53.下見
王子の視点です。
自分はエレオノーラの背に腕をまわして抱きしめた。少ししてエレオノーラが落ち着いたようなので、寝室から出た。寝室の外には医者と侍女達と部下達が待機しており、自分が出て来たので医者と侍女達は寝室に入って行った。
自分と部下達は陣営に戻る前に宰相の執務室に行った。宰相補佐官に明日エレオノーラと乗馬したいと伝えたら自分が帰国するのが伝わっていたらしく、すんなりと許可がおりた。
陣営に戻る道で部下達は終始無言だった。いつも茶化してくるアルトゥールでさえ無言だった。陣営に到着すると、叔父が待っていた。
「おう、アレクセイどうだった?何回か出来たか?」
「…叔父上と一緒にしないでください」
叔父の部下達も呆れた顔をしている。
「冗談だろう。そんな顔するな」
「冗談かどうかは言われたこちらが決めます」
叔父は気まずそうな顔になった。叔父はワインではなく水をぐいっと飲んだ。
「…王城周辺の地図を持って来てくれ」
自分が言うとミハイルが地図を取りに行った。ドナートとアルトゥールが机の上を片付けている。叔父が広げていた飲食物を叔父とその部下に押しつけた。叔父の顔は険しくなり、叔父の部下達は叔父に押しつけている。
「おい、お前らなぁ…。俺だって一応は王族だぞ?他の奴らにはせんだろうに…」
「先ほど、王族らしからぬ低俗な発言が聞こえてきましたので」
叔父は叔父自身の部下に言われ、口をへの字にした。
ミハイルは机の上に地図を広げた。
「見晴らしの良い場所は…」
「丘の上とかでしょうか…、ならばここか、ここでしょうか」
ドナートが少し小高い丘を指さした。叔父は持たされた荷物を移動させた。
「逢い引きか?その距離だと馬か。あいつは乗せる人を選り好みするが大丈夫か?なんなら俺の馬を貸すが」
叔父の愛馬は叔父とは似てはにつかないほどのんびりしている。あんなにのんびり屋なのによく叔父が選んだなと思う。いい加減な所がある叔父には神経質な馬よりのんびりしている馬がいいのだろうか。
「いえ、結構です」
「さっきのは悪かった。謝る。すまなかった」
叔父は頭を下げた。叔父の部下はため息をついた。
「アレクセイ殿下、私からも謝罪いたします。今まで他人にあまり関心を持たれなかったアレクセイ殿下が女王陛下のために尽力なさっていると聞いて私達は嬉しく思ったのでございます」
皆に言われるが、自分はそんなに他人に興味を持っていなかっただだろうか。
「うむ。それでな、つい、からかいたくなってしまったんだ。可愛い甥っ子というより弟のような気がしていたから」
叔父は後頭部をかきながら言った。
「どっかのはとこにも言いましたが、俺の兄はアレクサンドル兄様だけです」
叔父ははとこに反応して嫌そうな顔をした。叔父とはとこは気が合わない。真逆に近い存在だと思う。
「アレクセイ様ってそんなに弟要素あります?」
アルトゥールが首を傾げて言った。
「…ないですね」
ミハイルが続いた。
「…それは二人は歳が近いからですね。イワン様は兄弟の一番下で可愛がられる立場だったから新鮮だったのでしょう。私も三人の子守をさせて頂きましたが、なかなか面白かったですよ」
ドナートが言うと自分とミハイル、アルトゥールは黙ってしまった。
叔父はニヤリと笑いこちらを見てきた。
「だろ?面倒見てきたから心配するんだ。叔父上、剣を教えてください、槍を教えてくださいって目を輝かせて言ってきたら可愛がりたくなるだろう?ああ、言っておくがお前達三人もだからな?」
自分の部下三人は顔を見合わせた。身に覚えがありすぎたのか三人とも苦笑していた。
叔父からしたら自分達四人は弟らしい。いや弟分だろうか。
「アレクセイ殿下、話を遮ってしまい申し訳ございません。見晴らしの良い場所をお探しください」
「ああ…」
叔父の部下に言われ、地図に視線を落とした。大まかな地形や道しか書かれていないので実際に見に行って確認すべきだろう。
「今から行ってくるか…。叔父上ここを任せてもよろしいですね?」
「おうおう、行ってこい。下見は大事だぞ」
叔父は手で追い払う仕草をした。
自分は叔父に礼を言い、厩舎に向かった。愛馬はすぐに自分に気付いたらしく嘶いた。随分と興奮しているようだ。自分は愛馬の首元を軽く叩くと愛馬は嬉しそう目を細めた。
「なぁアイズベルク。明日、俺の大切な人を乗せてくれるか?」
愛馬が承諾してくれた気がした。愛馬の毛を梳かし終えたら厩務担当の兵士が鞍等の馬具を持って来たので、鞍を愛馬の背に乗せていると複数人の足音が聞こえた。
「殿下、我らもお供します」
ドナートとミハイル、アルトゥールが彼らの愛馬を連れてやって来た。すでに準備が万端整っていた。
「ありがとう」
自分と部下達は騎乗し見晴らしのよい場所を探しに出た。もちろんそれだけではなく、周囲に異変がないか確認しながら移動する。王都は連合国軍が一番多く派遣されているので治安が良いようだ。移動時間を考えると王都内がよいだろう。
王城から離れた町村の周りには田畑が多く存在する。自分の生国だと王都には田畑はなかったと思う。王族や貴族、官吏、彼らに仕える者とそれら相手の商人達しか住んでいないのだ。
住民の服装も気になった。国境と接する三領に住んでいる国民はそれほど粗末な服装をしていなかったが他の領、王都でさえ見窄らしいと形容出来きてしまう格好をしている人がいるのだ。自分が今までどの国や地域でも見た記憶が無い格好だった。
古着はすでに手続きしてあるのでじきに届くだろう。まだ宝石や金銀を売却していないので後払いになるが、それでも構わないと言ってくれる国もあった。。
(いや、王都だからか?職を求めて王都に来てもまともな仕事なんてなかっただろう)
自分は来た道を振り返ってみた。かなり王城から離れただろうか。豆粒とまではいかないが王城が小さく見えた。
「結構遠くまで来ましたね。見晴らしの良い場所ありますかねぇ」
アルトゥールが辺りを見渡している。他の二人も同じように周囲に視線を向けている。
「地図によるとあちらに丘があるはずです」
ミハイルが指さした方向を遠眼鏡で覗いてみると、確かに高くなっている場所があった。
「見えた。行ってみるか」
皆で馬をその方向へ進めた。
丘の上には太い木が一本だけあった。おそらく常緑樹だろう。この木は枯れずに残ったらしい。もしかしたら近隣の住民の心のよりどころなのかもしれない。いくらか手入れされた跡があった。
愛馬から降り、自分の目線で確かめてみる。さらに膝を曲げて中腰になり、エレオノーラの目線ぐらいに合わせて景色を見てみる。
「いいか…?」
「よいのではないでしょうか。妻と娘にも見せてやりたいです」
ドナートが笑顔で言った。ドナートが言うなら大丈夫だろうか。
ここから見えるのはセマルグルでは見られない景色だ。
「本当に山に囲まれてますよね」
アルトゥールはぐるぐると回りながら見て言った。そんなに速く回っていなかったが、やりすぎて目が回ったらしく木にもたれかかった。ドナートとミハイルがちらりと見たが、特に声をかけずにすぐに景色に集中していた。
馬たちは景色を見ることなく、草を食んでいる。ミハイルの馬は他の馬の分まで食べようとして、他の馬に怒られている。ミハイルと彼の愛馬も全然性格が違う。能力は高いのだが、遊びたがりな所があるのでミハイルでないと長距離は乗れない。他の二人の馬は特に問題なく利口で誰でも乗せてくれる。
「こちらになさいますか?」
「ああ、そうするよ」
ドナートに問われて返事をした。ミハイルとアルトゥールは馬や周囲の様子を見ている。
空を見上げると、青い空に白い雲が数個あった。明日もこれだけ晴れてくれると有り難い。
「…王城に戻るか」
陣営に到着し馬を厩舎に戻し、叔父の所に行った。
どうやら、兵士達に体術を教えているらしい。教えているらしいが、兵士達は投げられっぱなしだ。技の説明で見せているのだろうかと思ったが、違うようだ。兵士が一斉に叔父にかかって行き、次々と投げ飛ばされている。
「…ストレス発散ですか?」
「おお、戻ったか!」
自分が話しかけると、兵士達の動きが止まった。どうやら自分が帰ってくるまで叔父の暇つぶしに付き合わされていたらしく、兵士達は肩で息をしながら汗だくで帰ってこの場から去って行った。
「あまり彼らを酷使しないでやってください。休める時に休むべきだと思います」
「あいつらが稽古をつけてくれって言ってきたんだぞ?」
叔父は汗を拭きながら不満そうに言った。
「そんな事より、どうだった?良い場所は見つかったか?」
「ええ、まぁ…」
「今まで浮いた噂が一つもなかったのに…お前も面食いだったんだな。女王陛下は父親似の美人だものな」
「そうですか?大広間の肖像画を見ましたが、ご両親のどちらにも似ていると思いましたよ?」
前宰相も言っていたが、エレオノーラは美形の両親の良いところ取りをした顔だと思う。まさに絶世の美女だと思う。
「ん?大広間に肖像画が飾ってあるのか?今からはやめたほうがいいか…。ふむ、明日見に行くとするか…。もう一度顔を見たいと思っていたんだ」
叔父は嬉しそうに言った。
この場にいる全員、自分と自分の部下達と叔父の部下達がいぶかしげに叔父を見た。アルトゥールが何か言いたげにしたが、本人も言うべきではないと思ったようだ。ミハイルは軽蔑したような顔に変わっている。ドナートはいつもさほど表情が変わらないのに、今は眉間にこれでもかというくらい皺が寄っていた。
「何だ?皆怖い顔して…」
「いえ、別になんでもございませんよ」
叔父の部下の一人がにこやかに言った。
「嘘をつくな」
「いえいえ、本当でございますよ」
再び叔父の部下がにこやかに言った。先ほどよりは強めで言った。
叔父はじとりとこちらを見てきた。そして思案して、言わなくていいのに言った。
「ああ、もう一度顔を見たいで皆そんな顔したのか…。そうさ、俺が年上の女性を好きになったのは――」
「それ以上言ったら殴ります」
叔父を軽蔑したくなかったので叔父の言葉を遮って言った。
「アレクセイ…その顔は叔父に向けてはいけない顔だ。今にも人を殺そうとしている顔だぞ…」
「アレクセイ殿下、我々が叔父君を女王陛下近づかないようにいたしますので、どうかその拳をお収め下さい」
自分は拳を開いた。自分の部下達は誰も止めようとしなかったので、三人とも自分と同じ考えだったのかもしれない。尊敬していた人が、昔好きになった女性の娘を見に来たなんて知ったら気持ち悪いだろう。もしエレオノーラが母親似だったどうするつもりだったのだろう。
「別に思い出に浸ったっていいだろう。アレクセイ、俺は年上にしか興味ないから安心しろ」
自分を含めこの場にいる全員が叔父を疑いの眼で見た。叔父は今日何回目とも分からない気まずそうな表情をしていた。
とうとう別れが近づいて来ました。
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