あれるい!
「あれ? 奇遇だね、ルイフォン」
街の小さなカフェテリア。
ふと立ち寄った店の前で、ルイフォンはアレスロと遭遇した。
「アレスロ? どうしてこんな所にいるの?」
普段ならこの時間は騎士団で訓練を行っている頃だろう。
紅色の眼を瞬かせながら、ルイフォンは大きく首を傾げた。
その際に豊かに弾む胸を見ながら、アレスロが苦笑いを浮かべる。
「いや、道場が騎士団員達のうっかりで壊れちゃってね。今日は暇になったんだ」
アレスロに良いところを見せようと力を入れすぎた騎士団員による犯行である。
結果、団長に叱られて嬉しそうだったので目論見は成功したとも言えるだろう。
彼らは現行犯として現在道場を修復中である。
「そうだ、一緒にお茶でもしないか? 久しぶりにルイフォンと話したいし」
朗らかに手を伸ばすアレスロに、ルイフォンは少し照れくさそうに微笑みを返す。
「アレスロからお誘いは珍しいね」
自分から誘うつもりだったのに、とは口にせず、そのままアレスロの手を取った。
鍛えられた手のひらは少し固く、その感触にルイフォンの胸がどきりと高鳴る。
彼女といるといつもそうだ。
嬉しくて幸せで、つい甘えてしまいそうになる。
「じゃあ入ろうか……っと。何かイベントをやってるね」
「あれ、本当だ。何か貼ってあるね」
カフェテリアの入口に貼られたポスター。
そこには目立つ色合いでこう書かれていた。
『カップル限定・半額期間!(同性可)』
「……あー。うん、なんて言うか」
「あはは。良いタイミングだったのかな?」
顔を見合わせ笑う。
二人はそういった関係では無い。
しかしどちらも、あと一歩の距離を詰めたいと思っていた。
これを好機とばかりにアレスロが笑う。
「そうだな。せっかくのイベントだし……今からボク達はカップルって事で、どうだい?」
「そうしよっかー。じゃあ……えいっ!」
思い切ってアレスロの腕を抱きしめた。
ふにゃりとした柔らかな感触にアレスロが数秒戸惑うが、すぐにいつもの調子に戻りカフェテリアのドアを開いた。
「いらっしゃいませ! お二人様ですね! お二人はカップルですか?」
入店と同時、元気の良い店員の少女に声を掛けられた。
その問い掛けに迷うことなくアレスロが答える。
「ああ、ボク達は付き合ってるよ」
堂々とした態度。元より度胸は人一倍だ。
この程度の演技は何という事は無い。
そのはずだった。
「そうですか! ではカップルの証明としてキスをお願いします!」
今度こそ、アレスロはピシリと固まった。
「……え? ここで?」
「はい! お願いします!」
にこやかに笑う店員の少女に返す言葉も無く、アレスロは困りこんでほっぺたを指でかいた。
(……これは困ったな。どうするべきだろう)
カップルのふりとは言え、さすがにそれは難しい。
キス自体は嫌な訳では無い。むしろそんな関係を望んでいる。
しかし、今この場でとなると……アレスロはまだ、心の準備が出来ていなかった。
そんな彼女の顔に、ルイフォンの手のひらが優しくそえられる。
「ルイフォン?」
アレスロが隣を振り向いた、その時。
彼女のくちびるに、柔らかなものが優しく触れた。
「――――ッ!?」
「ごちそうさま♪」
イタズラに微笑むルイフォンに、顔中が熱くなるのが分かった。
パクパクと口を開くが、予想外の事態に上手く声が出ない。
「はい、オーケーです! では席にご案内しますね!」
「お願いします♪」
自分の腕を抱いて上機嫌なルイフォン。
アレスロは彼女の顔を見ることが出来ず、鳴り止まない心臓を静める為に胸に手を当てた。
(落ち着けボク! このくらい、なんて事……!)
「……ねえアレスロ。後で、もう一回してもいい?」
楽しげに笑うルイフォンに、アレスロは言葉を返す事も出来ず、席に着くまでの間ずっと無言で歩き続けた。
改めて椅子に座ると、向かい側に彼女の姿。
しかしアレスロの予想とは違い、ルイフォンはほっぺたを赤くしている。
恥ずかしいのは自分だけでは無いことに気が付き、少し気が楽になる。
「ルイ、続きはまた後でね」
余裕を取り戻したアレスロが堂々と笑い返してやると、今度はルイフォンの方がうつむいてしまった。
「うぅ……アーくん、いじわるだ……」
その後、二度目のキスを行ったかは二人だけの秘密。
ただ、その日から二人の距離は少しだけ、しかし大きく縮まったのだった。