1.王女
初の連載作品です。シリアスよりの物語になっております。王女の心の成長物語ですので、うじうじしたりします。温かく見守ってあげてください。
※2020/05/12加筆修正しました。
――おとうさま!!――おかあさま!!
幼い少女が悲鳴にも近い声で叫んだ。両の手を懸命に伸ばしたが無情にも甲冑を着た屈強な兵士達に引き離された。
――いや!はなして!!おとうさまとおかあさまになにするの!!
口髭を生やした男が兵士達に何かを言った。はっと短く答えた兵士達は少女を連れ城の外に出ようとした。兵士に担がれながら見た城の中は荒らされ、役職や貴賤問わず斬り捨てられて辺りは血の海になっていた。
――ひどい!どうして!どうして!!
ハッと目が覚めると見慣れた部屋にいた。…見慣れてしまったの方が正しいかも知れない。
(久しぶりにあの時の夢を…最近は見てなかったのに。もう、もう十年になるのね……)
はぁと息をつき、顔の汗を手で拭った。まだ心臓がどきどきしている。息も荒い。
「おはようございます」
分厚い扉をノックする音と侍女達の声が聞こえた。続いて解錠の音と閂を外す音がし、鈍い音とともに扉が開かれ、いつも世話をしてくれる侍女二人が入ってきた。
「おはようございます。お目覚めでしたか?…少し顔色がよろしくないようですが」
「ええ、その…怖い夢を見てしまったから」
赤毛の侍女に問われ、長い金髪を顔に垂らしうつむき加減で答えると、まぁ!と心配そうな声をあげた。
侍女達の顔を見たら少し落ち着いてきた。
「ふふっ、少し驚いてしまっただけよ」
自分は微笑みながらそう言い、寝台から出て赤毛の侍女に手伝われながら衣類を着替え髪を整えた。侍女は主に二人しか来ないので自分でもある程度出来るようになった。十年この部屋で過ごした賜物である。
(この部屋というよりこの塔と言った方がいいのかしら?)
塔はレンガで出来ており、辺りを見渡すと寝台と一人用のテーブルと椅子一脚、申し訳程度の粗末な絨毯、そして隅にはトイレがあった。
(蓋をしないと臭うのよね。塔の下に出るらしいけど…あまり考えないようにしましょう)
流石に侍女以外と顔を合わせないにしても自分の排泄物を誰かに見られるのは恥ずかしかった。この事は忘れる事にしよう。
「さ、お召し上がりくださいませ」
「ええ、ありがとう」
白髪交じりの侍女が用意してくれた朝食を食べ始めた。以前食べていた物に比べたらかなり質素だが、食べられるだけましだ。そう思いながら豆のスープに固いパンをちぎって浸した。
(皆さんきちんと食事出来ているのかしら…)
――あの男はちゃんと国を治めているのだろうか。父から奪った玉座について…。
「では、お昼にまた参りますので――」
「ああ、忘れるところでした!」
そう言うと白髪交じりの侍女が給仕台から本を取り出した。給仕台はどうやらここ専用に改造されたようだ。ここに来るまで見たことがない形状をしている。
食事と必要最低限の衣類以外は持って来られないので隠して持ってきたのだ。
「頼まれていた本でございます。後はこちらもどうぞ」
胸元から小包を出し手渡された。顔を近づけると鼻孔をくすぐるような甘いにおいがした。
「まぁ!お菓子ね。ありがとう!でも貴女の分ではないの?」
お菓子は年に一、二回食べられる。食事以外は与えられないそうなので、侍女が買うか貰うかした物だろう。
「いえいえ、どうぞ召し上がってくださいませ」
「でも……」
「どうぞどうぞ召し上がってくださいまし」
「じゃあ…」
小包を開けると砂糖菓子が入っていた。それを白髪交じりの侍女に渡した。貴女にも、と赤毛の侍女にも渡した。
「私にもよろしいんですか?」
「ええ、勿論よ。人から貰った物で申し訳ないのだけど、いつも世話をしてくれているお礼に」
ちらりと白髪交じりの侍女の方を見ると微笑みながら、うんうんと頷いていた。目には涙が溜まっているようだ。
「いつか恩返し出来る日が来たら、きちんと自分で用意した物を贈りますね」
「ありがとうございます」
「うっ…ありがとうございます」
二人を見送ったあと、椅子に腰掛け本を読むことにした。いつものペースで読んだら夕食前には読み終わる厚さだ。よく分からない言葉や表現があったら書き出しておこうと紙とペンを用意した。少しゆっくり読んで明日も読むとしよう。
(ふぅっ……)
読書に一段落ついたので栞を挟み、見上げると明かりとりのための窓が目に入った。
(あら?もう日が傾きはじめている…?)
夢中で本を読んでいたため気付かなかったらしい。キョロキョロと他の窓を見てみたが、やはり日が傾き出していた。
(お昼に二人が来なかった。二人が来て気が付かないはずないもの。今までこんな事一度もなかったのに…。一体何があったというの?)
夕食の時間まで待ったが二人は来なかった。やはり何かあったのだ。侍女達になのか城になのかは不明だが、いずれにしろ不測の事態が起きているのだろう。それなりに覚悟しなければならない。
(大丈夫、怖い事には慣れているもの。お父様、お母様、どうかお見守りください…)
ぎゅっと指を組み、両親へお祈りした。不安になった時はいつもこうしてきた。そうすると自然と気持ちが楽になったのだ。
(よし、これでもう平気よ!)
今の状況を改めて確認する。机の上に朝に侍女から貰った砂糖菓子と中身が入ったガラス製の水差しとグラスがある。
(…砂糖菓子数個と水でどれくらい凌げるかしら?なるべく動かないようにしていれば…寝ていた方がいいのかしら?)
寝るにはまだ早い時間だが体力温存のためにもう床につくことにした。着替えがないのでそのままの格好で寝台に上がると言い知れぬ恐怖に襲われた。もし何日経っても誰も来なかったらどうしよう。例え誰かが来ても善人とは限らない。殺されるならまだマシだ。もっと恐ろしいことが待っているかも知れない…。
(大丈夫、大丈夫よ。お父様とお母様がついてるもの。きっと彼女達だって何か事情があって来られなかっただけかもしれないじゃない。大丈夫、大丈夫……)
リネンの寝具に包まり、自身に言い聞かせるように大丈夫と何度も唱えた。
「!!」
何か物音がした気がして飛び起きた。あたりはもう明るくなりはじめており、どうやらきちんと眠れたようだ。状況を把握しようと窓を見上げてみるが晴れている事しか分からなかった。耳を澄ましてみれば、びゅうびゅうと風の音が聞こえた。強風が吹いているようだ。
昨日は朝食しか食べておらず流石に空腹だったので昨日侍女から貰った砂糖菓子をひとかじりし、水をひと口飲んだ。じんわりと水を含んだ砂糖菓子が口の中に広がった。
夏でなくてよかったと思った。もちろん夏ならば多めに水が用意されているが、何日保つか分からない。
(まだ春でよかった。汗はそんなにかかないもの。でも――)
でも、と考えてそこで止めた。考えれば考えるほど良くない方へ思いを巡らせてしまうのだ。
(やめましょう、今は…今は今だけを考えましょう)
気分転換に本を読もう。まだ残っていたはずだ。そう思い椅子に座り本を読み出した。
侍女達が来なくなってから三日目になった。もう日が高く昇り始めている。寝ている時に何度も物音で目覚めていたので、起床が遅くなってしまった。
(今日も来ないのかしら……)
本と窓辺に来る小鳥達がいなければ精神衰弱を起こしていたかも知れない。しかしかなり体力が衰えてきている。一応記録を残そうとメモを取っていたが、内容は代わり映えしない。本は何度も読んだので少々飽きてきた。砂糖菓子も飲料水も残りわずかになってきている。もう少しいけると思ったが無理だったようだ。
残されたのは死んだ後、誰かが見つけてくれた時のために遺書を書くぐらいだろうか。何を書くか。まずは自分の身元と経緯だろうか。
そんなことが頭をよぎり出した頃、微かに話し声が聞こえてきた。
(幻聴?そろそろまずいのかしら?)
耳を澄ましてみると、いつも侍女達が行き来する方向から声が聞こえてきた。
(……確かに話し声が聞こえるわ。彼女達ではないみたいね。じゃあ誰なのかしら?)
低い声からして男だ。それも複数人いる。どんどん塔に近づいてきている。金属が擦れる音もするので甲冑を身につけている可能性が高い。
(そんなっ!!)
十年前のあの日の出来事を想起させるには十分だった。
全身が震えだしカタカタと歯が鳴り出した。
(どうしよう!今まで兵士が来るなんて一度もなかったのに!)
男達は塔の下で立ち止まったようだ。どうやら塔やその周辺を検分しているらしい。
(そのまま来た道を帰って行って!お願い!)
先ほどまで助けが来るのを心待ちにしていたのが嘘のように彼らが立ち去るのを願った。しかしその願い虚しく、男達は塔の階段を上り始めたようだ。どんどん足音と話し声が大きくなってくる。
(何か武器になる物はっ?!)
あたりを見渡してみたがあるわけがなかった。椅子を振り回してみようかとも思ったが、すぐに取り上げられるだろう。一体どうしたらいいのだろう。
「ふぅ、やっと上りきったな」
「かなりの段数がございましたね」
「何もなかったらどうなさるんですかぁ?」
「まぁ、その時はその時だろう」
扉に背を向けていたが、その声に驚き飛び上がりながら振り返った。
(そ、そんな!もう階段を上ったの?!)
とうとう男達が扉の前まで来てしまった。でも鍵がかかっている。鍵が開かなければ諦めて帰って行くかも知れない。そう思ったが即座にその甘い考えは覆された。
「鍵は壊せるか?」
「やりましょう」
「頼む」
(もう駄目だわ。覚悟を決めるしかない。ならば――)
とっさにある物に手を伸ばした。部屋中に鍵を何かで叩く音が響いた。その音は死へのカウントダウンのように思えた。ガキンッと金属が落ちる音がした。どうやら鍵が壊れたようだ。続いて閂を抜く音がした。それを合図にゴクリと唾を飲み込み身構えた。扉が音を立ててゆっくりと開かれていった。
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