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14 ドロテアの職場襲撃

 珍しく、皇子課第二皇子係に総合受付の職員がやって来た。


「すみません。モニカさんにお客様がお見えです。来訪を伺ってはおりませんでしたが、モニカさんと間違いなく約束をしていると言ってきかないもので……。仕方なく確認に来たのですが……」

「そうでしたか。私は誰とも約束などしていませんが、どなたでしょうね」


 私と受付係の職員とで頭を捻っていると、廊下からキンキンとかん高い声が聞こえてきた。


「モニカぁー! 久しぶりー!」

「ドロテアさん……」

「この人ったら、私はモニカの友達だって説明しているのに、さっぱり話が通じないから後を追いかけて来たの」


 この行動力だけはたいしたものだと感心してしまう。でも勘弁して欲しい。


「ドロテアさん。私は今、仕事中なのですが」

「知ってるわ。モニカが官僚になったって聞いていたもの」

「……。ですから今、ドロテアさんとお話ししている時間はありません……」


 私には、この人の頭の中が全く理解不能だ。仕事をしていると知っていて、何故、勤務中に来たのだろう。


「なあなあ。まず、用件を聞かないことにはどうしようもないだろ?」

「ここまで来ちゃったんだし、少しだけでも付き合ってあげたら?」

「勤務時間内だが大目に見てやろう。やさしい上司に感謝しろッハッハッハッ」


 マサさんもノーラさんも、困り果てた私にドロテアの対応をした方が良いと促してくれる。レン係長は特例で面会を認めてくれるようだ。


 一刻も早くドロテアを課内から追い出すしかない。仕事中の皆さんに大迷惑を掛けている。

 同じ係の皆は好意的に見守ってくれているが、他の係の人たちからは、冷たい視線を容赦なく向けられていた。


「ドロテアさん、あちらでお話ししましょう」

「ええ、分かったわ」


 私はドロテアを連れ、外部の人とミーティングをする時にも使用する個室の小応接室へと入った。瞬間、ドロテアがはしゃいだように喋り出す。


「モニカって、皇子課の職員なんでしょ? 第一皇子のジェラルド様ともお会いしたの? あまり人前に出ない方だけれど、どんな人?」

「私は第二皇子殿下の係であって、ジェラルド様とお会いした事は一度もありませんよ」

「ふうん。モニカも会えないんだぁ」


 その、満足そうで不服そうな微妙な表情は何なのだろう。私の所にわざわざやって来て、聞きたい話しとはジェラルド様の事なのか。


「皇子課の官僚っていっても、皇子と会えないなんて一般人と同じじゃない。きっと、モニカはあまり信用されてないんだね。下っ端だし、仕方ないのかな」

「……」


 これは……。怒りを露にしても良い案件ではないだろうか……。だが、今の私は官僚だ。帝国に生きる全ての人々のために働く責を負い、ここはその仲間が集まる中枢だ。一個人の感情で対応するべきではない。


(スマートにドロテアを追い出すには、どうしたらいいかしら)


 けれど、相手に正論は通用しそうもない。困ったものだ……。


 ――私が悩み始めると応接室の扉が開き、すずやかなテノールボイスが響き渡った――




「お話し中失礼。モニカ、至急頼みたい仕事があるのだけれど良いかな?」

「「ユリアン様」」


 颯爽と入室したユリアン様の肩には、ノーラさんにお願いしてきたココがちゃっかり乗っている。毎日お世話をしている私より、ユリアン様の方に懐いている気がするのは……きっと気のせい。

 さすがのドロテアも、皇子の登場で身が引き締まったらしい。うるさいお喋りが止まった。


「おや、確か貴女はボルダン伯爵家のドロテア嬢でしたか。申し訳ないですが、モニカは勤務時間中ですから返してもらいますね。さあ行きますよ、モニカ」

「あっ、モニカ! 待ってよ、私がここまで頑張って来たのよ! まだ聞きたい事が――ぎゃあっ!」

「ココ!」


 しつこく私を引き留めようとするドロテアの鼻を、ココが引っ掻いてしまった。ココはドロテアを悪い人認定したのかもしれない。正しい目を持つ立派なペットだ。


「わ、私の可愛い顔があっ! 汚らしい生き物に傷をつけられたわっ!」

「おやおや、ココ。あまり変なモノに触れてはいけませんよ」

「はあっ!?」


 ドロテアの不敬を見逃し、ユリアン様は私の手を取ってスタスタと応接室を出る。


「ああ、それと。これ程厚顔無恥という言葉に相応しい人に、初めてお会いしましたよ」

「?」


 ユリアン様の御言葉は、自覚のないドロテアには通用しない。やはり、敵はなかなか手強い。


「言葉が通じないみたいですね。受付に行って、手当ての医師を呼んでもらいなさい。その後は直ちに城から出るように。良いですか、これは命令です」

「……はい……」




 私はそのままユリアン様に手を引かれ歩いていた。ココは今も私を守るように、手のひらに陣取っている。


(今まで自分で何とかして来たし、セオ兄様以外の誰かに庇ってもらったのって初めてかもしれない……)


 ぼんやりそんな事を考えていると、ユリアン様が立ち止まり私の方を振り返った。


「あのような醜い者に近づくと、モニカが穢れてしまうね。このような時には、遠慮なく私の名前を使って欲しい。勿論、私を呼んでくれても良い。私もココも、モニカが悩んだり困ったり、悲しんだりする事が嫌なんだ」

「……はい。ありがとうございます」


 勝手に上気して熱くなる頬を必死に押さえ、冷静に考えようとした。


(皇子係の職員が、勤務中にも関わらず何処ぞの者と面会していたら、ユリアン様の管理・監督能力を疑われてしまうのね。きっと、その事をユリアン様は優しく諭してくれているのよ)


 そう思いつつも、なぜかまだ赤らむ顔の熱は冷めない。意識すれば意識する程、余計熱を持っていた。


「ちゃんと分かってくれたかな? いつでも私を頼ってね」

「はい」


 繋いだ手からは、セオ兄様と違う感じのする安心感があって不思議だった。どこかむず痒い。誤魔化すように、私はココに話し掛けていた。


「ココもありがとう」

「ミュ」


 ユリアン様に引かれている右手。左手の上にはココ。ココの銀の毛並みに火照った顔を埋め、私はユリアン様の後ろを歩いた――





(なんなのよぉっ! あの不気味仮面野郎と汚ならしい生き物は!)


 モニカが皇子課で仕事をしているって知った時、頭に血が上った。

 私の未来の夫となる第一皇子のジェラルド様が、モニカの毒牙にかかるんじゃないかと思って、慌てて城に向かったのに――


(受付の女も医者も対応が最悪だし、不愉快だわ)


 モニカがジェラルド様と会った事もないみたいで安心したけれど、第二皇子がしゃしゃり出て来て何一つ情報を得られなかった。


 そういえば、以前私が「やっぱり第二王子殿下って、不気味で怖い感じがする」って言った時、「それを言うものではないわ。御本人が一番辛いはずですから」って、モニカは必死に庇っていたな。


(もしかすると、あの二人って……)


 お似合いだ。年中マスクで顔も晒せない不細工皇子と、公爵令嬢のくせに官僚なんてしている変わり者であぶれた女。


 早く家に帰ってパパに告げ口してやりたい。あいつら二人一括りにして痛い目を見せ、表に出て来られないようにしてやる。

 そして、この美貌で皇太子となるジェラルド様の心を射止めた私が、彼の婚約者となり皇后の座に治まる。


(完璧だわ。ユリアンもモニカも、あの小汚い毛玉も全部潰すの! 未来の旦那様の、皇太子の座確定のためにもね!)

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