13 第二皇子は手料理をご所望です
「おはよう、モニカ」
「おはようございます、ユリアン様」
今朝も係長たちに急かされるように、ユリアン様の執務室へとやって来た。
晴れて城勤めの官僚となって二週間、相変わらず公務をされている気配があまりないユリアン様と、そのペットのココと第二皇子の執務室で過ごす事が多かった。
「ココも元気そうだね」
「ミュ」
最近は私がココと名付けた銀の毛玉に、二人で言葉を教えたり芸を仕込んだりしている。時に、私が夜コッソリ教えた得意技を披露してユリアン様を驚かせるのが面白い。ココが小さな羽をはためかせ初めて空を飛んだ日には、二人とも柄にもなく大きな声を上げて喜んだ。
“試用期間で研修中の身だから、先ずは皇族の御気持ちに誠実に答える事を徹底しなさい”と、先輩方に言われれば、その通りだと思う。
知識だけが仕事で活かされるのではないと痛感しながらも、ユリアン様の無茶振りを結果楽しんでいる自分がいて困惑したりもする。
「実はねモニカ。今朝食欲がないと思って朝食を抜いてしまって、そのせいか今日はなんだか調子が出ないよ。お腹が空いて来たのかもしれないね」
「それならば、お休みになられるか厨房に連絡を入れましょうか?」
ユリアン様が力無さげに左右に首を振る。ココが心配そうにユリアン様に近づいて、手をペロペロと舐めた。
だが、私は騙されない。甘えたような声を出した時は、無茶振りをする前兆だ。しかし、ここで何を言われても対応するのが第二皇子係の勤め。
「だからモニカが料理を作って」
「私が!? ですか?」
「そうだよ。モニカの手料理が食べたいんだ」
この御方、私が公爵令嬢と知っているはず。厨房に立った経験などあるわけないのに。
(昨日、実家の料理長が寮に送ってくれた焼き菓子でも、空間収納魔法で出そうかな?)
でも、ユリアン様は敢えて私に何か作って欲しいと言ったのだ。他人の料理を出すなど、はなから敗北宣言するようで悔しい。それに、今の私は官僚だ。主の期待に答えようともせず諦めるなど、もっての外だ。
(本を見ながら作れば大丈夫よね? プロの料理人なら才能が必要かもしれないけれど、栄養を摂るために作るのなら……)
「かしこまりました、今から厨房へ行って参ります」
すると、楽しげな声で「私も行くよ」と、ユリアン様がついて来た。見られながら初めて料理をするのは気まずいけれど、こうなれば仕方がない。
可哀想なのは調理部の職員たち。突然現れた第二皇子殿下に恐縮している。第二王子係の職員が、ユリアン様に慣れるところから開始するのは間違いではないのだろう。
私は事情を説明し、食材を貰って厨房設備を借りた。
人払いをしたのはユリアン様のためというより、大勢の人に見られる事を恥じらう気持ちと調理部の職員たちへの配慮があったから。ユリアン様はココを撫でながら、興味津々の御様子で大層御満悦そうだ。
(人の気も知らないで、無邪気過ぎるわね。さて、やってみますか。本に書いてあることを、そのままの手順でなぞれば良いのだから)
けれど、そのままの手順を行う事が意外と難しい。
指先と顔に、学生の時身に付けた保護魔法を掛けていなければ、私の指は第二関節まで詰められていただろう。
「モ、モニカ……。大丈夫かな?」
「はい、全く問題ありません。順調に食材を処理出来ています。次は火を通しますね」
顔には火傷を負っていたかもしれない。火の属性を持つ私は道具を使わず火を起こせるので、取り敢えず自分の中のイメージで強火や弱火の調整をしたが、予想より火力が強かった。一部焦げた物もあるが、反対側は大丈夫、綺麗なままだ。
「モニカ……。申し訳ないけれど、お腹が空いていたのは気のせいだったかもしれない」
「出来上がりはもう少しの予定ですから、せっかくなので完成させてしまいます。多かったら残してください」
(今更気のせいとは、本当に自由な御方。初めての料理がやっと完成しそうなのだから、最後までやり遂げたいわ!)
調味料の名前が本に書かれていても、どれが何と言う種類か分からなかった。仕方がないので少し舌に乗せ、塩辛さや甘さ、酸味などであたりを付け味をつけて行く。
仕上げに香りがある調味料や香草で、なんとなく今まで食べてきた料理を再現してみた。
焦げた部分を除けば、見た目はそれなりに上手く出来たと思う。
(上出来かもしれない。いい香りだわ)
最初に焦がしてしまったので、以降どれくらい火に通せば良いのか分からなかったから、全ては見た目重視で作ってみた。料理とは本に書いてある通り行かなくても、オリジナリティーを出せてなかなか奥深く面白いかもしれない。
「ユリアン様、お待たせしました。どうぞ召し上がってください!」
「ああ、ここまで独創性のある料理は初めてだよ。ありがたくいただくね……」
食事を摂れるよう空間が広がったマスクの下から器用にフォークを入れ、私が初めて作った料理を食べるユリアン様。
マスクの下の表情は分からないが、私が料理を完成させた事に驚いているようだし、ゆっくり噛みしめながら味わって完食してくれた。
「ありがとうモニカ、これでしばらくは食欲を押さえられそうだ」
「ありがとうございます!」
私が作った物で、一人の人が喜んでくれる。なんて幸せな感覚だろう。料理にハマってしまいそうだ。
「モニカ……、今日は一人でやりたい事があったのを忘れていたよ。ココと係に戻って、たまには皆と一緒にデスクワークをしていて」
「えっ? 左様でしたか。それではココを連れて係に戻ります」
「ああ、ご馳走様」
係へ戻りながら私は考える。
(ゲームで人の裏や真意を見抜くための力を、命を預けココの世話と名付けで人柄を、料理で初めての事をどこまで真摯に対応するのかを。ユリアン様は私を見極めている最中なのかもしれない)
私はドロテアの策に嵌まり苛められた。それなりに仕返しをした事もご存知だろう。公爵令嬢の立場にしがみ付いているかどうか、ユリアン様とすれば気になって当然だ。
(まだまだ信頼を得るには足りないという事ね。もっと頑張らないと!)
第二皇子がフラつきながら執務室へと戻る。
間を空けず、第二皇子係のレンがその部屋に入って行った。
「何か飲み物を御持ちしましょうか?」
「気遣いは不要だ。モニカの手料理だけ入った身体をしばらく堪能したい」
「殿下がドMとは存じませんでした」
「何とでも言うが良い」と反論もせず、ユリアンは執務机の引き出しから書類の束を取り出し、目を通し始める。
「モニカ様でも不器用なところはあるもんですね。可愛らしいじゃあないですか」
「お前と喜びを共有したくはない。忘れろ。モニカの料理の腕前は私だけの秘密にする」
「はいはい。承知しました。溜まっていた書類の決済、よろしくお願いいたしますねぇ~。ハッハッハッ」
豪快に笑いながら部屋を出たレンに構わず、ユリアンはひたすら書類を捌く。口と胃の中は若干気持ち悪く、レンが勧めた通り何か飲みたくもなった。が、モニカが一生懸命作った料理に他の物を混ぜたくはない。
「このままの日々が続けば良い……。でも、本当に私は我儘だな……。欲深いから物足りなくなってしまうよ……」
マスカレードマスクを取り、自分の綺麗な唇に白く細長い指先を添え、整った眉を切なげに寄せるユリアン。
「うっ。き、気持ち悪い……」
ユリアンはその日の午後、溜まりに溜まった公務をこなしながらも、吐き気と腹痛に襲われていた――




