断章 シーン1 ふくら雀の季節
断章 シーン1 ふくら雀の季節
「………いや、チホ。いくら寒いっつっても、それは女子としての色々なものを捨ててる感が強ええんやけど………。」
冬休み明けの始業式。駅のプラットホーム。朝の二人の邂逅場所で、マジマジと岬翔子が、桜井千帆を見て言った。若干の呆れを伴った、溜息を伴って。
桜井千帆は、マフラーで、髪を巻き込みながら首から顎にかけて、ぐるぐると包み込み、普段のスレンダー気味な体型から比較すると、シルエットが二回りも大きく見えるほど、制服の下にもずいぶんと衣服を着込み、なおかつ、学校指定のコートの上に、ダウンのコートを羽織り、よちよちと左右に体を揺り動かしながら、寒い寒いと言っている。
「や、やや。べつに普通だって。寒いし普通だって。冷えすぎなんだって今日は。てかショーコがおかしい。めっちゃ薄着や。」
「いーや、普通だよ? タイツだって、ほれ、分厚いのにしたし。」
ピラッと少しプリーツスカートの裾をつまみ、ひょいと片足を前に出して言った。翔子のすらりと細いおみ足は、千帆の憧れだ。
「いやいやショーコさん。それでも寒いっすよ。無理っすよ。透けてるやないすか、デニール薄いやないすか。冷えは足元からっすよ。学校につくまでに凍えてまうレベルっすよ。」
「雪中登山に行くわけじゃあるまいし………。てか、タイツどころか、それすっ飛ばしてジャージを履いてるチホの女子力の投げっぷりはどうなんだっていう………。」
「女子力とか関係ないですー! 寒さ対策の方が大事、女の子は体を冷やすと駄目だって、ばっちゃが言ってた。だからこうした。おばあちゃんの知恵袋はゼッタイ。だからダイジョブ。電車も混むし誰も気にしないって。」
「でも、今から電車だよ? 暑いよ絶対。脱ぐスペースもないし、キツイと思うけどなあ………。」
「そ………それは………タブンダイジョブ。」
後半、小声になりながら、目をそらして言った。
「なんか去年もこんな話して、寒暖差で風邪引くオチがあった気がするんだけど、気のせいかなあ?」
いたずらっぽく、翔子が、前のめりになり、千帆に顔を近づけ、覗き込むように言った。 昔は、翔子の方が背が低かったのに、今では逆転して、モデル体型になった翔子を、千帆は羨ましく思う。かわいいしかっこいいしずるい。あと………なんか照れる。ドキッとする瞬間が多い。
「そ、そそ、そんなことないもん! たしかに去年は風邪引いたけど今年はそんな事無いもん!」
翌日、案の定というか、予定調和と言うか、風邪を引いて病欠したのは、言うまでもない。
二○一九年 一月十五日 早朝。
がらんどう 著