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55.帰路

 王子の視点です。


 エレオノーラの手は小さく、色白できめ細かくてなめらかな肌をしている。手を握りあう時に爪を見たらピカピカに光っていたし、自分の手とは全然違う。白魚のような指とはこのことだろう。彼女の手は少しひんやりとしているが、じきに温かくなるだろう。

 エレオノーラを見ると少し頬が赤くなっている。彼女を見た自分も頬に熱を帯びてきた。風が吹き、熱くなった頬を冷やす。

 空の色が変わってきた。それほど長い時間が経ったのだろうか。あっという間だった気がするし、永遠にこの時間が続くかのような気もした。


「もう夕方ね。…帰らなくていいの?」

「まだ大丈夫だ」


 夜には帰ると伝えてあるから問題ないだろう。エレオノーラは気付いていないようだが、自分の部下達以外にも遠く離れた場所に何人かケレース王国の兵が警護に来ている。

 部下達は丘には登らずに下で待っている。もちろん待っているだけではなく周囲に気を配り警戒している。


「綺麗ね…」


 エレオノーラは山に沈んでいく太陽を見ながら短く言った。悲しげだがとても美しい横顔だった。


「ああ、美しいな…」


 エレオノーラの横顔を見た後、彼女と同じ方向に目をやる。次に同じ風景を見られるのはいつになるだろうか。

 山は日が落ちていくと共に全く違う表情になっていった。こんなに長い時間をかけて山を眺めたのは産まれて初めてだろう。そうでなければ今まで山にも表情があるなんて気が付かなかった。ただ雪があるか、ないかぐらいにしか思っていなかった。

 空はかなり暗くなり、赤と青が混じった空になっていた。どんどん赤と橙がの割合が小さくなっていき、濃い青が増えていった。


(紺色と言うべきか)


 自分は左を向いてエレオノーラの顔を見る。ほぼ太陽が沈んでいるので顔が見えにくくなっていた。言いたくはないが言うしかない。


「…そろそろ城に帰るか」

「ええ、そうね……」


 自分は一度エレオノーラと繋いだ手を離し、立ち上がった。そして再び彼女の手を握り自分の元に引き寄せるように立ち上がらせた。エレオノーラは少し驚いたような顔をしたがすぐに微笑んだ。この笑顔をしっかりと脳裏に焼きつかせる。


「夜はまだ冷えるだろうから、これを着てくれ」


 自分は上着を脱いでエレオノーラに渡した。彼女は最初断ったが強引に着せた。袖はかなり余るので腕まくりをさせたが、それでも子どもが親の服を着たように見えてしまうのでエレオノーラは照れていた。それを見て自分は笑みがこぼれる。

 ハンカチを拾った後、愛馬を起こそうと思ったがすでに立ち上がってこちらに寄ってきていた。さっきまで気持ちよさそうに寝転がっていたのに本当に賢い馬だ。


「今度は上手く乗ってみせるわ」


 エレオノーラはやる気満々だったが愛馬はすぐに伏せた。彼は彼なりに気遣っているようだ。

 二人とも愛馬に乗り、ゆっくりと丘を下りた。部下達と合流して王城に向かって愛馬を走らせた。このまま思いっきり走らせたら部下達をまけるだろう。愛馬なら人を二人乗せていても可能だろう。思っただけだ。そんな愚かな行為は絶対にしないし、出来ようはずもない。


「ああ、リーザとアルトゥールは残るんだ。元々リーザは半年の派遣の予定だったようだし、アルトゥールには連絡係を頼んだ」


 アルトゥールには叔父がエレオノーラにちょっかいを出さないように見張ってもらう。叔父の部下達にもお願いしておいた。

 実を言うと、アルトゥールがケレース王国に残るのは彼らの家族、もとい姉や妹達に会いたくないからだ。


「本当?二人からアレクセイの話を沢山聞くわね」


 エレオノーラはふふっと可愛らしく笑った。


「面白い話はない……と思う」


 多分自分の顔は赤くなっている。暗くなっているのと、エレオノーラは前を向いているのとで気付かれていない。


「面白くなくてもいいの。アレクセイの事を一つでも多く知られればそれだけで嬉しいの」

「では俺もエレオノーラの面白い話を報告させようかな」

「私の面白い話なんてきっとないわ」

「それはどうだかなぁ…」


 自分の口角が上がった。今の自分はかなり悪い顔をしているので、エレオノーラが前方を見ていてよかったと思う。

 自分は愛馬に走る速さを抑えさせた。もう少しエレオノーラと共に時間を過ごしたかったからだ。なんなら歩かせようかとも思ったが、帰りを待っている人達がいるのでそれはやらない方がよい。


「エレオノーラ、踊りの練習は進んでいるのか?」

「え、ええ…。リーザが熱心に教えてくれるから少しずつだけで出来るようになってきたわ。本当はアレクセイを驚かせたくて黙っていたの」


 エレオノーラは隠し事が出来る性格ではない。


「踊るのに音楽が必要だから元楽団員を集めたんだろう?」

「…そうなの。皆さんを振り回しちゃったわ。悪い王様ね…」


 低音楽器、コントラバスの弦は国内で調達出来ず輸入するそうだがまだ届いていないと聞いた。


「別に音楽がなくても踊れるだろう。それとも次に会った時のお楽しみにするか?」

「どうしたらいいのか今でも悩んでいるの…」

「悩むのなら踊っておこう。嫌ではないのだろう?」


 エレオノーラは黙ってしまった。彼女の後頭部しか見えないのでどんな表情をしているのか分からない。


「…俺がエレオノーラと一緒に踊りたいと言ったら踊ってくれるか?」

「……足を踏んでしまうかも」

「俺は鍛えているから大丈夫さ。それに最初から上手い人はいない」


 自分が言うとエレオノーラは振り返った。日は落ちたがまだ彼女の表情は分かった。


「嫌なのか?」

「違うの。本当に下手だから…アレクセイに変な印象を残したくないの」


 エレオノーラは悲痛な表情で下を向いた。


「俺は一つでも多くの思い出を作りたい。なんだったら明日の朝、押しかけて無理にでも踊るぞ」

「えっ!」


 エレオノーラがパッと顔を上げた。暗くてもエレオノーラが驚愕しているのが分かる。


「明朝、俺が出発する前に踊ってくれるか?ワルツでいいんだよな?」

「え、ええ…」


 踊りなんて久しくやっていないので思い出さないといけない。と思ったが、小さい頃から散々踊りをさせられているので、体が覚えているだろう。エレオノーラとの身長差を考えた踊りをせねばと思う。おそらく基礎的な動きしか出来ないのだろうから、これも考慮して踊らねばならない。


「楽しみだな」

「……」


 エレオノーラは黙って前を向いてしまった。頭は下がっているようなので悩んでいるようだ。自分はエレオノーラにだったら何回足を踏まれようが構わない。彼女の体重だったら踏まれてもさほど痛くなさそうだし、そもそも余程のことがない限り彼女相手に怒ったりしない。


「…本当に下手なの。踊りにならないと思うわ」


 エレオノーラはこちらに向き直して言った。

 ずっと塔で生活していたのだから、運動や踊りはしてこなかったのだろし、間近で見る機会もなかっただろう。


「それでも踊ってくれるの?」

「もちろんだ」


 エレオノーラが微笑んだ気がした。真っ暗というほどではないが、かなり暗くなっているので彼女の表情が見えなかった。

 遠くに王城が見えてきた。まだ当分見えてなくてよかったのだが、王城は徐々に大きくなっていき自分達は飲み込まれるように中に入っていった。


「おお、戻ったか」


 叔父が厩舎にいた。なんともわざとらしい。自分達が帰ってくるのを見計らったのだろう。

 自分が先に降りると、愛馬は膝を折り伏せてエレオノーラを降ろした。その様子を叔父は興味深げに見ていた。


「アイズベルクさんありがとう」


 愛馬が立ち上がり自分が降りると、エレオノーラは愛馬の首元を撫でた。愛馬は嬉しそうに耳を横にして目を細めた。自分以外にもこんな顔を見せるとは驚くしかない。

 エレオノーラは上着を脱ぎ、捲った袖を伸ばした。そして礼を言って自分に渡してきた。エレオノーラと一瞬だけ目が合った。自分には見つめ合ったような気がした。


「陛下、お帰りなさいませ」


 侍女達がやって来た。エレオノーラにローブを羽織らせた。


「司令官殿、とても楽しい一時(ひととき)をありがとうございました」


 エレオノーラは目を細めて微笑んで言った。自分もつられて頬が緩んだ。叔父がにやけて見ているが気にしない。

 明日の朝は寝室に行けばいいのか、あるいは別室なのかを聞いたら後で使いを出すと言われた。


「では、また明日お会いいたしましょう」


 エレオノーラは寝室に帰っていった。彼女の背中をじっと見送った。すかさず叔父が話しかけてきた。


「口吸いの一つや二つしてきたか?」


 遅れてやって来た叔父の部下が顔をしかめた。自分も顔をしかめる。


「叔父上はいつも発情していますね」


 自分はため息と共に吐き捨てるように言った。


「人間なんてみんなそうだろう。で、明日の朝に何かするのか?」

「ええ、そうですよ。我々も聞いておりませんが」


 叔父が言うとミハイルが反応した。自分は明朝にエレオノーラとワルツを踊ると伝えた。音楽の有無は不明であるとも言った。


「…私は明日の準備をしたいので、先に失礼いたします」

「なんだ、話を聞かせてくれないのか?」


 自分が厩舎から出ようと思い歩きだしたら、叔父がついて来た。無視して歩き続けると叔父は諦めたようだ。


「ふむ、ドナート達から聞くか。どうだった?」

「守秘義務がございますので、いくらイワン殿下の頼みでもお答え出来ません」


 ドナートの声が聞こえた。よく言ってくれた。


「む…」

「というか、我々は離れていたので分からないのです」


 アルトゥールが言った。エレオノーラほど耳が良ければ聞こえたかもしれないが、距離をおいていたので会話内容はわからないだろう。


「という訳ですので我々も失礼いたします」


 ミハイルの声がし、三人分の足音が聞こえた。




 自分の部屋に戻ってきた。部屋は片付いており着替えや寝具などしか置かれていないので、いつもより広く感じられた。


(ここで眠るのも今日で最後か…)


 セマルグルの城の寝台がいかに素晴らしい物だったのか分かる日々だった。何回か軍の遠征の際に使用したが、長くても一週間ほどだったので耐えられた。今はまだ若いから寝てしまえば体力が回復するが、年を取ってからは使いたくない。

 寝る前に自分はエレオノーラに手紙を書くために机に向かった。しかし、何を書いたらいいのか分からない。愛を綴ればいいのは分かるが、今までの出来事を書けばいいのだろうか。将来を書けばいいのだろうか。


(全くわからない!)


 ワルツの練習をしながら考えようと思い立ち上がった。荷物は片付けてあるので多少動いても平気だろう。エレオノーラの身長だとこのくらいになるだろうと思い構えてみる。基本の足型のみで歩幅は狭くして彼女が踊りやすいようにする。


(このくらいでいいだろうか)


 かなり小さめの歩幅で踊ってみる。


(さて、手紙にはなんて書こう…。エレオノーラの美しさを書こうか、可愛らしさを書こうか…。うん、両方だな。演技に驚かされたのも書くか…)


 自分は踊るのを止め、再び机に向かいエレオノーラへ手紙を書き始めた。いざ書き始めると報告書のようになってしまう。もっと柔らかな文章にならないだろうか。それに彼女は読書家だ。下手な文章は見せられない。

 自分は天井を見上げた。この味気ない天井を見るのも最後になる。自分は顔を正面に戻してため息をついた。いくら足掻いても美しい文章を書くのは無理なので、報告書のようであってもありのままを書いた。


(泥臭い文章になってしまったが、それはそれで俺らしくていいだろう)




 横乗りは乗る人にも馬にも負担がかかるらしいです。

 少しでも続きが気になる方は評価&ブクマをしてくださると嬉しいです。

 ※予告なく加筆修正をする場合がございますので、予めご了承ください。

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