4.再会
※2020/05/12加筆修正しました。
無事に彼女を抱きかかえたたまま階段を下りきった。足元は暗さと彼女の体で見えなかったが問題なく下りられた。これは日頃の鍛錬のおかげだろう。
「先に戻って部屋と食事の用意と医者と王女の侍女を探して部屋に連れてきてくれ。食事は軽めのものにしてくれ」
部下にこの後の指示をする。彼女はかなり衰弱しているので一刻も争う。
「はっ、侍女達の顔が分かる私が行きます!」
「後、まだ王女の事は内密にしたいのでなるべく人に話すな。食事もお前が運んでくれ」
「分かりました!」
お宝部下は走って城に戻って行った。どんどん小さくなる背中を見送る。あんなに足が速かったのかと感心した。
「あの…、彼女達、いえ、侍女達は無事なのですか?」
彼女は顔をこちらへ向け、恐る恐る尋ねた。少し強ばった顔つきになっている。
「ええ、もちろん。城にいた他の者達も抵抗しなかったならば皆さん怪我なく無事でしょう」
まぁ、もちろん悪事に加担してなきゃだが。加担した者は当然牢獄の中にいる。
「本当ですか?…よかった!」
彼女は青い目を細めて微笑んだ。声は弱々しかったが、喜びに満ちあふれているように聞こえた。
抱きかかえて塔の螺旋階段を下りている時から感じていたが、彼女は軽すぎる。先代の王の王女は生きていたら十五、六歳だと聞いていたが、それにしては随分と小柄だし痩せている。三日ほどまともに飲食出来ていない事を考えても痩せすぎている。そういえば王宮で働いていた下級官や侍従、侍女達に太った、いや小太りもいなかった。
(…あの男らはかなり肉付きがよかったのに)
「ありがとうございました。あの、もう大丈夫ですから、そろそろ降ろしていただけませんか?平らな場所ならば自分で歩けますから」
彼女は遠慮がちに言った。
「その靴でですか?その靴は歩くのに適していないと思いますよ」
「えっ?」
彼女の靴は靴というには薄く、靴下にしては分厚い。恐らく侍女のお手製だろう。服もかなり質素だ。こちらも侍女達作ったのだろう。
「で、ですが、平気ですから降ろしてください。大丈夫ですから!」
「残念ながら降ろせません。時間が勿体ないので行きますよ」
彼女の願いを聞かずに歩み出した。風に吹かれたら飛んでいきそうな彼女を歩かせる訳にはいかない。それに数日食事を摂っていないのだからそちらの理由でも歩かせる訳にはいかない。
「あ、あの!自分で歩けますから!」
「……」
「お願いですから降ろしてください!」
「……」
「あのぅ…」
「………」
彼女は静かになったが、今度は部下達に助けを求め視線を送り続けている。しかしそれを無視されてしまい落ち込んでいる。先ほどの気迫とは打って変わって、しょんぼりしている姿は年相応だ。まるで別人のようだと思った。
彼女は降りるのは無理と判断したらしいが、最後の抵抗と言わんばかりにこちらから自身の体を離そうとしている。
「出来れば私から体を離さないでいただきたいのだが。こちらに負荷がかかるので」
「す、すみません…」
小さな声で謝ると彼女は大人しくこちらに体を寄せてくる。本当は体が離れていても彼女ほど軽ければさほど負荷は掛からない。
慎重な部下が眉間に皺を寄せている気がするが気にしない。彼女と慎重な部下を気にせず歩き続けた。
城に到着し、慎重な部下が部屋を確認しに行った。
彼女は城を見上げたり、辺りを見渡したりして景色を確認しているようだ。
「私は本当にお城に戻って来られたのですね…」
「ええ。もちろんです」
彼女の反応からすると、城内の中はかなりゴテゴテとした装飾が施されていたが、城の外装は当時のままのようだ。
周囲を気にしながら待っていると、わりとすぐに慎重な部下が戻って来て、部屋に案内された。あまり人目につかなさそうな部屋が用意されていたようだ。部屋に入ったところで名残惜しいが彼女を降ろした。
医者はすでに来ており、すぐに彼女の手当が行われた。それから少しして侍女と思われる女性達が到着し、彼女を見つけると駆け寄ってきた。
「あああ、よかった。ご無事で何よりでございます!」
「うっ、ご無事で…ううっ……」
「貴女達も無事でいてくれてよかったわ」
侍女達は彼女の顔を見て涙を流している。彼女も微笑んで再会を喜んでいるようだ。
「…この手は、この手は一体どうされたのです?!」
「なにゆえこのような狼藉を!!このお方をどなたと思っているのです!!」
泣いていたのも束の間、彼女が怪我をしているのを見つけ、侍女達はものすごい剣幕で怒鳴った。こちらを睨み付けている。
「違うの!この方達は私を助けてくれたのよ。この傷は自分でつけてしまったの。今もお医者様を呼んでくださったし。もう大丈夫なのよ」
彼女は必死で侍女達をなだめようとしてくれた。しかし侍女達は恐ろしい形相で睨み付けてくる。
「いや、我らが怖がらせてしまったからだ。申し訳ない」
彼女と侍女達に頭を下げた。部下達と彼女…王女は驚いているようだ。侍女達はこちらの素性を知らないかからか、特に表情に変化はなく怒り顔のままだ。
「そんな、私も気が動転していていたとは言え失礼なことをしてしまいました…」
彼女は本当に申し訳なさそうな表情で謝ってきた。眉は下がり、目を伏せている。
「突然男が大勢来たら誰でも驚きますよ。怖がらせてしまい、本当に申し訳なかった」
長い間侍女としか会っていなかったのだから、さぞかし驚いただろう。しかも、数日間誰も訪れなかった不安の中でだ。怖がらないはずがない。
「いえ、そんな…。助けようとしてくださったのに勘違いしてしまって……」
「貴女がいる可能性も考えるべきでした」
「え、ですが…そんな…」
そんな謝罪合戦をしていた所にお宝部下が料理と飲み水を運んできた。出来たてなのか湯気が出ている。どうやらリゾットのようだ。
(しまったな。食事は軽めのものと言ったが、簡単に食べられる料理と思われたようだ。胃に優しい食べ物のつもりで言ったのだが。やってしまった…)
どうぞと言いながらお宝部下が彼女の前に食事を置いた。
「どうぞ召し上がってください。…その手で食事出来ますか?」
彼女の手には包帯が巻かれていて痛々しい。
「はい。大丈夫だと思います」
そう言うとスプーンを手に取りゆっくりとリゾットをすくい口に運んだ。皆でその様子を見守る。
「あつっ!」
彼女は口からスプーンを慌てて離し、侍女達が水を差し出した。
「ふふっ、あまりにもお腹が空いていたから急いで食べちゃったみたいね」
彼女は侍女に渡された水を飲み微笑んだ。彼女の言葉と笑顔で周囲は和んだのだが…。
(違うだろう。今まで塔に運ぶまでに料理が冷めていたからだ……)
だんだん怒りと悲しみがこみ上げてきた。奴らは贅沢三昧し、彼女には、国民達には苦難を強いてきた。それがどれほど愚かなことか何故分からなかったのだ。
眉間に皺を寄せ、奥歯を噛みしめる。彼女らに顔を見られないように背を向ける。今の顔は誰にも見せてはならない。彼女が塔から抜け出せ、侍女達とも無事に再会出来た感動の場なのだから。
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