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39.抱きしめる

 王の視点です。

 ※2020/08/31加筆修正いたしました。


 アレクセイに連れられ、あの男達の愛人らがいる牢に向かった。もちろんアレクセイの部下の三人も一緒だ。愛人達は直接的には何もしていないが、他の者達にかなり悪態をついていたので恨まれている。牢に入れたのは彼らの身を守るためでもある。なので他の牢屋よりは扱いがよい。

 

「誰か来たぞ!」


 愛人のうちの一人が言った。声からして男だろう。その言葉に反応し、牢の中にいる全員が鉄柵にしがみついた。


「私達何もしてないのよ。早くここから出してよ」


 女が言ってきた。髪は乱れ、顔つきもかなりやつれている。と言っても侍女達に比べれば肉付きがよい。


「静かにし――」

「なああんた新しい王様か?兵士が言っているのを聞いたんだ。そうなんだろ?」


 アレクセイの言葉を遮って男が話しかけてきた。あの女はこのような男が好きだったらしい。


「俺だったらあんたを満足させられ――」

「黙れ!!!」


 今度はアレクセイが男の言葉を遮った。かなり怒っているようで、聞いたことのない声だった。あまりに怒気がこもった声だったので、自分に向けられた言葉ではないにも関わらずとても驚いてしまった。

 そもそも満足とはなんだろうか。何か面白い物語でも知っているのだろうか。それなら少し気になるが、この男はあまり知性を感じさせる顔つきではない。


「貴方たちの処遇について話に来たの。一つは重労働ね」


 自分が言うと牢の中から悲鳴のような声が聞こえた。


「そんな!私達、誰も殺してないわ!」

「そうよ!私達何もしてないっ!」

「いいえ、人の心は殺した。違う?かなり威張り散らして悪態をついたそうじゃない。それでどれだけの人を傷つけたの?」

「……」


 彼らは反論せずに俯いた。十分反省する時間があったということだろうか。そうだと思いたい自分がいるのも事実だ。


「で、もう一つは役者よ。娯楽復活のため劇団を復活させようと思っているの。貴方達は見た目がいいとか何か取り柄があるから愛人になれたのでしょう?それを活かしてみたらどうかしら?」

「陛下の温情だぞ。感謝しろ」


 アレクセイの機嫌は悪いままのようだ。まだ怒っているようだ。低く唸るような声で言った。


「役者も一朝一夕で出来るものじゃないでしょうから、重労働よりきついかもしれないわね。話はこれでお終いよ。じっくり考えてみて」




 長居するような場所ではないので早々に牢から立ち去った。だがその後もアレクセイの機嫌は直らなかった。ずっと眉間に皺が寄っているようだ。


「王子、部屋でお茶を飲んでいきますか?」

「…はい」


 アレクセイの眉間の皺は取れたが、まだ表情はかたいままだ。部下の三人の様子を伺ってみると、渋い表情をしていた。自分の気付かない所で何があったのだろう。


「皆さんも飲んで行かれますか?」

「いえ、結構です。お二人でどうぞ」


 ドナートに笑顔で言われた。他の二人からも断られた。

 執務室に着くとアレクセイの部下達は戸の前で待機し、侍女達とリーザも部屋から出て行ってしまった。


「すまない…」


 アレクセイは応接用の椅子に座り、膝に肘を乗せ顔を手で覆っている。

 応接用の机には侍女が用意してくれたお茶があった。


「大丈夫?どうしたの?」


 自分はアレクセイの正面に座わるとアレクセイのつむじが見えた。いつも見上げているのでアレクセイの頭のてっぺんを見る機会がなかった。別に見たところで何かあるわけではないが、新たな一面を見られたようでなんだか嬉しかった。


「大丈夫だ…俺自身に嫌気がさしているだけなんだ……」


 アレクセイの言葉を否定しようと思ったがそれはやめて彼の右隣に座った。アレクセイは顔を上げこちらを見てきた。濃い色の瞳に吸い込まれそうになった。


「エレオノーラ…抱きしめてもいいか?」

「へっ?」


 昨晩聞いたような低い声で言われた。

 唐突に言われたので変な声が出てしまった。体も仰け反ってしまった。


「そうか…駄目だよな。すまない、忘れてくれ」


 アレクセイは視線を正面に向けた。お茶のポットでも見ているのだろうか。


「いえ、そんな…。驚いてしまっただけよ。アレクセイがそれで機嫌が良くなるのなら、抱きしめていいわよ」


 すぐに抱きしめられると思ったが、アレクセイは困惑した表情を見せた。どうしたのかと思っているとため息をつかれてしまった。もしかして呆れさせてしまったのだろうか。


「た、ため息?何か変な発言しちゃったかしら?」

「いや、してない…。自分に対してだ。抱きしめかったのは心を落ち着かせたくて…そうだよな機嫌を取って貰おうとしたみたいになるよな…」


 アレクセイは肩を落として落ち込んでしまった。


「何があったの?」

「叔父とか、さっきの愛人だとかを考えていたら不安になって…」

「不安?私はその不安を解消出来る?」


 アレクセイは笑った。


「ああ、たった今解消された」


 抱きしめられた。よく分からないがアレクセイの不安がなくなったのならそれでよい。自分の腰にアレクセイの両手があるのでなんだかくすぐったいが、彼の気分が損なわれないようにじっとしていよう…と思ったがやはり耐えられずに身をよじらす。


「アレクセイくすぐったい…」

「ん?そうか、すまない…」


 アレクセイは左手を腰からずらしたが、今度は臀部(でんぶ)に左手を置いた。右手は腰のままだ。


「…そこはお尻よ?」

「知っている」


 セマルグル王国では女性の尻を触ってもいいのだろうか。いや、まさかそんなはずない。


「アレクセ――」

「もう少し肉がついた方が…いや、これはこれでいいな…」


 アレクセイはかなり小さな声で言ったが全て聞こえている。自分の耳が良い悪い関係なくこの距離なら聞き取れる。


「聞こえているのを知っていて言ってるわよね?」

「当たり前だろう。恋人の尻を触っちゃいけないのか?」

「こっ…!」


 アレクセイは恋人と言った。互いに思い合っている、好き合っているなら恋人同士なのだろうか。


「違うのか?」


 アレクセイの左手は尻から、右手は腰から移動し両肩を掴んだ。アレクセイはじっと射貫くかのように見つめてきた。


「けっ、結婚をする人同士が恋人になるのではないの?」


 自分が思っていた恋人とは違ったようだ。結婚を前提とした付き合いなのかと思っていた。


「…結婚する気はないのか?」


 思わずえっ、と言ってしまった。その時のアレクセイの顔はとても傷ついたような悲しい顔になっていた。

 どうやら恋人の概念は合っていたようだ。やはり恋人とは結婚を考えている者同士を示す言葉なのだろう。


「…だ、だっていずれは帰ってしまうのでしょう?」


 自分で言いながら悲しくなった。鼻の奥が痛い。


「また来る、何回でも来る…。はっ、既成事実を作るしかないのか…?」


 アレクセイは両肩から手を離してくれた。


「き、きせ…?」


 自分は思わず眉をひそめてしまった。

 既成事実とはなんだろうか。そのままの意味だとすでに起こってしまっていて、承認されている事柄と言う意味だったと思う。何かを起こそうとしているのだろうか。


「しかし王族同士だからな。世間どころか国内外で大騒ぎになる」


 アレクセイは険しい顔で何か言っている。質問してみた方がいいのだろうか。だがそれは火に油を注いでしまうような気がして、聞くに聞けない。


「大騒ぎになるのならやめた方が…」

「しかしだ、そうするしかエレオノーラの気持ちを変えられないのなら仕方がない」


 私の気持ちとは何に対する気持ちだろうか。アレクセイに対する気持ちだろうか。


「よし、寝室に行こう。いや、怪しまれるな。…ここでか。また別の機会があるか分からないから仕方ないのか?」


 アレクセイはなにやらブツブツと呟いている。


「さっきから何を言っているの?ずっとよく分からない単語を言っているし…なんだか変だわ」

「変?俺が?そうか…変か……」


 また落ち込んでしまった。情緒不安定のようだ。落ち着かせるには…。


「アレクセイ、こ、これで落ち着けるかしら?」


 アレクセイを腕ごと抱きしめてみた。身長差に加え体格差もあるので腕がまわりきらない。アレクセイの胸元に顔を埋める形になった。少々苦しい。


「いや、全く…。むしろ心拍数が上がっている」


 どうやら逆効果だったようだ。苛つきから心拍数が上がってしまったのだろうか。謝ろうと思い腕を放し顔を上げたら、アレクセイは顔は赤くなっており、少し困った顔をしていた。それをポカンとして見てしまった。


「ははっ、今のでこんなになるんじゃ、この先は出来ないだろうな」




 アレクセイは笑顔で退室した。機嫌が良くなってよかったが、謎が増えてしまった。


(この先って何かしら?既成事実もそのままの意味ではないようだし、理解出来ない言葉だらけだわ。アレクセイは本当に色々知っているのね)


「陛下、宰相殿の部下から書類を預かりました。署名をお願いしたいそうです」


 クラリッサから紙の束を渡された。


「ええ、ありがとう。こんなに…」

「これでもまだ一部だそうですよ」


 書類の束は自分の指の一関節分はあった。書類に目を通すと、あの男が作った悪法の撤廃や改正について書いてあった。税率については当然ながら低くする方向になっているようだ。

 感情を込めないようにと思っていたが、書類に書かれた文字を見るとイライラしてきた。全て悪法の撤廃についてだからだ。


(冷静に、冷静に…字がぶれないように…)


 無心で署名していった。ずっと同じ文字を書いていると目がちかちかして、正しいのか分からなくなる。


(ゲシュタルト崩壊だったかしら…。ちょっと書いただけでこんなになっちゃって大丈夫かしら?先が思いやられるわね)


 大分時間が経ったと思ったが自分が顔を上げると日はまだ沈んでいなかった。随分日が長くなったものだ。

 朝にも似た考えをしたが、十日ほど前までは自分が王になるなんて考えられなかった。今でも夢なのではと思う。しかしこの書類を目に前にすると現実なのだと実感させられる。


(夢だったら、十年前のあの日まで遡って……)


 そこまで考えてやめた。たらればなんて虚しいだけだ。それにアレクセイに会えないのは嫌だ。


(いえ、隣国同士なのだから何かしらの機会で会っていたかも…?そうだったら今はどうだったのかしら…それこそ、たらればよね)


 はぁ、とため息をついた。それを見て侍女達が動いた。お茶の準備をしてくれているようだ。先ほどとは違う匂いが執務室中に広がった。


「こちらをどうぞ。もう夕刻ですのでカフェインが入っていないお茶にいたしました」


 ダニエラがお茶を運んで来てくれた。


「とっても良い香りね。ありがとう」


 口や鼻の中から全身に香りが広がった。もちろんそんなはずないが、そう感じさせるには十分な幸福感だった。頬も緩む。


「よし、これで夜も頑張れそうだわ」

「お止めください。初日からそんなに張り切ってお仕事なさらないでください。すぐにバテてしまいますよ」


 ダニエラが言うと他の侍女達も勢いよく頷いている。戸の近くにいるリーザも苦笑している。リーザは他国の人間なので、書類を見てはいけない。なので離れた位置にいてもらっている。


「…じゃあ運動しようかしら。体力つけないといけないものね」

「ではダンスはいかがでしょうか?」


 リーザの方を振り向くと近づいてきた。リーザはいつもより背筋を伸ばし、右腕を曲げ左腕は伸ばしている。

 その立ち姿に驚いていると、アンナが口を開いた。


「リーザ殿は男性の踊りも出来るのですか?」

「ええ、女性も男性もどちらでも踊れますよ」


 よく分からないが侍女達の反応を見ると凄いようだ。

 これから踊る機会があるかもしれないのでリーザに習うことになった。まずはリーザが女性パートを踊ってみせてくれた。見たことがない動きなので何がなんだかさっぱりだ。


「…私はどうしたらいいのかしら?」

「はい、まずは向き合って手を組みます。それから――」


 リーザはとても厳しい先生だった。だが踊れるようになれば体力もつくだろうし、いずれはアレクセイと踊れればと思う。そのためにはこの厳しい練習を乗り越えてみせる。




 最後スポ根みたいな文章ですね。運動らしい運動をしてこなかったので張り切っているのでしょう。

 エレオノーラとアレクセイは付き合う=結婚と思っているようです。

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 ※予告なく加筆修正する場合がございますので、予めご了承ください。

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