34 新たな皇帝の誕生
その日、レーヴァンダール帝国は華やいでいた。
皇族が互いを思いやるが故に其々犯した罪。
皇帝は双子の息子をどちらも生かすために。
皇弟は跡継ぎに悩める兄を救いたいがために。
第一皇子は自分の身体の弱さと性質を知り、弟に帝位を渡すために。
第二皇子は母と生命力を奪ってしまった兄を支え影となって生きるために。
その愛情から生まれた歪みが、解消される時が刻一刻と迫る。
待ちに待った皇太子宣言がなされ皇太子が誕生するかと思いきや、そのまま皇帝陛下は帝位を譲り、新皇帝の即位式が執り行われるらしい。
その一報を聞きつけ皇城に押し寄せた民は、なかなか姿を見せない皇族と新皇帝となる予定の第一皇子ジェラルドのお出ましを今か今かと待っていた――
(ああ。これで、少しはユリアン様も自由に生きられるのね。そしてもしかすると……私は皇弟ユリアン様と普通の恋人に……。諦めていた婚約なんかもしちゃったりして! やだ、私ったら期待し過ぎよぉっ!)
私は恋愛脳全開、否、感慨深い想いで官僚席からバルコニーを眺めていた。ユリアン様が生涯をかけジェラルド様をお支えする事に変わりはないのだろう。
ただ、ジェラルド様の地位が安定するのであれば、ユリアン様が余計な火種を作ってしまう余地が出来るのだ。
「「おお~っ! お出でなさったぞ~」」
現皇帝レオナルド様に続き、ジェラルド様、ユリアン様がバルコニーにお姿を現す。ユリアン様は余計な波風を立てぬよう、フルのマスカレードマスクを外されていない。
四者で会談した後、ハロルド様はそのまま皇位継承権を放棄し、公爵位も返上され隠居した。
奥様は実家の侯爵家の領地の別荘で、悠々自適な暮らしをするそうだ。嫁ぎ先で二児の母となっていた娘さんには、「お母様の事は私が見ていますので、どうぞ陛下とゆっくりなさって」とだけ言われたらしい。
次の妻を娶ると軽く言っていたし、ハロルド様は御家庭では厳しい立場に追いやられていたのかもしれない……。
あの日の出来事は皇族部だけの極秘事項扱いとなっている。
「皇帝陛下ぁー!」
「殿下ぁー!」
皇城広場に集まった人々から、久しぶりに揃って姿を見せた陛下と殿下方に一際大きな歓声が上がった。ひとしきり民衆の歓喜の拍手を受けた後、レオナルド様が片手を上げ、静まった民に言葉をかける。
「今日は皆に、第一皇子ジェラルドと第二皇子ユリアンと共に、我がレーヴァンダール帝国の皇太子が決定した事を報告する。そしてそのまま私は帝位を譲り、新たな皇帝の即位式を皇城で執り行う。長らく待たせた。――次の皇帝は――」
「畏れながら、陛下に申し上げます」
唐突にジェラルド様が陛下のお言葉を遮った。民衆も何が起きたのかとざわめく中、ジェラルド様はユリアン様の方に手を伸べ、あのレーヴァンダール帝国のタブー、第二王子のマスカレードマスクを剥ぎ取ったのだ!
「あわわっ! 皇子が二人!」
「どっちがどっちなの?」
「仮面の下のご尊顔に、傷が一つもないぞ?」
皇太子誕生の瞬間に居合わせようと集まった民衆が、さらにどよめく。
「私は第一子ジェラルド。隣にいるのは第二子のユリアンだ。私たちは十九年前、双子として生を受けた」
「兄上……まさか……」
皇太子、いや、新たな皇帝のお披露目を楽しみにしていた人々が混乱する。
「やっと皇太子が決まったと思ったら、早速跡目争いか!?」
「帝国はまた戦争続きになるの?」
民の間には不安の色が広がり、ユリアン様も突然のジェラルド様の行動に困惑している。レオナルド様は何も言わず、静かにジェラルド様の次の発言を待っていた。
「私は長子だが、身体が弱く生まれた。ユリアンは双子の次子として生まれ、どちらも常に命の危機と隣り合わせだった。だが、互いに支え合い、十九年間二人共に生き残る事が出来た。それは陛下のお力添えもあったからだ。双子は争いの火種になるだけではない。誰よりも近く、誰よりも互いを理解し合える頼もしい存在だ」
皆、固唾をのんでジェラルド様の話に聞き入っている。ユリアン様の唇からは、何とも言い難い吐息が漏れ出でていた。
「だからこそ私はよく知っている。ユリアンの有能さを。そして、私はまだ病弱。静養期間が必要だ。私はここに、皇位継承権の放棄を宣言する。新たな皇帝に相応しいのは弱く生まれた私ではなく、全ての面で私より秀でた第二皇子ユリアンだ」
「えっ、じゃあ皇太子様はどうなるんだ?」
「おいおい。なら、ユリアン様が皇太子で新しい皇帝ってことだろ」
「おお~、そうか! ユリアン様万歳~!」
戸惑う民の間から、ユリアン様の即位を祝う声が上がる。瞬く間にその声は広がり、浮かれる民の間には皇族の繁栄や、新皇帝の誕生を祝う声が方々から上がっていた。
(あの人たちは……)
私は見た。最初に民衆の間から声を上げたのは、平民に紛れた第一皇子係の人たちだった。
「ジェラルド。そなたの意思、尊重しよう」
陛下がジェラルド様の肩に手を置く、そして、茫然とするユリアン様にバルコニーの下を見るよう促した。
広場の前の方に設けられた貴族席から、すっと立ち上がる人たちがいる。
(お父様とミカエル。小父様にセオ兄様も……。この人たちも第一に取り込まれていたのか……)
父、クラウスティン公爵が皇族に向かって剣を捧げる。
「クラウスティン公爵家当主と次期当主が、新皇帝の誕生をしかと見届けましょう」
セオ兄様の父、ヴェントゥル公爵が盾を掲げお父様に続く。
「レオナルド様の跡を継ぐのはユリアン殿下お一人である事、ヴェントゥル公爵家と次期当主が証人となります」
レーヴァンダール帝国の剣と盾に外堀を埋められ、ユリアン様がたじろぐ。
「私は仮面を着け、兄を支える影に徹してきただけの男だ。陛下が隠居なされるのは致し方ないが、兄ジェラルドを頂に置いてこそ、私の力も発揮できよう」
及び腰のユリアン様に、セオ兄様がいつもより多少は気を遣った感じで喝を入れる。
「ユリアン殿下。皇帝とローバンダイン公が隠居し、ジェラルド様も養生したいとおっしゃっているのです。そうなると、ユリアン殿下が皇太子となり、いち早く皇帝にならないといけないよな? とっとと腹を括れ!」
集まった人々が、期待の眼差しでユリアン様を見つめる。ユリアン様には“応”と答える決定打がないようで、大層迷われているご様子だ。
「姉上が殿下をお支えしますよ。ね、姉上?」
「ええっ!!」
「それなら心強い。私も皇帝という重責を担っていけるだろう」
弟のミカエルが公衆の面前で私たちの関係を暴露するようなことを言い放ち、あたふたどぎまぎしてしまう。そりゃ、第二皇子係の職員として、ユリアン様をこれからも支えるけれど……。
「モニカ・クラウスティン。お前はクビだ! 官僚を辞め、弟を支えるに徹するがいい!」
だーかーらー、ジェラルド様にそこまで言われなくとも、ユリアン様を支えますとも。ん? でも、私はクビ? なぜ官僚をクビにならなければいけない? おいおいおいおい、やっと第一の皆さんとも仲良くなってこられた楽しい官僚生活だぞ? 人の努力を何だと思っているのだ!
ここで、私の人格が最終段階に突入した――。
「ジェラルド様! 嫌です! やっと試用期間が終わるのですから、このまま係の一員としてユリアン様のお役に立ちたいと存じます。クビにするならそれなりの理由をご提示ください!」
「だああ! モニカ、マジか!?」
「姉上……」
「モニカ・クラウスティン……」
「モッ、モニカ……。私はショックを受けまくりだよ……」
なぜ、皆私に白い目を向けるのだろう。ユリアン様までうなだれてどうした?
「申し訳ございませぬ。私と妻の私の育て方が悪かったのでしょう……」
「クラウスティン、きっと、女の子は育て方が難しいのだよ」
お父様、小父様、嘆く要素がどこにありましたか?
「モニカ……やはり、私の想いは伝わっていなかったんだね……。今日、モニカは居残り残業だよ」
「? はい。かしこまりました」
なぜそんなに呆れられ、悲しまれるのだろうか。これからもユリアン様のお側でお役に立ちたいし、クビになんてなっていられない。
だって、私がこう生きると選び、勝ち取った安定の官僚生活なのだから!!――




