21 ボルダン伯爵家の斜陽
モニカとユリアンが城へと戻り、ギクシャクした日々を送っている頃――
「なに!? また取引停止だと!」
ボルダン伯爵邸には、唾を飛ばしながら家令に詰め寄る伯爵の姿があった。
ボルダン伯爵家の命綱である商売で、辛うじて残っていた取引先から契約を解除され続けていた。
祖父と父が残してくれた繋がりが、自分の代で途切れているのだ。
ただでさえ逼迫していた財政事情に、いよいよ破綻という二文字が迫る。
「はい。契約を更新希望する所は現在ありません」
「今まで何をしていたのだ、この役立たずが! 焼け石に水だが、領地の木材と穀物への税率を上げろ! クソッ、帝国もあんな金にもならん土地を寄越しおって!」
時代に即した商売も出来ず、領地にある資源も活用出来ない自分が悪いのだが、都合の悪いことは人の所為。
机にあった書類やらカップやらを伯爵は癇癪を起こして盛大にぶちまけるが、長年仕えてきた家令はどこ吹く風だ。いつもの事と眉一つ動かさない。
その時、執務室の外からドタバタとうるさい足音が聞こえてきた。騒々しい音の犯人は、遠慮なく部屋に入って来る。
「パパぁー。聞いてよ! せっかく久しぶりにお茶会に誘われたと思ったら、ドタキャンしてきたのよ!」
「何だって! 色々と贈り物をして、やっと取り付けた誘いなのに」
ドロテアが家でギャアギャアとわめき散らすのも煩わしいので、伯爵は歳が近い娘のいる家に付け届けをし、ドロテアを茶会に誘って欲しいと頼み込んでいた。
当然ドロテアのためだけではない。第一皇子とドロテアを繋げるため、城に出仕する者がいる家限定にしていた。
中にはあまりの必死さを不憫に思い、招待してくれた家もあったのだが、どうやらそれも次々キャンセルされてしまったらしい。
「みんな頭が悪過ぎなのよ。未来の皇后にドタキャンするなんて!」
「そうだね、ドロテア。みな世の時流を知らないで、どうしようもない間抜けたちだね」
「皇后になったら、その家を必ず潰してやるわ!」
「ああ、ああ。そうした方がきっと世のためになるよ」
父娘の馬鹿馬鹿しいやり取りに耐えきれなくなったのか、家令が咳払いをし、話をぶったぎる。
「オホン。ご報告はまだあるのですが」
「なんだ、早く言え!」
「その領地に関してですが、領民たちが続々と領地を出ております」
「どいつもこいつもだな! だが、勝手にさせておけ! 領民の減少など些末な事だ。今はそれどころではない。可愛い娘を慰めなくてはいけないからな!」
「左様でございますか」
お互いプルプル揺れる頬を擦り寄せ、再び父娘は「それは辛かったね」「パパぁー」と抱きしめ合っている。勝手にやって欲しいが、家令にはもう一つ伝えねばならぬ件があった。
「それと……」
「なんだ、もったいぶりおって! 一度に話せ!」
いちいち遮るのは伯爵父娘なのだが……。
「使用人が全員、本日をもって退職します」
「はあ!? 何を言っている 今初めて聞いたぞ! そんなもの無効だ!」
「やだ! そしたら、誰が髪を結ってくれるのよ!?」
さすがに伯爵もドロテアも、身のまわりの世話をしてくれる者がいなくなるのは都合が悪いとすぐ実感出来るらしい。
短絡的な二人にとっては領民のことよりも、目先の日常生活に打撃を与えられる方が困るのだ。
「一月前には全員の退職届をその机の上に出しておりましたが? 確認されていなかったのですか?」
ボルダン伯爵が床に散らばっていた書類の山をガサガサと漁る。
「なっ!? 料理長にメイド頭、庭師に馬屋番まで」
「――さて、時間になりました。私もこれで解放されましたね。では、失礼いたします」
「おっ、お前も辞めるのか?」
「はい。ああ、未払いの給料に関してですが、使用人全員の連名で訴訟を起こしますので、よろしくお願いいたします。今度こそ、では――」
キョトンとするドロテアに、あんぐりと口を開けた伯爵。
「パ、パパ。今日のディナーはどうなるの?」
「……たまには二人で外に行こうか?」
ひと気のない屋敷を、父娘は二人で仲良く歩く。
「ところで、パパは馬車を操れるの?」
「くうっ。大丈夫だよ、ドロテア。パパはなんでも出来る男だからな」
「いや~。かの有名なクラウスティン公爵家で働けるなんて、夢のようだ」
「私だって、ヴェントゥル公爵家よ」
「ありがとう、トムさん。みんなトムさんのお陰だよ」
ボルダン伯爵家で酷使された挙げ句、最近は給料も未払いで不満が溜まっていた使用人たちは、口々に家令のトムに礼を言う。
「いえ、お礼は新しい主に言ってください」
「ところでトムさんは、これからどうするんだい?」
「私は皆さんとは別の主の元で働きますが、またお会いする機会もあるでしょう。互いに身体に気をつけ、今度こそ良い主の元で幸せになりましょうね」
これでボルダン伯爵家は、収益と領民と全ての使用人を失った。残ったのは多額の負債と、生産者を欠いた領地だけ。
クラウスティン公爵家とヴェントゥル公爵家を敵にしたこの家に、手を差しのべる者はいない。
若きクラウスティン公爵家の跡取りでモニカの弟ミカエルは、方々に手を回し、このようにしてボルダン伯爵家を追い詰めた。
(父上たちをなんとかなだめ、決闘沙汰になって命まで奪われなかったことに感謝して欲しいくらいだよ。大変だったんだから)
商売相手も領民も、売掛を度々焦げつかせ重税を課すボルダン伯爵に呆れ果てていたからこそ、そこに少しいい話を持ち掛けただけでバタバタと傾いた。労力を一番割いたのは、身内の怒りをなだめることだった程。
「貴方が我が家に仕えてくれないのは、本当に残念ですよ」
「ミカエル様よりも前に、お声がけいただいておりましたので。誠に申し訳ございません」
「いや、逆に安心したよ。その御方なら、貴方も姉上もきっといい方向に導いてくれるでしょう」
新たな主の元へと向かうトムを、ミカエルは心丈夫な気持ちで見送る。自分より先にボルダン伯爵家の家令のトムをひき入れていた手腕は、見事でしかない。
(姉上の先行きを案じていたが、きっと……)
だが、いくら流血沙汰を回避し包囲網を敷いたとはいえ、両公爵家の者たちの煮えくり返ったはらわたはこれで完全に治まらない。
愛する娘、姉、お嬢様のモニカが生涯一人で生きる覚悟をし、公爵令嬢から官僚になったのだ。その心中はさぞ辛かろうと、今も屋敷中から怒り悲しむ声が途切れる事は無い。
(命まで狙われたお姉様自身でケリをつけて欲しいし、皆の怒りはまだ治まらないよ。お前たちへの制裁は終わりじゃないからね)
復讐に燃える齢十のモニカの弟ミカエルは、すでに跡取りの素質充分である――




