年下王子がグイグイ来る件について
「僕とお付き合いを前提に結婚してください!」
見事な装飾が施された王宮の一室で、私は盛大に飲んでいた紅茶を吹き出した。
断じてわざとではない。汚してしまったのは謝ろう。だが弁償は勘弁してほしい。
令嬢としてあるまじき行為なのはわかっている。だが目の前で見た目十二歳くらいのショタが、私の手を握ってプロポーズをかましてきたのだから驚いても無理はないだろう。
この可愛い顔に紅茶を吹き出さなかった私を誰か褒めてほしい。切実に。
「大丈夫ですか? フローラ様」
「え、ええ、大丈夫です。ちょっと耳がおかしくなったのかしら? 殿下の口から結婚だなんて、そんな、聞き間違いですよね、ははは」
「いえ、言いました」
否定しやがれくださいよ。今はどう考えてもその流れだったじゃないですか王子。
満面の笑みでそんなはっきりと、可愛いですけど。もう全部が可愛いですけど。
おっと、私はショタコンではない。
もう一度言おう。
私は、ショタコンではない。
「あら、ついに婚約者候補が見つかったのですか? それはおめでたいことですね。お披露目パーティーには是非参加させてください」
「もちろんです! パーティーのときはフローラ様の隣に立ってもおかしくないよう色合いを合わせて服も仕立てますね。どんなドレスにされますか? フローラ様ならなにを着ても美しいと思いますが。あ、みんなにはいつ発表しましょうか?」
おいおい、全然話が噛み合ってねぇぞ。
ドア付近に立ってる執事なに笑ってんだ、止めなさいよ。次期国王候補の王子が頭おかしいこと言い出して暴走してんだぞ。心配しなさいよ。今すぐ国中の医者を探して診てもらうべき事案発生してるのになんで誰も動かないの。
「……あ、あの」
「はい?」
「誰が誰と結婚するかうかがってもよろしいですか?」
「僕とフローラ様ですが?」
なにを今さら、みたいな顔でこちらを見ないでほしい。いや、待って。おかしい。それより私、返事してない。え、したの? え、いつ? おかしいな記憶がないんだが。
「なぜ私と殿下が結婚を……?」
「僕があなたを好きだからです」
どストレートに攻めてきやがったぞ。
恐るべしショタ、恐るべしショタ王子。
ああ、顔赤くして照れてるのめちゃくちゃ可愛いです。眼福です、ありがとうございます。
違う。私はショタコンじゃない。
「あの、私では殿下と釣り合わないかと」
「……なぜですか?」
いや、待って。そんな顔しないで。めっちゃ心臓えぐってくるやん。誰だよこんな可愛い子傷つけたの。私だよ!
「私はもう二十歳を超えた、所謂行き遅れの女です。殿下はまだ十四才。お若いのですから、もっとふさわしい方がいらっしゃいますよ」
言っとくけど、私は好きで結婚してないんだからね。相手がいなかったとかじゃないんだからね。
だいたい、転生してからここの生活に慣れるので精一杯だったんだよ。恋とかしてる場合……してましたけどなにか? そりゃ顔面偏差値高すぎるこの世界でときめくなって言うほうが無理でしょ。
いまだに信じられないよ。乙女ゲームの世界に自分が転生しただなんて。
「……嫌です。僕はフローラ様が好きなのに、ほかの方を選ぶだなんて」
誰か私をぶん殴ってくれ。いたいけなショタを泣かせた罰を。さあ、私に。
ああ、穢れのない目から涙が。
私がそっとハンカチで涙を拭うと、王子はその手を両手で掴み、愛おしそうに頬へ擦り寄せてーーあかん、ショタの柔肌がダイレクトに手から伝わってる。はい、アウト。
「殿下、手をお離しください」
「嫌です」
ーー上目遣いの破壊力!
あざとさマックスなんですが、許す。可愛いから許す。
「なぜ、僕じゃダメなんですか……。子供だからですか?」
「いいえ、私が殿下にふさわしくないのです。殿下はとても素晴らしいお方です。私はいつもお優しい殿下を、これからも皆と共に見守っていきたいと思っております。いつかどなたかを愛し、共に国を背負うことになる日がくることでしょう。私はそれを祝う側でいたいのです」
「…………嫌です」
「殿下、」
最初は戯言だと決めつけていたけれど、泣かれたとあればふざけて返すことはできない。そもそも国の王子を泣かせた私の命大丈夫? 死刑とかにならない? なに生暖かい目で見てるんですかそこの執事。
「僕はフローラ様に愛してもらいたいんです」
アウトー!!
汚れた私にはベッドシーンしか思い浮かばなかった、殺してくれ。ふざけんな、なに考えてんだ私は。純粋なショタを汚すなど言語道断。
イエスショタ、ノータッチ!
「愛しておりますよ。皆、殿下を愛しております」
「違います、僕はフローラ様だけの愛が欲しいんですっ」
駄々っ子のように首を横に振り、王子は叫ぶ。私が困ったように笑うと、王子はヒクリと喉を震わせーー泣く、泣くぞ。
テンパった私はなにをしたかと言うと、隣に座る王子を抱き締めました。
ノータッチの誓いは破られた。
「……フローラ様?」
「どうかもう泣かないでください。殿下に泣かれたら、私も胸が痛くなります」
「…………ごめんなさい」
嗚咽を漏らしながら私の胸に顔を埋める王子の頭を撫でる。
ノータッチを誓ったはずなのに。可愛すぎて無理でした。お巡りさんこっちです。
しかし見事なプラチナブロンドの髪。サラサラ過ぎてなんのシャンプーを使っているのか聞きたい。こんな美少年に求婚される日が来ようとは。
日本にいた頃ならありえなかったな。モテ期すらなかった。結婚すら諦めていた私が、伯爵令嬢に転生してショタ王子に愛されるーーなんだ夢か。と思いたいところだが、腕の中にいる温もりは現実を知らせてくるわけで。
ああ、可愛い。可愛いしか言えない語彙力のなさ。なに言ってんだ、可愛いは正義だろうが。
間近で見下ろす王子の可愛さプライスレス。睫毛長い。肌白い。毛穴がない、だと? 若いって素晴らしい。
「フローラ様」
「はい」
「僕がもっと大人になったら、男として見てもらえますか?」
「……殿下、」
「諦めたくないんです」
お願いです、と可愛い美少年に言われたらあなたはなんて答える? 秒でこう答えるに決まってんだろ。
「では、殿下が大人になって、まだ変わらず私を想っていてくださったときには……改めて、お返事をさせてください」
私の名前はフローラ、本日ショタコンデビューしました。
年の差がなんぼのもんじゃい。
「本当ですか?!」
「殿下のお気持ちが変わるときまでですよ」
「……変わりませんよ。僕の愛、なめないでくださいね?」
そう言ってほくそ笑んだ王子が、私の額にキスをしてーーおいおい、マセたショタの破壊力で私の脳内パーンしたけど息してる? ねぇ私今生きてる?
「言質、とりましたから」
「……え?」
ふふっと可愛く笑って、王子が私に近づいてくる。すでに距離が近いと言うのに。思わず向かい合ったまま後ろに下がると、動くなと言うように王子がスカートの裾を片膝で捕まえてーー待って、股に足挟まってる。王子、股にあなたの足が。いや、待って。なんで焦らすように動かすの。
ぷるぷると震える私の肩に両腕を挟むようにして置いた王子の、王子の小悪魔たるや……。
「フローラ様、大好きです」
もう無理。息がまともにできている気がしない。
あの、目の前で色気だだ漏れさせている少年は誰ですか。おかしいな、私の前には可愛いショタ王子がいたはずなんだが。
「殿下……?」
「早く結婚したいです、あなたと」
「ひっ、」
耳元で囁かないでほしい。ぞわりと腰あたりになにかが走り、私は驚いて王子にすがりついた。
ゼロ距離となって目が合えば、王子は「可愛い」と言って笑ってーー可愛いのはあんただよ! ショタコンデビューしたての私を殺す気か!
「殿下ーって、邪魔しちゃいましたか?」
「あ、ベル兄様」
ノックもなしに部屋へ入ってきたのは王子の従兄弟であるベルだった。
この男は乙ゲーの攻略対象の一人でチャラ男枠。ヒロインに出会って改心するのだが、その気配がないのはなぜだ。ちなみに、私はこいつが大嫌いだ。
だがひとつだけ感謝してやろう。
王子がベルの元に行ったおかげで、私は罪を犯さずにすんだ。危うく手が出るとこだったぜ……ショタはノータッチ、ノータッチだぞ。
「よう、フローラ」
「お久しぶりです、ベル様」
まともに笑えている気がしない。この男の顔を見るとどうしたってこうなる。何度弄ばれたことか。
そう、この男は私の元彼である。一番惚れたらいけない奴に私は惚れてしまったのだ。もしかしてと期待してしまったのが運のつき。こいつと出会わなければ私だって今ごろ結婚していたかもしれない。
この女たらしのクズ男め。
「ベル兄様、どうしてここに?」
「そりゃ殿下がフローラに告白するって言うから、気になって見に来たんですよ」
王子に近づいてんじゃねぇよ、穢れるだろうが。
え? 自分のことは棚に上げて? あ、私は相思相愛なので大丈夫です。
「ベル兄様の言うとおりにしてみたけど、ダメだったよ」
「ああ、お付き合いを前提に結婚ってやつですか」
てめぇかー! 王子に変なことを教えたのはー!
よし、殴ろう。こいつだけはいくら殴っても許されるはずだ。
「殿下からの告白を断るなんて、他に好きな相手でもいるのか? フローラ」
「そんな……まあ、ベル様じゃないことは確かですね」
にっこりと笑って言ってやる。
ベルは片眉だけを器用に上げて、面白そうに笑った。このクズ男が。
「僕、断られてないよ。ベル兄様」
「え?」
「ね、フローラ様?」
控えめに言って流し目の色気がヤバい。
私は黙って頷くことしかできなかった。
とりあえず返事は保留状態だが、断ってはいない……のか? いや、この方に逆らったらあかんのや。可愛いは正義。イエスショタ!
「え、まさか本当に……受けたのか? フローラ」
「フローラ様はね、僕の気持ちを信じてくれたんだ。今すぐには結婚はできないけど……何年かかっても諦めるつもりはないし。手放さないよ。……だから、ね? ベル兄様、もう邪魔しないでほしいんだ。…………いつまで彼氏面でいるのか知らないけど、僕がただ黙って見てると思わないでね?」
「……っ」
真っ黒じゃねーか。誰だよ可愛いって言ったの。カタカタと震える二十歳過ぎた男に「ざまぁ」と心の中で言いつつも、私も初めて見たブラック王子に戦慄してる。カムバックキュート。
「えーと、お、俺はそろそろ失礼しますね。殿下、またお会いしましょう」
「うん! またね、ベル兄様」
バイバイと手を振る王子の可愛さよ。
私に向けての挨拶はなしかクズ男。まあ、いい。
「フローラ様」
「はい?」
「邪魔されちゃった続き、しましょうか?」
「…………」
あかん。このままいけば私が襲う自信がある。もう一度誓うんや。イエスショタ、ノータッチ!
「ふふっ、冗談ですよ」
「は……ははは、もう殿下ったら」
あぶねぇ。なにも言わなくてよかった。
私がホッとしていると、王子が隣へと座った。
「これから少しずつすればいいですし」
「…………」
「ね?」
お巡りさん早く来て。私もう無理だよ。
「あ、あの……殿下、大人になってからという話でしたよね? そのときに返事をすると」
「手を出さないとは言ってません」
あ、その笑顔めっちゃ可愛い。違う、そうじゃない。しっかりしろ私。流されちゃダメだ。
「殿下、殿下の年齢を考えればいろいろと……その、気になるお年頃だと思いますが、いくら好いた相手でも簡単に触れるというのは、」
「ダメですか……?」
「私だけにしてくださいね?」
バカかーーー!!
なに言ってやがるこの痴女め! 相手は十四歳のショタでこの国の王子だぞ。私はただの伯爵令嬢で、身分の差考えたらこの部屋に呼ばれることすら恐れ多いというのに。
「もちろんです、僕にはフローラ様だけですよ」
もうどうにでもしてくれ。私には無理だ。
私の髪をひと房掴み、愛おしそうに口づけをする王子に私は心臓を捧げよう。
だって誤魔化しようがない、このときめきは。
「フローラ様、」
早く僕のものになって。
可愛く微笑んだ王子に、私は顔を真っ赤にさせて、必死に抱き締めたいのを我慢するのだった。
二人が婚約を結ぶ未来は、きっとそう遠くないーー。
ちょっとふざけた話が書きたかった。
ノリと勢い。楽しかった。
11/16 追記
予想以上に読んでくださる方がいて正直驚いております。
こんなにも評価やブクマ、感想までもいただけるなんて夢のようです。とっても嬉しいです。
イエスショタ!
皆様本当にありがとうございました。