5.再会その2
※2020/05/12加筆修正いたしました。
リゾットを食べた時に舌を火傷してしまったが、久しぶりに温かい食事を食べられてとても嬉しかった。また温かな食事が出来るなんて夢のようだ。束の間の幸せに浸っていると大変な事を思い出した。どうして今まで忘れていたのだろう。
「リンダ?リンダは?彼女はどこ?」
周りを見てみたが彼女はいない。白髪交じりの侍女ダニエラと赤毛の侍女アンナが反応した。
「それが私たちも見かけておりませんで…」
「はい、二日前の朝、塔に行く前に見かけたのですが、塔から戻ったら他国の軍人が押し寄せておりまして…」
ダニエラとアンナは肩を落としている。
「そうだったの…」
リンダはたまに来てくれていた若い侍女だ。年が近いので、ダニエラやアンナとは違った感覚で話が出来た。自分の事は貴族の病弱な娘で療養中の身だと言っていたそうだ。
「まだ他に侍女がいるのですか?」
背を向けていた王子がこちらを振り返り、驚いた表情で尋ねてきた。
「はい。私より少し年上の、髪は茶色で――」
「私が探してまいります。そのついでと言ってはなんですが、王女様の着替えのドレス等も取ってまいります」
「ええ、そうしましょう。湯の準備をしてくださいます?王女様の身を綺麗にして差し上げたいのです」
アンナとダニエラが矢継ぎ早に言ったので、王子は目を見開き少し驚いているようだったが、すぐに穏やかな顔つきになった。
「ではお一人では危ないでしょうから、うちの部下を連れて行ってください」
先ほど食事を運んできてくれた部下がアンナとともにリンダを探しに部屋を出た。
(無事だといいのだけれど…)
「他に王女…エレオノーラ王女があの塔に幽閉されていたのを知っている人はどれくらいいますか?」
王子に問われダニエラと顔を見合わせたが、ダニエラは少し困った顔をしていた。下を向き口をもごもごとさせ、何か言いよどんでいるように見える。
「何か言いづらい事でも?」
「…いえ、あの、その……。」
ダニエラはとても怯えているように見えた。
「貴女たち以外に誰がいるの?お願い教えて?」
「……」
自分が聞いてもダニエラは口を閉ざしている。
「もう貴女方を害するものはおりません。安心してください」
王子が優しく言った。それを聞きダニエラはおずおずと口を開いた。
「ええ、はい。幽閉を命じた宰相…当時のではなく今のです。と、その腹心の部下数名が知っております。この者達が塔の鍵を持っており、王女様への食事等の取り調べを受ける際に鍵を受け取っておりました。食事と必要最低限の衣類以外は持ち運ぶことが出来ず…。ああ、話が逸れていまいましたね。」
「うむ、そいつらはもう捕らえてある。もう大丈夫ですよ」
王子は声は穏やかだったが、少し険しい顔をした。
「後ははっきりとは言わずとも気付いているであろう者達が何人かおります。リンダもその中の一人です。」
「そう、リンダも…」
ダニエラの言葉に王子が軽く頷いた。ずっと塔の中でしか生きてきてなかったので、塔の外に自分の存在を知っている人達が彼女達の他にもいたのを不思議に感じる。
「そうか。その者達は信用出来る人物か?」
「ええ、もちろんでございます。時々食事やその他の雑務も手伝ってくれていました」
「まぁ!そうだったのね。その人達にもお礼をしないと」
ダニエラは頷いて答えた。
自分や彼女達のために何かをしてくれる人がいた事を知れてとても嬉しくなった。
「ではその者達を王女の側に。なるべく王女の存在は隠しておきたい」
「あの、何故私の事を公表しないのです?死んだことになっているからですか?」
「それもあるが、民の中には王族自体を恨んでいる者もいる。公表した時に反乱が起こるかも知れない」
「そうですか…」
あの人達と同じに思われるのはとても悲しいが、国民から見たら同じに見えるのだろう。仕方のないことだ。これは信頼回復するのに時間がかかるかもしれない。
どうしたものかと考えていたら、戸をノックする音が聞こえた。王子の部下とアンナのようだ。ということはリンダが見つかったのだろう。
「ただいま戻りました!」
王子の部下は元気よく部屋に入ってきた。走ったり探しにいったりで疲れていないのだろうか。その後ろに荷物を持ったアンナとリンダがいた。
「リンダ!よかった。無事だったのね」
「はい。エレオノーラ様もご無事でなによりでございます」
「あの、リンダにエレオノーラ様は王女様だと話してしまいましたが、いけませんでしたでしょうか?こちらの方があまり広めない方がよいとおっしゃるので」
アンナはそう言いながら王子の部下の方を向く。
「いや、問題ない。貴女は気付いていたのだろう?」
「はい…」
リンダが一瞬悲しそうな顔をしたのが気になった。
アンナが手に持っていた物を見せてくれた。とても見覚えある懐かしいドレスだった。
「これはお母様が着ていた…」
「はい、没収されないよう今まで隠しておりました」
アンナは涙目になりながらも微笑んだ。
見た瞬間に、暖かな日差しの中にこのドレスを着た母が思い出され、思わず目頭が熱くなった。
「ありがとう…本当に嬉しいわ」
後から聞いたによると両親と自分が所有していた物はあの人達が全て燃やしたらしい。宝石類は自分の好みに作り替えたそうだが。
再びノックする音が聞こえた。どうやら湯が届いたようだ。塔に王子と共にいた兵士が部屋に運び入れる。
「では、我々は部屋の外で待っておりますので、何かあったら声をかけてください」
王子の部下…眉間に皺が寄っていることが多い方の部下がそう言うと食事を運んで来てくれた部下と二人の兵士が出て行った。しかし王子は動かずじっとしている。何か考えているようだ。
「何してらっしゃるんですか?行きますよ?」
「ん?ああ、そうだな……」
部下の声かけとこちらの視線を察したのか出ていった。
何だったのだろうか。思わず首を傾げてしまう。
「さ、殿方がいなくなりましたから湯浴みしましょう」
ダニエラの言葉で湯浴みが始まった。服を脱ぎ桶の中に入るとアンナがゆっくりと湯をかけてくれた。リンダは髪を梳いてくれ、ダニエラは湿らせた布で体を拭いてくれた。数日ぶりだがとても懐かしいように思えた。
「ところであの者は何者なのでしょう。何やらとても偉そうな雰囲気を出していますね」
「はい、私も思っておりました。少々無礼な所があると思います」
ダニエラとアンナはまだ怒りが収まらないようだ。思い出したのか、また怒り出した。
「えっ!お二人はご存じなかったのですか?あのお方は連合国軍の司令官様ですよ?」
リンダが驚きの声を上げた。目をパッチリと開けている。
「え?」
「ど、どういう事ですか?」
二人も驚いたようで、それまで慣れた手つきで丹念に体を洗ってくれていたが、動きが止まり硬直している。
「あのお方はセマルグル王国の第二王子アレクセイ様よ」
自分からも王子について説明した。セマルグル王国は大陸で一番大きい国だ。そこの王子が動いてくれたなんて驚きである。
「ああ、なんて事を…」
「無礼なのは私達の方でございましたか…」
二人は愕然としていた。
ダニエラとアンナがいた所では城内で何が起きたのか把握している者がいなかったらしい。外に近い場所にいたそうなので、情報が行き届いてないのかも知れない。リンダは洗濯物の回収で城の内部にいたので情報が伝わっていた。他にもまだ自分の身に何が起きたか分からない物がいるだろう。後で王子に言わなければ。
「湯浴みが済みましたから着替えましょう。さぞかしお似合いになるでしょう」
ダニエラがにっこりと笑った。
髪や体を拭いて貰い、夏の空のような色のドレスを身に着ける。少し緩いので詰め物をして貰った。縫製がしっかりしているので十年経っていても着られそうだ。
「こちらもどうぞおつけになってください」
「これは!」
アンナが渡してくれたのは父が母へプレゼントした首飾りと指輪だった。どちらも青の宝石と美しい銀細工が施されているデザインだ。
「あの騒ぎの中、これしか持って来られませんでした。申し訳ないです」
「いえ、いいの。これでだけで十分よ。お母様が一番大切にしていた物だもの。本当にありがとう」
そう言うと皆笑顔になった。本当にいい侍女達に恵まれた。
「でも、首飾りと指輪はつけないわ」
「何故でしょうか?」
彼女達三人は首を傾げる。
「まだ私には似合わないもの。お母様のように似合うようになったら身に着けようと思うの」
きっとその方が父も母も喜ぶのではないだろうか。宝石にふさわしい人間になれるよう励まなければ。
(お父様、お母様。私は頑張ります。どうか見守っていてください)
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