42.熊のぬいぐるみ
王子視点です。
※2020/08/31加筆修正いたしました。
熊のぬいぐるみを袋に隠して王城内に用意された部屋に行った。部下達が袋の中身を気にして凝視したり突いたりしている。その度に自分は彼らを睨みつける。これを何度か繰り返した。
「そろそろ国内の情報が上がってくる時刻ですので陣営に戻ります。お二人とも殿下をよろしくお願いします」
ミハイルがきびきびとした様子で礼をし退室をした。無駄な動きが一つもなかった。
エレオノーラの即位がケレース国内に広まりだした頃だろう。王都近隣の領の様子が知らせが届くころである。
戸をノックする音がした。
「殿下失礼いたします。恐ろしい…、いえ、とんでもない事実が判明いたしました」
文官のニコライだった。彼の顔は青ざめている。彼の話によると作り変えた宝石を調べている時に王冠が見つかり、宝石類がなくなっていたそうだ。あの男達は王家に代々伝わる装飾品だけでなく王冠にまで手を出していたようだ。時代や王に合わせて手を加えるのはままあるが、宝石を取るなんて聞いたことがなかった。
「そうか…復元出来るか?」
「歴代の王の肖像画を集めて復元を試みるそうです」
エレオノーラの戴冠式の日程は決まっていないが、それまでに間に合わせないとならない。それとも王冠が出来上がるのを待った方がいいだろうか。なんなら男性と女性だと骨格が違うので新たに作り直した方が早いのだろうか。かかる費用含めるとどちらが現実的なのだろうか。
「陛下には報告しているのか?」
「え?ええ、ケレース女王陛下には宰相殿からなさるそうです」
ニコライの反応からすると、陛下とはエレオノーラではなく父だと一瞬思ったらしい。そりゃ報告書には記載するが、急ぎで報告する事ではない。疲れているのだろうか。
「そうか。引き続き頼む」
「はい!」
ニコライは背筋を伸ばして部屋を出て行った。
「王冠の宝石を…」
ドナートの声が呆れ返っていた。顔を見るといつもは上がり気味の眉が、完全に下がっていた。かくいう自分も同じような顔になっているだろう。アルトゥールは閉口していたが声を発した。
「戴冠式の時に陛下に王冠をかぶせるのはどなたになるんでしょうか?」
確か教会も大きな被害を受けているので高僧や神官はいないのではなかっただろうか。となると高位貴族だろう。公爵か侯爵のどちらかだろう。
「嘆願書に署名した三領主のうちの誰かになるのではないか?」
「まぁ、北領領主は辞退なさるでしょうね」
「となると南東領領主か南西領領主か…」
あの二人なら身分や人柄に問題はないだろう。今頃話し合っているかもしれない。
午後にエレオノーラと会う時間が取れたので早速、部下三人を連れて彼女の執務室に向かった。もちろん熊のぬいぐるみを持ってだ。しかしドナートからその持ち方に指導が入った。
「殿下、大事な贈り物を小脇に抱えてはいけません」
「…分かった」
慌てて右脇に抱えていた熊のぬいぐるみを正面に持ち直した。
「中身見たいな~。ぬいぐるみ見たいな~」
アルトゥールが裏声で言ってきた。まだ諦めていなかったようだが、気持ち悪いからやめてほしい。こんなにしつこい性格だとは思わなかった。半分からかっているのだろう。
「断る」
アルトゥールは不貞腐れたような態度をし、ミハイルがため息をついた。見せろと言われれば言われるほど意地になって見せたくなくなる。
阿呆なやり取りをしているうちに王の、エレオノーラの執務室に到着した。中に入ると宰相がいて二人で王冠について話していた。
「こんにちは」
自分が挨拶をすると応接用の椅子に座っていたエレオノーラと宰相から挨拶された。自分は宰相の隣に座り、その脇にぬいぐるみ入りの袋を置いた。部下達は椅子の後ろに立った。
侍女達は袋の中身が何なのか探ろうとしており、視線がかなり怖い。そんなに興味を引く物なのだろうか。そう言えば侍女が二人増えている。新しく配属された人達だろうか。
「いきなりで申し訳ないのですが、王子にお願いがあるのです。先ほど元楽団員を集めましたら楽器を弾くのに馬の尻尾の毛がいるそうなのです。少しずつでいいので分けていただけないでしょうか」
何故元楽団員を集めたのかは後で聞くとして、馬の尻尾の毛が必要なのか。少しずつと言ったのは何頭からか集めてくればいいのだと思う。馬一頭の尻尾を丸ごと切ったら、馬は尻尾で虫を払ったりするのでそれが出来なくなるとかなりストレスがたまってしまう。おそらくそれを避けるためだろう。
「弦楽器ですか?…弓はそれでいいとして弦はどうされます?あれは確か…」
なんだっただろうかと思っていたら、ミハイルから助け船を出された。
「羊の腸ですね」
「羊の腸…なんですか?」
エレオノーラはミハイルの言葉に驚いたようだった。元楽団員は伝えていなかったようだ。それとも必要ないのだろうか。最近弦を張り替えたとか、独自に調達出来る場所を知っているとか。
羊の腸は腸詰めにも使われるから競争率が高いのではないかと勝手に思う。それとも牛や豚でも腸詰めは出来るからそんなに需要はないのだろうか。いや、家畜類はほとんどいないだろうからやはり羊の腸の調達は無理だろう。
エレオノーラは少し考えた後に言った。
「もう一度確認してみます。教えてくださってありがとうございます」
「ええ、馬の尻尾の毛ならすぐに集まるでしょう。…そうだミハイル説明を頼む」
ミハイルに視線を向けると、ミハイルが一歩前に出てしゃべり出した。
「はい。陛下の即位の報が王都や近隣領に伝わったのですが、その時の国民の反応です」
ミハイルの話だと、喜びが大半だが落胆の声もあったそうだ。後はあの男達の娘が即位したと勘違いし怒り出した人達もいたそうで、それは連合国軍の兵士によって説明され鎮静化したそうだ。
「領や地域で国民の反応も違うでしょうね。陛下が私と将軍に嘆願書提出の指示を出したという噂は私の古い友人を通じて流しておりますので、反発は抑えられると思います」
「何から何までありがとう」
エレオノーラが出した遣いは誰だという話にならない事を願う。必ずほじくり返そうという輩はいるのだ。
「遣いは死んだ事にいたしますので、皆さんよろしくお願いします」
今さっきまで考えていた架空の遣いが死んだ。ふと新しい侍女達がいる前で話してよかったのかと思いエレオノーラに目配せする。だが、彼女はよく分かっておらず頭の上に疑問符が見えそうだ。そのやり取りに宰相が気付いた。
「彼女達には話してありますから大丈夫でございますよ」
宰相は皺を深めて笑った。新しい侍女達も頷いた。
「ああ、それと中央領の領主についてですが、保留となりました。前領主の親類を探しましたがどうやら家が途絶えてしまったようです。新しく頼むにしても人が足りませんし、現行の他領主の親族に頼むのも争いの種なりかねません」
今回自害した領主にも子はなかったらしい。
宰相の言う通りどの領主も自身の子や親戚を領主にしたがるだろう。
「うちの国だと第二都市の領主は王族が務めていますね」
現在は父の上の弟が領主を務めている。こちらに向かっているのとは別の叔父だ。第二都市は王都よりずっと西側にあるので会う機会があまりない。
「私しか王族はいませんから、その手は使えませんね」
エレオノーラは困り笑顔のような、苦笑いのような表情をした。視界の端に侍女達がこちらに視線を向けているのをとらえた。全員が自分を見ている。自分はそちらを見ないようにした。本能的に今は関わってはいけないと感じた。
(さっきからなんなんだ…。少々怖いな…)
「この国でも百五十年ほど前までは王族が領主をしていたそうですが、王族の人数が減ったので当時の重臣に領主を任せたのだそうです」
その人が前領主の祖先という訳だ。領主を任されるぐらいなのだから、かなり信頼が厚い人物だったのだろう。前領主も優秀な人だったそうで諫言したため処刑された。
エレオノーラと宰相が先ほどしていた王冠の話を戻そうと思っていたら、エレオノーラが口を開いた。
「あの…王子、その袋は何でしょうか?ずっと気になってしまって…」
「ああこれは…その…」
侍女達の視線が痛い。後ろからも視線を感じる気がする。どうしようかと思っているところで、エレオノーラが不思議そうに首を傾げた。
ここで宰相から助けが入った。
「では私はここで失礼いたしますよ。皆さんもさぁ、外に行きましょうか」
宰相に言われると誰も拒否出来ない。自分は心の中で宰相に礼を述べた。侍女達と部下達は宰相に連れられて部屋から出て行ったが、部下達はとても残念そうな顔をしていた。
「…エレオノーラこれを」
全員執務室から出たのを確認し、袋から熊のぬいぐるみを取り出してエレオノーラに渡した。
「わぁ!可愛い!うふふっアレクセイの髪色と同じ色のくまさんね!」
エレオノーラの頬は赤くなって、目も輝いている。彼女は両手で熊のぬいぐるみを持ち、あちこち触ってみている。
「手足が動かせるのね!凄いわ!」
熊のぬいぐるみは腕と脚の付け根がボタンで留めてあり、手足を動かせるようになっていた。
「喜んでくれてよかった…」
これを自分と思って…と言おうと思ったがとてもじゃないが恥ずかしくて言えない。
「どなたが作ってくださったの?…もしかしてアレクセイが?」
「まさか。後方支援の女性兵士が作ってくれたんだ。いつもは破れた服や装備等を直してくれているんだが、エレオノーラについて話しているうちに…」
「うちに…?」
「こういう類いの物は持っていなかったのではないかって話になって…」
エレオノーラに嘘をつくのは嫌だったので真実を伝えた。
「ええ、欲しかったけど侍女達に頼んだら徹夜してまで作ってしまいそうだったから言わなかったの…。読書も楽しかったし、なくてもいいかなって思ったの」
彼女は嬉しそうにずっと熊のぬいぐるみの手を動かしている。なくてもいいと言い聞かせたのではないだろうか。
「そうか…」
「そうなの」
エレオノーラは笑顔で自分の贈り物を見つめている。
「あっ、もう大人なのにぬいぐるみを持っていても可笑しくないかしら?」
「まだ未成年なんだからいいだろう」
エレオノーラは納得したようで頷いた。収集家だっているのだから、好きなら何歳になっても持っていていいと思う。
「これを寝室に飾るわね。寝る前に見たら、アレクセイが夢に出て来てくれるかもしれないでしょう?朝見たらその日一日中頑張れるだろうし……私また何か言ってしまったかしら?」
自分がエレオノーラの夢に出るのを考えただけでにやけてしまう。
「いや、何も。嬉しかっただけだ」
「ほ、本当に?何かあったらちゃんと言ってね?」
「ああ、分かった。ところで何故、元楽団員を集めたんだ?」
「生活に音楽があった方がいいじゃない?」
「それもそうだが、何か隠しているだろう」
「い、いえ何も」
怪しい。少しエレオノーラの目が泳いだ。
そういえばリーザは何処に行ったのだろうか。いつも側にいるのに今日は見当たらない。
「新しく来た侍女が元歌手だったそうなの。彼女から他の元楽団員も別の部署で働いている人がいると聞いたから集めたのよ」
ならば最初からそう言えばいいのに何故誤魔化そうとしたのだろうか。おそらくだが、途中で思いついたのだろう。
「そうか。ところでリーザはどうした?」
「警備する兵が増えたし、ずっと来てもらっていたから疲れているだろうと思っていい機会だから休んでもらったの」
これは本当のようだ。自分の部下達も休ませた方がいいだろうか。自分の護衛も兼ねているから休ませるなら別の人物を入れないといけない。当てがない訳ではないが選抜するのが面倒だ。別に一人ずつ休ませればいいから、選抜する必要はないか。
「じゃあ今頃陣営にいるのか」
「ええ、多分…。そろそろ食べ物が届くからお目当ての物をいち早く入手するって張り切っていたわ。アレクセイは司令官だから優先的に良い物が貰えるの?」
すっかり忘れていた。エレオノーラが言ったように自分は立場的に優先して嗜好品などが配布されるが、いらない物は部下達に渡すのだ。下賜…というには仰々しいが、自分は酒や菓子類は少量あればいいので部下達や周りの兵に渡す。
「疲れているところに美味い物が来ると兵士達もやる気が出るだろうな…。そう考えると音楽もいいかもな」
「でしょう?きっと踊り出したりするわ」
エレオノーラから踊りという単語を聞くとは思わなかった。踊りと音楽は切っても切れないが、エレオノーラの娯楽と言えば読書ぐらいしかなかっただろうに興味を持ったきっかけはなんだろうか。
「だろうな。エレオノーラは踊れるのか?」
「えっ?えっと…踊れないわね」
エレオノーラは即答出来なかった。もしかしかして練習中なのだろうか。もう少し探りを入れてみるか。
「リーザは男女両方の踊りを踊れるんだそうだ」
「そうなの?今度聞いてみるわね」
こちらの質問を読まれていたようだ。エレオノーラは平然と返してきた。
「…俺はあまり上手く踊れないないんだ」
「え?でもリーザは…」
「リーザは?」
「…アレクセイはき、器用貧乏なのだから踊りも出来るのではないの?」
上手く誤魔化せていない。リーザはどうしたんだ。
考えるまでもなく、リーザから自分の踊りの腕前について聞いたのだろう。
「……」
「……」
エレオノーラも失敗したと思ったのか。気まずそうに黙っている。
多分だが、リーザから踊りを習っているのだろう。それで音楽が必要だと気付き元楽団員を集めたのだろう。職権乱用な気はするが、元いた職場に戻すのは良いと思う。ましてや特殊技能を持った人間なら尚更だろう。
エレオノーラは困った顔をしている。
「可愛いな」
「ええ、可愛いわね」
エレオノーラは笑顔になり熊のぬいぐるみの顔をこちらに向けてきた。熊のぬいぐるみの右腕を上げ、手を振らせている。その様子を笑顔で見ていると彼女の動きが止まった。
「…わ、私に言ったのよね。も、もちろん分かってるわ」
誰に向けた言葉なのか気付き、エレオノーラは顔を真っ赤にして言った。
結局、王子の部下達はどんなぬいぐるみなのか見られませんでした。
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