41.娯楽
王の視点です。
※2020/08/31加筆修正いたしました。
新しい寝室にやって来た。やはり無駄に広い。一体寝る以外何に使うのだろうか。
寝台や寝具は新品になっていた。淡い色の天蓋がついている。小さい時はこんな風に天蓋がついた寝台で寝ていた記憶がぼんやりとある。
「壁紙や調度品はまだご用意出来ておりません。必ず陛下のお気に召す物をご用意いたしますので、しばしお待ちください」
侍従長は何度も頭を下げながら言った。
「そんなに変な色柄でなければ大丈夫よ。なんなら壁紙は無地でもいいし、机などは皆さんが使っているものと同じでいいわよ」
自分がそう言うと、侍従長達は信じられないという顔をして驚いていた。侍女達はいつもと変わらぬ顔をしている。
「い、今はの話よ。今はまだ国情が厳しいからそんなに贅沢出来ないでしょう?だからいくら王様だからって華美すぎるのはよくないと思うの」
本当はずっと無地の壁紙でいいし、調度品も機能性が良ければなんの装飾がなくてもいいのだが、それをいうと彼らのやりがいを奪うような気がして言えなかった。きっと彼らは王に満足してもらうために仕事をしているのだろう。
もしかしたら、国情が安定する頃には自分の好みも変わっていて、柄のある壁紙を欲するかもしれないし、机や椅子も猫脚やら彫刻やらが施されているものを使いたくなるかもしれない。
「おお、そうでございましたか」
侍従長達は笑顔で頷いてくれた。納得してくれたようで助かった。
彼らは就寝の挨拶をしたら立ち去って行った。侍女達も自分の就寝の準備をした後、退室していった。
(踊りの復習をしようかしら)
これだけ広いなら少しぐらい踊っても大丈夫だろう。まぁ、少ししか踊れないのだが。
(左腕は曲げて手は男性の上腕へ、右腕は伸ばして手は男性と手を組む…。そこから半歩ずれて…)
リーザに教わった通りに足を動かしてみる。教わったのはワルツなので三拍子で動く。そこで重大な事実に気付く。
(待って…楽団ってあるのかしら?劇団がなくなったのだから楽団もないんじゃ……)
自分はポーズをしたまま固まってしまった。あの男に音楽を聴く趣味はないだろう。趣味と言えば暴飲暴食と酒池肉林、宝石や豪華な衣装で着飾るぐらいだろう。と言うことは王城にいた楽団員も解雇されたのだろう。彼らは無事だろうか。明日宰相や領主達に聞いてみようか。領主はまだ帰ってないはずだ。
(音楽も娯楽よね。少人数編成で国内をまわって慰問してもらうとか…。十年間一度も演奏していないと言うのはないでしょうから、すぐに復活出来る…かしら?)
ポーズを解いた。あまりにも楽観的な考えをしてしまい反省する。一度も楽器を触らずにいるかもしれない。演奏家で食べていけないなら別の職業に就いているかもしれない。
(音楽がなければ踊れないわ。いえ、踊れなくはないけど物足りないし、格好が付かないわよね)
履き物を脱ぎ、天蓋付きの寝台に登る。今までの物より格段に豪華になっている。寝台に横になってみると、敷き布団は固すぎず、柔らかすぎず体は沈みこまないので寝返りが打ちやすかった。掛け布団も軽いがとても暖かかった。
寝室もやたら広いが、寝台もとても広かった。自分ぐらいの身長だったら、寝る向きを九十度変えてもはみ出ないと思う。
(そのうち慣れるのかしら?塔に行った時のように…)
朝、目覚めるといつもの侍女達の他に見知らぬ顔があった。ダニエラとアンナの推薦で新しく自分の担当になった人達らしい。黒髪がジャンナ、茶髪がトスカだ。二人ともリンダやクラリッサ同様、ダニエラとアンナの手伝いをしてくれていたらしいが、一昨日の生存公表まで自分の存在を知らなかったらしい。ジャンナはリンダと同じくらいの年で、トスカはクラリッサより少し若いと思う。
「ええ、二人ともよろしくね」
ジャンナとトスカはお辞儀をした。彼女達二人は元は兵舎担当だったらしい。
「そういえば王族専門の侍従は見るけど、侍女は見かけないわね」
あの男達の身近な世話は愛人達がしていたが洗濯や掃除は侍女がしていたそうだ。侍女は完全に下働きと化していたので、それを見て育ったあの男達の娘は侍女に対し傍若無人ぶりを発揮していたらしい。
なので王族専門の侍女達はその時と同じように掃除や洗濯しかしていないようだ。今は官舎で仕事をしているらしい。娘の暴虐から解放され、安穏の日々を送っているのだろうか。
「六人もいれば大丈夫?侍従達もいるから平気かしら?」
「ええ、問題ございませんよ。」
ダニエラがにっこりと笑顔で言った。
人手が足りなければ官舎で仕事している侍女達の手を借りるように伝えた。
衣類を着替え終わり、いつものようにクラリッサに髪を整えてもらう。その様子を初めて見るジャンナとトスカが興味深げにしている。
「そうだわ。踊りの練習をして思ったのだけど、楽団ってどうなったの?」
そう聞くとクラリッサがトスカの方を見た。どうしたのだろうと思っていたら、トスカが口を開いた。
「実を言いますと、私は元々歌手として城に来たのですが、すぐに楽団が解散になってしまったので侍女として雇い直して頂いたのです」
トスカは歌手だったのか。後で歌って貰う事は出来るだろうか。
「本当?他の楽団員はどうなったのか知っているかしら?」
「ええっと、私以外に他の部署に異動した方がいるのは知っていますが、交流がないので今も在籍しているかは分かりません。お役に立てなくてすみません」
「いえ、いいのよ。教えてくれてありがとう」
トスカはぺこりと頭を下げた。後で宰相などを通じて元楽団員を探して貰おう。完全に私情になっている気がするが、元の職業が出来なくなった人の救済に繋がると思うので大丈夫だろう。やはり長年かけて習得した技術を披露出来なくなるのは悲しいと思う。
ここで髪を結い終わったようだ。今日もクラリッサは満足げである。リンダとジャンナ、トスカは驚きの表情をしている。
「今日はどうなったの?」
リンダが鏡で後ろ姿を見せてくれた。今日の髪型は複数の毛束をねじってまとめてある。いつも通り見事である。クラリッサに会うまでこのような複雑な髪型があるなんて知らなかった。
「いかがでしょうか」
「ええ、今日も素晴らしい出来ね。ありがとう」
クラリッサは笑顔でお辞儀した。そして顔を上げた後に残念そうに言った。
「これで何か髪飾りがあればよいのですけどねぇ」
他の侍女も同じ考えのようで残念そうな表情をしている。確かに何かあった方がいいのかもしれないが、何もつけなくても十分見栄えのよい髪型だと思う。
「何かお作りしましょうか?と言っても簡単な物しか出来ませんが」
ダニエラが申し出てくれた。そう言えば小さい頃にリボンや手作りの花の形の髪飾りをくれた。
「ああ、王子が髪飾りを贈ってくださるそうだから大丈夫よ」
自分の言葉に侍女達が沸いた。先ほどとは打って変わってにこやかになり、喜んでいるようだ。その反応に驚いて身を反らせてしまった。
ここで侍従達が食事を運んで来た。食事は豪華になったが量は少ないままのようで安心した。本来なら寝室で食べないが、食堂は改修中なのでこちらで食べる。それに広い所で一人で食べるのは少々寂しさを覚えるので寝室で食べた方が落ち着くのだ。
半分くらい食べ進めた所で侍女達がこちらを伺うように見てきた。多分髪飾りの話を知りたいのだろう。自分も髪飾りを贈るとだけしか言われていないので、侍女達が望む面白い話は提供出来ないと思う。
食べ終わると侍従達が食器を回収して出て行った。
「陛下、司令官様からの贈り物についてお伺いしてもよろしいでしょうか?」
アンナが嬉しそうに言うと、他の侍女達も目を輝かせた。
「…そうね、剣術とか趣味の大会で得た賞金で贈ってくださるそうよ」
「まぁ!司令官様の自費と言う事は個人的な贈り物ですね!」
侍女達はより一層喜び、まだ何か聞きたそうにしていた。しかし、自分はこれ以上の情報を持っていない。
「ええっと、宰相が待っていると思うから部屋を出ましょう」
執務室に向かう途中で城に勤務する者と連合国軍の人達が遠巻きに自分を眺めに来ているのに遭遇した。特に険悪な雰囲気ではなかったので、自分は口角を上げておいた。真顔よりは良い印象を与えるだろうと思ったからだ。
執務室に着くと部屋の前で宰相が待っていたので、そのまま一緒に入室した。
「おはようございます。あまりに広い寝室と寝台に驚いたわ」
「ははは、すぐに慣れましょう」
宰相には応接用の椅子に座って貰った。
「忘れないうちに聞きたいのだけど、楽団員って今どうしているのかしら?劇団を復活させるなら楽団もしないといけないわよね」
宰相にトスカの話をして他にも元楽団員が働いていないか探してもらえないか頼んでみた。
「娯楽があれば皆やる気も出ましょう。ああ、聞きましたよ。愛人達を役者にしようとなさっているとか。私には考えつかない案でございます。刑罰ではなく奉仕活動をさせるのでございますね」
宰相の目は長い眉と皺の中に隠れた。にっこりと笑っているようだ。
「ええ、彼らにも新しい生き方を見つけて欲しいの。甘いと言われるかもしれないけど、厳しいだけでは人を裁けないでしょう?」
「私が陛下ぐらいの年齢の時は罪人は許されるべきでないと、もっと厳罰化すべきだと思っておりました。しかしそれでは更生しない、出来ない者もいると気付きました」
「更生のための取組みも考えないといけないわね…」
もちろんいくら手助けしても悪事を働く者はいる。だが犯罪をなくすのは無理でも減らすことは出来る。
「難しいわね。前将軍は家族を人質に取られて仕方なくあの男に従っていたそうじゃない。罪を犯した背景を考慮して一人一人裁いていたらきりがないのは分かっているけど…」
「司法大臣に任せましょう。彼は優秀ですから」
家族や親しい人を人質に取られた兵士達は重労働の後、復職させる予定だ。批判があるだろうから、その対策もせねばと考えた。
昼食後、二人の男性が執務室にやって来た。元楽団員だそうだ。二人とも楽団がなくなった後、別の部署に異動したらしい。元楽団員の中には故郷に帰った者や、異動しても辞めてしまった者など様々いるらしい。
「二人は何の担当楽器だったの?」
二人とも二十代後半から三十代前半ぐらいだった。
「低音楽器です」
「打楽器です」
音楽に詳しくない自分でも分かる。あまり旋律を担当しない楽器達だ。これではワルツを奏でるのは困難だ。さて、どうしたものか。
エレオノーラは音楽についてあまり詳しくないようです。
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