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51.叔父

 王子の視点です。

 夏本番に近づいてきましたが、熱中症対策をしっかりとして夏を乗り切りたいですね!


 夜、作業が片付き寝るにはまだ早いと思っていた所に知らせが入った。


「殿下、叔父君が到着なさいました」


 ドナートが重低音で小さい声で言った。


「もう夜なんだが…。そうか、すぐ行く」


 自分は一応上着を羽織って陣営を出て行った。叔父の性格からして上着を着ていなくても気にしないが、目上の人間なので形式上上着を着て行った方がいいのでそうする。

 叔父がいると知らされた部屋付近に近づくと叔父の大きな笑い声が聞こえてきた。自分はここで上着のボタンを全てとめる。戸の前にいた兵士が室内に自分が来たのを室内に伝えた。

 中には叔父と叔父の部下二人がいた。


「叔父上お久しぶりでございます」


 自分は頭を下げ礼をした。


「おお!来たか!アレクセイこっちに来い!」


 叔父は上着を脱いで楽な格好をしていた。

 叔父は自分を隣に来るように促した。断る訳にはいかないので、自分は叔父の隣に座る。


「ははは!少し見ない間に男前になったな!」


 叔父に肩甲骨の辺りをバシバシと叩かれた。すでに痕になっているだろう。


「叔父上もお元気そうで何よりでございます」

「ははは!そんな堅苦しい挨拶はよせ!俺とお前の仲だろう!」

「叔父上、何用で参ったのでしょうか」

「何って甥っ子を心配してやって来たのだ!と言えば聞こえは良いかもしれんが暇になったから来たんだ!ちなみにお前と同じ司令官だ!」


 やはり暇だから来たらしい。知っていたとしか言えない。こういう人なのだ。

 叔父はぐいっとワインを飲み干した。叔父は手酌でワインを注ぐ。


「お前も飲むか?」


 叔父はワインの瓶を自分の目の前に出してきた。


「いえ、結構です」

「そうか。…大役を果たしたそうじゃないか!三人の首を斬り落としたのだろう?腕が良くなければ出来ないからな!そこら辺兄上はよく分かっている。お前の兄のアレクサンドルには出来ないだろう。剣の腕もだが心情的にな。心根が優しすぎるんだよあいつは」


 叔父は言い終わったらワインをグビグビと飲んだ。そしてまたワインを注いでいる。


「…そうでしょうか。それまで何も功績のなかった俺に手柄を立たせたかっただけではないでしょうか」

「そんな事言うな。兄上は色んな経験をさせたかったじゃないのか?もっと自信を持て!」


 叔父に再び肩甲骨付近を叩かれた。反対側に移動したら痛みも左右対称になるだろうか。

 自信を持てと言われても事実なので、自信を持てない。良い経験になったとは思うが。

 人の首を落とすのがあんなにも簡単だとは思わなかった。力とは恐ろしい。


「はあ…そうですか」

「エレオノーラ王女…いや、今は女王か。生きていたんだろう?ご両親に似てお美しくなられただろう!」

「叔父上は陛下のご両親をご存じなのですか?」

「知っているとも!俺が十五ぐらいの時だから十五年ほど前だな。まだ赤子だった女王にも会っている。女王は覚えておられないだろうな。ああ、あの頃すでに美形の片鱗を見せていたな」


 叔父は水のようにワインを飲みながら言った。

 エレオノーラは赤子の頃から美しいのだ。当然と言えば当然なのだが。自分は平静を保っていたつもりだが、顔がほころんだ。


「お前、女王に惚れているな?そうだろう。ふふ、髪飾りを贈るのは女王か」


 叔父はよく女性に贈り物をしているらしいので職人経由だろうか。叔父にもばれているのなら父にもばれてるのだろう。


「ご想像にお任せいたします」

「…ふむ、では悪い知らせだ。お前に帰国命令が出た」


 とうとうこの時が来てしまった。自分は奥歯を噛みしめた。そうだ、でなければ叔父に司令官をやらせるはずないのだ。


「まだまだやらなければならない事が沢山あります」

「俺もお前が最後までやるべきだとは思うが、兄上はそう思わないのだろう。ははっ!早くお前の顔が見たいんじゃないのか?元々一週間の滞在の予定だったんだろ。それをかなり超過して滞在している。女王が気になるのは分かるがなぁ…」


 叔父はニヤリと笑いながらグラスを見ている。


「……」

「さあ、帰る準備を始めるんだ。いくらお前でも兄上…王の命令は逆らえん。俺は庇ってやる気もない。お前にはここにいたい理由があるのだろうと思って、これでも大分ゆっくり来たんだぞ?」

「はい…しかし、色んな経験をさせたいのに帰ってこいと?」

「親なんてそんなもんさ。矛盾しているんだ。色々やって見ろと言う割には自分達が危険だと思ったら止めさせるんだ。お前の意見を尊重すると言っても、予想外の行動したら止めさせるわな」


 その言い方だとエレオノーラとこれ以上関わるなと言っているように聞こえる。

 叔父はワイングラスの中身を飲み干した。叔父は自分が来てからワインを二本空けている。床には他に三本の空の酒瓶が置いてある。


「色々持って来てやったぞ。食え食え!」


 叔父は海産物の加工品を色々と持って来たらしい。自分は一番近くにあった干し貝をつまむ。貝の旨味が口の中に広がった。


「久しぶりに食べましたね」

「そうだろう。軍の食事はしけてるからな。皆が喜ぶだろうと思い持って来た」

「感謝いたします」

「…将軍もご無事だったのだろう?剣の手合わせを願いたいのだが、お時間はあるだろうか。十五年前ボコボコにされたからな。俺が勝てていないのはあの人だけだ!」


 叔父は子どもの頃から大人を打ち負かせてきたらしいが、流石に将軍には勝てなかったらしい。叔父が十五歳で将軍は二十五歳ぐらいなら、叔父が負けても仕方ないだろう。将軍は右腕が万全に使えなくても十分強いので、当時若くて両腕が使えたのなら尚更だ。


「明日聞いてみましょう」


 自分は二人が戦う光景を見てみたいと思った。二人とも自分が知る限り最高の武人であると思うからだ。


「俺は将軍に勝つために鍛えてきたと言っても過言ではないぞ!」


 叔父は大声で笑い、別の酒を開けた。匂いからして度数が強い酒だろう。


「将軍殿と戦うのにそんなに酒を飲んでいいんですか?それに、陛下にも会うのでしょう?」

「む、朝には抜けているだろう…」




 翌朝、叔父と合流したら僅かに酒臭かった。おそらくエレオノーラは気付くだろう。自分は一国の王に会うのに酒臭いとは何事だろうかと呆れてしまった。

 叔父の部下は陣営に残っているので、叔父の面倒は自分達が見なければならない。


「叔父上、酒臭いですよ…」


 自分は眉をひそめながら叔父を見た。


「謁見は午後に出来ないだろうか…」


 叔父に出来ないと伝えたら、肩を落としてため息をついた。ため息をつきたいのは自分達だ。


「陛下はお怒りにならないでしょうが、よくは思われないでしょう」


 ミハイルの眉間の皺がいつもより深くなっていた。隣のドナートが頷いている。


「お姿はとても華奢でらっしゃいますが、なかなか厳しくていらっしゃいますよ」


 アルトゥールは叔父を驚かすかのように言った。


「ほう、それは楽しみだな」


 叔父がやや口角を上げて笑ったので、自分は睨みつけたが無視されてしまった。

 叔父は王城内を眺めながら歩いた。自分達には見慣れた風景だが、叔父には新しいのかもしれない。十五年前に来たときとはかなり変わっているのだろう。

 謁見の間に到着すると、綺麗に整えられていた。この謁見の間も金や銀で飾られ、悪趣味な置物が多数置かれていたのだ。

 自分達は片膝を付いて頭を少し下げて待っていたら、エレオノーラがやって来た。宰相から紹介され、エレオノーラから顔を上げるように言われた。

 自分が顔を上げると淡い青色のドレスを身に纏ったエレオノーラが見えた。


(今日も美しいのだな…)


 だがすぐに会えなくなってしまうと思うと、エレオノーラの顔をしっかり見られなかった。胸が苦しくなったし、泣きそうになったが必死で堪えた。どうやって帰国命令が出たと伝えるのか悩んだ。

 自分が葛藤しているうちに話が進んでいたらしく、皆が立ち上がったのに自分は片膝をついたままになっていた。自分は慌てて立ち上がった。


「殿下、どうされました?」


 ミハイルが小さな声で聞いていたが、自分は大丈夫とだけ答えた。

 ミハイルから話を聞いたら、どうやらここではなく別室で話をするので移動するようだ。エレオノーラの執務室かと思ったら、別室に行くらしい。領主が泊まった部屋だろう。謁見の間から少し歩いたが、セマルグル王国の王城ほどは広くないのですぐに到着した。

 部屋に通され、エレオノーラが来るのを待つ。王より先に着席してはいけないので立って待つ。


「遅いな…まさか着替えてらっしゃるのではないか?」

「陛下は筋肉が少ないのでゆっくり歩かれるのです」


 叔父は不満を言ったが、自分の説明を聞いて納得したようだ。エレオノーラは塔から出た時よりかは大分健康的になったが、他国の平均的な体格よりもかなり痩せている。戸の外で気配がしたので、戸を見るとエレオノーラが入って来た。そのままエレオノーラが着席したので、叔父と自分も着席した。部下達は後ろに立っている。


「では改めまして、よく来てくださいました。イワン殿」


 エレオノーラは叔父の名を呼んだ。


「お久しぶりでございます。と言いましても、女王陛下はまだお小さくていらしたから覚えておられないでしょうね。宰相殿と将軍殿は私を覚えていてくださったようですね」

「ほほっ、殿下もまだお小さくていらっしゃいましたなぁ」


 宰相が冗談めかして言った。おそらく身長ではなく何か比喩して言ったのだろう。言われた叔父は苦笑した。


「ええ、他国の王族の方と剣を交えたのはイワン殿下が初めてでしたのでよく覚えておりますよ」


 将軍は笑顔で言った。


「ええ、完膚なきまでにボコボコにされましたからね。いやぁあんなに負けたのはあれきりですよ」

「ははは、私も若かったですからね。いくら王族といえど、負けたくはなかったのです。イワン殿下の武功は聞き及んでおりますよ」

「ところで何故試合なさったのでしょう?」


 エレオノーラが首を傾げて言った。確かに普通は一国の王子と当時副将軍だった将軍が試合などしないだろう。


「簡単な事です。当時十五の血気盛んな少年は自分が一番だと勘違いしていたのですね。それでこの国で一番の剣の使い手と勝負させろと言ったのです」


 叔父は楽しそうに昔話を始めた。当時を知る宰相と将軍も時折、口を挟んだ。将軍ははじめは王族を相手に怪我をさせたくなかったので断ったそうだが、叔父が怪我をしても国際問題にはしないと一筆を書き、エレオノーラの両親が宰相、当時の将軍が見届けたそうだ。


「あれを機に私は驕るのをやめました。今思えば父はそれを気付かせたかったのでしょう」


 叔父の父、自分から見て祖父は懇懇と言って聞かせるより、実際に体感させ自らに気付かせる方法をとる。


「そうでしたか」

「ええ、…将軍殿との試合の後、お父上から剣を賜りましてね。ふむ、今回持ってくればよかったですね」

「父からですか?」

「そうです。面白かったと喜んでくださり、剣を下さったのです。あの剣には何度も助けられました。研ぎすぎて刃が小さくなってしまったので、今は飾っているのです」


 叔父は初めて聞く話をしだした。エレオノーラの父から貰った剣だといかなる危機も脱せたそうだ。まさかと思う奇跡が起きたりしたそうだ。


「陛下…フェルディナンド様はイワン殿下が帰られた後も時折その試合の話をしてらっしゃいました」


 将軍はとても懐かしそうに話した。叔父は笑顔で聞いていた。

 エレオノーラはその話を少し下を向いて聞いていた。


「陛下、ご気分が優れませんか?」


 自分はエレオノーラに声をかけた。


「いえ、大丈夫ですよ。私の知らない話を聞けて嬉しく思います。イワン殿下ありがとうございます」


 エレオノーラは顔を上げて微笑んだ。


「人生の転機を与えてくださったお父上に感謝いたします。将軍殿との試合を許可してくださらなかったら、今の自分はないでしょう」


 叔父は暇だから来たと言ったが、おそらくエレオノーラにこの事を伝えるために来たのだろう。


「ああ、そうだ。女王陛下、将軍殿と試合をしたいのですが、許可をいただけませんか?負けたままだと気分が悪いのです。どうか挑戦させてください」

「え、しかし、私はこの通り右手を満足に動かせませんので、イワン殿下の相手になるかどうか…」

「ならば、私も利き腕を使えないようにしましょう。それならば勝負してくださいますか?」

「お待ちください。叔父上は両利きのはずです」


 自分が指摘すると叔父は小さく舌打ちした。油断も隙もない。


「ええ、試合するのは構いませんけど、イワン殿は酔ってらっしゃるのではないですか?正常な判断が出来るのでしょうか?」


 やはり、エレオノーラは叔父が酒気が残っているのを感じ取っていたようだ。


「ははは、女王陛下は大変お美しい方だと伺っておりましたので、酒でも飲まないと緊張して対面出来ないと思いましてね」


 叔父は笑いながら言ったが、エレオノーラにそんな冗談は通用しない。というか多分冗談だと思わない。


「はあ…。イワン殿ほどのお方ならばそのような小細工をしなくても大丈夫だと思いますよ。数々の戦場で成果を上げてらっしゃるのでしょう?たかが即位して数日の小娘の前で縮こまるはずがありません。もしそれが本当だとおっしゃるのならば、ご自身だけでなく隊全体を危険に晒してしまうので今すぐお止めになった方がよろしいのではないでしょうか」


 エレオノーラは心配そうに言った。叔父は笑顔で固まり、将軍は笑顔でそれを見守っている。

 自分の後ろでは、おそらくドナートは無表情で、ミハイルは眉間に皺を寄せ、アルトゥールは笑いを堪えていると思う。


「陛下、今のはイワン殿下の冗談でございますよ」


 どうしようかと思っていたら宰相がにこやかに説明してくれた。


「えっ?そうなの?すみません。私そういうのよく分からなくて…」


 エレオノーラはおろおろしだしてしまった。


「いえ、叔父上が悪いので気になさらないでください。昨晩飲み過ぎないように注意したのですが、この通り酒が残ってしまいました。叔父の代わりに謝罪いたします」

「よせ!甥に謝らせるほど落ちぶれてないわ!」


 エレオノーラは叔父の大声で驚いたのか体をビクリと震わせた。自分は叔父に肘打ちをする。


「ぅうん、失礼いたした。完全に悪いのは私だな。誠に申し訳ない。侮っていたわけではないが、どこかあのお小さい時のままを想像してしまったのだ。立派な女性になられたのだな」


 叔父はいつもの口調で話した。叔父は酒が残っているとは思えないぐらい真っ直ぐとエレオノーラを見ていた。




 部下三人は叔父に呆れています。

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