序
夢、はバカにされるものだ。少なくとも僕にとっては。
サングリア国の首都の東に位置する都市、ロゼ。別名学園都市とも呼ばれていて、そんな僕も離れた村からロゼに勉強しに来ている。勉強、と言えば聞こえはいいが、僕は悪魔憑きになりたかった。悪魔憑きは俗称で、本当は退魔師というらしい。
魔法が唯一使える存在、それが退魔師。
人には忌み嫌われるけれど、魔法が使えるようになりたい、悪魔と契約してみたい、という憧れ。
「せめてヲルクみたいに時空を渡れればいいのに」
「やめとけ、ジス。学校で習っただろ、ヲルクは空間に迎合できない、永遠に安寧が得られずに空間を渡り歩くしかないって」
僕はクラスメイトにそうだね、とあいまいに同意して、寮の屋上にやってきた。今は喜望節の休暇中で、学校の寮に人はあまり残っていない。
流浪を意味する僕の名前も、名前だけなんだろう。勉強しているのは適正があればそこそこ誰でも使える記術であって、魔法ではない。
「転移の魔法はあまり使い慣れなくてね、申し訳ないな、ギルバレッタ」
女性の声が僕の背後からした。ここ男子寮なんだけどな、という僕の内心のつぶやきは、衝撃に変わった。
黒髪と赤毛の少女ふたりが、なんの変哲もない中空から出現した。痛そうな音が耳に届いて、思わず僕は耳をふさいだ。砂埃が舞う。
「あ、あの……大丈夫ですか」
僕がおそるおそる声をかけると、黒髪の少女が起き上がって、
「大丈夫に見える?」
と問うた。さきほどの声の主は黒髪の少女の方らしい。琥珀色の目がやさしくて印象的だ。ぱっと見は男性に見えるけれど、声が高いからたぶん女性だろう。
「あまり大丈夫には見えないけど。特に」
初めて見た。本物だ、記術にある記号が淡く光り、身体のまわりにある、
「ヲルクの方は、痛そうに見える」
赤毛の方は記号を身にまとっていることを除けば、少女には違いない。
僕の言を聞いた黒髪の少女は目を剥き、
「人間じゃないとは思ってたけど、ヲルクなのか」
「バラされた。こんなところであたしの正体露呈する予定じゃなかったのに! もう、キリス!」
僕は余計なことを言ってしまったようだ。雰囲気が剣呑になっている。だけど。
「ヲルク初めて見た。本当に記<ソゾ>が身体のまわりにある」
興奮しないわけがない。
「少年。名乗れ。わたしは」
手套を取って左手を見せる黒髪の少女に、僕はさらに驚きを深くした。左手のその刻印の意味を知らない者はサングリアにはいない。
「見ての通り、退魔師だ。キリスという」