3.出会い
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※2020/05/12加筆修正いたしました。
「さぁて、何があるのかな、っと。―――!!」
先頭で青みを帯びた黒髪をした長身の男が入ってきた。その男は周りの男達よりも身分が高そうだ。甲冑には細かな飾りがなされているし、マントも上等な織物で出来ており、光の加減で文様が見え隠れする。腰に提げている剣の鞘にも花鳥モチーフの図案が施されている。顔は目鼻立ちがはっきりとし、目は髪よりもやや薄い色をしていた。立ち姿からしてもかなり身分が高いことが窺える。
男達は人がいるとは思わず、驚きのあまり体が硬直をしていた。その隙に思い切り息を吸った。
「誰の許しを得てここに入った。無礼であるぞ。なにゆえこのような愚行を犯したか述べてみよ!」
男達を睨み付け、力いっぱい言い放った。すると男の部下と思われる者が剣の柄に手をかけようとしたが、先頭の男が腕を伸ばしてそれを制した。
「突然の訪問失礼した。お詫び申し上げる。我らはこの国の南東に接するセマルグル王国から参った。我はセマルグル王国の第二王子アレクセイと申す」
先頭で入って来た男は王子だと名乗った。事実なのだろうか。確かに身なりは良い。
「……大陸一の大国が何故ケレース王国のような小国へ来たのです?」
「パランゲア大陸連合国軍として参った。この国の領主、元重臣達から王の誅伐を嘆願され諸国と協議を重ねた結果、民を虐げる悪辣な王族と判断した。再三警告したが、内政干渉だとして聞き入れず更に国情を悪化させた。よって王と王妃、その娘の王女を誅伐しに参った。…貴女は?」
(あの人達が死んだ?死んだの?本当に?)
驚いて一瞬目を見開いた。心臓の鼓動が大きくなる。呼吸も速くなるが、数回深呼吸し心を落ち着かせた。
「簒奪者及びその妻子を討ってくださり感謝いたします。我が名は先王フェルディナンド五世が第一王女エレオノーラと申します」
部屋がしんと静まり返った。男達は目を見開き驚きや戸惑いを見せている。王子だけは動じずこちらを見ている。
「私も王族です。殺しますか?」
王子達をじっと見る。男達…王子の部下達には警戒されているようだ。
「いや、誅伐は王と妃と二人の娘の計三名だけだ。よって貴女は対象外だな」
「…信じてもよろしいのでしょうか。私の存在を把握していなかっただけでしょう?」
部屋に入った時の反応からすると、自分がいるなんて全く予想していなかったのだろう。
「ええ、そうですが。まぁこの状況を見れば誰もが監禁されていたと思うでしょう。さぁこちらへ貴女を保護いたします」
王子が手を差し伸べ王子の元へ来るように促した。まっすぐこちらを見ている。王子は友好的な態度だが、その周りの男達はそうではない。剣の柄に手はかけてはいないが、いつでも動き出せるように身構えこちらを睨み付けている。空気はピリピリとしており、明らかにこちらを敵視していた。
「信じられません。私を捕らえてどうなさるおつもりですか?処刑台にでも連れて行きますか?別の場所に閉じ込めますか?国民は?国民をどうするおつもりですか?!」
そう言い終えたと同時に体の後ろに隠し持っていたガラスの水差しを見せた。王子は声を荒らげ部下達に動かぬように指示したが、部下達は王子を守ろうとこちらに近づこうとしている。
手を思い切り振り下ろし水差しを叩き割り、その破片を首元に当てた。骨張った青白い手から血とわずかに残っていた水が混ざりあいながら流れ落ちていく。
「来ないでください!少しでも近づいたら首を切ります!私は本気です!」
必死で叫んだつもりだったが、思ったより声が出なかった。声が裏返ってしまった。
「おやめください。貴女に危害を加える気は毛頭ありません」
王子はなだめるように低く静かな声で言った。
「嘘です!現に斬りつけようとしているではありませんか!十年前のあの日、あの男が父にそうしたように!!」
部屋が再び静まりかえった。
嫌でも思い出されるあの光景が今の自分に重なった。
自身の叫びを聞いた王子は腰に差していた剣を床に置いた。
「お前達も武器を置け。命令だ」
「ですが…」
「聞こえなかったのか?命令だと言っている」
王子の命令を聞き、部下達は渋々と武器を床に置いた。全ての部下が置き終えたのを確認して王子がこちらを見ながらゆっくりと近づいてくる。
「こ、来ないでください!!」
慌てて数歩後ろに下がろうとしたが、足に力が入らずに少ししか動けなかった。
「部下が失礼した。俺を守るためだ。許してやってほしい。どうかそれを手から離してくれないか?我々は貴女やこの国の民に危害を加えたりしない。約束します」
王子は優しい声でいった。温かみのある声だった。
「……本当ですか?」
「ええ、もうこの国に貴女や民達を傷つける者はおりません。私がさせません」
「そう…。よかった……」
水差しの欠片が手から滑り、床にカランと落ちた。自身も崩れ落ちそうになったところを王子が駆けより腕を伸ばして受け止める。
「王女に手当を。…大丈夫ですか?」
王子はこちらの顔を覗き込んだ。顔色を確認しているようだ。
返事をしようとしたが震えて声が出なかったので頷くだけになった。
椅子に座らされ、王子の部下が手に布を巻いてくれている。それをぼんやりと眺めた。
「応急処置ですが、これで大丈夫だと思います」
「早速で申し訳ないが、ここから出ましょう。ここは貴女がいていい場所ではありません」
そう言われ王子の方を見ると、とても心配そうにこちらを見ている。よく見ると信頼出来そうな顔をしている。
(悪い人じゃなかったのね。よかった…。本当によかった……)
「ここを離れましょう。…王女、聞こえてますか?」
「え、ええ。分かりました」
王子の言葉にハッと我に返った。
王子に支えられながら椅子から立ち上がり、そのまま扉まで歩を進めた。足元がおぼつかなかったので、王子が腰に手を添えてくれた。
十年間この部屋から一度も出る事はなかった。侍女達が出入りするのを見ていただけだった。それも今日でおしまいだ。
扉を抜けるとすぐに階段があった。螺旋階段なので先が見えない。薄暗いのも加味して足が竦んでしまった。たじろいでいると王子からとんでもない提案がされた。
「私が抱きかかえて下りましょう。さぁこちらへ」
抱きかかえるだなんて、子どもならまだしも自分は大人だ。
「結構です。自分で下りられます!」
「遠慮なさらず、さぁ」
視線で来るように促された。どうやら本気のようだ。
「平気です。これくらい私一人で下りられます!」
「…しかし、これ以上怪我をさせたらこの国の国民に申し訳が立たない。お願いですからどうぞこちらへ」
そう言い王子は両腕を広げた。心なしか嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか。
(気のせいよね。人を抱えたい人なんていないもの…)
王子は少し身をかがめて待ち構えている。やはり嬉しそうに見える気がする。
「で、では、お願いいたします」
王子に近づくと背と膝裏に王子の腕が伸びてきてそのまま持ち上げられた。その力強さに驚いた。
王子に抱えられながら階段を下りた。階段は薄暗さに加えて幅が狭く手すりもない。侍女達はこんな所を一日に三回も上り下りしていたのかと思うと感謝してもしきれない。後で礼を尽くさねばと心に決めた。
王子の腕の中は安心感があった。暗いので表情はよく見えないが、人を抱えているにもかかわらず疲労を感じさせない。日頃から鍛えているのだろうか。自分から言い出すほどの事はあるのだなと思った。
ふと幼い頃に父に抱っこされたのを思い出した。隣で母が微笑んでいる。もう二人ともぼんやりとしか思い出せなくなってしまったのだけど…。
感傷に浸っていると視界に光が差し込んだ。とても眩しい。塔の入口…いや出口が見えた。
パラ+パンゲア=パランゲア にしました。セマルグルはスラヴ神話、ケレースはローマ神話の神様の名前です。
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