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38.もう一人の

 王子視点です。


 昼食を終え、愛馬の様子を見に行こうとしたところ、セマルグル王国の伝令兵がいるのを見つけた。ちょうど今来たらしく、乗ってきた馬を馬房に入れていた。


「どうした?」

「はっ!こちらを!」


 伝令兵が渡してきた書簡に目を通すと、叔父がこちらに向かっていると書いてあった。叔父というのは父の一番下の弟だ。確か毎年この時期は国の南側の海域を荒らす海賊に行っていたと思うのだが、ケレース王国に来るとは一体どういうことだろうか。

 ミハイルに書簡を渡すと、眉間に皺を作っていた。


「どういう事だ?」

「はっ!例年より海賊の動きが小さく理由を探ったところ、秋に南の島国襲撃時に反撃され被害が大きく、それに加え冬の寒さが厳しく死者が多かったため活動規模を縮小していると分かったのです」

「それで海賊討伐に叔父上が出るまでもないと判断されたのか」


 叔父は好戦的であるが戦略家でもある。勝率は七割りから八割りだが、負けたとしても被害を最小限に抑えている。そんな叔父を師と仰ぐ者もいるらしい。


「色んな方がこの国にいらっしゃいますねぇ。しかもなかなか厄介な方々が、ですよ」


 アルトゥールの言うとおり、叔父もなかなか面倒臭い人なのだ。何より声が大きくてうるさい。後、バシバシ叩いてくるので痛い。叔父と会った後は大体赤い手形が残っている。冬で厚着をしていてもだ。


「叔父対策もせねばならないのか…。おそらく暇になったから来るのだろうな」


 伝令兵によると、すでに国境付近にいるので数日もすれば王都まで来るとのことだった。それと当然だが叔父が甥に会いに来るのではなく連合国軍として訪れるらしい。何をするつもりなのだろうか。叔父は戦闘専門であるので復興や福祉に関しては門外漢である。


「ご苦労だった。疲れただろう、休んでくれ」


 伝令兵が去った後、部下三人と顔を見合わせる。ここにいる皆は幼少期に叔父から剣や槍などの指導を受けたので恩はある。…あるのだが、豪快すぎる人物なので少々疲れる。だが某はとこよりはましである。


「あの方には勝てたのはほんの数回しかないですね。腕がなまりそうでしたので、剣の手合わせをお願いしたいです」


 ドナートが嬉しそうに話した。ドナートは自分よりも腕が良いが叔父に勝てたのは何百何千と手合わせしたうちの数回である。自分は確か一、二回勝てていたと思う。


「我々は一度も勝ててないですよね、ミハイルさん」

「ええ、ですが弓なら勝てています」

「わ、私も槍なら一度勝ててますよっ」


 叔父は何でも出来てしまうので羨ましい限りである。自分達はそこら辺の兵士となら十回中十回勝てる。叔父が強すぎるのだ。

 叔父の話で盛り上がっていると戸をノックする音が聞こえた。


「失礼いたします。破れた服とかございましたら出してくださいまし。パパッと繕って差しあげます」


 後方支援の女性兵士が入って来た。自分が子どもの時からいるのでかなりいい年齢だ。皆からは母親のように慕われている。元は最前線で戦っていたらしいが、子どもを五人産んだ後は後方支援に移ったらしい。体型が変わってしまったからとかなんとか…。


「俺は特にないな」

「取って参りますから少々お待ちください」


 ドナートが取りに行こうとした。何ヶ月も遠征していたから傷んだ服が溜まっているのかもしれない。


「後で伺いますから取りに行かなくてもよろしいですよ」

「ありがとうございます」


 ドナートは軽く礼をした。ちなみにこの女性の名前もエリザベータである。


「うふふっ、聞きましたよぉ。王女様がいらしたんですってぇ。何日か前に殿下が内密にドレスを用意しろだなんておっしゃるから何かと思ったら、そういうことでしたのねぇ。んもぅ言ってくださればもっと可愛らしいの用意しましたのに、ねぇ~」

「う、うむ、ありがとう…」

「髪飾りも王女様に贈るのでしょう?大丈夫ですよぉ、ちゃんといい職人の所にお願いしましたからぁ」


 髪飾りは部下達には言っていなかったので驚かれた。もしかしなくてもこれを話すためだけにこの部屋に来たのではないだろうか。いつもは階級が下の兵士が来るのにおかしいと思ったのだ。


「ああ、王女様は先ほど即位なされたのですよ」


 ドナートがにこやかに答えた。

 エレオノーラの即位はまだ広まっていないようである。


「あらっ!そうなの?女王様と王子様、どうなっちゃうのかしら~うふふっ」


 アルトゥールの顔が思い切りにやついている。よく見ればミハイルの顔も笑いを堪えているように見える。ドナートは穏やかな顔をしているだけだ。


「花でも贈ったらいいと思ったけど、この国はあまり花が咲いてないですからねぇ。残念ですねぇ」

「花か…」


 エレオノーラはずっと塔の中にいたから花は長いこと見ていないかもしれない。


「塔の中で暮らしてらしたんでしょう?体験出来なかったものも沢山おありでしょう。欲しかった物も沢山あるでしょうにねぇ…」

「欲しかった物か…。なんだろうか」


 エレオノーラのいた塔内を思い出す。確か生活に必要な物と本しかなかったはずだ。


「…そういえば妹はぬいぐるみを離さなかった時期がありましたね」


 ドナートが少し下を向いて考えながら言った。


「あ!うちの妹達もぬいぐるみ持っていましたよ!」


 アルトゥールは今でこそ妹達の愚痴を言うが、幼い頃はなんだかんだ可愛がっていたのだ。

 エレオノーラがぬいぐるみを欲しがれば侍女達は喜んで作っただろう。欲しくても侍女達に負担をかけないために言わなかったのかもしれない。そういう人だ。


「…殿下、お作りいたしましょうか?布ならいくらか余っておりますので可能でございますよ」

「……たのむ」




 結局愛馬の所に行けず、城内に用意された部屋に戻った。

 エレオノーラはぬいぐるみを喜んでくれるだろうか。エリザベータは明日には出来ると言っていたので明日渡そうと思う。

 しかし、彼女がぬいぐるみを喜んだら侍女達はどう思うだろうか。我慢させてしまったと悲しまないだろうか。彼女に喜んで欲しいとしか考えていなかった。自分の短絡的な考え方に後悔した。

 ずっとぬいぐるみについて考えていてはいけないので、自分は頭を切り換えて話を叔父に戻す。


「…陛下に叔父上が来るのを伝えないとな」


 自分がため息と共に言うと、即座にアルトゥールが反応した。


「あれ、お名前で呼ばないんですか?」


 自分はじろりとアルトゥールを見ると、不思議そうな顔をしていた。


「え、先ほどは何の話をなさったのですか?え、え?」

「…何故言わねばならぬ」


 アルトゥールを睨むつける。ドナートとミハイルは呆れたような顔になっている。


「アルトゥール、お二人の事だ。我々が口出ししてはならない。多分、二人きりの時は名で呼び合うと決めたのでしょう」


 ドナートはかなり真剣な顔つきで言った。真剣な顔もいつも通り強面だ。

 その通りなので思わず顔を自分はしかめた。

 ドナートも同じような経験があるのだろうか。ドナートの結婚報告の時はそれまで何の噂もなく突然だったのだ。


「おお、なるほど」


 アルトゥールはドナートの言葉に納得したようだ。そんな二人を見たミハイルはため息をついた。


「その話はもうよろしいでしょうか」


 ミハイルは相変わらず眉間に皺が寄っている。そんな顔をしなくてもいいだろうに。


「ああ、すまないな。叔父上の話だろう?あの人はただの暇つぶしだろう。首を突っ込みたがるしな」

「陛下にちょっかい出さないか心配ですね。まだお妃様がいらっしゃいませんし」


 アルトゥールが険しい表情で不穏な発言をした。


「なっ!」


 思わず立ち上がってしまった。そう言えば叔父は独身だった。父とは十五歳も離れており、まだ三十歳である。叔父は父よりも自分の方に年が近いのだ。

 エレオノーラと自分は思い合った仲なので、ちょっと叔父がちょっかい出そうと仲が揺らぐことはない…はずである。自分よりも遥かに見識も実力も経験もある叔父に彼女はどう思うだろうか。


(いや、ないな…。エレオノーラは豪快な人物は好まないのではないだろうか…)


「それは大丈夫でしょう。確か叔父君は年上女性がお好きだったはずです」

「ええ、未亡人と一緒にいるのをよく見かけますね」


 ドナートとミハイルの言葉にほっと胸をなで下ろした。そうだった。いつも年上の女性と一緒にいた。何なら祖母と同じくらいの年の女性といるのを見かけたことがある。


(よかった…)




 各領での連合国軍の動きの報告書を確認した後でエレオノーラの執務室に向かった。自分が行かなくてもいいが、エレオノーラの顔を見たかったので自ら叔父についての報告に行ったのだ。

 時刻はもう夕方に近くなっていた。


「陛下、こんにちは」


 自分が挨拶すると、エレオノーラはこちらを見て微笑んだがすぐに真顔になった。それを見て自分も真顔に戻す。あまりにやにやしていると気持ちも浮かれてしまうので、二人きりでいるとき以外は平静を貫こうと思う。


「ええ、こんにちは。どうされたのですか?」


 エレオノーラは今まで通り話すようだ。自分も同じようにする。


「はい、先ほど伝令兵が来て、私の叔父が来るとの知らせを持って来ました」


 エレオノーラは目をぱちくりさせ呆気にとられたようだった。

 叔父の説明をすると、エレオノーラは眉を下げて笑った。面白い要素はなかったと思う。


「アレ…王子のご家族は沢山いらっしゃるのだなぁと思っただけですよ。どんな方なのか楽しみです」


 今エレオノーラは名前で呼ぼうとしなかっただろうか。自分の表情が少し崩れてしまった。

 エレオノーラと自分の大きな違いは家族の多さだろう。彼女は天涯孤独だが、自分は家族…親戚が沢山いる。


「少々声量が大きいのでうるさいかも知れませんが、悪い人ではありませんのでご安心ください。では、これで失礼いたします」


 自分は会釈をし部下と共に退室しようとした。


「えっ、もう戻られるのですか?」


 エレオノーラはとても悲しげな顔になった。そんなに自分と過ごしたいのだろうか。喜ばしい事である。かく言う自分ももう少し彼女と一緒にいたかったのでちょうどいい。


「…いえ、もう少しいましょう」

「よかった。実はよい考えが浮かんだのです。将軍と司法大臣にはもう言ってみたのですけど、あまりいい案ではなかったみたいなので王子の意見を聞きたいのです」


 なんだ、自分と一緒にいたかったのではなく発案を披露したかっただけかと少しがっかりした。それも他の人にすでに言っている話だ。


「ええ、喜んで伺いましょう」


 そう思いつつも自分を頼ってくれるのが嬉しくて笑顔で聞いてしまう。


「ありがとうございます!」


 彼女は今朝言っていた愛人達の処遇について話し出した。娯楽のためにあの男が禁止した劇団を復活させ、愛人達を役者にするとの話だった。面白い話ではある。


「どうでしょうか…?」


 侍女達の視線を感じる。リーザもじっと見てくる。すっかり馴染んでいるようだ。


「ええ、よい案だと思いますよ。役者ならば綺麗な物を纏えますから愛人達も喜ぶんじゃないんですか?」

「はい、あの者達は今更平民が着ている物は着たがらないでしょう…」


 愛人達の尋問をしたミハイルがいうと説得力がある。流石に劇で着る衣装は絹で出来た物は着られないし、宝石も本物じゃないが見栄えの良い物は身に着けられる。


「何でしたら、重労働と選ばせましょうか」


 エレオノーラはにっこりと笑った。それだったら役者を選択する人数が多くなりそうだ。


「今から愛人達のいる牢に行きますか?もう夕刻に近いですが、長居をしなければ大丈夫でしょう」

「司法大臣が部下と話し合ってくれるそうなので、まだ決定してないのですが…」

「貴女が王なのですから押し通せます。愚策でもないですし大丈夫でしょう」


 エレオノーラは納得したようだ。

 自分はエレオノーラと共にあの男達の愛人のいる牢へ向かった。




 世話焼きおばさんが登場しました。

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 ※予告なく加筆修正をする場合がございますので、予めご了承ください。

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