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31 皇帝レオナルドの独白

 鍵は難なくカチャリと音を立て開いてくれた。恐る恐る書棚に手を掛ける。


「それだ、その青い背表紙だよ! モニカ!」


 皇帝陛下の日記を見つけいつもより興奮しているのか、ジェラルド様が普通に私の名前を呼んでいる。


「ここに、私とユリアンが生まれた時の事も記してあるはずだ!」

「少しお声を小さく。どういたしましょうか? また鍵を掛けて持ち出しますか?」


 私もジェラルド様もなぜかしたり顔でニヤついている。お互いスリルを楽しめるタイプらしい。


「そうだな、そろそろ父上も戻って来てしまうかもしれない。出るか」

「かしこまりました」


 私が空間収納魔法で日記を仕舞おうとしたその時――


「その必要はない」

「わっ!」

「ひっ!」


 背後から声をかけられた。



「父上……」

「レオナルド様……」


 日記を手にしているのがバレバレなのに、こそこそ取り繕おうとしてしまう私とジェラルド様。そんな私たちに立派な髭を蓄えたお顔を真っ直ぐ向けながら、帝国の現皇帝レオナルド様がゆっくりと歩み寄ってきた。


「ジェラルド、ずいぶん元気そうだね」

「父上、勝手なことをし、申し訳ございませんでした。ただ――」

「いいんだよ。ちゃんと説明しない私が悪かったのだから」


 そう言って優しくジェラルド様に微笑んだレオナルド様は、次に私にも同じように笑いかけてくださった。


「モニカ嬢、大きくなったし、官僚らしくなったね。色々話したいところだけれど、取り敢えずユリアンを呼んできてくれるかな? ユリアンも交えて話をしたいんだ」

「かしこまりました。至急ユリアン様を呼んで参ります。――処分は必ず受けます。誠に申し訳ございませんでした」


 逃げも隠れもしないけれど今はユリアン様をお連れするため、私は急ぎ足で第二皇子の執務室へと向かった。




 ユリアン様はただ一言「分かった。行こうか、モニカ」とだけおっしゃり、一緒に来てくれた。陛下の執務室へと向かう最中も、特に私を根掘り葉掘り追及したり、責め立てたりはしなかった。

 ユリアン様にとっては全て織り込み済みだったか、私やジェラルド様の行動をただ優しく受け入れているかのどちらかだろう。


 後ろめたい私の気持ちなど関係なしに、ココだけは久しぶりのユリアン様との時間が楽しいようで、私とユリアン様の間を行ったり来たり飛び跳ねていた――




「ユリアン、来てくれてありがとう。こうしてお前たちと向き合って話すのは何年振りだろうか。とうに成人したお前たちに、もっと先に話すべきだったね……。今更だが、私の懺悔を聞いて欲しい」


 そして、陛下の執務室のソファに、親子三人と他人の私が膝を突き合わせた。重苦しい空気の中、陛下が口を開く――





 ――十九年前――


「皇太子妃はずいぶんと大きな腹をしているらしいな。まさか双子ではないのか? 男児の双子なら、後に出てきた方を必ず殺すのだぞ?」


 父である皇帝は苛烈な性格だったが、その手腕で周辺からの侵略を阻み求心力のある人だった。やられたら徹底的に叩きのめす事を繰り返すうち、帝国の領土は広がっていた。もうすぐ辺りは完全に平定され、この地に安寧が訪れるだろう。

 そんな父を尊敬はしている。しかし――


「ご安心ください、父上。産婆も何事も問題はなく、経過は順調と申しております」


(そう、問題はないのだ。我が子の誕生は喜ばしい事であって、問題など何一つない……)


 当時皇太子であった私は妻ジゼールの出産にともない、父である皇帝の意に背いても一つの行動に出る決意を固めていた。


(どちらも我が子、必ず両方生かす)




 程なくして、ジゼールは産気づいた。男が産所に入りお産に立ち会うなど前代未聞だろうが、関係ない。私にはここで成すべき事があるのだ。


「ジゼール様、もう少しでお生まれになりますよ。レオナルド様、ぼうっと突っ立っていないで湯を運んで来てください!」

「あっ、ああ。ジゼール、頑張ってくれ!」


 白髪の産婆はジゼールのお産に慣れた様子で対応している。私も見守るより、動かされる方が気休めになった。



「おめでとうございます。皇子様のご誕生ですよ」


 しかし、いきみが止まらないジゼール。


「まさか……双子……」

「ジゼール、もう少しだ……」


 立ち会った乳母となる予定のニナと私が狼狽えるのに構わず、産婆は二人目を取り上げることに集中した。


 双子は権力を分散し争いの火種となる。通常なら今から生まれる方の命を奪うのだ。だからこそ、立ち会う事を許したのは、乳母となるニナ一人だけにした。


 私とニナだけが見守るなか、二人目の赤子はジゼールの命と引き換えに生まれた。妻とまともに会話する事は出来なかった。だが、妻の手を取り最期を看取れたのは、この双子のお陰だと思った。


 妻の死を悲しむ暇もなく、おくるみに包まれた双子を見る。先に生まれた方の赤子は産声も弱く、グッタリとしていた。


「先に生まれた長子とはいえ、この状況では、殺す事になるのはこの子か……」

「そんな……」


 ニナを乳母に選んだのも計算の上だった。元々母性愛に溢れ、すでに二人の子を生んだニナなら、今から私が言う事を理解してくれるだろう。


「だが、どちらも殺させはしない。いいかニナ、私は今から父である陛下に背く。それにお前もついて来て欲しい」


 私は赤子が一人だけ産まれたとし、長子にジェラルドと名付けた。大きな産声を上げていた双子の弟の方をユリアンと名付け、ユリアンの存在を数少ない真実を知る産婆とニナに任せ、ジゼールの死と共にその存在を秘匿した。


(父上は戦ばかりに気を取られ、我が妃に興味はない。ジゼール許してくれ。そなたの安らかな死を先延ばしにするからには、二人の息子の命を必ず守ると約束する)


 大役を果たし冷たくなった妻に私は誓った――




 そして、ジェラルドは第一子として帝国内にお披露目された。戦に明け暮れレーヴァンダール帝国を大国に押し上げた皇帝も、孫となる男児の誕生に喜んだ。


 半年後には父が崩御し、私が皇帝となった。それから一年後、皇后ジゼールの死と引き換えに、第二皇子ユリアンが誕生したと公表した。


 本当は双子なのに一歳半差の兄弟。身体の弱いジェラルドも、双子の次子として生まれてしまったユリアンも、互いを生かすために私が考え犯した罪だ。いびつではあったが、これで憂いは無くなるはずだった。



 だが、嘘に嘘を重ねることになるのが世の定め。ジェラルドの身体は弱いままだった。虚弱な第一皇子の体質は一向に改善されない。

 その上、本当は双子の皇子たちは瓜二つ。成長すれば個性が出るかと思ったが、身体の強弱でくらいしか見分けがつかない。


(このままでは、いかにジェラルドが長子でユリアンを次子としていても、危うい状況が続いてしまう)


 私は、物心つく前なら受け入れやすいだろうと心を鬼にし、ユリアンに仮面を被せた。そして、病を負った第二皇子は顔に傷があると嘘の情報を流し、また罪を重ねた。


「すまない、ユリアン。ジェラルドもお前も、二人共守るためなんだ。我慢しておくれ……」


 ニナは毎夜泣くほど悲しんだが、「殿下たちのお命には変えられません。せめてお二人がいつまでも仲良く暮らせるように、忠義を尽くします」と誓ってくれた。少し先に生まれていた娘のノーラを教育し、秘匿された息子の友にしてくれた。



 もう一人の共犯者であった産婆は高齢だったこともあり、間もなく亡くなった。死する前に故郷の東方から十五になる曾孫を呼び寄せ、「影となる仮面殿下のお役に立ててください」と、忍のマサを連れて来た。

乳母のニナはその後も皇子たちの秘密を知る私の数少ない理解者であり、今も第二皇子の世話係をしている。


(父も真相に気づかぬまま亡くなった。ニナは信頼出来る。兄弟仲も良い。だが……ジェラルドは虚弱なままだ……)


 長子で賢く優秀な皇子だが、命の灯微かなジェラルド。

 兄想いで何でもこなし、隠した才が漏れ出でる次子のユリアン。



 なかなか踏ん切りがつかず、皇太子宣言を期限ギリギリまで先延ばしにしてきてしまった。


(罪を重ね、いつまでも決断できぬ私が悪いのだな。ジェラルドかユリアンか、選ぶ時が迫っている)

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