表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

心と記憶の方程式があるセカイで、アンドロイドは何を見るか

作者: いんでいご

-1-

人工的な朝が来る。

白色光が瞼を突き抜ける。

落ち着いていた心拍に、再び起床を促す環境因子。

また一つ、嫌なことを忘れた(ような)、スッキリとした目覚め。

視界一面の昼光色は少しずつ暖色に移り変わり、入力電源が変わる”ドン”という音が響く。

聞き慣れたエアー音とともに頭部が開放され、私はゆっくりと体を動かした。

ひょっこり現れた卓上メカが、せかせかと電極を片付け始める。

「今回は夢、いかがでしたカ?」

無骨な手を器用に動かしながら、ビジュアル面でしか機能していない目が―デフォルメされた数十ドットがこちらを向いた。

「問題なかったよ。今回も見なかった」

ワタシの腕が良いですからネ…と冗談を挟みながら小休止。

「レポートをいつものフォルダに転送済デス…特筆事項はありません、順調ですヨ」

体の節々を軋ませながら体を起こして、ベッドサイドのディスプレイを眺める。

パーソナルデータを反映したスコアチャートに、今後の処置予定と…かつての自分が頑張った証―数理心理モデルのイメージ図が表示されていた。

「…前にも聞いたかもしれないのだが」

奴はいつの間にか仕事を片付け、作業キットをパージしてトコトコと歩いていた。

「なんでショウ?」

「お前ってそんなに身軽だったっけ?」

「そりゃあ私ャ優等生ですからネ」

「それ、答えになってないような…」

ついでにツッコむと、そんなに流暢に喋れるパッケージも組んだ覚えがない。

窓際で猫のように飛び跳ねると、慣れた手付きでブラインドをクルクルと回す。

「あと、どこぞのG○○GLEさんに怒られそうな機体色にした覚えもないんだか?」

某緑色ロボなシルエットは、グリップと一緒にクルリと回ってポーズを決めると、新発売の屋外用水性ウレタン塗料なんですヨ!!!などと語りだした。

奴を作ったのは自分のはずで、拡張開発に注ぐ人的リソースも割いていないはずだが…どうも我が家のスマートデバイス達はわんぱくなようだ。

防カビ性と透湿性の面で革新的な特許技術が…などと熱弁しているのを横目に、衛生着を着替え、真新しいを白衣を身に纏った。


-2-

「今日はアイニクの空模様ですが…学舎棟の中庭などに行かれては如何でショウ?」

人工的な声に、含みのあるメッセージが流れてくる。

「蓮の花が見事みたいデスヨ」

振り向くと、砂時計のアイコンを表示しながら―おそらくデータの照会をかけながら、ちょこんと座るメカの姿があった。

「件のヒトに会えるかもしれないデス」

「確かに…」

―学舎棟には、仕事でお目当ての子がいる。ただ、諸事情で滅多に会えない…というか、面会の環境条件にが限られる故に、不用意な接触ができない。が―

「…今日は良い雨が降っているな」

薄い雲と短い視界、少なくとも一時間は途切れない霧雨。

遠く離れると、この感覚が欲しくなる。そんな”穏やかな”天気。

「昨晩のパーソナルスコアは?」

「0.58デス。全体平均を大きく下回ってますガ…個人単位で標準化するト、比較的良好ではないでしょうカ」

ありがとう、優秀、優秀、と呟く。

「以前頼んだ調度品の件は?」

朝のローテを続けながら、自室を出て宿舎の廊下を歩く。

「あと、来週の全館検査の件…」

階段を一つ降りてからロビーを一旦通り過ぎ、共用キッチンに立ち寄る。

「…結局、それって何に使ってるんだ?」

冷蔵庫に貯めているゼリー飲料を漁っていると、メカは精製水のタンク(機体よりも明らかにサイズの大きい)を持ち出し、機体の頭上ぴったり50mmで保持していた。

「ソリャア、流行りの筋トレですヨ」

相変わらずのボケである。何回か聞いても教えてくれないあたり、単純にロイド保安の機密事項なのかもしれない。ただ、メカ自身の整備には必要ないはずで、私費で購入して定期的に消費している…と考えると、ますます気になる案件であった。


-3-

野暮用を済ませてから学舎棟に向かうと、巨大なクスノキの下に一人、真っ黒な傘をさす少女を見つけた。

「こんにちは」

こちらから声をかけるまでもなく、彼女の”声”がこちらを向いた。

「…こんにちは。近ごろの体調はいかがですか?」

ゆっくりと開く瞳が、ほんの少し潤いながら、

「可もなく、不可もなく、でしょうか」

白い視界を、ゆらぐ光のざわめきさえも、支配していた。

少女は見慣れた学生服を身にまとい、手には古い型のデジカメを握っていた。

「昨晩はどんな夢を見ましたか?」

「―甘い夢を。ずっと嫌だったのに、忘れるぐらいの甘ったるい夢を見ました」

「なるほど。それは良い事かもしれませんね―」

少しの静音。殺すように、喉が動く。

「よろしければ、すこしだけ、歩いてみませんか?」

よろこんで、と小さく、掠れた声が響く。

再び瞳を閉じた少女には、すこしだけ、安堵の表情が見えていた。


-4-

「…追加の報告は以上デス。ソレデハ今日モ―」

『ご安全に』

使い古したリストバンドを片手に、”私”は出ていった。

少し時間軸が戻って、朝のローテ終わり。

水タンクを頭の上に抱えたまま…時折バランスを崩しそうになりながら、メカは自室に向かった。

メカは「MECAT」と呼ばれる教育用教材から構成されており、世間では単純に「メカ」と呼ばれる機械型アンドロイドの一つである。ただ、この話の登場人物である「メカ」には個別の名称が付いておらず、製造時のロット番号すら存在しなかった。データ上には「役職名」なるタグのみが存在し、ロイドマネージャーと記されていた。

メカは、”自分達”が特殊な存在であることを知っていた。MECAT製品は一般的に、常時もしくは定期的なオンライン接続を必要としている。しかし、メカはまだ一度もMECATの純正ライブラリを使用したことがなかった。そして、たったいますれ違った同型の機体と同様に、敷地外からアクセスできない、ローカルサーバーの”何か”を頭脳としていることを知っていた。要するに、メカはこのローカルエリアから、外に出ることができなかった。

ただ、”自分達”には、”純正”よりも高度な知性が付与されていた。おまけに、制限なしにネットの海で遊べるので、損な点は無いに等しかった。

メカは、自室にたどり着いた。宿舎で働くメカ達には、四畳半の個室が割り当てられていた。人間には窮屈だろうが、メカにはあまりにも広い。要るもの(保守部品)から要らないもの(なんとなく捨てられない端材)まで、管理されつつも無秩序な倉庫を形成し、何かの博物館と化すのが一般的だった。

メカは充電ドックに腰(寸胴の腰ってどこなんだ?)を下ろし、タンクの中身を水槽に入れ始めた。

水槽の中にいるのは生物ではなく、蛍光色のこんにゃくであった。

…確かにスガタとカタチはこんにゃくであるが…これは食品とは違い、レガシー化した有機メモリの一種である。

このこんにゃくは、毎朝の仕事で得られる廃棄物の一種であった。本来はゴミ箱にポイするか、艶やかさを気に入れば額縁に飾る程度のもの…ではあるが、メカはこのこんにゃくに、並ならぬ関心を抱いていた。毎朝の作業内容から算出するに、このこんにゃくには、何らかの高次なパラメータが練り込まれているのだ。とはいえ、明らかに不可逆的なシルエットで、こんにゃくの為のデコーダが存在しない以上、これがこんにゃくであることに変わりはなかった。

それでも、こんにゃくデコーダを入手する機会が無いとは限らない。そんな理屈で、不確かな噂話を元に、こんにゃくの水族館を作っているのであった。

不要になったタンクを片付け、綺麗に磨いたソケットに座り直す。

死にかけのバッテリーセルを長持ちさせるため、今朝も早めに電源断…と決めた矢先、不可解な通知が一件、滑り込んできた。

『こんにちは』

それは、使用頻度の高い文字コードの文章。

『あなたの名前は?』

音もなく、光もなく。人間には認知できぬとも、はっきりと存在する形で。

メカは、久しぶりに、”目の前の”事象より刺激を受けた。


―不明な事象が起きた時、まず始めに、事象を記録する。次に照会する。該当のない事例ならば、事象を分類しつつ、定型的な解決を計る。それでも解決できぬならば、メカがメカたる特権、”推定的な解決”を計る。


(L、l、o、y、…d.)


直後、メカは推察した。

たった1サイクルの時間差で、不運なことに推察できてしまった。

この世界で再度、自らの選択によって。

長きに渡って論争を引き起こす、小さな夢を、悪夢を。

“実現”してしまったのであると―




人工的な朝が来た。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ