52.試合
王の視点です。
洪水等の被害に遭われた方々にお見舞い申し上げます。
宰相からイワンが言ったのは冗談だと教えられた。冗談の勉強ももっとしなければと思った。
(冗談について書かれている本ってあるのかしら?)
イワンはアレクセイと似ていなかった。アレクセイと大公代理の方が似ていると思う。一番の違いは髪と目の色だ。イワンの髪は暗い金髪で目は緑色をしているのだ。聞いたらイワンは母親似、アレクセイの祖母に似ているのだそうだ。以前アレクセイは父親似と言っていたので、アレクセイの父も父親似なのだろう。
昼食の時間までまだあるので、イワンと将軍の試合が行われる事になった。三本勝負らしい。先に二本取った方が勝ちだ。剣は模造剣を使用するそうだ。
城の外の広場で試合をするのだが、噂を聞きつけた人達が続々と集まってきた。
先に将軍が甲冑を装着して登場した。周囲から歓声が上がった。続いてイワンが甲冑を装着して登場した。こちらも歓声が上がった。いつの間にか連合国軍の兵士達も集まって来ている。
イワンと将軍は互いの模造剣を確認する。審判はドナートがやるようで二人の間に立っている。
「アレクセイ…殿下が出ている大会でもこのような感じなのですか?」
自分は右隣に座ったアレクセイに尋ねた。
思わずアレクセイの名前を呼んでしまったが、上手く誤魔化せただろか。
「ええ、規模は様々ですけど、どの大会でも不正がないか相手の武器を確認します。昔、毒を塗っていた人がいるとか」
卑劣な行為をしてまで勝って何が得られるのだろうかと思った。相手の動きを少し鈍らせる程度の毒ならすぐにばれず、賞金を得てから逃げるのだろうか。
「それを利用して、相手が毒を使っていると騒ぐ輩もいたそうです。後は、自身の身体能力を上げるために薬物投与するなどですね」
皆、勝ちたいならひたすら鍛錬すればいいのにと思った。自分がそう思っているのに気付いたらしく、アレクセイが苦笑した。
「やはり金や名誉がかかると何としてでも勝ちたいと思ってしまう人はいるのですよ」
「そうですか…」
自分には理解しがたい世界があるようだ。
「それでは両者位置についてください。先に二本先取した方が勝ちです」
ドナートの低い声が広場に響いた。観客も徐々に静かになっていった。
イワンと将軍は彼らの足下に引かれた線の近くに立ち、少し離れた位置で向き合う形になった。
「剣術だけなのですよね」
将軍は何か確認するように言った。
「ええ、剣術だけです」
イワンが言った。
剣の試合なのだから剣術だけだろうと思ったが、実際の戦闘になったらそうもいかないのだろう。熱が入ったら、剣術だけでなくなるかもしれないのだろうか。
アレクセイは聞き取れなかったらしいので、それを教えると笑みを浮かべた。きっと純粋に剣術だけを見たいのだろう。
「それでは、始め!!」
ドナートが大きな声で言った。言ったが二人とも動かずに互いににらみ合っている。先に動いた方が負けというやつだろうか。
観客も二人がどう動くか静かに見守っているが、何人かは我慢仕切れずにもぞもぞ動いている。かくいう自分もそわそわしだした。ずっと二人だけ見ていたので目がおかしくなってきた。
やや強い風が吹いた時、二人が同時に動き、その場にいた全員が息を飲んだ。二人の剣と剣がガキンとぶつかった。将軍の方が背が高いのでイワンの方に体重をかけているように見える。イワンはそのままだと不利と思ったのか、一度将軍の方に剣を押し込んでから後ろに跳んで将軍から距離をとった。
二人は互いに戦いやすい位置をとろうと剣を構えながら移動している。二人は最初と変わらずにらみ合っているようだ。
今度はイワンから動いた。イワンは剣を振り下ろした。正確には振り下ろすふりである。それを交えつつ何度か本気で剣を振っているようだ。将軍はそれを受けたり躱したり受け流したりしている。イワンは複数回繰り返したが、どの攻撃も将軍には当たらなかった。将軍を戸惑わす作戦は上手くいかなかったようだ。
(一体どうなるのかしら…)
再び二人の動きは止まり、にらみ合っている。イワンの呼吸がやや荒くなっているが、将軍は開始時と変わらない。どうやらイワンは呼吸を落ち着かせようとしているようだ。しかし将軍はそうはさせないとばかりに、大きく踏み込んだ。
次の瞬間イワンの剣が大きく宙に舞った。剣は回転しながら弧を描いて地面に落ちていった。観客から歓声が沸き起こった。ドナートが将軍が一本目を取ったと言った。
「な、何が起きたのでしょうか?」
ずっと見ていたはずなのに突然剣が飛んでいったように見えた。
「将軍殿が大きく踏み込んだのは体に攻撃すると見せかけたのです。即座に両手に持っていた剣を左だけに持ち替えて、叔父上の手元を狙って巻き上げたのです。片腕だけでなさるとは…流石だ……」
アレクセイの目は輝いていた。
「躱そうとして後ろに跳んだのは失敗でしたね」
イワンは苦い顔をしながら身をかがめて剣を拾った。
「思ったように動いてくださり感謝いたします」
将軍はにっこりと笑った。
自分はアレクセイに今の会話を伝えると、アレクセイはより嬉しそうな顔になった。
「叔父上が咄嗟に反応したのが裏目に出たようです」
将軍はイワンの反応速度も計算していたらしい。
会場はまだざわついている。
「お二人とも、再び位置についてください」
ドナート二人に声をかけると、二人は線のある場所に移動した。イワンの呼吸は落ち着いてきている。次はどんな作戦で挑むのだろうか。
「始め!!」
ドナートが大きな声で言ったと同時にイワンが動いた。イワンは将軍の右側から攻撃を続けている。相手弱点を狙うのは当然だが、将軍は十分対策を練っているだろう。それはもちろんイワンは分かっているだろう。疲労させるためだろうか。
金属がぶつかり合う音が聞こえる。鉄の匂いがしてきた気がする。砂埃も舞っている。
(こんなに激しい金属音がするのね…)
観客の歓声と熱気が物凄かった。今まで鬱積していた物を発散させているのだろうか。こういう娯楽があってもいいのかと思った。国が落ち着いたら何か催してみてもいいかもしれない。
(賞金もだけど、将軍への挑戦権を得られるとか…?)
イワンと将軍はずっと剣を打ち合い、金属音が絶えず鳴り響く。自分の頭の中で金属音が響いているような気がしてきた。
(……)
周囲には怒声にも悲鳴にも似た歓声があふれ返っている。地鳴りがするかのようだった。
(なんだか、少し、苦しい……)
将軍が少しよろめいたが、すぐに体勢を立て直しイワンの剣を受け止める。何度目か分からない歓声が上がった。
二人ともぜえぜえと肩で息をしていた。二人とも疲労が溜まってきているのだろう。
自分が戦っているのではないのに、何故か自分も息苦しさを感じてきた。
「っ、…はぁっ、…っ、はっ!」
自分は思わずアレクセイの左手を掴んだ。掴んだその手にアレクセイは彼の右手を重ねた。アレクセイは二人の試合を見守っていて、自分の方を見なかった。自分は助けを求めてアレクセイの手を強く握った。
「陛下?…エレオノーラどうした?!」
アレクセイが自分を覗き込んできて目が合った。とても焦ったような表情をしている。
「誰か医者を呼んでくれ!…過呼吸か?エレオノーラこれを口に当てるんだ」
自分はアレクセイに渡されたハンカチを口に当てた。当てようとしたが上手く出来なかったのでアレクセイが押さえてくれた。何回か息を吸おうとしたが上手く吸えない。
「どうされましたか?!」
「過呼吸だと思う」
「陛下、息を吐いてください」
姿は見えないが声から判断すると軍医だと思う。自分は言われた通り息を吐いてみる。
「ふー」
「そのまま吐ききってください。吐ききったら息を吸ってください」
軍医の指示に従って、何度か繰り返しているうちに呼吸が少し楽になってきた。
「安静に出来る場所に移動いたしましょう」
「ああ」
アレクセイが自分を持ち上げてくれた。塔から出た時を思い出す。あの時もこうやって力強く持ち上げてくれた。自分はその安心感で意識を手放した。
目覚めると寝台に寝かされていた。見覚えのある天蓋が見えるので、自分の寝室のようだ。
「気が付いたか?」
声のする方を見ると寝台の横でアレクセイが椅子に座っていた。自分は飛び起きようとしたが、上手く力が入らず少しはねるようになっただけだった。
「あ、あの私…」
「…心的外傷後ストレス障害だそうだ。フラッシュバックだな」
「ふっ、二人の試合はどうなったの?」
自分が起き上がろうとしたのをアレクセイに止められた。
「…あの場で中止して解散させた。二人が申し出たんだ。エレオノーラのせいではない」
「…皆さん楽しんでいたのに……」
自分は皆の楽しみを奪ってしまった。
「誰のせいでもないさ。叔父上は今度は酒は飲まないで挑戦すると言っていた」
アレクセイは少し笑った。
「そう…」
自分は視線を天蓋に向けた。
「ぬいぐるみ飾ってくれているんだな」
「ええ、もちろんよ」
自分は起き上がり寝台脇の机からくまさんを取るためにもそもそと動きくまさんを取った。そしてまた、もそもそと元の位置に戻り、くまさんを自分の腿の上に乗せた。
「エレオノーラこれを」
アレクセイはいつの間にかショールを持って来てくれたようだ。
「ありがとう…私いつの間にか着替えて……」
アレクセイの方を見ると何故だかアレクセイは顔が赤くなっていた。
「お、俺じゃないからな」
「?…侍女達がやってくれたのよね?」
アレクセイは低い声でああ、と言った。
着替えに加え髪も下ろされていた。それをするのは侍女の仕事なのだからアレクセイがするはずがない。
「しかし随分と広い寝台だな」
「ええ、アレクセイが一緒に寝てもまだ余りそうよね」
「っ…!だからそういう事を言ってくれるな」
アレクセイは顔を赤くして後ろを向いてしまった。
「え、ごめんなさい」
寝室に関する物事は話題にしてはいけないようだ。
アレクセイはこちらに向いた。いつになく真剣で、悲しそうな顔をしていた。その顔で瞬時に何を言おうとしているのか分かった。
「こんな時に言うべきではないと思ったんだがな」
(やめて)
「昨晩叔父上から聞かされたんだ」
(お願いやめて)
「俺も嫌なんだが」
(それ以上言わないで)
「帰国命令が出たんだ。明後日ここを出発する」
自分の頭の中が真っ白になった。
「……そう、ですか」
自分の視界がぼやけて何も見えない。温かい物が頬を伝った。
「また必ず会いに来る。来るから、どうか、どうか泣かないでほしい」
アレクセイが指で涙を拭ってくれた。自分の顔はアレクセイの両手で包み込まれ、とめどなく流れる涙を拭ってくれた。
「そうだ、馬に乗りたがっていただろう。明日行こう。時間を作れるか俺から頼んでみよう」
自分は無言で頷いた。
アレクセイは微笑み、両手を自分の頬から背中に移動させ抱きしめてくれた。
剣術は分からないです…。
酒を飲んでない万全の状態で長期戦に持ち込めばイワンが勝つでしょう。しかし、そうさせないのが将軍なのです。
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