6.再会その3
説明回なのでいつもより長めです。
※2020/05/13筆修正いたしました。
彼女が湯浴みをするので部屋から追い出されてしまった。部下二人が変な顔で見てきた。
「もしかして王女様の湯浴みが見たかったんですか?」
慎重な部下が眉間に皺を寄せて言った。
「当然のように残ろうとしてましたもんね」
お宝部下が少し呆れたように言った。
「はぁ、そんな方だとは思いませんでした」
慎重な部下の眉間の皺がさらに深くなっている。
「おい、好き勝手言うな」
「じゃあ何故すぐに退出しなかったんですか?」
「なんとなく?」
「なんとなくって…」
部下達に呆れられてしまった。実際の所自分でもよく分からない。見たいか見たくないかでいえば見たいのだが。
理由を考えているとかすかに話声が聞こえてきた。
「……偉そう……」
「……無礼……」
もしかしなくとも自分へ対する言葉だろう。気を付けようと思った。
「……アレクセイ様……」
今のは彼女の声だ。名前が呼ばれた。面と向かってではないのは残念だが名を呼ばれた事に変わりはない。思わず顔がにやける。
「今度は盗み聞きですか?殿下がこんな方だったとは…」
慎重な部下が呆れかえっているようだ。
「あの塔で王女様に会ってから明らかに変ですよね」
お宝部下が変だと言った。
「ええ、変です」
「変ですよね」
二人とも変だと言った。
「…不敬罪だな」
思わず睨み付けてしまった。こんな部下達だとは思わなかった。
(よし、不敬部下と呼んでやろう)
彼らも彼らで塔に行って帰ってきてから普段とは違うような気がする。あらゆる想定はしたものの、想定外の出来事が起きてしまったのだから仕方ないだろう。
「どうぞ、王女様の着替えが終わりました。中にお入りください」
兵士の二人は戸の前で警備させるために残し、不敬部下達と三人で部屋に入った。
中に入ると青い色のドレスを着た王女がいた。彼女の母親が着ていたものだから流行のデザインではないが、素材がいいので何でも似合う。彼女の金髪も簡単にだが結い上げられている。よく見れば少々緩いようだが、きちんと食事を摂れるようになれば、すぐにちょうどよくなるだろう。
「とてもよくお似合いですよ。お美しいです」
「あ、ありがとうございます」
自分の素直な感想に彼女は顔を赤くし俯いた。耳まで赤くなっている。こんな反応をするのかと思い、もう少し反応を見てみることにした。
「あまりにお美しいので女神が降り立ったのかと思いました」
「は、はぁ…」
(しまった。逆効果だった)
彼女を困惑させてしまったようだ。赤くなっていた顔が元に戻ってしまった。
不敬部下二人はまた変な顔でこちらを見てきた。気まずい思いをしていたら彼女が口を開いた。
「あの、王子にお話ししたいことがあります」
名前で呼ばれなかったので、少し寂しいが顔には出ないように我慢した。これも日頃の鍛錬のおかげだ。
「何でしょう」
「侍女達の話によると、城に何が起きたかまだ理解していない者がいるそうです」
「本当ですか?周知を徹底させたはずでしたが。こちらの伝達が不十分だったようです」
ここで慎重でため息をよくつく方の不敬部下に目で指示を送る。察しのいい部下が部屋を出て行った。
「そのせいなどとは言い訳出来ませんが、先ほどは侍女達が大変失礼な振る舞いをしてしまいました。私を思ってのことです。どうかお許しください」
彼女と侍女の二人…ダニエラとアンナが深く頭を下げた。
「いえ、そんな大丈夫ですよ。こちらも名乗るべきでした」
「私から伝えるべきでした」
「んー、また謝罪合戦になってしまうからやめましょう」
彼女はきょとんとしたがすぐに笑顔になった。
「ありがとうございます」
(いい笑顔だ)
彼女の笑顔の余韻に浸っていると部下が帰ってきた。仕事が早いのは結構だが邪魔されてしまった。
「兵らに城内に待機させている者達へ状況を伝えるように指示を出してきました。それと元宰相と元将軍に使いを出させました」
「もうこちらに向かっているだろうから入れ違いになるかもしれないな…」
「彼らも無事なのですか?」
「無事も何も彼らが嘆願書の発起人です。いや、最初は元宰相殿か」
「彼らが…そうでしたか」
彼女はうつむきながら言った。
「詳しい事は彼らが着いてからお話しします。明日の昼頃に到着するでしょう」
「何から何まで感謝いたします」
「他に着る物を用意させます。それでは眠りにくそうですし。夕食はいかがなさいますか?」
「先ほど頂いたばかりなので大丈夫です。他の皆さんは大丈夫ですか?私ばかり施しを受けてしまって…」
彼女は悲しそうな顔をした。
ついさっきまで生きるか死ぬかの環境にいたのに他者を気遣えるのか。本当にあの男らとは違う。
(こんなにも違うものなのか…)
「我々は後で食べますから平気です。お疲れでしょうからゆっくりお休みください」
翌日の昼過ぎ、元宰相と元将軍がそれぞれ到着した。二人に加え、王女の存在に感づいていた者も彼女に会わせることになり、皆を彼女のいる部屋へ連れて行った。
元宰相は杖をつき、元将軍に支えられながら彼女の元へ歩いて行った。
「ぉおお、エレオノーラ様…。よくぞ、よくぞご無事で…。お美しくなられた。よかった。生きていてくださった。よかった。ぅうっ…」
「あなた、足が…、手も!どうしたの何があったの?」
泣いている元宰相には左膝下の足と右肘の下から腕がなかった。足には義足とは名ばかりの木材が添えられている。
「右腕はあの時に斬られました。左足は逃げている途中の怪我で…そんな事はいいのです。ご無事で、ご無事でよかった」
「そう…そうだったの。あなたも生きていてくれて嬉しいわ」
彼女は元宰相の右肘と左手を手に取りながら言った。
彼女が元将軍の方へ顔を向けると元将軍は会釈した。彼もまた右目からそのまま右頬に切り傷の痕があった。
「将軍、あなたも顔に怪我を?」
「はい。それと右腕に少し痺れがあります」
「そう…。あなたも……」
彼女はとても悲しそうな顔をした。
「よくぞご無事で。知らせを受け取った時は感激のあまり叫んでしまいました。何度も城に調べを入れたのですが情報を得られなかったので心配しておりました。生きておられて本当によかったです」
「ありがとう。生きてまたここで会えて嬉しいわ」
そう言いながらも彼女の笑顔に少し陰が出来たのが気になった。
その後彼女の存在に気付いていた者達とも話をし、彼女の事はまだ公表しないと伝えた。
「そうですね。反乱や暴動は一番避けたいですから」
元将軍は頷くと他の者達も頷いた。
「はい。嘆願書に署名した北領と南東領、南西領は抑えられるでしょうが――」
「ごめんなさい。私は何も知らないので詳しく説明してくれないかしら」
彼女は元宰相の言葉を遮って尋ねた。
「ああ、すみません。そうでしたね。ご説明いたします」
パランゲア大陸では不可侵条約が結ばれており、他国が困窮に強いられていても救助のために兵を送る事は出来ず、入れた場合は侵略行為とみなされる。そのため王による悪政による困窮の場合その国の国民は自分達で何とかしなければならない。それを破ることが出来るのが嘆願書である。この場合の嘆願書とは主に王族への誅伐を目的としたものであり正式名称は誅伐嘆願書である。もちろん革命を目的としたものでないか精査される。本来ならば現職の高官五人の署名がなければ無効だが、代替わり後すぐの国境封鎖や先王崩御の経緯について周辺諸国から不審に思われていたので元宰相と元将軍の署名も採用されることになった。
「嘆願書はどの国に持って行ったのでしょうか?」
彼女の問いに元宰相が答える。
「最初は私が今から六年前に南東に接するセマルグル王国に持って行きましたが、最初は私だけだったので追い返されてしまいました」
「父もそうするしかなかったのだ。本当にすまない」
元宰相が帰った後の、父の悲しげな顔を思い出した。先王が倒れたと報があったときも信じられないとつぶやいていた。どうやら父は最初から怪しんでいたようだ。
「その後、私と合流しました。私は当初、有志を募って王を討とうと思い潜んでおりました。南東領の領主殿が宰相殿、今は元宰相ですが…が嘆願書を出しに行ったと教えてくださいまして」
「そこで南東領の領主も加わり三人分の署名が集まったのです」
南東領の領主は国境を警備する兵士を懐柔して、領内に他国から物資が入るようにするなどしていた。なかなかのやり手である。
「追い返しはしたが我が国でも諸国に打診をしていた。まずはこの国の西隣のファウヌス王国だな。行ってみたらすでに南西領へ支援を開始していた。国境封鎖と言っても動物までは見ていないだろ?動物に運ばせたそうだ。あそこはそういうのに長けているからな」
「ですので早い段階で南西領の領主からも署名が貰えました。元々領民思いの領主でしたから」
南西領の領主も見所のある人物だ。元々領民には飢饉に備え保存食を用意させていたのだ。それに加え支援物資があったのでこちらの領も持ちこたえた。
「しかし、ここからが大変でした。我ら二人は指名手配されているので動けませんし、当然他国の人間は入国出来ないため国内で活動出来ません」
元将軍が言った。
「えっと、北領の領主が署名してくれたのでしょう?」
「ええ、ですが北領の領主は王との癒着がございましてね。どうやら宝石類の貿易を仲介していたようなのです」
彼女が問うと元宰相が答えた。
「何故そのような人が署名してくれたのでしょうか?」
「簡単に言うと不問にするからと言った。少し詳しく言うと他の領より税が軽いと言いふらすと言った」
今度は自分が彼女の質問に答えた。思い出したら少し苛ついたので声が低くなってしまった。
「…はじめて聞きました」
「私もです…」
元宰相と元将軍に驚かれてしまった。言っておくがこれは優しい方だろう。もっと厳しい条件を出してもよかったのだから。
「これで高官五人の署名が揃い、漸く嘆願書が提出されたんだ。ここまで三、四年かかった。提出された国が連合国軍の指揮をとる決まりがあるので、父が最高司令官、俺が司令官として動くことになった。まず加盟する国に誅伐するか採決をとった。関係ないからと棄権しようとする国もあってな。まったく…」
棄権しようとした国まで説得しに行ったのだが、小僧だなんだと侮られた記憶がよみがえり腹が立ってきた。そんな時は彼女の顔をみて心を落ち着かせよう。そう思い視線を向けてみると彼女はとても暗い顔をしていた。
「…エレオノーラ王女、大丈夫ですか?息つく暇もなく喋ってしまいましたから疲れてしまったでしょうか?」
「だ、大丈夫です。皆さんが国のために、国民のためにこんなにもしてくださっていたなんて…。ただただ圧倒されてしまって…。」
少し疲れているようだった。彼女はやや下の方を向いている。
「それにしても本当に王女様がご無事で本当によかったです」
「ええ、これで安心して国をお任せする事が出来ます」
「……?どういう事かしら?」
彼女は元将軍ともと宰相の言葉に疑問を持った王女が尋ねた。
「ええ、エレオノーラ様に王となっていただいて国を治めていただくのです」
彼女は驚いて立ち上がった。正直自分もこのタイミングで言うのかと驚いている。彼らも嬉しさのあまり口走ってしまったのだろう。
「ま、待って!待ってください!そんな!私が王だなんで、私がいなかったらどうするつもりだったの?あなた達のどちらかが王になるんじゃなかったの?」
彼女は元宰相と元将軍の二人を見る。
「いえ、まさか。私は老い先短いですし」
「ええ、私も王になる気はまったくありません」
二人とも首を横に振った。
「待て待て、どうするつもりだったんだ。人にあんなことさせておいて、国はどうするつもりだ」
「…セマルグル王国の自治国にしてもらうつもりでした」
「はぁ…」
思わずため息が漏らしてしまった。部下二人のため息も聞こえてきた。侍女達も驚いているようでざわついている。
「私はまだこの国がどういう状況なのか把握できていません。国民に時間がないのは重々承知しているのですが…」
「すみません。我々もエレオノーラ様にまたお会い出来たことが嬉しくて先走ってしまいました」
「では、この話は一旦おしまいでよろしいですね?」
彼女の疲労の事も考えてまた後日、時間を設けようと思った。しかし、彼女の性格がそれを許さなかった。
「待ってください。あの、今、国がどうなっているのか見てみたいのです。それは出来ませんでしょうか」
「…わかりました。では人目につかないよう手配しましょう」
彼女の格好は目立ちすぎるので侍女の格好をさせ、さらに城の最上部へ続く道を人払いさせた。足の悪い元宰相は部屋に残り、元将軍と部下二人を連れて城の最上部へ向かった。
途中階段があったので再び抱きかかえる申し出をしたが断られてしまった。案の定部下二人に変な顔で見られた。
彼女の背中を支えながら階段を上った。所々踏み外しそうになったが何とか上まで上ることが出来た。大した移動距離ではなかったが、彼女は肩で息をしていた。十年間まともに運動など出来なかっただろうから仕方ない。
「息は落ち着きましたか?こちらをどうぞ」
彼女に遠眼鏡を渡し、台の上に乗るように促した。彼女は恐る恐る遠眼鏡を覗きこんだ。
ファウヌスもローマ神話の神様の名前です。
次回は短めなので2話連続で投稿する予定です。(時間差になるかも…)
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