じらとに!
それはいつも通りの日常の中で放たれた、何気ない一言だった。
「胸って揉んでもらったら大きくなるって知ってるかー!?」
泊まりに来ていたジラの元気な問い掛けに、完璧淑女はあろう事か紅茶を吹き出しかけた。
「けほっ……いきなり何を言い出すんですの!?」
「なんかこないだテレビで言ってた!」
「なんてもの見てるんですか……」
恐らくドラマか何かだろう。
ジラは今回のように突拍子も無いことを言い出すことがある。
頭痛を感じながら改めて紅茶のカップに手を伸ばし。
「なーなー! 試しにやってみないか!?」
「はぁっ!?」
ジラの叫びに目測を誤ってカップを倒してしまった。
トニが顔中を赤く染めてジラを見ると、瞳を輝かせながら両手を胸の前で握りしめている。
つい胸元に目が行ってしまい、慌てて目線を彼女の顔に戻した。
「何で私がそんな事をしなきゃならないんですの!?」
「えー? トニが一番頼みやすいから?」
快活な笑顔で悪びれなく言うジラに、自分だけが意識しているようで、何だか心が苛立つ。
自分がどのような気持ちで日々を過ごしているのか、ジラは知らないのだろう。
実際本心は隠してきているし、他の皆にも知られてはいないはずだ。
ただこうも簡単に言われてしまうと、モヤモヤしてしまう。
「そんなこと、自分でやったら良いですわ」
零れてしまった紅茶を拭きながら素っ気なく答える。
声が必要以上に冷たくなっているのが自分でも分かった。
だが。
「なんでだよー。ちょっとだけ、な?」
そんなことはお構い無しに距離を詰めてくるジラに押され、少し仰け反る。
「う。いや、だから私は……」
「お願いっ!」
ぱん、と両手を合わせて頼み込むジラに数秒ほど戸惑うも、トニはぶんぶんと首を横に振った。
「ああもう! お断りします!」
ぽすん、と布巾をテーブルに放ると、そのまま立ち上がる。
「何だ? どこか行くのか?」
「お風呂ですわ!」
呑気なジラの声と、少しだけ迷ってしまった自分に腹を立てながら、トニはそのまま脱衣所に向かった。
∞∞∞∞∞∞∞∞
バスタブの中で熱めな白いお湯に浸りながら、トニはぼんやりと天井を見た。
ジラは、自分のことをどう思っているのだろうか。
せいぜいが仲の良い友人、くらいだと思う。
自分のように特別な感情を持っている、なんて事は無いだろう。
それはあまりにも、都合の良い妄想だ。
そんな事は分かりきっている。けれど。
感情を抑えるにも限度があるように思う。
(それにしてもさっきは危なかったですわ……)
もしあの場で流されてしまっていたら。
もしかすると、今の関係が壊れてしまっていたかもしれない。
けれど、その誘いはとても魅力的で……
ぱしゃり、と手ですくったお湯を顔にかける。
完璧淑女ともあろう自分が、こんな事を考えてしまうなんて、いけない事だ。
いけない事だと、分かっているのに。
心が追いつかない。どうしても、求めてしまう。
いつからだろう。最初はただの友達だった。
元気な子だな、というのが第一印象。
それから頑張り屋なところや、いつでも明るい姿を見ている内に。
ジラはトニの中で特別な存在になっていた。
(大体、ジラは無防備すぎるんですのよ!)
いつも距離が近く、手を伸ばせば触れられる所にいる。
楽しそうに笑いながらトニに語りかける姿は愛くるしくて、思わず抱きしめてしまいそうになる。
(……私は、どうしたら良いんでしょう)
ぼう、と再び天井を見つめ、ジラを想う。
その時。ガラリと浴室のドアが鳴った。
「せっかくだから一緒にお風呂入ろうぜ!」
「にゃぁっ!?」
一糸まとわぬ姿で現れたジラに、思わず奇声を上げて胸元を隠す。
「ななななんですの!?」
「んー? なんかトニが元気ないから、一緒に居たいなーって!」
ざばっと頭からお湯を被り、そのままの勢いで湯船に飛び込んできた。
「うわわっ!? ちょっ、わぷっ!?」
「にゃははは!! ほれほれ!!」
「やめてくださいまし!」
顔にお湯をかけられ、何とか止めようと両手を突き出すと。
ふに、と。手のひらが柔らかな物に触れた。
「お! 何だ、揉んでくれるのか!?」
「――――ッ!?」
慌てて手を引っ込めようとするトニの腕を、ジラが素早く掴む。
「遠慮しないでどんとこい! それと、次はジラの番だからな!」
一瞬でその光景を想像してしまい。
「…………ふにゃあ」
トニは首まで赤くなり、そのまま湯船にぶくぶくと沈んで行った。
∞∞∞∞∞∞∞∞
トニが目を覚ますと、そこは自室のベッドの上だった。
気を失った自分をジラが運んでくれたのだろう。
それまでの経緯を思い出し、トニは頭を抱えてうなりだす。
(あああぁぁ……なんてこと。私ともあろう者が、あんな事で気絶するだなんて……)
手のひらに残る感触にドキドキが止まらない。
頭に浮かぶのはジラの事ばかりで、上手く考えがまとまらない。
ジラには悪いが今日はこのまま寝てしまおう。
そう思い、ころんと寝返りを打つと。
吐息を感じるほど近くに、ジラの顔があった。
(ほあぁぁぁ!?)
声に出さなかったのは我ながら偉いと思う。
おかげで安らかに眠る彼女を起こさずに済んだ。
しかし、代わりに心臓がかなりの速さで鼓動している。
両手で口を抑えながら、でも距離を離すことができない。
まじまじと寝顔を見つめていると、体温が上がっていくのが分かる。
ふと。魔が差して、ジラのほっぺたに触れてみた。
そのもちっとした柔らかな感触に先程の事件を思い出し、ドキドキが強くなる。
そのままじっとジラを見つめていると。
トニは不意に、ある事に気が付いたしまった。
二人とも、服を着ていない。
トニの体を拭いてそのままベッドに運んだのだろうが、今はそんな事はどうでも良かった。
愛しい少女が全裸で、無防備に眠っている。
ブチンと。頭の中で何かが切れる音がした。
頬に当てていた手をゆっくり降ろしていく。
先程、自分からして欲しいと言っていたのだ。
問題は無い。そう、何も問題は無い。
少しだけ息を荒らげ、トニは少しずつジラの控えめな胸元に……
【体験版はここまでとなっています。続きは製品版をお求め下さい】