じらあれ!
アレスロ騎士団員が日々鍛錬を行う道場。
常には団員が規律正しく訓練を行っている場所で、アレスロは一人剣を構えていた。
逆手に。1.5m程の長剣を持ち、舞う。
実直な動きに無駄はなく、鋭い一閃を繰り出しては次の動作へ。
右からの薙ぎ払い、その場でくるりと回転し、回し蹴り。
そのままの勢いで下から上へと長剣を走らせ、かと思えば刹那の後に斜め下に振り下ろされる。
間断も容赦も無い動きに、しかし今は迷いがあった。
つい先日、野党を討伐する為に騎士団が派遣された。
結果的には見事に制圧できた訳だが、その任務を行った際、団員の一人が負傷してもしまったのだ。
幸いなことに軽傷で済んだものの、その事をアレスロは思い悩んでいた。
もちろん彼女も、全ての人々を救えるだなんて思っていない。
けれど、自分の手の届く範囲なら守りきれると、そう思っていた。
(だが実際は守りきれなかった。まだまだ未熟だ)
気を張りつめ、剣を振るう。
焦り。果てしない緊張感が空気を張りつめ、彼女の動きは更に加速する。
限界など知ったことでは無い。
更に速く、更に強く。次は、守れるように。
もはや手元すら見えぬ程の速さで宙を切り裂いていく。
風が両断され、音が刻まれる。
誰であろうと立ち寄ることの出来ない修羅の如く、今の彼女から余裕という感情は消え去っていた。
どれほどの時間、長剣を振るって居たのだろうか。
汗にまみれ、呼吸は荒く、心臓が張り裂けそうに鼓動する。
それでも止まることの無かったアレスロが、ひた、と動きを止めた。
道場の入口に目を向ける。次の瞬間。
盛大な音をたてながら、緑髪の少女がドアを開け開いた。
「アレスロ見っけたぞ!」
真夏の太陽のように明るい笑顔を浮かべるジラに、しかしアレスロの心は彼女を拒絶する。
今の不甲斐ない自分を見られたくない。
そんな思いが、彼女の視線を逸らした。
「何か用かい?」
「スイカもらったから切って欲しい!」
よく見るとジラの後ろには、一抱え程の大きさのスイカが置いてあった。
なるほど、と思い、同時に苛立ってしまう。
ジラは頻繁にアレスロの元に訪れては、こうした小さな頼み事をする。
他愛もないやりとりなのだが、余裕のないアレスロにとっては疎ましく感じた。
「ジラ。すまないが今は鍛錬中なんだ。後にしてくれないか?」
「だーめ! 今じゃないといけないんだ!」
駄々をこねる彼女に更なる苛立ちを隠せず、思わず声を荒げようとした時。
「そんでアレスロと一緒に食べる!」
思いがけない事を言われた。
「は? ボクと?」
「アレスロ、なんかこえーからな! 腹減ってんだろ!」
そんなことを笑顔で言いながら、スイカを差し出してくる。
「ジラと食べたらうまいぞ! だから切ってくれ!」
子どものように無邪気に笑う彼女に毒気を抜かれ、アレスロが苦笑いを返した。
「仕方ないな。そこに置いてくれ」
「おう!」
ジラが素直にスイカを置いたのを見て、数閃。
瞬く間に巨大なスイカは等分に切り分けられていた。
「おー! やっぱ凄いなアレスロ!」
「ほら、食べようか。塩はあるかい?」
「もっちろん!」
二人して床に座り込み、一口。
シャクリと軽い歯触りの後、何とも言えない甘みが口の中に広がった。
思わず二口、三口と食べ進め、そう言えば飲まず食わずで鍛錬していたな、とようやく気が付いた。
「朝からずっとここに居ただろ? ちゃんと休まねーとダメだからな!」
「……知っていたのか」
「ジラはアレスロの事ならなんでも知ってるからな!」
ふふん、と胸を張るジラに、思わず笑みが零れる。
そうだ。この少女はいつだって自分を見てくれている。
情けないところも不甲斐ないところも、その全てを見ていて、それでも傍に居てくれるのだ。
そんな事すら分からないほどに焦っていたのかと、自分自身に呆れてしまう。
「アレスロは頑張りすぎるからな! 可愛いジラちゃんが来てくれて良かったな!」
「ああ、そうだね。ジラが居てくれて良かった」
ぽふりと頭を撫で、先程までの剣幕が嘘だったかのように柔らかに微笑む。
ジラは笑いながら目線を下げ、そしてポツリと呟いた。
「…………たまには、ジラを頼れよな」
その一言に、トクンと鼓動が鳴った。
湧き出た感情を誤魔化すように笑い、アレスロは優しく応える。
「ボクはいつもはジラを頼ってるよ」
「そうかー?」
「そうだよ。いつもありがとう」
「そっか! さすがジラちゃんだな!」
パッと笑顔に戻ったジラに、温かなものを感じる。
ああ、自分が一番守りたい者は、きっと彼女なのだろう。
アレスロはその事を自覚し、気恥しさを誤魔化すためにジラの頭を一撫で。
「ありがとう。大好きだよ」
「えへへ! ジラもアレスロが好きだぞ!」
嬉しそうに笑いながら、小さな体で抱きしめてくる。
その顔に浮かんでいるのはいつもの無邪気な笑顔では無く、深い母性を感じる表情で。
アレスロが思わずほぅ、と息をついた時には、既に普段のジラに戻っていた。
ふわりと手を離し、ニカリと元気に笑いかける。
「また、遊ぼうな!」
「ああ。今度はボクから誘いに行くよ」
二人は顔を寄せて笑い合い、スイカをシャクリと口にした。