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43.三領主帰る

 王の視点です。

 評価&ブクマありがとうございます。

 ※2020/08/31加筆修正いたしました。


 アレクセイはくまさんを可愛いと褒めたと思ったのだが、どうやら自分へ対しての言葉だったようだ。自分は思わず赤面した。頬がとても熱い。


「突然言わないでほしいわ…」


 くまさんの正面を自分の方に向け、上げていた腕を下げさせた。


「何故だ。二人きりの時ぐらいいいだろう?」

「そうだけど…」


 自分は頬が熱いままだが、アレクセイの顔色はいつもと変わらない。


「じゃあ何か?これから褒めますと言えばいいのか?そんなの雰囲気ぶち壊しじゃないか」


 ごもっともである。至極真っ当な意見である。返す言葉が見つからない。


「その通りです…」

「だろ?」


 アレクセイはにやりと笑い、椅子の背もたれに寄りかかった。

 自分の視線を手元に移してくまさんを見る。とても精巧に出来ており、子どもが少し乱暴に扱っても壊れたりしなさそうだ。制作者の技能の高さが窺える。


「あ、作ってくださった方にお礼をしないと。何というお名前なの?」

「エリザベータだ。リーザとは別人だな。お礼は手紙で大丈夫だろう…。ああ、ドレスを手配してくれたのも彼女だ」


 リーザの本名もエリザベータだ。以前セマルグルは名前の種類が他国に比べ少ないと言っていたので同名の人なのだろう。ドレスも用意してくれた人なのならば、手紙だけではいけない。


「そんな、手紙だけなんて…」

「俺から礼をしておくさ」

「頂いてばかりだわ。何かお返ししさせて」


 今すぐは無理だが、いずれ何か出来たらと思う。何がいいだろうか。


「では…抱擁を……」


 アレクセイは照れたように言った。頬が少し赤くなっている。

 抱擁だとアレクセイへの礼になっていないだろうか。自分はぬいぐるみやドレスを用意してくれたエリザベータに礼がしたいのだが。


「お、お尻を触らなきゃいいわよ」


 そう思いながらも自分はアレクセイに抱擁を許可した。


「…うむ。ではまず熊のぬいぐるみを避けておいてくれ」

「え、ええ」


 自分はくまさんを椅子の端に座らせた。

 アレクセイが自分の隣に腰掛け、そのまま腕を伸ばしてきた。そして抱き寄せられる。きっと何回やっても慣れないだろう。いつも心臓が高鳴るのだ。

 ドキドキしていたら、つい今しがた注意したのに尻にアレクセイの手が伸びてきた。


「ちょっ!」

「腕の長さが余るんだ仕方ないだろう。あ、そうだ」


 アレクセイの手が尻から離れたと思ったら脇に手が触れた。そして事もあろうかアレクセイは指を動かし始めたのだ。自分は耐えられず思わず身を捩った。


「な、何するの?くすぐったいわ」

「くくくっ」

「く、くすぐるのは許可してないわよ」

「禁止もしていないだろ?」


 あまりにくすぐったいので必死に抵抗し頭を動かしたら、何かに当たったらしく頭に衝撃があった。その後すぐにアレクセイから解放された。

 何故だろうと思いアレクセイを見ると彼は顎を押さえており、どうやら自分の頭はアレクセイの顎に命中したらしい。


「はっ!ごめんなさい!冷やせる物を貰ってくるわね」


 部屋の外で待機している侍女にお願いしに行こうとアレクセイに背を向けたら腕を捕まれた。大きくて暖かな手だった。


「大した怪我ではないから大丈夫だ。それよりすまなかった。悪のりしてしまった」


 アレクセイはばつの悪そうな顔をし謝ってきた。


「…もうお尻触るのもくすぐるのも禁止よ」


 アレクセイは顎を触りながら何かを考えているようだ。その様子を見て悪寒がした。もしかして何か企んでいるのだろうか。


「今禁止してない事でも抱擁以外したら駄目よ」


 アレクセイは舌打ちをした。やはり何かを企んでいたようだ。全く油断ならない。


「…エレオノーラ、侍女達にはぬいぐるみは俺の代わりだという事にしてくれるか?してあげられなかったと悔やまないようにしたいんだ」


 自分だけでなく侍女達の事も考えてくれるのだ。


「ええ…」




 くまさんを作ってくれたエリザベータへ手紙を書き、アレクセイに渡してくれるように頼んだ。

 アレクセイが退室すると侍女達が入って来た。くまさんを見せると皆とても喜んでくれた。アレクセイの代わりと伝えるともっと喜んでくれた。皆の笑顔を見ると自分も嬉しくなった。

 気持ちを切り替えて仕事を再開する。中央領には確か大きな湖があって漁業をしていたそうだが、近年では漁獲高が下がっているらしい。当然ながら税を高くしたせいで乱獲が起き、魚類が減ってしまったからだ。


(農務大臣って確か任命なしだったわね…)


 調べさせたら夕刻になって報告を受けた。農務大臣は中央領出身で、地元の湖を始め農業や林業を守るために大臣を名乗ったらしい。司法大臣と同じように助けようとしたのだ。国防副大臣も自称だったが、彼も同じなのだろうか。軍や兵士に関する何かを改善しようとしたのだろうか。

 悩んでいるうちに終業の時刻になったので、寝室に戻り侍従達が運んで来た夕食を食べる。朝晩は寝室、昼は執務室で食事する。


「ご馳走様。今日も美味しかったわ。壁紙も張り替えたのね。ありがとう」


 侍従は何度もお辞儀をして食器を回収して寝室から出て行った。まだ侍従達と打ち解けられていない。昨日今日で打ち解けられるわけないのだが、壁とまではいかないが仕切りのような物がある気がする。どんな人間なのか探られているのだろうか。侍従や侍女は一番王との距離が近い。あの男達の元でずっと働いていたのならば散々嫌な思いをしただろう。なので自分がどんな人物なのか知りたくなるのは当然だろう。


「探り探りよねぇ…」


 自分はぼそりっと言ったつもりだったが聞こえていたらしい。


「侍従達がでしょうか?」


 アンナがこちらを向いて言い、自分は頷いた。


「お互いにね。…他の侍女達はどうなの?何か聞いている?」


 侍女達は少し考えた後に言った。


「そうですね…戦々恐々といった感じでしょうか」


 自分はそう、と言い考え込む。やはり王族は皆同じだと思われているのだ。城内でもそうなのだから国民も同じだろう。どうやったら信頼を得られるだろうかと思ったが、得ようと思って得られる物ではない。少しずつ長い時間を掛けていかなければならない。分かってはいる、覚悟はしている。


「お互いに十年耐えたんだから長期戦は得意よね」

「お供いたします」


 アンナが頭を下げて言うと他の侍女達もアンナに倣い頭を下げた。




 くまさんは寝台の脇の机に飾ることにした。本当は執務室に連れて行きたいが、王の威厳がなくなるのでやめておく。寝台に登り、熊さんに視線を送った後で横になった。明日も大量の書類に自分の名を書き続けるのだろうか。各省から上がった書類を宰相とその部下達が目を通し、それが自分の所にやってくる。宰相の方が負担が大きいだろう。


(慣れているのでしょうけど、無理はして欲しくないわ。…そう言えば将軍は婚約者に会えたのかしら?)


 宰相と将軍は十年間国のために動き続けてきた。二人を休ませたいと思うが二人はそれを許さないだろう。宰相の妻は随分昔に亡くなったと聞いたが子や孫はいるのだそうだ。将軍のことだからまだ婚約者に会いに行ってないだろう。生きていて会えるのだったら顔を見せてあげて欲しい。

 もし自分がアレクセイと十年も離ればなれになったらと思うと胸が痛くて張り裂けそうになる。起き上がって、くまさんを抱きしめた。本当は一日だって離れたくない。もしかしたらアレクセイは明日帰国してしまうかもしれない。帰ってしまったら次はいつ来てくれるのだろうか。


(くまさんをアレクセイと思えば少しは気が紛れるかと思ったけど、今でさえこんなに悲しいのに…どうしろって言うの?)


 涙が出てきた。くまさんを涙で汚さないように机の上に戻した。涙を袖で拭い、再び寝台に横になった。鼻をすすりながら気持ちを落ち着かせようとした。永遠に会えなくなる訳ではないと自分自身に言い聞かせる。


(大丈夫よ。また会える、会えるわ…。だから大丈夫よ……)


 しかし何度言い聞かせても悲しいのには変わりない。こんな弱い王では国民に示しがつかない。不安にさせるだけだ。復興が捗らなくなるのではないだろうか。自分のせいで大勢を路頭に迷わしてはいけない。いけないのだが、何故自分なのだと思った。しかしすぐに考えを改める。自分を可哀想がるなんて、自分一人が不幸かのように思うなんて実に馬鹿馬鹿しい。自分に酔いしれているかのようだ。他人の不幸は蜜の味だなんていうが、自分自身の不幸に酔いしれているのだろうか。そんな人間になってはいけない。


(アレクセイに愛想尽かされないように頑張らないと!)


 おこがましいのかもしれないが、自分がアレクセイを尊敬するように、アレクセイに尊敬してもらえるような人間になりたい。




 朝になり昨日と同じように支度し食事を食べ、執務室へ向かう道中で遠くから見られた。笑顔を絶やさずに歩いた。自然な笑顔に見えただろうか。無理矢理表情を作っているなどと思われていないだろうか。自然な笑顔になるにはまだ心に余裕がない。ずっとやっていれば慣れてくるのだろうか。

 執務室に入ってすぐに宰相と北、南東、南西の三領主がやって来た。三領主は領に帰るのだそうだ。


「長く留めてしまって悪かったわね。皆さんのおかげで今があるのよね。これは宰相と将軍もだけど国情が安定してから褒章を贈ろうと思うの」


 宰相と領主達は驚いた顔をしたが受け取ってくれるようだ。自分が授与する初めての褒章である。


「戴冠式ですが、南東領領主に王冠をかぶせる役目をお願いいたしました」


 宰相が言うと南東領領主は軽く頭を下げた。


「身に余る光栄に存じます。末代まで語り継いでいきたいと存じます」

「末代?永代だからないわよ」


 執務室中に笑いが広がった。


「新しい王は強く美しいと領民に言いふらそうと思っておりましたが、面白いというのも付け加えておきましょう」


 南西領領主が満面の笑みで言った。どれも今の自分には当てはまらないと思うが、それが本当になるように努力しよう。


「で、では私は厳しくも優しい王であると領民に言います」


 北領領主が汗をかきながら言った。今日は体に布を巻き付けていないのでかなりでっぷりとした腹が見えている。


「ははは!私は…最も怒らせてはいけない人だと言いましょうかね」

「そりゃ王だもの、怒らせたら何が起こるか分からないわよ?」


 南東領では怖い王だと広まるらしい。冗談なのだろうが、変に広まっては困る。


「美しい人を怒らせるなんて世界中の人を敵に回すと言っているようなものでしょう」


 再び執務室中に笑いが広まる。ただ自分は笑っていない。皆が自分を持ち上げすぎではないだろうか。眉間に皺を寄せ、宰相と領主達を見る。


「おや、早速怒らせてしまったようですな。…さて、西領領主は元の家系に戻りましたが中央領は領主不在となっており、国が領の管理をする事になりました。王都と併合するとの案も出ていますが、混乱があるかもしれないので保留となっております」


 宰相は眉を上げてこちらを見る。おじいさんが孫の様子を見るかのようだった。

 元は中央領が王都だったので以前は立派な建物が沢山あったそうだが、人口が減り管理する人間がいなくなったので荒れ放題なのだそうだ。


「西領は我が南西領の隣だから支援は出来るでしょう。以前は領境の関所が固く閉ざされていたので困難でしたが、あちらが受け入れてくれるのならば可能でございましょう」


 南西領領主が笑顔で言った。その言葉に皆が頷いた。


「陛下は東領を女性差別があるのではと気にしておられましたが、今の所何も言ってきてないのでしょうか?」


 南東領領主が眉根を寄せながら言った。


「ええ、今の所は…」


 領主達に司法大臣が東領領主の親戚と学友であり、その学友が東領の女学校閉鎖について何も知らされていなかったと伝えた。

 女性の学ぶ場を作る計画があるので、東領の動きが気になる。加えて南領領主の母親についても知りたい。この二つも気がかりだと領主達に伝えた。


「東領については私が帰りに通るので直接聞いて参りましょうか?」


 南東領領主が言った。


「…そうね。お願いするわね。決して相手を刺激しないように気を付けてね」

「お任せくださいませ」


 元々領主達には連合国軍の兵士を護衛につける予定だったので、伝令のため増やして貰おう。


「南領領主のご母堂は私相手だと猫をかぶるそうですから、どうしましょうかね。陛下が即位された話を振って反応を見ましょうか」


 南西領領主はかなり悩んだ様子で言ってきた。西領と南領を任せてしまうのは胸が痛むが、他に頼れる人がいないのでお願いした。

 北領領主を見てみると何か言いたげにしていた。


「北領領主何か意見があるの?」

「…学校は何処に作るのですか?」


 まだ建設予定地は決まっていない。


「決まっていないなら、中央領がいいと思います。国の真ん中にあるのなら国中のどこからでも来やすいでしょう」

「それもそうね…。学園都市とか…いいのかも」

「ふむ、かなり有力な候補地になりそうですな」


 中央領の建物を修繕すれば学校として使えるだろう。一から建設するより安上がりだ。元にあった建物を再利用するのなら農地を潰さずに済むし、収穫時期に学生を雇って手伝ってもらうのもいいだろう。

 女性の選択肢増やすために学校を作る予定だったが、男女共学で国民全体に教育が行き渡るようにしたほうがいいだろう。


「ああ、そうだわ。うちの国は農業が要だから気象予報官を育成しなきゃと思っていたのよ」


 十年閉ざされていたので、周辺諸国との差が広がっているだろう。その差を埋めていかなければならないので他分野も底上げしないとならない。


「教育改革になるでしょうな」


 宰相はより一層しわくちゃになって笑った。

 このまま話していると領主達の帰る時間が遅くなるので話し合いを終わらせた。本来は挨拶だけでこんなに長く話す予定ではなかった。


「では、皆さん頼んだわよ」


 そう言い自分は右手を出す。

 南東領領主の手は骨張っているが大きかった。

 南西領領主の手は大きくないが分厚い手をしていた。

 北領領主の手はむっちりと肉感が凄かった。

 流れで宰相とも握手をした。自分は左手を出して宰相の手を握った。自分の手とさほど大きさの違いはなくしわしわとしていたが、力強かった。宰相も領主達も、皆温かくて安心出来る手だった。




 エレオノーラは石頭なんでしょうかね…?

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