冬、ツーリングでの不可思議な体験
12月のある日。俺はツーリングへ出かけることにした。マイナス2度の低すぎる気温は無視。ここのところ雨続きで気が滅入っていたところにこの快晴、なんとしてでもツーリングに出てやる! と、この時の俺は謎の闘志を燃やしていた。
ツーリングバックに寝袋を積み、午後5時にはバイクを飛ばして家から出発した。(出る時間が遅くないかだって? 健全な学生なら休みは深夜まで遊び惚け、夕方に起床するのは基本だろう、と言っておこう)東京から国道4号をひたすら上っていった。目的地は仙台。貧乏学生なので一般道をぐだぐだと8時間も走ることになるが仕方なかった。しかし福島に着いたところで、降ってこそはいないが雪が積もっていた。これ以上先に進むのは無理だ。
困ったことになったな、とその時感じた。なぜなら貧乏ゆえに野宿で夜を明かすつもりだったのだが(今思うと本当に馬鹿な考えだった)、雪が積もるような寒さの中そんなことをすれば、下手したら凍死する。そこで俺はいわきに向かうことにした。雪が積もっているのは海に面した道のみで、地域自体には雪は無かったからだ。幸い国道4号は除雪車の働きもあり、そこから少し戻り、横道からいわきへ行くことができた。
進んでいくうちに山に向かっていて、とても綺麗な星空を見ることができた。都会住まいの俺があんなに美しいものを見るのは初めてで、余計に心に残っている。
道路に視線を戻すと車輪の跡がなかった。だから俺の前を走る奴は誰もいないってことになる。さらに街灯もない闇の中、周囲には住宅もなく人の気配を感じられなかった。夜ということもあり、俺は少し気味が悪くなってきた。ビクビクしながらも分かれ道を右に曲がった。
そのまましばらく走行していると、いきなりバイクのリアに重み。体が凍り付いた。そして『それ』は俺の肩を叩いてきた。『それ』は真っ黒な手をしていた。叩く力が少しずつ強くなっていく。バックミラーには、何も映っていなかった。なんなんだこれは、と恐怖に染まった頭で思った。
そして突然『それ』は消えた。が、その瞬間『それ』―――真っ黒だった―――は、俺の前にいた。反射的にブレーキをかけた。失敗だった。バイクは転倒、俺は投げ出され頭を強く打ち、意識を失った。
足に冷たさを感じた。俺は目を覚ました。視線をその部分に向けると、またしても黒い何かがそこにあった。目の前には車が止まっていた。しかし道にタイヤ痕はなかった。相変わらず暗かったが周りに家がないことはわかった。
「大丈夫か」
声がした。黒い髪の男性。目元まで髪が伸びていて、表情を伺いにくい。足に感じた冷たさは彼の手だった。あの黒いものは見間違いだったのだろうか。ぼんやりと考えながらもヘルメットを外し、「大丈夫です」と返す。よく見るとヘルメットには傷ができていた。吹っ飛んだ時に頭を打ったため、その時にできたのだろう。立とうとしたが足に痛みが走った。どうやらバイクから投げ出されたときに負傷したらしい。
「しっかりしろ」
その好意に甘えることにした。感謝を述べて彼の肩に身を任せる。が、彼の体はとんでもなく冷たかった。
「どうした」
何でもないです、と返した。改めて彼に支えてもらったが、やはりその体は冷え切っていた。
吹っ飛んだバイクは幸いなことにどこも壊れていなかった。負傷した足では車体を支えられないため、彼にバイクを起こしてもらった。
「ここから先は引き返せ」
彼が唐突に言った。なぜと思ったがその声がとても真剣で、俺は首を縦に振った。とりあえず人がいる場所へ行きたい、と言うと近くのコンビニまでの道を教えてくれた。
「車で先を行く、ついてきてくれ」
何から何までやってくれるのを申し訳なく感じつつ、やはり俺は彼の好意に甘えた。俺が目を覚ました所にあった車に彼は乗り込み、進みだした。その後を俺はついていった。やがて、先ほど俺が右に曲がった分かれ道に着いた。すると突然車が止まった。自然と俺もバイクを止める。彼が車から降りて俺にこう言った。
「ここまで来れば大丈夫だ」
え。俺が声を出すと、彼が片手で俺の顔を掴んだ。
「ケガさせて悪かった」
その言葉を最後に、俺はまた意識を失った。
目が覚めると、俺はコンビニの前にいた。いつの間にか夜は明けていた。駐車場へバイクを止めているところだった。頭が混乱している。そんな様子が目に留まったのか、店を出てきた老人が俺に声をかけてきた。信じてもらえるとは思わなかったが、俺も頭を整理したかったので、分かれ道を右に曲がってからのことを彼に話した。老人は俺の話を聞き終えると、次のことを語りだした。
まず、俺が曲がった道は地元では危険な峠で、雪が降ったら車でも遠回りするとの事 (そもそもこんな時期にツーリングをする人はめったに居ないそうだ)。そしてあの峠でかつて事故が起きたこと。数年前のこの時期、車に乗って一人旅をしていた男性が、車輪が雪に取られてスリップを起こしガードレールに激突。即死だったという。
俺はそれを聞いて全てを悟った。あの真っ黒いものは、俺を助けてくれた彼であったこと。自分と同じような事故に遭わないために、俺を警告してくれたのだろう。まあ、もっと他にやりようがあったのではないかと思わなくもない。死ぬよりはマシだったが、俺は足を負傷した。危険な道を選んだがゆえの、自業自得と言えばそれまでだが。
それから年が明け、俺は今無事に生きている。ツーリングも日常的に行っているが、傷ついたヘルメットを見るたびにこの体験を思い出す。
もし次に、リアに誰かが乗ったと感じた時、俺はおとなしくその道を引き返すだろう。