役に立たないと勇者パーティーを追放されたら『勇者狩り』を召喚してしまった話。
『出て行け、役立たず』
『レ、レン⁉︎ お前まで……』
『…………』
『はっはっは! 当たり前だろう? レンの幼馴染だって言うから付いてくるのを許可したってのに……お前なーんの役にも立たねぇんだからなぁ〜』
『ほんとほんと、ラツさんってばなーんの役にも立たないんだから〜』
『女の子だったら娼館に売れたのにね』
『ラツくん、男の子にしてはカワイイし“そっち用”で買ってもらえるんじゃない?』
『行こうぜ。あんな役立たずの面、二度と見なくて済むと思うと清々するしなぁ〜! はーっはっはっはっはー!』
『あ、待って勇者様ー』
『…………』
『もー、なに、レンくん怒ったの〜? ……ウフフ、じゃあね、ラツくん! 二度と会うことはないと思うけどー』
『キャハハハハ!』
『……レン……』
ハッと、眼を覚ます。
またあの夢だった。
仲間たちに笑われ、幼馴染のレンには見放された。
赤茶色の髪をくしゃりと握る。
少年の名を、ラツ。
田舎の村で勇者となった男の仲間に選ばれた少年、レンと共につい最近まで勇者の仲間だった。
レンはたった十三才で『剣聖』の一つ前の称号、『剣才』の称号を取得するほどの才能を持つ天才。
対してラツは、剣は扱えるもののどちらかといえば、鍛治職人だった父の血が濃く現れ、剣の才能はあまりない。
それでも勇者に憧れて、武器や防具のメンテナンスや強化などを行う『鍛治師見習い』として彼らに付いていった。
少しでも世界を救う役に立ちたい。
その純粋な願いからだった。
しかし旅が進むにつれ、今のラツではとても扱えない鉱石が増え、装備も超一流の鍛治師でなければ性能を引き出せないようなレアリティに上がっていき……ラツは装備の掃除ぐらいしかできなくなっていく。
そしてついに一週間前、幼馴染の親友にも見限られた。
レンのあんな悲しそうな顔は見たことがない。
『失望した』と、ありあり顔に書いてあったように思う。
俯いて、魔法使いのロッテや回復術師のケラ、闘士のリーリンにケタケタ笑われるのを耐えるしかない。
「…………」
いや、笑われて当然だった。
『鍛治師』として付いていったのに、『鍛治師』として役に立たないのだ。
非戦闘員というわけてはないにしても、自分の最も得意なことで役立てないなら……それはまさに役立たず。
彼らにそう言われ、パーティーから追い出されても仕方のないこと。
パチパチ鳴る焚き火に、薪の枝を放り投げてため息をついた。
水筒から水を飲み、顳顬を指で何度も解す。
これからどうしたらいい。
当てもなくふらふら元来た道を戻ってきたが、自分は……このまま故郷へ帰るしかないのだろうか?
「……あんな奴が勇者だなんて……っ」
膝を抱えて呟いた。
悔しくて涙が溢れる。
レンの悲しげな眼差しが強く、強く瞼の裏に浮かんできた。
世界を救う勇者は、いずれ剣聖になるであろうレンをパーティーに誘った。
しかし、その第一声が今でも忘れられない。
『ああ、やっぱ男かぁ。だよなぁ、剣聖じゃあな。でも顔は小綺麗だし、髪を伸ばせばそれなりに“見える”だろ。髪伸ばせよ。これ、勇者命令』
ぎゃはははは、と下品に笑いながら、レンにそう命じた。
最初は狼狽えた。
この人は何を言ってるんだろう、と。
まるで酒屋に屯う酔っ払いじゃあないか……。
レンを見ると、女顔を気にしていた幼馴染は悲しげな眼差しを伏せって『分かりました』と呟いた。
それからというもの、度々レンの女顔をからかい、ラツを役立たずと罵る。
蹴られたり、小突かれたりは日常茶飯事。
レンがラツを庇うと、レンが勇者命令で伸ばした髪をわし掴まれて『女顔』と卑下た笑いで馬鹿にするのだ。
お前がレンに伸ばせと言ったくせに……。
悔しかった。
本当に悔しかった。
レンがラツを追い出す時に浮かべていたあの悲しい顔。
きっと勇者たちにそう言うように言われたんだろう。
『役立たず、出て行け』と、そう言えと!
けれど、そんなことに屈するような奴ではなかった。
レン自身もこれ以上はラツがこのパーティーにいられないだろうと判断したからこそ、あの時ああ言ったのだ。
悔しかった。
堪らなく悔しい。
あいつらを見返すことができない、無能な自分。
レンにあんな顔をさせてしまう情けのない自分。
悔しい、とても悔しい!
「呼んだかね!」
「へ⁉︎」
あまりの大きな声に顔を上げる。
そこにいたのは夜なのに光り輝く奇妙な男。
いや、は? 光り輝く? は?
まだ寝ぼけているのかとラツは目を擦る。
そもそもここは街道沿いの樹の下だ。
街道ではあるものの、魔物が出るのでラツのような複雑な事情でもない限り一人で旅することはない。
一人旅なんて、余程の命知らずか余程の手練れでなければ……。
見れば男は純白に赤いラインの入った鎧や赤いマントを纏っている。
同じように、赤い柄と白の鞘の大剣。
仁王立ちしてニカニカと太陽のように笑っている。
「…………。迷子かなにかですか?」
「よく分かったな! その通り! 私は今迷子だ! 故に君の助けが必要!」
「えぇ……」
じゃあさっきの第一声、間違ってる。
『呼んだかね』ではなく『道を訪ねたいのだが』だろう。
これは絶対ヤバい人だ。
なんか変な人に声をかけられてしまった。
「えっと、ここからならこの道を真っ直ぐ行くと……」
仕方ない、困ってる人を放っておくのは気が引ける。
右手側は自分がやって来たーー勇者たちが向かった方向ーー。
なので意識的に反対側の左手側を指差した。
「いやいや、私はこの世界の『勇者』に用があるのだ。君は『勇者』の関係者だね? どこへ行ったか教えてくれないか⁉︎」
「えっ……」
目を見開いて、衝撃に思わず後退る。
ゆう、しゃ。
あの勇者に、用事?
「…………」
「あ、そういえば私はまだ名乗っていなかったな! 私はコルニ・エーデファー! 聖界十二勇者の一人『炎帝』の発案で『勇者狩り』を行なっている!」
「っ、ゆ、勇者狩り……⁉︎」
さらに二歩、後退る。
『勇者狩り』ということは、魔王軍のーーー。
「…………。……せいかい、十二勇者……って、なんですか?」
だが魔族には全く見えない。
地味に後光のようなものが輝き続けている。
その無駄な光は一体なんだ?
レンのように顔のいい男が常に光を背負っているのは、なんとなく聞いたことがあるが……。
顔のいい男が物理的に光っているところは初めて見た。
魔族なら常に白く輝いているとは思えないので、魔族ではない、と思われる。
それに、敵意のようなものも感じなかった。
恐る恐る聞いてみると、また盛大に爽やかな笑顔と大声で「殿堂入りした勇者たちだ!」と腕を腰に当てて胸を張り、言い放つ。
殿堂入りした勇者たち?
殿堂入り?
なにに殿堂入りしたのだ、それは。
「まあ、ざっくり言えば偉大な功績を重ねすぎて神格化した勇者たちのことだ。彼らは前世の記憶を持ったまま好きな世界への転生ができる、いわば『魔王族から勝てないので引退してください』とお願いされてしまった方々! 」
「ま、魔王から引退をお願いされた勇者⁉︎」
「ざっくり言うとな!」
「ざっくり言うと⁉︎」
じゃあ綿密に言うと違うのだろうか。
いや、そもそも魔王から引退してくださいとお願いされる勇者ってどんなだ。
「故に殿堂入りした方々だ。ほとんどの方々は引退後、ご自身の自由に生きておられる。だがいわば神になった方々だ。後進である『ゆとり勇者』に後を任せようと、しばらく傍観しておられたそうなのだが……」
「ゆ、ゆとり勇者?」
「なんというか、ちょっと頭がゆるいというか? 適当というか、使命感や正義感や自覚や気品が足りないというか……」
「……………………」
ラツは思い浮かべる。
自分が付き従ってきた勇者を。
卑下た笑いを浮かべながら、自分を蹴ったり小突いたり。
自分よりも顔のいいレンに嫉妬して髪を伸ばさせたり、自分のお下がり装備しか装備させなかったり。
行く町々で自分は勇者だと大々的に公言して周り、タダ飯やタダ酒、タダ宿にありつき高笑い。
自分の自慢話しか話さないし、宿に泊まると必ず女子を部屋に呼ぶ。
食べ方は汚いし、弱いくせにガバガバ酒を煽ってぶっ倒れる。
笑い方は下品で品位とはかけ離れていた。
剣の腕は間違いないのだが、それでもレンに比べると……。
だが、聖剣は確かにあの勇者を選んだ。
実際使っているのだ、間違いない。
ただーーー。
「…………」
「思い当たるかね?」
「ざ、残念ながら……」
目を逸らす。
どんなに頑張っていいところを探そうにも、剣の腕しか褒めるところがない。
「ふむ。それに、極め付けは同行者を追い出す者まで現れ始めたというのだ。この世界の勇者はどうだい?」
「っ……」
「心当たりがあるようだな。やはり」
「…………は、はい」
つい一週間前、まさに自分は追い出された。
笑われ、貶され、親友に悲しげな顔で……。
歯を食いしばる。
それもこれも自分が弱いからーーー。
「あの、でも勇者は悪くないと思います。オレが弱くて役に立たなかったのは事実ーー」
「違う!」
「!」
肩を、掴まれた。
真正面から、真紅の瞳がラツを見つめていた。
金糸雀色の髪がはらりと顳顬に落ちる。
こんなに間近で人に目を見詰められたのは、どれほどぶりか。
「この世界に、いや、どんな世界にも役に立たない人間などいない! 必ずなにかの力がある! 君が自分を弱いと思うのならば、その弱さを認められるそれは強さだ! 真の弱者は己の弱さを認める強さを持たない!」
「…………」
「そんなことを言う人間が君の側にいたのは残念だが、君にもなにかできることがあるはずだ。特技のようなものは?」
「……オ、オレは……そ、その、一応鍛治師見習いって感じで……」
「おお、それは素晴らしいな! 戦う者にとっては一生世話になる! 精進して素晴らしい鍛治師になってくれ!」
ピカーン!
……後光が、増した。
「…………っ」
眩しい。
思わず顔を背けて手で目元を覆ってしまう。
「む? どうかしたかね?」
「な、なんでもありませんっ」
あまりにも眩しい。
顔面がいいのも含めて、発言態度性格属性、全部眩しい!
ただ、あまりにも……。
顔が、胸が……熱い。
「…………なにかつらいことでもあったのかな」
よしよし、頭を撫でられる。
気づくと嗚咽で喉が引きつっていた。
初対面の、変な人の前で泣いてしまうなんて。
自分でもこんなに、人に肯定されることが嬉しいと思わなかった。
人に優しくされることが、こんなにもーーー。
「……た、たすけて……」
言葉が漏れる。
自分が我慢していた分。
自分が抜け出した後も、幼馴染はあの勇者、あの仲間の皮を被った女たちと一緒にいるのだ。
ラツという『友』を失った彼が、一週間どんな思いで過ごしているか。
どんな扱いを受けているのか……。
「オレの、ともだちが、勇者と……まだ、っ……一緒に……」
「任せたまえ!」
「…………」
涙が晴れる。
顔を上げると、彼の向こう側から太陽が昇ってきた。
満面の笑みを浮かべたままのコルニという男が、あまりにも眩しい。
彼自身がやけに光っているだけでなく、朝日まで加わっては眩しすぎるだろう。
「私の任務は『ゆとり勇者』を狩り、民の願う勇者の姿を取り戻す事! 君の知る勇者は私が必ず性根から叩き直し! 君の友を助けよう!」
「…………っ」
「おっ、そうだ! 君の名前をまだ聞いていなかった! 名前を聞いてもいいかね!」
ああ、そういえば、と涙の跡を袖で拭う。
変な人だが、悪い人ではない。
こんなに眩しい人が悪人のはずがない。
「ラツです」
「ラツくんか! よろしく! さあ、陽も登ってきたし! …………まずはどこへ行けばいいかな!」
「あ、そ、そうか、コルニさんは迷子なんでしたもんね! ……ええと……」
「勇者の行き先を教えてくれるかな? それとも、一緒に行くかい?」
「っ! ……はい!」
これは、一人の鍛治師見習いの少年が『勇者狩り』を手伝いながら成長していく物語。