名前
あれからかなりの時間が経ち、商人達が一通り店内を物色し終え幾つかの商品を購入し、頼まれていた商品の受け渡しも済んだ頃。
俺達は店の中ではなく、店先に集まっていた。
「いやー今日も掘り出し物が見つかって大満足ですよ」
「本当、こんな山奥にまで来た甲斐は合ったわね」
「ここまで登るのも良い運動だから僕には丁度良いけどね」
「マルコフ殿はそうかもしれませぬが、私のような老体にはちと辛いものがありますぞ」
各々が戦利品を抱え、ニヤニヤと笑みを浮かべながらそんな事を話し合っていた。
「お前ら、何時までもこんな所に突っ立ってないでさっさと帰れ、早くしないと日が暮れるぞ」
「何よ、商品の受け渡しが終わったらもう用無しって訳?」
「いやお前ら商人だろ、それ以外に何の用があるんだよ」
「ははは…まぁ、テオ坊の言う通り日が暮れる前に退散するとしよう、夜になるとここら辺は物騒になるからね」
「私は別に構いませんぞ?丁度コレを試してみたいと思っておりましたので」
そういってザールが銛を構えて見せる。
大事な商品を汚すのは如何な物かと思うが…まぁ元から俺が使った中古品なので今更か。
「バカ言わないの、大事な商品を抱えてる状態で戦いなんてしたくないわよ」
「そうだね…マジックバッグ一つじゃ収納できる数にも限界があるからね」
そう言いながらビックスがちらりとこちらに視線を向ける。
ビックスに合わせるように他の3人も俺に視線を向けてきたが、俺は断固として言い放つ。
「言っとくが、マジックバッグは一人一つまでって条件を変えるつもりはないからな?」
マジックバッグとは言葉の通り魔法の鞄であり、外観以上に大量の物を収納する事が出来る代物だ。
大量の品物を場所を取らず、しかも簡単に持ち運べるため商人達からしてみればマジックバッグはまさに夢のようなアイテムだった。
ただ入手がかなり困難であり、マジックバッグを持っているような商人は運が良い者か、それなりに有名で店をかませているような大商人くらいしか居ない。
この四人はそんな商人の中でもトップクラスの人間達であり、マジックバッグも複数所有している。
ならばなぜ一つしか持って来ていないかと言えば、俺が一人一人に受け渡す商品の数を制限するためだ。
というのもうちの店で扱っている商品は他では見ない珍しい物や、他の店で売っている物と同じでもその効果や品質に比べるのも可哀そうというくらいの差が存在する。
そのためどんな商品でも市場に流せばかなりの値がつくため買占め防止、それと注文される商品に上限を設けるために、マジッグバッグは一人一つまでという制限を付けたのだ。
それは4人も承知しているのか、不満気な表情は浮かべるもののそれ以上何かを言う事はなかった。
「あ、そうだテオ君、今年の冬はどうするんだい?」
「そうよ!すっかり忘れてたわ!どうするのよテオ」
「あぁ?どうするって…今年は街で過ごす予定だけどよ…」
俺はそう言いながら、傍らに立つ少女に視線を向ける。
恐らく連中は俺が街に居る間に色々と注文をするつもりなのだろうが、生憎と俺には用がある。
今年の冬は街に行ってこの少女の事について調べようとは思っていたからだ。
「悪いが用があるから商品の注文は受け付けねぇからな」
「えー、何よ用事って?」
「何時もの厄介事だよ、巻き込まれたくなかったら街で俺を見かけても声掛けるんじゃねぇぞ」
「その用って、もしかしてその子に関する事かい?」
マルコフが少女を指さして言う。
「あぁ…コイツがどこの誰なのか調べようと思ってな、情報収集なら街に行くのが良いだろ?」
「調べるとは?そのお嬢さんに直接お聞きになれば宜しいのでは?」
「残念ながら記憶喪失らしくてな…自分の名前も覚えてないし、身元の判断が出来そうなのといったらコイツが身に付けてたこの修道服くらいなもんだ」
「修道服って事はタルエットの街から来た可能性はありそうだけど…私でもそんな服見た事ないわね…材質も見た事ない物だし」
そう言ってアムルが少女の着ていた修道服の生地を確かめていると、ふとこちらに視線を向けてくる。
「ねぇ、もしかしてこの子の服ってこれ一着しかないの?」
「ん?あぁ、荷物も何も持ってなかったからな、うちには女物の服は愚か子供が着るような服は無いし」
「アンタ、女の子に何時までも同じ服で過ごさせるつもりなの?」
「いや、洗えば別に良いかなって…」
「はぁ…まったくこれだから男は」
アムルはそう言うと、マジッグバッグの中に手を突っ込み、中から何着かの服を取り出す。
「ほら、何着かあげるからこれ着せてあげなさい」
「着せてあげなさいって…サイズは合ってるのか?」
バッグから取り出してサイズの確認もせずに、こちらに突き出された衣類を見て俺が疑問を浮かべる。
そもそも折り畳まれているためサイズは愚か女性物なのかすら判別がつかない。
するとアムルは折り畳まれていた衣類の内の一つを広げて見せた。
それは薄い灰色をした服で、一目見る限りだとサイズも子供用のようだ。
「良くもまぁロクに確認もせずに取り出せたもんだな…というか何でこんなもん持ってんだよ」
「ふん、商人なんだから商談材料は常に常備しとくものよ、あとサイズもこの子にピッタリのはずだから安心しなさい」
「まぁ…着れりゃなんでも良いけどよ、良くサイズの判別まで出来たな」
少女を採寸した訳でもないのにピッタリなサイズの服を選びだすとは、流石は女物の衣類を扱う商人と言った所なのだろうか。
「いえ、最初に抱きしめて撫でまわした時にサイズはそれとなく分かったから」
「お前が男だったら迷わず憲兵に突き出してたよ」
俺はアムルに対してため息を吐いた後、礼を言ってから少女に服を見せる。
「ほら、お前の服だ」
「服…?私の?」
「あぁ、そこの変態からの贈り物だ、遠慮したいだろうが受け取っておけ」
「そこは遠慮せずって言うもんじゃないかしらね?あと誰が変態よ!」
ギャアギャアと騒ぐアムルをスルーしながら、少女に服を渡す。
少女は恐る恐ると言った様子で服を受け取り嬉しそうに微笑むとアムルに礼を言う。
「ありがとう」
「えぇ、どういたして………えーと」
「…?」
一瞬、アムルが困ったような表情を浮かべた後、こちらに視線を向けて尋ねてくる。
「ねぇテオ、この子の事なんて呼んでるの?確か名前も分からないって言ってたけど」
「ん?名前が分からないから適当に”お前”とかで呼んでるが?」
「ちょっと、いくら名前が分からないからってそれは酷いんじゃない?」
「そうですぞテオ殿、流石にレディに対して”お前”呼びというのは紳士として見過ごせませぬな」
「じゃあなんて呼べば良いんだよ」
「そんなのテオが決めなさいよ、暫くはアンタがこの子の面倒を見るんでしょ?」
いきなり名前なんて言われても、生まれてこの方名前を付けた事なんて一度もない。
そんな俺がいきなり名前を付けろと言われて早々名前なんて思い浮かぶわけが――
(………名前かぁ)
俺はそう考えながら、自分の左手でもあるアリス、そして左手を無くした少女を交互に見る。
左手だけの神と左手を無くした少女、この数奇な出会いに何かを感じられずには居られなかった。
「………ティア」
「え?」
「今日からお前は”ティア”だ」
ティア――そう名付けられた少女は一瞬キョトンとした表情を浮かべるも、右手に持ったチェニックをぎゅっと胸に押し付け
「うん!」
花の咲いたような笑顔を浮かべながら力一杯頷いた。
アリスとティア、二人合わせてアリスティア……ただ何となくで付けただけの名前だったが、不思議とこの名前しかないという確信めいた気持ちが俺の中に存在しているのだった。