、剣にまで風を纏わせていた。

範囲が広くなるので、避けるのも受けるのも難しい。

素手のやつでさえ、ナイフで切りかかっても弾くのだ。

攻撃も防御も風で弾かれるので近づくことすら危険だった。


そして、獣化したやつも厄介だ。

特に脚のやつは身体能力が跳ね上がっていることで全く捉えられない。

気づいたら近くにいるし、そう思った時には遠くにいる。

その俊敏さに加えて、獣のパワーだ。

風よりはマシかもしれないが、こっちはイライラする。


ヒットアンドアウェイは俺達の作戦だったはずなのに……


「ハッハァー」

「グッ……」


今もまた、気づいたら回り込まれて重い一撃を受けてしまった。

血が滲み、鈍い痛みがある。

俺も、頑丈さだけなら奴らと張り合えるくらいにあったが、もし魔人じゃなければもう致命傷だ。


それから守りに関しては俺の意識関係なしに運が良いというのも救いだった。

かなり攻撃を受けるが急所には当たらないのだ。

避けられる確率も謎に高い。


片腕だけのやつが狙い目ではあるのだが、それもパワーもしくは風圧に負ける。

持久戦の訓練にはなるが、もどかしい。


「コイツ、全然倒れねぇな」

「ひたすら攻撃受けてるはずなのによ」

「てめえが急所を外すからだろ」

「てめえもだろうが」

「ハァ……ハァ……俺は、運が良くてな……」


ああ、分かりやすく筋立てやがる。

勢い余って狙いが浅くなるとかねぇかな。


「そうかよ、なら数打ちゃ当たるな」


その挑発は、先程までより密度の高い攻撃という形になって返ってきた。

さて、精度はどうかな……



~~~~~~~~~~




-ヴィンセントサイド-


戦闘開始から少し立つと、ローズはすぐに合流可能なように茨を操作してくれていた。

そのおかげで、ヴィンセントからもクロウの様子が見えているのだが……


どうやらだいぶ苦戦しているらしい。

転がりまわっていて遠目からでも壮絶な戦いぶりだった。


自己流とはいえ、クロウを鍛えたのはヴィンセントだ。「負けても知りません」とは言いにくいため、これには彼も頭を抱える。

戦闘を続けながらも、かなりクロウ側を気にしていた。


しかし、その間も賊の攻撃は凄まじい。

ヴィンセントの担当は、獣と風が5人ずつ。

当然、全能力が彼より上だ。


半分神秘になってる、なんて人と戦うこと自体少ないため、彼は若干戸惑い気味だった。

だが、特に取り乱すことなくさばいていく。


「コイツ、全然当たらねぇ」

「だが、確実に疲れは溜まってるはずだぜ」

「コイツ、ただの人間だもんな」

「ああ、負けるはずねぇ」


(なんか驕ってるなぁ……)


彼は、場違いにもそんなことを考えながら、よどみなく攻撃を受ける。

彼も考え事をしながら戦っているが、賊達も大概だ。


しかもヴィンセントと違って、賊は驕りの分だけ動きが粗い。

攻撃の軌道が真っ直ぐだったため、少しの観察でも十分反撃可能だった。


「そうでもないですよ。スペックが上でも、負けることはあります」

「ああ!?」

「例えば、あなたの動き、もう覚えました」


彼はうっすら笑うと、手前の2人を一気に抜き去り、風の両腕の男に接近する。


「む」


彼から見て、男の左側。男から見て右側から逆袈裟切りを仕掛ける。


(男は右利き。自信家のようで、風の守りを過信している節あり。血の気も多く、ちょっかいをかけたら必ず風圧での迎撃。

急接近で奇襲を受けたなら、反射で出るのは……)


「ハッ、死に急いだな」


男は凶暴な笑みを浮かべると、ヴィンセントの予想通りの行動をとってしまう。

多少無理な態勢でも、右の大振りだ。


(この人の弾く力、方向は分かってる。剣で風ごとその太い腕を受け流し、胴体に一閃)


「ガハッ……てめ」


(さらに頭に血が上れば、読むまでもない。

続けざまにさらにニ撃)


男はまだ腕を振り回すが、動きはもうすでに体を傾けるだけで避けられるほどに鈍い。

ヴィンセントは、隙だらけの胴をさらに切り裂く。


すると大男は、ズン、と派手に地面を揺らしながら倒れてしまう。

半分神秘であるためタフではあったが、それも何度も斬ることで意味をなしていなかった。


「はい、この通り」


ヴィンセントは、倒した男の前で剣をくるりと回すと、まるでショーのように頭を下げてみせる。

柔らかい物腰も相まって、ここが戦場であることを忘れてしまいそうな優雅さだ。


「てんめぇ……!!」

「やはり神秘になっていないのならやりようはありますね。クロウは成っていても弱いですが……あれは補助系能力ですしね」

「はっ、1人やったくらいで調子にのんなよ」

「まだあと9人だ」

「あいつ1人倒すのにここまで時間かけたなら、あと9はキツいだろ」


賊達は、1人がやられただけでは言動に変化はなかった。まだまだ騒がしく、変わらず一斉に喚く。


だが、よく観察してみるとかすかに怯えが見えた。

当然それを読み取ったヴィンセントは、精神的な圧をかけるため、笑顔のままで予告する。


「ちなみにあと5人、見切ってます」

「ひぃっ……!!」

「あと、4人ですよ?」


すると賊達は、足を一歩後ろに下げて、明らかに逃げ腰になった。

見た目はかなり厳ついが、今はなんとも情けない表情だ。


しかし、ヴィンセントのようなただの人間に蹂躪されかけてるんだから無理もない。


それを見て笑みを深めるヴィンセントに、さらに怯えを増していく。


「ふふ、次はあなた」


神秘を抜きにした、ただ純粋に鍛え上げた身体能力。


半魔ほどではないにしろ、神秘による身体強化。

彼は、その全てを駆使した全力戦闘を開始した。




~~~~~~~~~~




-ローズサイド-


……以外と弱いなぁ。

これが27人の半魔人を相手にしてみての、ローズが抱いた感想だった。


明らかにおかしな感想だ。

しかし、それも仕方ないことだろう。


戦い方はエリスとの時と同じ"茨海"での包囲攻撃。

しかし、どうやらあの時より制御力が上がっているようだったのだ。


前回は若干大きな塊のまま扱っていたところが、少し解けており、自由度が増してる。

棘もより鋭くなって、光り方もどこか神々しさすら感じてしまいそうだ。


だというのに、数は増えても質が落ちるのでは拍子抜けしてしまうのも無理はない。


目の前で茨に翻弄され続ける賊達には、はっきり言って手応えがなかった。


彼らは神秘に成っているわけではないので、しょうがない部分はある。

だが、ほとんど茨を傷つけられない時点で、まったく勝負になっていなかった。


とはいえ、回避だけは中々のものであるようで、現状誰も倒れてはいない。

たまに掠ることはあっても、決定打には欠けていた。


(……数を減らす努力は必要かな?)


長いこと茨だけで戦っていたローズだったが、しばらくして考え込むと、手の平を上に向ける。

すると、その上に現れるのは小さな火種。


もっと大きな炎の方が威力は高いだろうが、あいにく彼女が出せるのは小さな9つの妖火だけだ。


彼女が拳を握ると、円を描いていた火は周囲に散開する。茨に向かって……


(本当はもっと大きな炎を出したいところだけど……茨での戦闘には驚くほど相性がいいんだし、まぁいいかな)


「クロウがいたら騒ぎそうだなぁ」


小さな火を操る彼女は、この場にいない仲間の顔を思い出して薄っすら笑う。

茨という可燃物に火が接触しようとしている状況で、特に焦る様子も見せずに。


そうこうしているうちに火が茨に接触する。

だが、茨はかけらも燃えず、小さな火もそのまま茨をすり抜けていった。


「な、なんだ?」

「なんか光ってるぞ」

「てめぇら、気をつけろ!!」


茨海の中も密封されてる訳ではない。

そのため、直進では流石に異変に気づかれてしまい、賊達は今にも逃げ出しそうだ。


「ごめんね。逃さないよ」


"咎人を包む世界"


茨海とは桁違いの量の茨。あれは攻撃と防御で使っていたが、これは檻。彼女自身もまるで動けなくなる代わりに、相手も決して逃さない。


敵が視認できなくなるのも不安要素ではあったが……茨の檻は、問題なく賊を1人1人隔離する。


その空間は身動きすら許さない。

この中で動けるのは、ローズの出した火の玉だけ。


「な、なんだ……ぐわぁ!!」

「く、来るなぁぁ‥‥」

「ブルーム……ブルーム……ブルーム……」


彼女が呟くと同時に、妖火が茨の中で花開く。

美しいその輝きは、茨に阻まれて彼女には見えない。


だが、その叫び声だけで地獄のような光景が頭に浮かぶようだった。


"妖火―蛍火"


「…………」

「う、うーん。阿鼻叫喚……。鬼みたいな組み合わせだねぇ」


檻の格子をなくすと、残ったのは炎の8人のみ。

彼らは頰を掻きながら力なく笑うローズを見ると、歯をガチガチ鳴らしながら怒鳴り散らす。


「てめぇ、ほんとに貴人なのかよ!?

残酷すぎんだろ!!」

「ごめんね? 死にはしないから……」


この一瞬で彼女が倒した人数は、他2人の担当人数の合計とほぼ同数。

広範囲に影響のある能力だけあって、格下相手には圧倒的だ。


(こういうのを、一蹴するって言うのかな?

2人に申し訳ないや……)


怒鳴る賊達に謝りながら、ローズは残りの敵も意識を奪うべく茨を操作した。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 異能力バトルの描写が楽しくて良いです。 [一言] これからも少しずつ読み進めていく所存です。宜しくお願い致します。
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