優しい顔のスーパーサイ○人みたいな
ある日の朝のこと。
私はいつも車通勤なんだけど、その日は車検で愛車がなく、電車で出勤することになった。
自宅の最寄り駅ホームで電車を待っていると、すぐ近くをフラフラと危なげな足取りで歩いている女子高生が見えた。
もしかしたら、徹夜で勉強していたのかな?
大丈夫かな……?
女子高生は、私が並んでいたすぐ隣に立った。
間もなく、電車が参ります。
アナウンスが鳴った次の瞬間。
女子高生がバランスを崩してよろめき、すぐ前に立っていたおばあさんを、突き飛ばしてしまったのだ!!
おばあさんは前のめりに倒れていく。
助けようと、とっさに手を伸ばした私。上手くつかんで自分の方へ引き寄せたけれど、体制を崩してしまった。
幸い、ホームに落ちることはなかった。
だけど二人揃って転んで、しりもちをついてしまう。
まわりの人は全員、知らん顔で電車に乗り込んでいく。
原因を作った女子高生も。
腹が立つけど、それよりも。
「お怪我はありませんか?!」
おばあさんに声をかける。
「大丈夫です、ありがとう……」
ほっとした。
おばあさんはゆっくり立ち上がり、服についた埃をはらう。
会釈をしながら、少し離れた場所に並びに行った。
私も立ち上がろうと思ったのだけど、どうやら足を痛めてしまったようだ。
ズキン、と鋭い痛みが走った。
どうしよう……?
すると。
「帰宅しますか、それとも出勤しますか?」
頭上で、よく知っている声がした。
顔をあげると、
「黄島さん……」
同僚の黄島さんだ。
同じ捜査1課の刑事だけれど、指揮系統は違う。
彼は特殊捜査班HRTの隊員。
人質立てこもり事件、誘拐事件などを扱うスペシャリストである。
ちなみに、ものすごいマッスル体型で、ツンツンに固めた金髪が印象的な人だ。
でも顔つきは穏やかで、とても親切。
私のこと、レディ扱いしてくれる貴重な人。
電車通勤だったのね。知らなかった……。
「出勤します。たいしたことないですから」
すると黄島さん、さりげなく手を差し出してくれる。
私は彼の手につかまり、立ち上がるつもりでいたんだけど……。
ふわり。
身体が浮き上がる。
こ、これは俗に言う『お姫様抱っこ』……?!
「どうせ、向かう場所は同じです。このまま行きましょう」
「ちょ、ちょっと待ってください!! これって何の罰ゲーム?!」
すると彼はニッコリ、爽やかに笑って、
「そうですねぇ。俺の告白を蹴った挙げ句、他の男に告白して撃沈した……というので、どうでしょう?」
「なんですか、それ!! ほぼイジメじゃ……」
顔が熱い。
「それに……聞きましたよ。あのあと、何度か婚活パーティーに参加されたとか?」
「誰がそんな、余計なこと……?!」
あいつだ、あの男!!
「……やっぱり、俺じゃダメなんですか?」
「そ、そういうことじゃなくて……親がうるさくて、パーティーの方は友達が勝手に予約を入れたっていうか……」
これは本当。
こんな時に限って、なかなか電車が来ない。
チラチラ、通りすがりの人が私たちを好奇の目で見ている。
電車通勤は二度としない……!!
車内に年配者があまりいないことが、本当に幸いだった。
シルバーシートに腰掛けることができて。
もし、お年寄りが立っていたら、間違いなく車内でもお姫様抱っこ継続だったわ。
実は。
黄島さん、初めて会った時から私に好意的だった。
その後もちょくちょく、顔を合わせる度に愛想良くしてくれて。
でもまさか、私のことを……。
彼が私に、自分の気持ちを告白してくれたのは、まさに異動の噂が出始めた頃。
男性からそんなふうにアプローチされたなんて、人生初だ。
素直に受け入れれば良かったのかもしれないけど、やっぱり高岡警部のことがあったから、その時はごめんなさい、って頭を下げた。
うさこと黄島氏のファーストコンタクトは、シリーズ8作目『ファザコン中年刑事とシスコン男子高校生の愉快な非日常:その7』のだいぶ終盤に出ています。