18 森のコテージにて
薄いカーテンから木々を介して柔らかになった太陽の光が射し込み、鳥たちのさえずりで目を覚ます。私は布団の中に潜り込んで寝ていたココに声を掛けてから起き、顔を洗って着替える。小さな牙を見せてあくびをし、寝ぼけながらもココは私の後をついてきた。
「おはようございます、ユリアン様」
「早いね、モニカ。おはよう」
ユリアン様はコーヒーを片手に本を読んでいた。
「すぐお食事の準備をいたしますね」
「今朝はトーストと卵とベーコンを焼いたものだけでいいよ。フルーツは丸かじりしたいから洗うだけでいいかな」
「はい」
私は火加減が強くなりがちなので弱めを心がけて魔法を扱う。
係の先輩方が予め準備してくれていた物資と、レン係長が置いていってくれた食材。さらにユリアン様が狩ってくる新鮮な獲物で快適な生活を送れていた。
朝食を摂って掃除や洗濯を済ませると、皆で森の中へ出掛ける。
魚を捕る事に私もココもすっかりハマってしまい、歩いて十分ほどの小川によく来ていた。
「モニカもココも、魚を捕るのが上手だね」
「学生の頃はユリアン様のように水の属性を持つ人を羨ましく感じましたが、実務では火と風の属性もなかなか便利で良いものですね」
「闇属性もでしょう?」
火起こしには役立つし、水面を風で巻き上げて魚を捕れる。苛めの反撃に水属性も悪くはなかったけれど、今はすごく良かったと思っている。探知や鍵解除も諜報なら役に立ちそうだ。
(ん? 闇属性のこともバレている。私の学生時代の情報が筒抜けだわ)
「こそこそ隠れて冷水を浴びせるより、やられた分をそのまま跳ね返してやったのがモニカらしくて良かったよ」
「そんな事までご存知だったのですね。先輩方の有能さを恨みたくなります。ですが、どこまでご存知だったのですか?」
「あの頃は皆、モニカを助ける機会がないってよく愚痴っていたね。モニカがやり返す度、レンは大笑いしていたし、マサは素質があるって感心していたし、ノーラは強い女子は良いって――おっと喋り過ぎたかな。さあ~てと、今日のお肉を狩りに行ってこようかな~」
レン係長もマサさんもノーラさんも、学生時代の私を知っていたなんて恥ずかしい。私がジトッとした目で見ていると、慌ててユリアン様は立ち去った。
実際に私の魔力を見て安心したユリアンは、私たちを置いて獲物を狩りに行く。ユリアン様にも係内でも取り繕う必要がなくなって、いっそ清々した。ありのままで居られる環境は本当にありがたい。
「ミュミュッ」
「すごいわココ! 飛ぶのも上手くなったわね」
魚に狙いを定め急降下し、瞬時に捕えて戻って来た。得意げに私の前に魚を下ろすココ。成長が早くて、心に焼き付けたい瞬間ばかりだ。
はしゃぎ疲れてコテージに戻れば、ユリアン様がふんだんに水を出してくれて、それを私が温める。丁度いい温度の湯船に浸かりさっぱりした後は、洗濯物をたたんだりしているうちにユリアン様お手製の夕食が出来上がっていた。
ユリアン様は今まで感じてきた仮面殿下っぷりはどこへ行ったのか、ふんぞり返っている事もなく、いつも笑いながら甲斐甲斐しく私とココのため動いてくれた。
「今夜は川魚のガーリックムニエルと野菜と茸のスープにサラダ、一日探検をしてきた腹ペコさんたちのために、鹿肉のローストもつけちゃうよ」
「ありがとうございます。明日の晩は私が作りますね」
「大丈夫。モニカには片付けや朝食をお願いするから気にしないで」
たいていは二人で家事を分担していたけれど、夕食の調理だけは必ずユリアン様がしてくれた。私もユリアン様の無茶振りで初めて料理をして楽しくなったように、ユリアン様も料理が好きなのだろう。こんな機会でもなければ皇子には出来ない事だ。
本当は焼くだけで済む朝食の準備よりも、もっと手の込んだ料理を作ってみたかったけれど、私より不自由な御方の気持ちを尊重するため、夕食はユリアン様にお任せする事にした。
「分かりました。遠慮なくお願いいたしますね」
森での生活は、こんな風にのんびりと穏やかな時間を過ごしていた。
「良か――ところでモニカ。この前私が言ったことはスルーするのかな?」
レン係長と職務に燃え御言葉を聞き流してしまった、ボルダン伯爵家から私が命を狙われている件だろうか。
フルのマスカレードマスクを取り、立場を忘れゆっくりなされているユリアン様に申し訳なくて、自分の事を聞くに聞けなかった。
「ユリアン様の御様子を見ながら機を伺っておりました。申し訳ございません。どうぞ仰ってください」
「私はモニカの考えが聞きたいよ?」
「では。主催者であるボルダン伯爵家が鷹を準備し、私を狙う理由は十分あります。完全な逆恨みですが。ただ、いくつか疑問がありました。なぜ、評判の悪い伯爵家主催の狩りがこれ程盛況で、皇族も参加する流れが作られたのでしょうか?」
「そうなんだよね。その辺を今第二王子係で調査しているんだよ。ちなみにあの時、私にも鷹が襲い掛かろうとしていたんだ」
それは聞いていない……。なぜそんな悠長にしていられるのか不思議だ。
「一官僚の私ならまだしも、貴方様は皇子ですが? どうして教えてくれなかったのです?」
「言ったよ。先に狙われたのはモニカだって。次に狙われていた人物の名を言わなかっただけ」
私も私だけれど、ユリアン様も呑気に狩りをしている場合ではない。一国の皇子の命を狙う輩がいるなんて、大事件ではないか。
「それよりもモニカ。私は、“私がモニカの事をずっと想っていた”って話の事を言っていたんだけれど、この前の言葉だけではまだ不足というんだね」
一気に身体がカアッと熱くなった。きっと卒業パーティーでの婚約の申し入れや、家に訪ねて来て交際の申し込みをされたのなら平静を装えた。人間不意討ちには弱いもの。
「勘違いをしました……申し訳ございません……」
「いいんだよ。私も中途半端な立ち位置で、想いを吐くように伝えてしまったんだから。こうしてモニカが側にいてくれるだけで充分なんだ。でもそうしている内に欲が出て来てしまってね……」
……忘れたのでも考えなかったのでもない。ユリアン様の昔語りはすごく心臓に悪かったし、否が応でもユリアン様を一人の男性として意識させられた。でも――
「お言葉ですが、ユリアン様はジェラルド様が皇太子となるまでは、ご自身の周りに余計な火種を作るおつもりはないのですよね?」
「そう言われたらぐうの音も出ないね」
ユリアン様ははっきり私を好きだと言われなかったし、これから先の話をされた訳ではないから、考えないようにしていた。ずるい御方だ……。そして私もずるいのだ……。
ユリアン様は少なくともジェラルド様が正式に皇太子宣言されるまで、やる気のない不気味なマスクの第二皇子を貫くのは間違いないだろう。そして、私は官僚を貫く。
「第二皇子係として、ユリアン様をお支えします」
「もどかしいね、モニカ。それでもこうして共に過ごせる事を励みにして、私は仮面を被って何とかやって行けるよ」
「力になれるよう、私もお勤め頑張ります」
森のコテージにて、フルのマスカレードマスクを外し本当のお姿を見せるユリアン様と、官僚として第二皇子を支える決意を新たにした私の視線が重なる。
そして、どちらも潤む瞳をゆっくり閉じ、芽生えてきそうになった気持ちに蓋をする。
――私もユリアン様も、それ以上言葉にしなかった――




